少年の・・・5
視界がオレンジ色に染まる。
周りに一瞬の静寂が訪れ緊張が走る。俺たちは一斉に湖の周りを見渡す。あるのは街灯だ。それが鮮やかな、そして強いオレンジ色を発していた。
しばしその街灯を見つめ続けた。
「色、変わらないね」
誰かが呟いた言葉に皆一様に安堵の溜息を吐く。
「良かった。警戒色だな。心配いらなそうだ」
思わずはしゃいでいたみんなが座り込む。
街やこの島の街灯には特殊な装置が付けられている。普段は周りを照らす程の光だが特定の場合にこのようにオレンジ色に辺り一面、いや、島全体を照らすように出来ている。
エダン警戒色。この色の状態の正式な名称だ。
エダンは7層に多く生息している。そのエダンが何らかの方法。或いは飛行可能なエダンが上の層に登ってくる事がある。
6層まで登ってくる事は良くあるのだが。そこから上の5層目、すなわち住民生活区域の下の層に入ったエダンが発見された場合にこの警戒色が付近の島に警戒を呼びかける為にこのように光るのだ。
オレンジ色の発光の後に警戒音が鳴った。これが鳴ればもう色は変わる事は無い。
本当の意味で安堵した俺たちはオレンジの光に照らされた島で再び空を見上げた。
この警戒色には2種類ある。パターンで言えば1種類増えた3パターンだ。オレンジの次は真っ赤に染まる。真っ赤に染まった場合は、その島にエダンが発見された場合だ、音も大きくなる。そこから被害が発生、退避が必要になった場合はアナウンスが流れ、真っ赤な光が点滅を繰り返す。これはどの国も共通である。世界共通で決められた警告だ。
今回はこの島付近の下の層にエダンが現れたようだ。そして、これが発したという事は・・・
「おい!来たぞ!」
座り込んだ1人が湖の反対側を指をさす。
俺も思わず視線をそちらに動かした。
微かに見える。薄っすらと。
こっちに来てる!
俺たちの誰もが顔を綻ばせる。そう、警戒色が出た場合、必ず対処が必要になるのだ。
「来た来た来たぁ!」
誰かが叫ぶ声に心臓が高鳴る。俺たちの真上、それもその全景が確かに見える位置を灰色が走る。エスロットだ。
轟音を響かせ、推進に使うジュエルから発せられるダストを降らせながらあっと言う間に飛んで来た。
「おおおっ!」
「来た〜!」
実戦機のエスロット。なかなかに見る機会は無い。俺たちはアレに乗るために訓練してきた。思い焦がれる程に、何度頭の中で想像しただろう。あれに乗る事を。
骨格に使われたジュエルと同じ黒紫の関節部、外装は様々だがやはり一番に思い描くのは灰色の外装だ。もっとも一般的で多く使われている。鉄の色そのままのような灰色は鈍い光を放ち頭部部分の主視レンズの青い光を際立たせる。
メイン装備に使われるブレイド、ランス。肩から射出されるニードル。脚部からはジュエルの使用による黒紫のダストが周りを僅かに照らす。
銃火器はあるにはあるが銃火器本体ではなく弾丸を加工するためにジュエルの使用量がどうしても少なくなる。故に攻撃力はメインに劣る。だから必然的にサブ武器になるのだが、ドラム状の胴体部分、その背中に背負うように見える筒状の形状がまたなんとも言えない雰囲気がある。発砲時に肩に固定されるようにスライドする瞬間がまたなんとも言えない。まぁ、俺は射撃関係は苦手分野ではあるが・・・ひと言で言うとたまらん。いつかちゃんと使えるようになりたい。
全体のシルエットは作り手により様々になる。今飛んで行ったのはライズマン作。エスロット国家正式使用型。RG3だ。
ライズマンとはこのシリーズの製作者である。高い操作性になにより操作する人間の安全マージンを第一に考えられた作品だ。それが他の製作者より頭1つ飛び抜けていた為に国の正式エスロットとなった。所属団員の多くがこれに乗っている。
