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第一話  偽りの王子

 この物語の舞台となるアースガルド大陸では主に三つの強国とその他十数程度の小中の国家が混在し、互いにそれぞれの思惑を抱きながらも、なんとか均衡を保って共存していた。

 最大の勢力を誇る北の国ギーエン。南の大国ゴズウッド。西の宗教国家ジーヴェル。

 この三国が三者とも互いに睨みを効かせていたので、どこか一方が他方へ攻め込めば第三国がその攻め込んだ国へ攻め込む為、安易に兵を動かせない状況になっている。

 しかしこの三国が動きの取れない状況である事が、このアースガルドを一応の太平の世と成している要因となっている。

 だが、いつまでもこの危うい均衡が続く程三国の王達は大人しくは無く、隙あらばいつでも攻め込み領土を侵略しようと腹の中で沸々と野望の炎を燃やしているのだった。


 ジーヴェルはジーヴ教という宗教によって統治されている国家である。

 このジーヴ教はこのジーヴェルの現在の王であるジークムント・ハイルが考案、布教した宗教であり、ジーヴェルの国民は皆大抵この宗教の信者である。

 ただ、中には当然のごとく宗教心など持ち得ない輩もいるわけであるが、教祖兼国王のジークムントはことさらその様な者達を罰したり教を押し付けたりはせず、寛容に一国民としての生活を保障している。そして信者達も布教活動は行うが、無理に入信させる事や入信しない事に嫌悪感を抱いたりはせず、このジーヴ教自体が寛容な宗教である事がこの事からも伺える。

 さて、このジーヴェルの領地で最大の規模の都市である王都ホーリーウォールにて物語は始まる。


 春―若草、木の芽が芽吹くこの時期を嫌う者は少ない。寒い冬が終わり、ぽかぽかと暖かい陽射しの中で、人も動物も何かワクワクとした心弾む季節が到来したのだと実感する。

 ここジーヴェル国の王都ホーリーウォールは巨大な城と広大な城下町を有し、外壁は高く厚く強固な都市である。

 このジーヴェル国の大地は肥沃で農作物が良く育つため、兵士にしろ国民にしろ食料には事欠かない。

 このホーリーウォールの城にも全兵士が摂る一年分くらいの兵糧が常備されており、敵に包囲され篭城せざるを得ない時でも少なくとも一年は耐える事が出来るというわけだ。

 その間に敵が諦めて退却するか、敵の兵糧が底をつくか、いや、その前にジーヴェルの他の都市からの援軍との協力で敵を打ち破るのが先であろう。

 この王都を大陸で最大の軍事力を誇るギーエンとの国境線に比較的近い所に建造したのは、この王都を軍略の最前線司令部として位置させる狙いがあったからだった。


 春の陽射しが木々の隙間から差し込んでくるこの昼間。

 ジーヴェル国の王子エリオットは森の中を馬に乗って駆けていた。

 手には一般的なサイズよりも小さい規格の弓を持っている。

 この弓で何か森の動物を射止めようとしているらしく、エリオットはしきりに何かを追っている。

「リューン!そっちへ行ったぞ!今日くらいお前が仕留めてみろ!」

 エリオットの言葉に、彼の最も信頼出来る部下であり幼い頃からの親友でもあるリューンが声を張る。

「王子!外しました!得物がそちらへと行きます!」

 その言葉通り、彼らが追っている獣、大きな猪が木々の間からエリオットの駆ける道へとザザザッと姿を現した。

「デカイ!大物だ!今日はツイているぞ!」

 エリオットは背に背負っている筒から矢を一本抜き取り、弓の弦につがえて、一杯に引いた。

 弓矢がぎゅぎゅっと曲がった所でエリオットの腕がブルブルと震えだした。

「もうダメだ!」

 そう言うなりエリオットは狙いの定まらない内に矢を放ってしまった。

 当然の事であるが、その矢がすごいスピードで左右に蛇行しながら走る猪に命中できるわけもなく、ただ道の上に落ち、自分の馬が数秒でその上を通り過ぎる始末となった。

 明らかに筋力不足である。このジーヴェルの王子エリオットは15歳になって元服しても、小型サイズの弓さえ、ろくに引けない。

大体この王子は同年代の少年と比べても明らかに虚弱体型である。

 身長は158センチで体重は35キロ。ほとんど2、3歳年下の女児並といっても過言ではないだろう。

 そんなひ弱な王子だが、自己顕示欲は強く目立ちたがり屋であるため、今日の様に山に狩りに出かけ、自然の獣に戦いを挑む事も好きだった。そして自分が射止めた野生動物を城に持ち帰って鼻高々に自慢するのがいつもの習慣であった。しかし、ここには一つ根本的な誤まりがあった。

