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空海の狭間で  作者: 長椅子
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少年の・・・2

「諸君、卒業おめでとう」


  グラウンドにその声が響いた時に、一斉に沢山のベレー帽が宙に舞った。


 光成年13025年。天層圏4層2番島。グライエシュラ島。島全体をエスロット訓練施設、及びエスロット訓練生生活領域として設計された島。そこで俺は帽子を天に投げた。


 長かった訓練課程終了、そして未来の門出だ。およそ3年間、17歳の3月、俺たち68名は正式な卒業を言い渡されたのだ。


 長かった。本当に。


 感慨深く古びた校舎を見上げた。


 入校当初、今でも覚えている。柔かな空気の中で始まった入校式の僅か10分後。貴様らは屑だのお決まりの言葉から始まり地獄の半日耐久マラソン。あれで30名は辞めていった。


 今でも覚えている。教官が浮気により奥さんに訓練島の隣の島にある実家に逃げられ、その謝罪時間を得る為にその島の更に隣にある島に精神と肉体を鍛える訓練と名ばかりのサバイバル生活を一週間させられた事を。ちなみにその訓練期間は謝罪に要した時間であり奥さんの機嫌によってはまだまだ伸びていた可能性があった、らしい。餓死者はいなかった。寸前はいた。食料が限られた場所にあえて送らされたのだ。訓練生を放置し謝罪の時間を稼ぐ為に。


 覚えている。厳しい訓練を日々頑張っている諸君らに旅行をプレゼントしてやろう、喜べ。そんな教官の言葉に一瞬浮ついた後すぐにそれまでの訓練がフラッシュバック。ああ、また言葉だけだな。上手い事言ってまたおかしい(物理的に)訓練が何かしら始まるんだろう。そんな事を悟った俺たちは即座に訓練生と言うなの盾を使い、いえ!結構です!と暗に、そして遠回しに言った結果。本当にただの旅行が潰れた事。


 先輩達から後で真実を知らされた時。正直泣いた。みんな本気で泣きしながら訓練した。


 人間印象に残っている事は嫌に覚えているものだと言うが、思い出すのがこれか。まぁ今言えば笑い話しだが。


 入校当初、総員428名いた訓練生は逃げ、ついていけなくなり、辞めさせられ現在の人数までに減った。


 変なことばかりを思い出したが普通の訓練は本当に厳しかった。何よりも心の持ちようが。人が人の命を命懸けで守るのだ。当然だ。だが、その当然の中にこそある憧れも強さを増し増強した。


 有難かった。屑と言いはするものの真剣に取り組む教育が(一部例外有り)。ついてくる者には限りがあった。夢半ばながらも最低限の適性からこぼれ落ちた者もいる。だからこそ、だからこその真剣さだった。残った者には自分の持ち得る事を一つでも多くを。それがいつも伝わってきていた。


 思い出ばかりだ。変な思い出ばかり思い出してしまうが、苦笑いが一番似合う思い出だ。嫌になる程鮮明に残り続けるだろう。



 気が付けばみんな泣いていた。悲しいんじゃない。嬉しいんだ。卒業がじゃない。ここまでしてくれた事が。


「ありがとうございましたぁ!」


 誰かの言葉を皮切りにその場にいた訓練生はみな一様に同じ言葉を大口を開けて言葉にした。




 何事もなく卒業式典が終わりを迎え各々が自由の時間になった。周りを見れば所属団が違うのか互いに泣きながら別れを惜しむ者。保護者と共に帰路に付くもの、様々な様子が見て取れた。かく言う俺にも特に予定は無くこのまま家に帰ろうか。そんな事を思っていた矢先・・・