頭部は主視カメラが左右にスライドする使用で上下の視界はカメラ自体が回るようになっている。
肩部分はニードルを内蔵するために他のパーツから見れば少し大きく見える。
指は人間の繊細性を再現するために5本指になっていて足はレギンスのような形で膝の駆動は前、後ろ両方向に屈伸可能。殆どの場合は人間と同じように前部分に屈伸するが長距離ジャンプ。飛行時の離陸などには後ろ方向に屈伸する事が多い。
胴体部分はドラム型で2段旋回使用。軸になる部分は人間で言う腰、そして胸の辺りになる。胸の部分はさほど旋回はしない、人間により近い動きにより操作性を増す為の補助旋回に使われるり部分だ。軸の負担を減らす為にこの両方の軸部分は少しくびれている。
人を包むように作られているエスロットは内蔵まで知ると正に鎧と言える。人が鎧を着込み3mまで巨大化すると考えた方がいいかもしれない。
隊長機を先頭に両翼に2機ずつ。まるで渡り鳥のように空を飛ぶエスロット。5機編成、精鋭部隊だ。通常部隊より7機少ない。
「おい!あのエスロットなんか喋り声聞こえないか!?」
誰かが言ったその言葉に思わず俺たちは息を潜めた。
「ー…ーー」
本当だ。微かに聞こえる。恐らく外部マイクがONになっているんだ。
『んじゃあちょっとばかし』
そんな言葉が聞こえた。その時・・・
5機のうち1機が俺たちの上空で止まった。
「え?」
思わず口にしてしまった言葉。なんだ。なにが起こってる。
エスロットが、しかもその中のエリートと言われる精鋭部隊の1機がなんで・・・わけわかんねぇ。
『ようお前ら、その服は訓練施設の卒業生で間違えないな?』
え?服?ああ、そう言えばみんな着替える事なんかしてないな。一度解散したら時間もかかるし・・・なによりー
「はい!そうです!今日卒業しました!」
思考が別方向に飛んでいた俺とは違い隣にいたコユビは姿勢を正しそう答えてみせた。凄いな、流石コユビ。パニックになって訳わからん事を考えようとしてた俺とは違うな。
『おう。そうか。まぁ分かってて聞いたんだが・・・一言伝えたくてな、すまんな』
精鋭部隊が俺たちに?なんだ?接点なんてないぞ。卒業生か聞いてる時点で皆無なのは分かってる。なんだ。なんなんだよこの状況は。
『ああ、硬くなるな。あいつらに追いつかにゃならんから手短に済ますさ』
その言葉の後にそのエスロットは腕を広げこう言った。
『卒業おめでとう。後輩達。そしてようこそ、空の世界へ!』
讃えるように広げた腕をそのままにエスロットが唸りを上げ始める。
魅入っていた。その姿に、その言葉に、その雄々しさに・・・
『早くここまで来いよ?今年の出来は相当だって聞いてるぞ。期待してるからな!お前ら!」
爆音が鳴る。魅入っていた筈のエスロットが視界から消えた。いや、移動して行ったのだ。彼らの、精鋭部隊の仲間の元に。
俺たちの誰しもが呆然としていた。あまりに予想外過ぎた。まさかエスロットの、しかも精鋭部隊の団員に話しかけられ、あまつさえ・・・期待されてて・・・
満漢の思いで飛んで行ったであろう方向へ顔を向ける。ああ、遠い、もうあんな場所にいる。
憧れている。今も昔も。そんな存在から・・・ああ、もう!
「おっしやあああぁぁぁぁ!」
「おらああああぁぁぁ!」
「やったあああああああ!」
叫んだのと同時に誰かも叫ぶ。叫ばずにいられるか!無理だ、無理だ無理だ無理だ!
「追いつく!追いつくぞ!俺は、俺はあの機体に!エスロットに!追いついて、追い抜く!俺は!俺は!」
興奮のあまり叫び出す俺たちは皆同じ気持ちで上を目指す事を決意した。
そう、決意したんだ・・・。