 それは――。

 ドゥっと、前方を走っていた猪が突然倒れた。

「おぉ!やったか!」

 エリオットは倒れた猪の側まで馬を近づけ、馬から降りた。

 倒れ、ピクピクと痙攣を起している猪には一本矢が刺さっていた。

その矢は猪の頭をものの見事に射抜いていた。

そして、その矢には青色に染められた矢羽がついている。この青の矢羽の矢はエリオットだけが使っている特別な矢だ。

 エリオットは先程自分が放った矢がこのイノシシの頭を射たものだと思っている。

 先の矢が地面に落ち、自分が馬でその上を駆けたのだが、馬の足が速かった事と注意がイノシシの方ばかりに行っていた為に、矢の様な小さく細い物体の上を通過しても、木の枝の様にしか見えなかったのだ。

「よぉし!やったぞ!射止めたぞぉ!」

 エリオットは歓喜した。

「リューン!リューン!どこだ!やったぞ!オレが仕留めたぞ!」

「ええ、王子。ここにおります」

 と、茂みを掻き分けて一人の若者が馬にまたがって現れた。手にはこちらもまた弓を持っている。ただこちらは標準サイズの弓である。

 エリオットは金髪であるがこのリューンという少年は黒色の髪である。また、エリオットの眼はブルーであるがリューンは茶色である。身長は168センチ、体重は55キロ。細い体つきであるが、鍛え込まれた肉体で余計な贅肉はほとんど無い。

 彼の名はリューン・シュバルト。ジーヴェル国の名門貴族シュバルト家の公子である。年齢は16歳。現在はエリオットの護衛兵として常に行動を供にする容姿美麗な若者だ。

「お見事です。エリオットさま」

「ハハハ!オレの腕前も大したもんだろう!これでオレの9連勝だな。リューン、お前もしっかりしないと後1勝でお前の方は大台の十連敗だぞ」

 リューンはかしこまって、

「はい。次回こそは王子よりも先に射止める事が出来るよう、精進します」

「ハハ。まぁ、せいぜい腕を磨いておくんだな」

 ここに誤まりがある。そもそもエリオットの矢は得物に当たっていない。

 つまり他の何者かがこの猪を射たのである。

 その人物は言うまでも無く、この場に居合わせエリオット以外の人間であることから、リューンしかいない。そしてエリオットが勝誇っている前回までの『8連勝』も、実は全てリューンがエリオット専用の矢を密かに仕入れてきて、得物をさもエリオットが射止めたように仕向けていたのだった。

 エリオットはプライドが高く、自意識過剰な性格である。

 しかし、彼は王子であるという『生まれ』以外に人に誇れるものは何も無い。

 体が小さい上に、勉強も出来ない。またそのわがままな性格故、彼を慕う人物もリューンと王妃である母親のセシリア、そして血の繋がった妹のエリスくらいである。人間としての根は悪くないのだが、どうしても自分本位に振舞って周りの人から煙たがられるのである。

 そんな劣等感から彼を少しでも解放してやろうというリューンの友情が、この偽の狩りを彼が始めたきっかけなのであった。

 実際、この狩りを始めて3ヶ月、エリオットは狩りの度に得物を携えて城に戻り、その腕前を皆に自慢する事で自尊心が満たされ、満足な毎日が送れるようになっていた。

 もちろんリューンは、本当は自分が射止めている事を誰にも知らせてはいない。

 エリオットはリューンに仕留めた猪の運搬を任せ、自分は意気揚揚と森の外で待つお供の兵達の下へと馬をゆっくり向わせた。

 お供の兵達はリューンが牽く馬の背に括り付けている大きな猪を見るなり、『見事だ!』『こんな大きなイノシシは見たことが無い!さすがだ!』『エリオットさまの腕前は冴えるばかりだ!』と、本人を前に5、6人が口々に褒めちぎった。