「おう、タツはなんか予定あるのか?これから飯でも食いに行こうかって話し出てんだけどよ。お前も行かない?」


 そんな声をかけられた。


「ん〜どうしよっかな。特に予定は無いんだけど・・・」


 確かに予定は無い。けど家には母がお祝いのご飯を用意している光景が目に浮かぶ。


「なんだよ。折角の卒業祝いの、しかも3年振りの外食だぞ!迷ってるぐらいなら来いよ。な?」


 肩を組みながらそう言われその言葉に迷う。確かに。けどなぁ、外食と言ってもこれから幾らでも行ける機会はあるしな。だが・・・外食に行くメンバーを見れば別の所属団に行く奴もいるみたいだし。下手すりゃ会うのは数年後になるか、はたまた数十・・・


「ちょっと電話してくる。多分母さん飯作ってくれてるだろうからさ。飯作ってたら行かない方向で頼む」


 そう言って組まれた腕からするりと抜けて訓練校の備え付けの電話機のもとへと小走りで向かう。


 自分専用の携帯型の電話機はある。けれどそれは3年前の代物。もう今では店で並ぶ事の無い欠番ものであり先程返して貰ったものだ。まぁ、それが理由で使わない訳では無く習慣として身についてしまった行動である。訓練校では自分の電話機は使えない。特別な用がなければよっぽどの事が無い限り訓練校側に預ける形だったのだ。だからこの行動に無理もなく、そして疑問に思う者もいなかった。訓練校では電話は施設内の電話を使う。慣れた行動だった。


 走る事5分程で電話機の前につき自宅に電話をした。結果。用意はしてないとの事。


 なんでも今日は俺も好きな物を食べたいだろうからと外食する予定だったらしい。それならばと思い家族との食事は明日にずらして貰った。申し訳ないとは思ったが母は


「可愛い子がいるなら仲良くなっときなさいよ。タツは奥手なんだから、積極的に話しかけるのよ?いいわね?」


 らしい。うん。有り難迷惑とはきっとこの事を言うのだろう。ちなみに今期の卒業した訓練生の仲にそんな仲になったものは・・・いない。


 男子40名女子28名。入校から卒業まで、そんなカップルなどになった者はただの1人もいなかった。そんな暇はなかった。


 訓練で倒れた女の子に手を差し伸べる男子=ときめき・・・などではなく。


 手を差し伸べる男子、差し伸べられた女子=悔しさ、負けるものかのライバル視であった。そして男女逆の場合も多いにあった。


 蹴落とすのは当然の流れであったし、ときめきなど感じた瞬間に敗北は必須だ。


 男女がまともに向き合う時間なんか模擬戦以外はなかったんだから。


 だからか・・・異性と言うより本当に友達や気さくなクラスメイトの感じが強い。


 正直に言えば入校当初はそんな気が少し、俺にもあったが今思えば入校当日の半日マラソンにてきっと何処かに落としたのだと思う。そう考えるとしっくりくる。そう、汗と一緒に流れ落ちたに違いない。


 母には食事の件に関しては申し訳ないと謝って色恋沙汰には空返事にて会話は終了したが。いやはや今更な感じはある。無理だろ。


 だって頭に浮かぶクラスメイトだった女子の最初に思い浮かぶ姿がモニター越しの戦闘真っ只中の女の子ばかりだし・・・漏れなく全員こちらを睨んでいる。うん。やはり無理だろうな。


 そんな事を小走りしながら思っていた矢先だ。


「タツ先輩!」


 覚えがある声に呼び止められた。


「ご卒業おめでとうございます!」


 見れば見慣れた深緑の制服を着た女の子が1人。その両脇には同じ制服を着た頭を90度に曲げた男が2人いた。


「ありがとうな。アイ、ロッツ、キョウスケ」


 笑顔でそう返す。アイは相変わらずの笑顔だ。しかし、両脇のロッツ、キョウスケに至っては顔を上げれば・・・捨てられた仔犬のような顔で目に涙を浮かべていた。なんでだよ。


