夢見た場所と現実と・・・2
思考が止まった。
頭が空っぽになったのだ。一瞬にして期待や頭の片隅にあった不安すら消し飛んだ。
先輩団員は何も言わない。こちらの様子を伺っていたのだと思う。
誰かがいった。
「これ・・・人の・・・血・で・・・すか?」
その言葉が皮切りだったのだろうか。鼻腔に既に微かに臭いがある事に気が付いた。
鉄臭い。そんな気がした矢先ー
「うっぷ・・・」
新人団員の女の子の1人が口を抑えた。
「本物・・・・・なんですよね?」
誰かが言う。その言葉に目が離せなかった視線は自然に先輩団員に向けられた。
伺いを止めた先輩が口を開く。
「ああ、本物だ。正確に伝えよう。これは約2年3ヶ月前にエダンによって食われたエスロットだ」
苦虫を噛み潰したような顔をして先輩団員は言う。それからそのエスロットを一撫でしてこう続けた。
「俺の・・・後輩だった奴だ」
思い出しているのだろう。撫でた逆の手は握られていて震えている。
「すまんな。お前らの期待を裏切ってこんな場所に連れてきて」
苦笑い。そう表現する他ない顔に俺は思わず顔を伏せてしまった。わかってはいたのだ。こういう危険がある仕事だと。資料では見た。凄惨だとは思ったさ。けど頭の中では・・・
「本当にすまない、けどどうか・・・こうはならないでくれ」
その言葉をあろう事か先輩団員は頭を下げて口にした。これから迷惑をかけるのがわかっている俺達に。俺達からすればこれからあらゆる事を習うであろう先輩から頭を下げられた。
「ちょっと!あっ・・・いや・・・その!」
思わず混乱した俺達の中の1人が頭を上げて欲しいと言う前に先輩団員は話しを続けた。
「これはな入ってくる団員は必ずしも見る国の決まりなんだ。けど俺個人の願いでもある」
やっと頭を上げた先輩団員の顔は先ほどとは違い真剣な面持ちだ。俺達は思わず姿勢を正した。
「命を粗末にする事は許されない。俺達は特にそれが間近だ。これは国の決まりでな。施設には必ず一番新しい戦死者のエスロットを補完する決まりがある。そして新入団員はそれを見る事が義務付けられている」
何故か・・・それは嫌でも今理解してしまった。国は、先輩はこう言いたいのだ。他人事で済ますな。頭の中でわかっていても、知っていても、現実には気を抜けば・・・それを目の前にあえて残す事に意味があるのだ。
酷な事なのかもしれない。けれど間近な者程、一緒だったからこそ、その思いが強まるのだろう。
慣れるな。何よりも恐怖に・・・。
お前達は守る者だからこそ。守れない現実は自分に降り注ぐ可能性が人より多いその事実を刻みつけろ。
そう言われている気がした。
「思う事は各自あるだろう。俺の思いはあえて口にしない。怖かったら強くなれ。思う事があったならそれを大切にしてくれ。それが・・・こんな確かな現実を避ける何よりもの防衛になる」
最後に先輩団員は各自の頭を1人ずつ一撫でして1人ずつ目を合わせて「頼むぞ」そう口にした。
あえて先輩団員はエスロットを撫でた手で俺達の頭の撫でていく。
これは所謂悲願の1つなのだろう。それに答える事は長い時間がかかる。なにせ戦い続け、守る限りこの願いは続くのだ。今答えを出せない願いに俺は・・・
「はい!」
精一杯の返事で返すしかなかった。
現実は非情だ。非情なのだ。
満願の想いがある。願いがある。
それは時として簡単ものですら叶わない時がある。その結末の1つはこれだった。誰かの願いは叶わないまま・・・届かないまま。
幾つもの悲願が重なるのはある種の必然だったのかもしれない。先輩団員の悲願。国の悲願。そして・・・俺たちだっていつかは悲願を持つ。
悲しく、けれど祈りにも似た願いを俺達もいつかは持つだろう。
その時に立てるのか・・・正直俺にはわからない。けれど、この光景だけは思い出すだろう。
悲しい現実がある。現実は非情である。
そして・・・非難されるべき現実を俺は・・・守りたいと願う。
そう・・・思ったんだ。
思った・・・その矢先の出来事が・・・これかよ。
ああ。
くそったれめ。
願いを持つのは悪い事じゃ無いはずだ。
祈りにも似た悲願は確かに胸に残った筈だ。
なのに・・・何故だ。
何故だ。何故・・・それすら今ここで無くなろうとしているのか・・・
何も果たせていない。願いの1つは叶わない事はわかった。それでも・・・それでも違う形ででも・・・目指そうと。何かを守ろうと。
戦おうと・・・そう決めた・・・筈なのに・・・
「ふざけんなあああああああぁぁぁぁぁぁ」
お前らは・・・俺を助けてはくれないのか・・・。