 エリオットは鼻高々で体を仰け反って馬から落ちそうになる程有頂天になった。

 この森は城のすぐ東側にある小高い山の裾野にある。

 故に城から出て1時間もかからずに猟場へと着くことが出来る。エリオットの様な一国の要人が少数のお供だけで城を出る事が許されているのは、狩りを行う場所が近く、城の者達もその場所を良く知っているからこそであった。

 城に戻ったエリオットは自分が仕留めたであろう、巨大イノシシを城の者達に見せびらかした。事実、そのイノシシはとても大きく、またそのイノシシの頭をエリオットの青い矢羽の矢が見事に急所を射ている事に、見に来た城の兵や侍女、そして料理人などは感嘆した。

 兵達は仲間の兵にエリオットの弓の腕を称える話をし、侍女は侍女連中で騒ぎ、料理人はこのイノシシで美味しいぼたん鍋でも作ろうと、仲間と一緒にエリオット王子の弓術に感心する。

 エリオットが城の皆に注目の的となっている時にリューンは城の外に隣設されている訓練場に来ていた。そこでリューンは弓の練習をしていた。

 リューンは弓に矢をつがえ、一杯に引く。そして放つ。矢はヒューと音を出しながら一直線に飛び約30メートル先の的に当たった。見事に的のド真ん中である。

 パチパチと突然後方で拍手をする者がいた。

「お見事。さすがリューンさま」

 リューンが振り向くと一人の可憐な少女が立ってこちらを見ている。

 茶色かかった髪は肩口で切り揃われており、大きな瞳は鮮やかなエメラルド色。容姿は可愛く、後数年経てばかなりの美人になるであろう。身長も同年代の女性の中では高く163センチである。ここジーヴェル国の王女エリスである。年齢は14歳で、もちろんエリオットの妹だ。

「エリスさま。この様な所に、何かご用事でもお有りですか?」

「ええ、多分リューンさまがここにいるだろうと思って…」

 リューンはキョトンとして、

「どうして私がここにいると?」

 この質問にエリスはクスッと笑い、

「だって貴方は狩りの後はいつもここで弓の稽古をしてるわ。皆知ってる事よ。いつも兄さまばかりが得物を捕らえてきて、リューンさまは狩りから帰った後、必死に弓の訓練をしてるって。これ有名な話よ」

 リューンは少し苦々しく笑ってみせて、

「ええ、お恥ずかしい話ですが、狩りではエリオットさまにいつも負けてばかりで、帰ってきたら悔しくてこうして稽古に励んでいるのです。今度こそは私が!と思うのですがなかなか上手くはいきません」

 とリューンは言ったが、これはウソである。

 リューンは本当にエリオットが得物を射止め、負けた自分がこれだけ悔しがっているという『事実』を作る為にこうしているのである。

 そして言うまでもなく自分の腕が良ければ良いほどエリオットの株も上がると見越しての事。もちろんこの稽古はただ単純に弓の練習にもなるためリューンにとっては一石二鳥という訳だ。エリオットのお供をして、得物を見つけて、エリオットの矢が放たれた一瞬を見逃さず、自分も矢を放って標的に命中させるためには、かなりの技量が必要となるからだ。

「でも、不思議ね。全く弓の練習をしない兄さまが、いつも弓の稽古をしてこんなに上手なリューンさまを負かすなんて…」

 リューンは笑って、

「エリオットさまは本番に強いお方なのでしょう」

 と、言葉短く、そう答えた。

「それは…リューンさまは、本番に弱いという事?」

 真顔で訊いて来るエリスにリューンは困り、

「いえ、そういうわけでは…」

 エリスはぐいっと顔をリューンに向けて突き出し、その真ん丸の瞳でリューンの顔を見て、

「じゃぁ、どういう訳、なのですか?」

「ハハ…。それは…。いえ…。その…」

 と、リューンはしどろもどろになった。

 エリスは笑い、

「困らせたみたいで、すみません。でもわたし、もしかしたら兄さまの捕って来るイノシシやシカなど、本当はリューンさまが射止めているのでは、と思ったりもしてたのです。そんな事があるはずないのですけどね」

