第四話 ゴズウッドの王子
王妃セシリアと王女エリス、そして守護兵リューンの期待も空しく、エリオットの頑張りは3日で挫折した。与えられた授業や訓練を全てすっぽかして、日の高いうちから城下町へと降りて闘鶏などの遊びごとに耽っていた。母である王妃にしろ妹であるエリスも、そして彼にいつも付き従っているリューンも頭を抱えたが、皆長い目で見るスタンスでエリオットを見守ろうという流れに落ち着いた。
そんなある日、突然南の大国であるゴズウッドから使者が訪れ、同盟を結びたいとの王であるアダル直筆の書状を持ってきていた。ジークムント王は長く対立している北の大国ギーエンに対抗すべくこの同盟を快く引き受けた。
それから2週間程経ってからゴズウッドの王アダルの一行がジーヴェルの王都ホーリーウォールへとやってきた。両国の親交を深めるためにジーヴェル側が招待したのだ。
アダル達一行はホーリーウォールで格別のもてなしをうけて皆気分良く過ごしていた。
このアダルには息子がいて今回もこの旅行に連れて来ていた。名をロキといい、年齢は18歳。自国であるゴズウッドでは勇猛で名を馳せる王子である。
ロキはこのホーリーウォールに来てこの国の王子であるエリオットと引き合わせられて(なんだ?この貧相な王子は!こんな奴が次期国王となるのならばこんな国に恐れを抱く必要もなければ、同盟を結ぶまでもない)と思い、心の中であざけ笑っていた。
ある時、宴席の最中にロキは同じ王子であるエリオットに剣術での手合わせを申し入れた。
リューンから「お引き受けなされてはなりません」と耳打ちされたエリオットは、始め嫌な顔をして話を受け流していたが、ロキが「貴殿はオレを怖れているのか?手合いくらいなんでもないだろう」と言い、負けず嫌いのこの少年王子はカーっと来て引き受けてしまった。
その夜、リューンは「なぜ引き受けたのですか!」とエリオットをたしなめたが、エリオットは「すまん」と一声力なく発するだけだった。
リューンはエリオットがゴズウッドの王子に勝てる見込みは無いと確信していた。
いや、リューンが一番心配している事はエリオットの敗北ではなく、エリオットが手合いで満足な戦闘を行なえず、無様な醜態を晒してしまうのでは?という事であった。
こういう事は人の噂話になりやすいものである。「ジーヴェルの王子は弱くて情けないぞ」とゴズウッドや他の諸侯に笑われ語られる事になってはジーヴェルのこれからの未来にも関わってくる。
「何とかしなければ…」
リューンは考えを巡らしたが、良い案は思い浮かばず眠れぬ夜を過ごした。
次の日――訓練場で両者は対決する事となった。周りには野次馬連中が声を挙げて応援している。ジーヴェル側の者達はエリオットを、ゴズウッドの従者達はロキを、当然言葉で後押しをする。
「お手並み拝見ですぞ、エリオット殿」
ロキの言葉にエリオットは萎縮する。エリオットにはこのロキを負かすような自信は少しもなかった。エリオットとて馬鹿ではない、自分の剣術の腕前が如何に酷いかも自覚している。その上相手はゴズウッドで勇猛であると噂の男。身体が小さい自分と比べて遥かに体格が良く、その顔も凛々しく如何にも勝負強そうである。ふと自分の足を見てみるとガクガク膝が震えている。エリオットは出来る事ならこの場から逃げ出したくなった。
しかし、無情にも手合わせの「開始」の合図が掛かった。始まった。もはや逃げられない。
対してロキは余裕綽々であった。こんなチビに負けるわけないと思っているし、どうやって恥をかかせてやろうかとニヤニヤと口元を緩ませている。
「いつでもかかってきてもらって構わないぞ」
その上から見下ろしている態度にエリオットはカチンと来て、
「よし、いくぞー!」
と、訓練用の剣を振るってロキに斬りかかった。
しかし、通用はしない。軽く交わされ手でドンッと押されてヨロヨロと倒れそうになる。傍から見ても剣が重そうで扱い切れていない。
「どうした?ジーヴェルの王子は剣もろくに振れないのか?」
ロキの嘲笑にエリオットはますます頭に血が昇る。
「このー!」
と、何度と剣を重そうに振り斬りかかるがその度にロキに軽くあしらわれ、惨めな姿を露呈してしまった。
ロキの従者達はそんなエリットを見て、喜ぶ。
エリオットは自分を馬鹿にする笑い声に居たたまれない怒りと悔しさで一杯になった。
「こんにゃろーー!!」
とエリオットは意を決して剣を頭上に持ち上げ間合いを詰めて思いっきり剣をロキに振り下ろした。
しかし――ロキはさらりと交わして、
「そろそろいいか」
と、手に持つ刃の無い剣をエリオットの胴に勢い良く叩き込んだ。
「ぐはぁ」エリオットは後方に2メートル程吹っ飛んだ。鎧を着けていなければ大怪我をする所であったであろう。
「それまで!」
勝負はあっさりついた。
「我らが王子の勝ちだ!」「それにしてもジーヴェルの王子は情けないのう!」
と、ゴズウッドの従者達は口々に歓喜の声を挙げエリオットの醜態を笑う。
対してジーヴェルの者達は、