「タツ先輩!自分は!自分は!タ・・・タツ先輩にご指導頂いたあの日から、貴方を目標に・・・もっ・・・もぐびょうにぃ!」


 ロッツがその独特なドレッドヘアーで涙を拭いながら只ならぬ力で握手してくる。お前の髪それでいいのか使い方、と言うか便利だな、それ。


「あっあの!先輩!第一ボタン下さい!俺、俺は先輩を目指したいんです!」


 空いた手にすかさず身長が校内1高いサラサラヘアーのキョウスケが握手してくる。ちなみに2位はロッツである。サラサラが・・・ではない。勿論。


 第一ボタン、確か古くから続く恒例行事で卒業生が在校生に渡すものだ。なんでも在校生が目標とする卒業生に貰いに行く、残りの訓練生活の苦しい時や諦めたい時の励みにする為に貰うらしい。そして貰った者は貰った人物を目標にするのが暗黙のルール・・・らしい。正直俺は貰いに行った事がないのでわからん。目標とする人はいたが・・・その人は異例中の異例で卒業式を待たず卒業して行った。なんでも事件に巻き込まれ仕方なくで乗った正規のエスロットを十二分に乗りこなし事件を解決に導いたらしい。その功績により特例として所属団、それも最前線に赴く所属団に所属した。だから貰おうにも貰えなかったんだよな。まぁ、貰おうとしてた奴は多かったから貰えなかっただろうけども。