 リューンは(鋭いな。いや、誰でも疑う事ではあるが)と思い、エリスの子供ながらの洞察に感心した。いや、バレない為にエリオットの青い矢羽の矢を城下の鍛冶屋にエリオットの発注より多めに作らせて自分が幾つか抜き取っているのはこの為なのであるが…。

 リューンは幼い頃からエリオットとエリスとは親交があった。リューンの父リカルドは現ジーヴェル領内の有力貴族であるシュバルト家の当主であり、ジークムントとは国王とその臣下という立場を越えた良き友人である。またジークムントの側近でもある。

 父が国王の下へと出向く時などに良くついてきていたリューンは、子供の頃からエリオットやエリスと会う機会が多く、年齢も近い事から、良く三人で遊んでいた。初めて出会ったのはリューンがまだ9歳、エリオットは8歳、エリスは7歳の頃だった。

 子供同士とはいえリューンは王子であるエリオット、そして王女であるエリスには決して失礼な態度はとらず、名前を呼ぶ時も必ず『さま』を付けて呼んでいた。

 これは父であるリカルドから厳しくしつけを受けていた為である。

 そしてリューンは15歳で元服すると、父リカルドの薦めもあってエリオット王子の守護兵としてここホーリーウォールの城で働く事となっていた。

 それから1年。リューンは城の中もしくは城下町で働く内にエリオットが皆からどの様に思われているか知ってしまった。

 つまり、エリオットはわがままで自分のしたい事しかやらない、剣術の練習や勉強をおろそかにしていつも遊んでばかりいる『道楽王子』であると。

 しかしリューンはエリオットがそれだけの人物であるとは思っていなかった。

 確かにこの王子は皆が言う様にわがままでなまけ癖がある。しかし、その心の内には真面目さもあれば優しさもある事を長く近くで接してきたリューンは知っている。

人伝の悪評だけでエリオットの人間性をあれこれ言われるのは、エリオットの良い所を分っているリューンにとって我慢ならないものなのであった。

 それにエリオットは剣術や武術の稽古はさぼってばかりであるが、運動神経は良く、また政治、兵法の勉強もやらないが頭の回転は速く、物覚えも良い。

 体が小さい為、戦場で武器を持って戦う事は難しいかもしれないが、軍の大将として後方から命令を出して状況に応じた戦略を立てて自軍を勝利に導く、という様な役回りなら、きちんと勉強さえすればかなりの戦果をあげる事が出来る人物にもなれるのでは、とリューンは時々思う事もあった程だ。それだけリューンはエリオットを買っている。

 リューンは本当くさく苦笑して見せて、

「ハハハ。もし私の白の矢羽の矢が得物に刺さっていたなら、私も大手を振って皆に自慢出来るのですが」

と、見事な演義でそう言った。苦々しく笑った仕草など、表彰ものである。

 エリスはなぜか複雑な表情を眼に宿して、リューンから視線を外し呟くように、

「良かった…。本当に兄さまが仕留めているみたい…」

 そのちょっと変わった仕草にリューンはキョトンとした。そんな事はお構いなしとエリスは続けて、

「では、わたしはこれで…。リューンさま、弓の稽古頑張って下さい。今度こそはリューンさまが得物を捕ってきて下さいね」

 リューンは屈託なく笑い、

「ええ、有難うございます」

 そう答えたリューンに一礼して、エリスはそそくさと訓練場を後にした。

 リューンはエリスが去った事を確認してから、『事実』作りの為にまた弓の練習を再開した。

(エリスさまは疑っていたみたいだ。他にも疑ってる奴が何人もいる事だろう…。『コレ』も、もう潮時かな)

