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第三話  道楽王子卒業?

 城の一階の奥にある訓練場は国の軍兵の中でも選りすぐりの精鋭兵しか利用できないエリート兵の為の訓練場である。それ以外の兵は城の外の兵舎とそれに隣設されている訓練用グランド。そして城下町にある4つの兵士の訓練用グランドで訓練をしている。

 城内のこの訓練場は南側の壁に幾つもの大きな窓を作っておりカーテンを開けば太陽の光が差込んできて、部屋全体が明るくなるように作られている。

 今この場所ではいかつい男達が鉄製の剣や槍を持って互いに攻撃し合い腕を磨いている。

 エリオットとリューンはこの訓練場に姿を現した。

 その姿を見て、「おぉ…」と数人の兵士が声を挙げた。

 兵達が驚くのも無理なく、エリオットがこの場に現れたのは実に三ヶ月ぶりだった。

 エリオットの表情からいつもの余裕が消え、顔が強張り、動きがぎこちなくなっている。

 エリオットにとって正直他のどの授業よりもこの剣術及び武術の稽古が一番苦手で、嫌で、恐ろしく、最も苦になる授業なのだ。

 机に張り付いて行なう授業なら例え分らなくても教科書を見ていれば事なきを得る事が出来るが、この剣術、武術の授業は自分の腕前の度合いがダイレクトに皆に伝わってしまう。

 エリオットの筋力では鉄製の剣はろくに扱えず、せいぜい短剣を少し長くした程度の小型の剣しか使えない。

 そうなってくると体が小さい為にリーチの短いエリオットにとって、訓練での相手との対戦で短い剣を使う事は圧倒的に不利である。エリオットが相手の体に剣を当てる為には相手の懐に深く入り込まなければならず、この訓練においてもエリオットは相手に自分の剣を当てる前に大抵相手の剣をくらい負けてしまっていた。

 そんなこんなでこの剣術の授業はエリオットにとって、自分の非力を思い知らされ自尊心が酷く傷つく、誠にもってなるべくなら遠慮したい授業なのである。

 エリオットの姿を確認して近づいて来た者がいた。その男はにかっと笑っている。

 長身で筋骨隆々。短く刈り込んだ髪とさわやかな笑顔が印象強い体育会系の男だ。

 この男、名をハイマンといい、エリオットの剣術の先生である。

 ハイマンは剣術、武術に精通し、また人当たりの良さからこの訓練場の師範代として精鋭兵達を日夜鍛えている。

 そしてエリオット王子にも特別待遇で毎日この時刻に90分間マンツーマンで教えている。

 ただ、ここ三ヶ月間はエリオットがサボっていたので一度も指導していない。

 フランチェスカもレオナルドも、そしてこのハイマンも皆エリオットに対しては強制力を持ち合わせていないらしく、皆エリオットが授業を受けに来なくても誰も怒りもしなければ、探し出してきて無理やりやらせる、なんてことも無い。

 ただそれはエリオットが王子であるという事も大きな理由の一つだが他には王妃セシリアの計らいによってである。

 セシリアはエリオットが自発的に勉強や剣術の稽古に励むようになるまで寛大な心で見守って欲しいと、彼らに申し出ていたのだった。

 王妃の意を汲み取って、エリオットの先生達は皆だれもエリオットを咎めないのである。

「これは王子。お久しぶりです。今日は訓練に来られたのですか?」

 にこやかに問うハイマンにエリオットはぶすっとして、

「ああ、頼むよ」

 と、少しバツの悪そうに答える。三ヶ月間さぼってきた事にいくらかは罪悪感があるみたいだ。

 ハイマンは笑顔を崩さずに、

「では…。久しぶりなので、始めに勘を取り戻すために剣の素振りでもしますか」

 ハイマンはそう言って刃の無い練習用の鉄製の小型の剣をエリオットに渡した。

「す、素振り、か…」

 エリオットは露骨に嫌な顔をした。

 彼はこの『素振り』というものがひどく嫌いだった。

 目標とする相手もおらず、ただひたすら剣を振りかぶって、振り下ろし、また振りかぶって、振り下ろす。これの繰り返し。単純な様であるが、剣を手に馴染ませ振る事によって相手に斬り掛かる感覚を覚え、見えない敵を想像しながら振る事で相手との距離感を掴み、様々な状況に応じて剣を体の一部のように扱う為の練習となるのである。剣術の基礎こそ、この『素振り』なのである。

しかし、エリオットは『素振り』の練習を、剣を振る持続力を高める為の筋力のみを鍛錬するだけの行為としか考えていない。

 ――コツコツと努力し、一歩一歩着実に進んで行く。もちろん時には後ろに下がってしまう事も、その場で立ち竦んでしまう事もあるだろう。しかし、どんな困難な時もいつも前に向き直り常に前に進もうとする意思を持って行動すれば、人は必ずその先で何かを見つける事が出来る――。

