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第二話  リューンとエリオット

 狩りの翌日――昨日セシリアとエリスに宣言した手前、エリオットは午前中から家庭教師の授業を渋々受けていた。

 エリオットが今いる場所は城の中の一室で、エリオットが勉強をする時に使う部屋であり、今この室内にはエリオットと彼の家庭教師であるフランチェスカと、守護兵であるリューンの三人がいる。

 フランチェスカは政治や経済に詳しくエリオットにそれらを教えている。

 年齢は29歳で肩口まである髪は巻き毛で、色は赤茶。眼鏡を掛けており、小顔で色白。整った顔は美しく、知性豊かな彼女の内面が伺える。才気溢れる女性だ。

「市場経済とは企業や個人が自己利益を最優先して物財を生産し、市場において分配する形態の経済である。規範や指令もなく、市場における消費の動向によって生産活動が規定される特徴が――」

 フランチェスカ女史の麗らかな声が春の陽光に溶け込んで部屋の中に穏やかな雰囲気を作り出していた。

「ふぁ…」

 エリオットは昨夜遅くまで起きていた為睡魔に襲われていた。いや、例え十分な睡眠を摂っていたとしても彼の場合は授業中はいつも眠くなってしまうのだが。

「エリオットさま?聞いていますか?」

 フランチェスカが机に就いて教科書を開いているエリオットの顔を覗き込んでそう聞いた。

「ああ、聞いてる!聞いてるよ!」

 エリオットは焦り気味に答える。

 フランチェスカはなぜか目を輝かせて、目線を上げて手を胸の辺りで組んで、

「ああ、エリオット様が三ヶ月ぶりに私の授業をお受けしてくれるなんて!しかもいつもなら10分もしない内にどこかへと逃げてしまうのに、今日はもう1時間も!ああ、私、教師になって良かったわぁ!」

 と、大げさに喜んだ。

 エリオットは「ハハ」と苦笑した。

(眠い…。それにフランチェスカが言ってる事もこの教科書に書いてある事もさっぱり分らん)

 しかし――昨日約束した為たった一日の、それも初っ端の授業を抜け出すわけにはいかない。

 エリオットはとりあえず教科書を睨みつけて、さも真面目に勉強しているふりだけでもしようと考えた。

 それから30分。エリオットは何とか90分間耐え抜き授業を終えた。

 内容は全く分らなかったが、彼はただ授業に出た、勉強をしているという事実さえあれば良いので、少しの後ろめたさも無い。

 本当は勉強というものは自分が知らない、分らない事を必死に覚え考え、時折先生に質問して理解し、自分の知識として吸収し、それを実生活に役立てて行くものである。

 その点でもエリオットは王子であり将来の王であるという自分の立ち場を考えない、余りにも幼稚で身勝手な行動を取っている。

「リューン。飯食いに行くか?」

 フランチェスカが部屋を出て行った後、部屋の隅で待機し、自分の身を守る為いつも行動を供にしている守護兵のリューンにそう声を掛けた。

 リューンは少しムスッとしており、それに気づいたエリオットが、

「どうした?」

 と訊いた。

 するとリューンはその表情のまま、

「王子。今日は頑張りましたね。授業の内容は身につきましたか?」

 エリオットはいつもの調子で、

「ああ、簡単。簡単」

 と、笑う。

 リューンは分っているが、

「王子。今日の授業でやっていた市場経済の対立概念は何でした?」

「ン!?」

 リューンの突然の質問にエリオットは一瞬体が固まる。

 そして、あたふたし、

「オレは分かっているぞ!?お前、そんな事を聞いてどうする!?」

 リューンはエリオットの目を見据えたまま、

「いえ、私も王子の守護兵でありますから、このくらいは知っておかないと後々まずい事になるやもしれません。いざという時、王子の力になれなければ私がいつも側で仕える意味が無いですから」

「そ、そうか!?そうだな!?ンー!?何だったかなぁ!?ハテ?簡単過ぎてド忘れしてしまった!?んんー!?何だったか、な〜!?」

 リューンは目を細め、

「たしか…自由経済でしたか?私も良く覚えていませんけど」

 エリオットはパッと顔を明るくさせて、

「そう!そうそう!自由経済!そうだよ!オレもちょっと出てこなくて!あはは!そうそう!自由経済だ!」

「さすが王子」

 エリオットの仕草が可笑しかったか。リューンはクスリと笑った。

 本当は計画経済である。

 それでもリューンはエリオットが抜け出さずに90分もの間我慢した事に一様の納得を得ていた。

 これを期にエリオットがとりあえずは授業に出て、その内内容を理解するようになって、その上勉学を苦と思わぬようになれば、こんな良い事はないと楽観的ではあるが、そう思った。