「ああ、エリオットさま…」「やはり、あの身体では無理か」「弓での勝負なら負けはせぬのだがなぁ
」
その一声をロキは聞き逃さなかった。
「弓なら負けない?そこの王子は弓が得意なのか?」
ジーヴェル側の野次馬は声を揃えて、
「ああ、そうじゃ。エリオット様はこのジーヴェルでも指折りの弓の使い手じゃ」「弓での勝負なら誰にも負けはせぬ。貴殿とて例外ではないぞ」
「ほぅ…。そうか…」
ロキは鎧を外して腹を押さえて座っているエリオットを見、
「貴殿は弓が得意なのか?」
リューンはマズイ!と思った。彼だけがエリオットの弓術の腕前の真相を知っている。
しかし、ここで唐突に場ににつかわしくない女性の甲高い声が響いた。
「ええ!お兄さまの弓は天下一品ですわ!貴方など足元にも及ばないわ!」
皆が声のする方を振り返って見ると、そこにエリオットの妹のエリス王女がキリリとその大きな目を吊り上げて仁王立ちしていた。
「おぉ…」
ロキは思わずエリスに見入った。ロキはこのジーヴェルに来て、この国の王女であるエリスに初めて会った時から、その可憐さに目を留めていた。
ただ、それは一目ぼれということまでではなく、少し気になったという程度。
しかし、この状況を利用すれば…とロキの頭の中に悪巧みが浮かんだ。
ロキは下卑た笑いを浮かべたままエリオットを見て、
「よろしい。エリオット殿の得意な弓で再仕合といこうではないか」
と、述べた。
ジーヴェル側の野次馬達は意気を強めて、
「おお!それが良い!ぜひ弓での勝負を!」「弓でならエリオットさまが負けるはずがない!」
と意気揚揚となってきた。しかし、ただ一人だけ憂いの表情をする者がいた。
リューンである。
リューンはこの程のエリオットの醜態にも肝を潰したが、続くこの展開にも心の平静を保つ事が出来なくなりそうである。
しかし、事態はさらに悪い方へと動くことになる。
「ああ、弓で勝負だ」
エリオットはすくっと立ち上がって悔しさを打ち消すように毅然として答えた。
ロキはそんなエリオットをフフンと鼻で笑い、
「エリオット殿。貴殿はそんなにも弓が得意か?」
エリオットは少し間を空けてから真っ直ぐにロキの目を見据えて、
「ああ、そうだ。得意だ」
「実はオレも弓が得意なんだが…。弓でなら、オレに勝てる。そう言うのだな?」
「ああ…」
ロキは答えを聞いてからじっくりと間をとって、
「ならば、ひとつ賭けをしようじゃないか?」
「賭け?」エリオット同様、その場に居た一同が皆首をかしげた。
ロキは自分が今口に出している言葉を体言するかのように得意げに言った。
「ああ、賭けだ。もしエリオット殿が勝ったらオレは今までの数々の非礼を土下座をして詫びよう」
「土下座!?王子何とおっしゃいますか!?」
ロキの従者達が慌てふためいた。王子であるロキがもしそんな事をしたらゴズウッドの威厳は地に落ちる。「他国に招かれ歓迎されていたのに、その国の王子に勝負を挑んで負けて土下座して許してもらった情けない王子」と、このアースガルド全土に広まり、末代までの恥となるだろう。
ロキはそんな事を考えているのか、いないのか。言葉を続ける。
「だが、もしオレが勝ったら…」
と、突然視線をエリスに移して、
「オレが勝ったら、エリス殿をオレがもらう!」
「!?」
皆驚いたが、一番驚いたのはエリス本人である。その次にエリオットとリューンの二人だろう。もちろんジーヴェルの野次馬達も酷くびっくりした。そして、「それはいくらなんでも」と皆口々に顔色を変えてお互い見合う。一国の王女の扱いをこんな互いの王もいない非公式な場で、嫁にやる、貰うなどと決めていいことではない。
「それはダメだ!」
と真っ先に叫んだのは兄であるエリオットではなく、リューンだった。
彼はエリオットがロキに勝てるわけが無いことを一人確信しているため、当然といえば当然の発言だ。
ロキは怪訝そうに顔を曇らせて、
「そこの衛兵。なぜダメなのだ?」
「ン…」
リューンが口ごもると間髪入れず当人であるエリスがその透き通る声を張った。
「いいわ!貴方が勝ったら私をゴズウッドに連れて行くがいいわ」
決意を込めたエリスの表情に皆息を飲んだ。
「エリス!?」「エリスさま!?」
ロキは「ハッハッハ」と高笑いし、
「その度胸!ますます気に入った!どうしても手に入れたくなった。そういうことで、勝負を始めようか?エリオット王子よ!」
ロキは自信を漲らせニヤリと卑しい笑みをその頬に宿した。
いつもこの物語を読んで頂いて有難う御座います。今回の登場人物紹介は王女エリスです。エリス・ハイル。14歳。女。エリオットの妹でジーヴェルの王女。エリオットよりも背が高く(163センチ)髪は赤茶がかった黒。瞳はエメラルド。容姿は可憐でスタイルも良い。優しく芯がしっかりした少女で、周りにいる者皆から好かれている。真面目で勉強も出来る事から城の重臣達からは中身がエリオットと反対だったら良かったと言われている。エリオットの数少ない理解者の一人である。昔からリューンを密かに想っている。では次回からもご愛読の程よろしくお願いします。