 と、その様な事を町の教会の司祭さまから聞いた事があるエリオットだったが、いまだにその言葉が真実であるかエリオットは分らないでいた。

 エリオットは嫌々しく顔をひきつらせながら「1,2,3…」とその手に持った鉄製の小型の剣を振る。「5,6,7、…」「15,16、17…」

 と、ここでエリオットは剣を持っている左手をだら〜んと垂らしてしまい、さらにその剣が手から滑り落ちて床にカラ〜ンと甲高い金属音を鳴らした。

「あ〜!?もうダメだ!」

 エリオットは彼の利き腕で剣を握っていた左腕を右手で掴み、ひきつった筋肉を揉み解した。

(20もいかずに…)

 側で仕えるリューンは正直呆れた。いつもエリオットの側にいて彼が何の運動も鍛錬もして来なかった事は知っていたが、ここまで筋力が落ちていたのか、と驚いた。

 そんなリューンとは反対にハイマンはその笑顔を崩さずに、

「王子。暫く休んで宜しいですよ。回復したら、また始めて下さい」

 そう言い残すと他の兵達の所へ行って指導し始めた。

 エリオットは訓練場の隅に置いてある椅子に腰掛け、まだ左腕を触っている。

 リューンはエリオットの横に腕を組んで壁を背にして立っている。

 エリオットは椅子に座ったまま前のめりになり、俯き床に視線を落とし、

「なぁ。リューン。オレは剣は嫌いだ。弓なら自信があるんだがな…」

 リューンはこれには答えなかった。

 エリオットの弓が上達したのは彼の錯覚で、実際は3ヶ月前の腕前となんら変わってはいない。

 いや、それどころか狩りで成果があったことにかまけてエリオットはこの三ヶ月、弓の鍛錬、体の鍛錬も何もして来なかった。今の彼は三ヶ月前よりももっと弓も剣術もヘタクソになってしまっている。

 リューンはかがんでエリオットの耳元で囁く。

「王子。やはりもう少し体を鍛えなければいけないのではありませんか?」

 エリオットはブスっとして、

「お前もオレの弓の腕前は知っているだろう。オレは剣術や武術は嫌いだが、それならそれで別に上手くなろうとも思わん」

 リューンは少し驚いて、

「どうしてですか?上手くならなくても良いと?」

「オレは王子で将来は王だ。王子や王が戦で兵達に紛れて敵と戦うなんて事はまずありえん。王子は王と供に軍の後方でドカッと構えておればいいし、王になったら、それこそ有能な部下に作戦を命じて自分はやはり後方で戦の行方を見守る。それくらいはリューン、お前だって知っているだろう。だからオレは剣術や武術、いやもっと言えば弓の腕前さえ本当は要らないのだよ。ただ狩猟の一つくらい出来ないと立場的にまずいからな。オレはそれで狩りをやっているわけだ」

 リューンはある意味この言い訳とも取れるエリオットの口上に真実を見た気がした。

 確かにエリオットのいうように『軍の大将は前線では戦わない』それに『大将を守る為に周りには屈強の衛兵がついている』つまり、エリオットの弁は正確に的を得た発言だ。

 ただ完璧ではない。

 リューンは口を真一文字にし、

「しかし王子。最後に頼れるのは自分自身です。敗戦で逃げ延びる際に盾となる従者が少ない時など、敵の追っ手から自分の身を自分で守らねばならない時もあります。また、自身が武術の腕前を高めている事で部下達から信頼され忠誠を得る事にも繋がります。剣術、武術は努力して初めて会得する事が出来ます。何の苦労もしない大将には部下は心底からは付き従う事はありません。体を鍛え、剣術、武術の腕を上げる事も軍の大将となる王にも王子にも大事な事です」

 エリオットは苦笑して、

「お前にはかなわんな…。その通りだな」

 エリオットは目が醒めたといわんばかりに椅子から立ち上がると、剣を持って「1、2、3…」と素振りの練習を再開した。

 リューンはその光景を見て微笑んだ。

 エリオットが変わってゆく。

 リューンの心に穏やかな風が吹いた。




いつもこの話を読んで頂いて有難う御座います。第三回目の登場人物の紹介は、思ったより話が進まず取り立てて紹介するキャラがいないので今回は別の話を。この話はお気づきの方も多いかと思いますが、時代背景は三国志と中世ヨーロッパの世界観をミックスした作りとさせて頂いています。国の名前からしてそうです。ギーエン→魏 ゴズウッド→呉 ジーヴェル→蜀 という具合です。ちなみにリューンのモデルは劉備玄徳で、エリオットはこちらもアニメ『鋼鉄三国志』の劉備がモデルとなっています。では、次話もご愛読宜しくお願いします!


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