 エリオットとリューンは供に城の食堂に出向いた。

 エリオットは夕食は家族と摂るが、昼食はいつもリューンと一緒に食べる。ちなみに夜型人間のエリオットは朝食は摂らない。

食堂は広く、一度に500人は席につける。故に城で働く者達は何時来てもテーブルについて食事を摂る事が出来る。それはお昼時でも同様である。

 食堂にエリオットが姿を見せると、皆顔を向けて、

「エリオットさま。いらっしゃい!」「エリオットさま。昨日また得物を仕留めたらしいですね」「どうしたら弓が上達するのですか?」

 などと皆大声で声を掛けてくる。すごい人気である。これは三ヶ月前とは明らかに違う反応である。

 三ヶ月前ではエリオットが来ると皆目を伏せて、何か尋ねられても愛想笑いを浮かべ、誰も快く接してはいなかった。彼がただ威張っているだけの道楽王子だった為である。

 しかし今は違う。狩りに出るようになって周りの評価は一変したのだ。

 リューンはこんな場面に会う度にリスクは高いがこの偽りの狩りを始めて良かったと頭半分でそう思う。

(しかし、もしこの嘘が白日の下に曝け出されてしまったら?)

リューンはその事がいつも頭の片隅にあるが、何かを得るには何かの危険にさらされる事も仕方の無い事だと自分に言い聞かせる事にしている。

 そして、いつかこの秘密をエリオットに打ち明けようといつも考えている。

 エリオットはラーメンを、リューンは日替わり定食を頼んだ。

 この城内の食堂では王族とその追従者は基本的に無料で何でも食べれる。

 もちろんリューンはただの衛兵では無くエリオット付きのただ一人の守護兵である為、彼も例えエリオット同伴でなくとも城内での飲食は全て無料である。

 しかし、当然リューンはそんな事を特権として許されているとして安易に喜ぶような小さい人物ではなかった。

 リューンはゆっくりとそれでいてテンポ良く、実に手際良く日替わり定食を食べていた。

 今日のメニューはから揚げ定食だった。昨日は焼き魚定食で、その前は麻婆豆腐定食だった。

 一方、エリオットはラーメンの汁をテーブルや自分の胸元の服に飛ばしながら食べている。

 エリオットはジークムントの前では畏まって上品に振る舞い、食事のマナーも見事なまでにこなすが、一旦父の居ない所にでると、この様にだらしない振る舞いを見せてしまう。

 彼にとって父ジークムントは頭の上に重い石が一つ乗っているようなものだった。

 エリオットはかなりの小食であり、また偏食家でもある。

 この食堂で食べるのはラーメンか、うどんか、カレーのどれかで、いつもこの三つを三日間でローテーションさせている。

 さらにエリオットは食べるのがすごく遅い。

 麺を一口すすると、一旦ハシをどんぶりに置いてもぐもぐと噛み飲み込む。ハシを取ってまた一口すすって、ハシを置き、またもぐもぐと噛み飲み込む。これの繰り返しであり、噛むスピードが遅いみたいで、全部食べ終わるのは一般的な女性よりも遅いくらいだ。

 それに、エリオットは食べながら良くしゃべる。

 自分の横や前に座っている人と絶え間無くしゃべりながら食べる為、さらに時間がかかる。

 リューンはこの事を余り良くは思っていなかったが、エリオットがより多くの人と話をする事で色々と視野が広がって人脈も出来、物事を幅広い見方が出来るように成長していってくれればと考え、ことに「食事中ですぞ」などと釘を刺す事はしなかった。

 昼食を終えたエリオットはリューンを引き連れて城の中庭にいた。

 この場所は城で働く人々が一時の休憩を取る所で、日当たりが良く心地よい。

 今日もエリオット達と同じく多くの人が設置されているベンチに座り談笑していたり、また直に芝生の上で寝転んだりしてひと時の休息を楽しんでいる。

 エリオットは芝生の上に寝転んだ。リューンはその側に立ち、一応周囲を見渡して不審者がいないか確かめる。

「リューン。お前も寝転べよ。気持ちいいぞ」

 エリオットは瞼を閉じてそう言った。

「いえ、私はこのままで。気にされないで下さい」

「お前こそ気にしすぎだ。ここは城の中だ。誰もオレを狙う奴なんていないって」

 と、寝そべったまま笑った。

 リューンは笑わずに、「万が一という事もありますから」と、だけ付け加えた。

 そこへ――ガラの悪そうな三人組の若い男達が二人に近づいてきた。年齢は皆18、9歳くらいか。

「やぁ、王子。今日はまだ見なかったんで、どうしたんだろうと思っていたが…。ここに御出でだったか」

 と、真ん中の男が声を掛けてきた。

 一応敬語らしき言葉を使ってはいるが風貌はまるでチンピラ風である。

 この三人組は城に住み王に仕える貴族の息子達で、最近エリオットの周りに群がるようになった連中である。確かに家柄は良いボンボンだが、それ故苦労を知らずいつも遊び呆けているバカ息子達だ。