「キョウスケ!貴様ズルいぞ!先輩!自分に、自分に下さい!自分だって目指しますよ!」


 2人とも顔が近い。そんで鼻息荒い。更に目が今にも血走りそうなんで正直一歩引いた。怖えよ。


「ロっちゃん、キョウちゃんもタツ先輩引いてるよ。あんまりがっついたら貰えるものも貰えないよ?」


 口元の笑みは変わらないが目が申し訳なさそうなアイが2人の肩を叩いて静止してくれる。助かった。走って逃げろと本能が言う寸前だったと思う。


「けどアイ!キョウスケに奪われる訳にはいかんのだ!自分はタツ先輩に多大なる恩がー」


「はいはい。わかったから。それはもう嫌になるぐらい聞いたから。本当にもう何回も同じ話ししてるもんね?」


 その言葉にロッツはそうだな。それだけ自分は先輩を尊敬し、と何故か嬉しそうに頷き腕組みをする。いや、俺ただ訓練の付き合いをしたぐらいなんだが・・・


「アイはタツ先輩のボタンいらないのか?俺はアイも狙ってくると踏んでたんだが」


 そんな事を言うキョウスケ。おいおい、俺がなにしたんだよ。成績だって良くて中の上。しかも操縦に限ってだ。目指す所なんぞどこにある。


「ちょっと待てお前ら。なんで俺なんー」


「タツくん!行くかどうか決まった?」


 後輩達の否定をしようとした矢先。背後から声をかけられる。振り返るとそこには黒髪ストレートの女の子が歩きながら近付いてきた。


「あ、コユビ先輩卒業おめでとうございます!」


 アイがその言葉を言うや否やコユビの手を握りしめる。ああ、そっちのを貰いたいのかアイは、そりゃ正解だ。


「ありがとうアイちゃん。これもアイちゃん達と訓練いっぱいしたおかげだね」


 優しく微笑むコユビにアイは慌てた様子で首を振り否定していた。


「あはは、本当に助かったんだよ?ありがとうね。それでタツくん。行くのか決まったの?みんな待ってるよ?タツくん待ち」


 ありゃ、俺がみんなを待たせているようだ。これは急がねば。


「ああ、俺も行けるよ。わざわざありがとうコユビ。それじゃあ行こうか。急ごー」


「「タツ先輩待って下さい!」」


 ちぃ、逃げられなかった。長くなりそうだから無理やり逃げようかと思ったのに。


「あのなぁ、俺を目標にしても大した恩恵なんかないぞ、それなら他の奴らから貰えよ。色んな奴らと訓練したろ?」


 それこそ今まさに隣にいるコユビとか。成績で言えば間違いなくトップだぞコユビは。


「なになに?アイちゃんとロッツ君とキョウスケ君はタツ君からボタン貰いたかったの?」


 興味あります。そんな顔でコユビが話しを戻してくる。ああ、また時間がぁ・・・



「あはは〜私はいいかなぁ。私は誰からも貰うつもり無いんで。」


 苦笑いで頭をかくアイ。あれ?そうなの?てっきりコユビから貰うんだとばかりに思っていたんだが。


「アイ。この前はタツ先輩のボタンかコユビ先輩のボタンか悩んでなかったか?」


 その答えにアイはうん。と答えー


「目標ってさ、何か届かなそうじゃない?対等になれなさそうで、だからね、貰わない。私は2人を・・・ううん、みんな追い抜くからいらない」


 唐突だった。いつもの笑顔が似合い笑う度にサイドテールが一緒に跳ねるような無邪気でよく笑っている後輩の初めて見た挑むような目だった。


「そうか・・・超えるか・・・」


 感慨深い顔をしてキョウスケは俺の顔を見る。ほんの数秒だ。その見つめる数秒でキョウスケの顔も変わる。ああ、お前もかい?


「タツ先輩。すいません。俺から言った事ではあるんですが・・・出来る事なら俺もタツ先輩を超えたいです」


 だからと発しようとした声にロッツが声を被せた。


「なら自分が貰いますね」


 そう言ってロッツはすぐさま誰にも取られないようにとさっそくボタンに手をかけようとする。まさかの展開にみんな一様に固まる。空気が死んだ。え?なんで?なんでなの?お前も乗れよこの話しに。何でなの?空気読めないの?


「後で欲しいとか言っても絶対渡さないからー・・・え?なんだよ?2人とも?変な顔をして」


 念を押すのに振り返ったロッツ。変なのはお前の頭だと言いたそうにロッツを見る後輩2人。コユビは最早苦笑いである。


「いやな。普通はお前も目標の切り替えをする場面であったと俺はー」


「目標の切り替え?そんなの自分は最初から決まっているぞ。タツ先輩もアイもキョウスケもコユビ先輩だって超える」


 あっけらかんと言い放つロッツにキョウスケは少し驚いた様子で尋ねた。


「ならボタンはいらないんじゃないのか?」


「なんでだ?いるぞ自分は。目標だ。超えに超えたい目標だし目につけばやる気も増す。挑む気持ちにもなれる。なら使わない手はないだろ。曖昧に目標とか言えばそれは確かに一時的なものにはなるんだろう。けどな、それじゃやっぱり届かないんだよ。目標がそれしかないから届きそうだと思ったら安心して訓練に身が入らない。成長が遅くなる。辿りついた嬉しさでなんだかんだと理解をつけてその場でふよふよは嫌なんだ自分は。」


 そう言ってロッツはポケットからハサミを出して俺の第一ボタンの糸を切って確かに自分の手のひらに握りしめた。


「だからタツ先輩」


 そしてこいつも・・・


「超えに超えてタツ先輩が手が届かなくなったら、今度は先輩が俺のボタン貰いに来て下さいね」


 ニヤリと笑いながら戦線布告。俺も思わずニヤけてしまう。ああ、本当にいい所だここは、きっとまだここに留まっていても俺はまだ成長出来るんだろうと思わせてくれる。だからこそ。ここを離れても俺は強くなれると確信が持てる。この狭い島で学んだ事でさえこれなのだ。これから色々な世界を見れるのだ、触れるのだ。だから・・・俺はもっと・・・もっと。


「ああ、追って来いよ。俺も俺の先にいる奴らは抜いていく。サボんなよ?」


 思わず睨みつけた俺の視線が怖かったんだろうか。3人とも姿勢を正す。あれ?


「やっとだ。やっとその目を見れた」


「うひゃ、出たぁ」


「これは、なんとも・・・」


 三者三様の言葉に思わず首を傾げた。


 あれ?俺可笑しい事した?

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