 リューンはこの三人を良く思わず、いつもエリオットに付き合うのを止めるようにと言っていた。

「おう」

 と、エリオットは一声かけると、両腕を頭の後ろで組んで寝転がったままの姿勢で、

「オレは今日は忙しい。お前達の遊びには付き合えん。他の誰かを誘うんだな」

 エリオットの突き放すような感じにチンピラ風の三人は顔色を変えて、

「何で忙しいんだ?何か用事でもお有りか?」

「ああ、今日はこれから兵法の勉強と剣術の稽古に出ねばならん。お前達に付き合っている時間はない」

 と、つっけんどんに言った。

 チンピラ風の三人はその言い草にムッとなり、何も言わずに立ち去った。

 リューンは顔をほころばして、

「良かったのですか?」

「ン?なにが?」

「あのお友達の事です」

「ン?ああ、あんなのは友達でも何でもないよ」

「そ、そうですか」

 リューンの声が思わずうわずった。嬉しかったのだ。

 エリオットは自分にさえ聞こえないかのような小さな声で、

「本当の友達はここにいるしな」

「え?」

 リューンは良く聞こえなかった。

 昼休みが終わり、エリオットは勉強部屋に戻って、今度は兵法の授業を受けていた。

 兵法の先生はレオナルドという人で、このジーヴェル国では有名な歴史研究家である。

 年齢は67歳で、頭は禿げ上がり、残った僅かな毛は真っ白で、顔はシワだらけである。背も低くエリオットより少し高いくらいであるから160センチくらいだろう。しかし年齢を感じさせない生気をいつも身に纏った、如何にも学者らしい老人である。性格も温厚でエリオットの多少のわがままにも取り立てて怒る事もない。しかし、その為エリオットに舐められ、「レオ爺」などと呼ばれるはめになっている。

 エリオットは最初の30分間だけはレオナルドの講義を受けながら教科書をぐぐっと凝視していたが、限界が来たのか、頭がショートして気絶するように深い眠りに就いた。

 レオナルドはエリオットが眠っているのに気づいたが、温和な笑みを洩らしてそのまま講義を続けた。

 リューンはそのレオナルドの年齢を重ねた事で得たであろう寛大な対応に何か心地よさを感じた。

「オレ寝てなかったよな?ちゃんと勉強していたよな?」

 エリオットは授業が終わるなりリューンにそう、分けの分らない事を口走った。

 寝ていたかいないかなどは本人が一番分っている事だが、彼は夢の中でも講義を受けていたのか?

 リューンは微笑んで答える。

「ええ、立派に授業を受けていましたよ」

「そ、そうだろう!」

(アレ?オレ寝てたんじゃ…。いや、起きてたか?)

 エリオットはちょっぴり頭の中がまだぼやけていた。まだ夢心地にいる為、はっきりと判断出来ない。

 しかし5分、10分と経ち頭が冴えて来ると「ああ、やっぱり寝ていただろう!」と気づきリューンに問い詰めた。

 するとリューンは「あはは」と笑い、

「もう春ですからね〜。字ばかり読んでいたら眠くもなりますよ」

「アハハ。そうそう。誰だってオレだって。そりゃ、あのレオ爺のまったりとした声聞きゃあ皆眠くもなるさ!」

「ええ、かくいう私も立ったままウトウトと…。危ない所でした」

 レオ爺の話声は夜余り眠れない人に医者が処方する睡眠薬よりも遥かに強力な眠り薬であると二人で笑った。

 次の時間は剣術の稽古で、これが今日最後の授業である。

 エリオットとリューンは連れ立って城内一階にある兵の訓練場に向った。




いつもこの物語を読んで下さって有難う御座います。さて、第二回目の登場人物はもう一人の主人公エリオットです。というかエリオットの方が目立ってる!?エリオット・ハイル―15歳。男。ジーヴェルを治めるジークムントの長男。体が小さいが、気が強くわがままな王子。年齢以上にあらゆる面で未熟でいつもトラブルメーカー。身長158センチ、体重35キロ。クセっ毛でブロンドの髪。目はブルー。容姿は乙女の様。父親であるジークムントに余りに似ていないので色々と変な噂もチラホラ。剣術も兵法も何一つ身に付いていない。勉強嫌いの道楽王子。ただ、根は悪くない。



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