 リューンは弓に矢をつがえて、フュッと矢を放った。

 矢はドッと的の端に刺さった。何とか的を外さずに済んだという一矢だ。

 リューンは雑念を払う様に首を左右にブルブルと振ってから天を見上げた。

 空は青く澄んでいた。雲がゆっくりと流れ、日は西に傾いている。

 リューンは深呼吸してから前方の的に視線を移し、弓に矢をつがえて、矢を放った。

 その矢は今度は的を外し奥に設置してあるワラの壁に突き刺さった。

(潮時か…)

 リューンは的やワラに刺さった矢を回収してから訓練場を後にした。

 その日の夜7時を回った所。

 エリオット王子は父であるジークムント国王と母セシリア王妃、そして妹のエリス王女と供に長テーブルについて食事を摂っていた。

 テーブルの上にはエリオットが捕ってきたイノシシを使った様々な料理が並んでいる。

 エリスは上品にイノシシの肉のステーキをナイフとフォークで上品に切り分け、口に運んだ。

「兄さま。すごく美味しいですわ」

 エリスは正面に座るエリオットを見てにっこりと笑い、そう言った。

「美味しい?そうか。それは捕った甲斐があった」

 と、嬉しさを隠しながら答える。本当はもっと大声を張り上げて喜びたいのだが、彼が苦手な父ジークムントも同席している為、大人しめの表現に留めた。

「エリオット。本当に美味しいですよ」

 と、母である王妃セシリアもそんな感想を口にした。

 セシリアは基本的にエリオットに優しい母親である。

 ただ夫であるジークムントはセシリアがエリオットに母親としての愛情を示す事を快く思っていない節があるみたいで、ジークムントが同席している場合は声を掛ける時もなるべく短く、簡素に言うように心掛けている。

「母さま。いつでも捕ってきますよ」

 エリオットは控えめに笑った。こちらもジークムントがいる場合は口を控えるよう幼き日から学習して来ていた。

 そんな三人とは違ってジークムントは不機嫌そうな顔で嫌々しくイノシシの肉を頬張り、ゴクッと飲み込んだ。

「わしの口には合わん。エリオットよ。弓の腕を挙げるのも良いが、まつりごとの勉強も疎かにしてはならんぞ。お前はいずれわしの後を継いでこの国の王になる者だ。若い内に頭を鍛えておかねばならんからな」

 エリオットは畏まって椅子に座ったまま頭をコクッと下げ、

「はい。近頃はまつりごとにも興味が出て来ました。先生にも物覚えが良いと褒められています」

「そうか。それならば良い」

 そう一言残してジークムントは部屋から出て行った。

 残った三人はジークムントの姿が消え、足音が聞こえなくなると、皆「フー」と安堵の溜息をついた。

 エリスは少し怒った口調で、

「兄さま。また嘘をついて。まつりごとの授業はいつもさぼっているのでしょう?」

 エリオットは「あっはっは」と高笑いをして、

「いいんだよ。どうせ誰も父さまに告げ口などする者はいないのだから。そうでしょ?母さま」

 セシリアは少し呆れたような顔を見せて、

「エリオット…。貴方の事を庇っていくのもそろそろ限界よ。お願いだからちゃんと勉学に励んでくれないと…」

 話のようにエリオットが家庭教師の授業をさぼっている事を王の耳に届かないように取り計らっているのは王妃であるセシリアである。

 セシリアは昔からずっとエリオットの事を他の誰よりも擁護して来ていた。

 それはなぜなのか?

 体を小さく生んでしまった母親としての申し訳無さなのか?

 それともエリオットの事をジークムントが好ましく思っていないからか?

 そう――ジークムントはエリオットの事を余り良くは思っていない。

 それはエリオットの貧弱な体質もその理由の一つであろうが、最大の理由は、エリオットの顔が自分とは全く似ても似付かない様相をしているからである。

 この事は城の者達の間でも密かに噂になっており、エリオット王子はジークムント王の実子ではないのでは?と言われている。

 まだ憶測の域を出ない話であるが、ジークムントがエリオットを余り可愛がらない理由はそんな所にあるのではないのかとそう考えるとつじつまが合う。

「エリオット。明日からはちゃんとまつりごとの授業にも出てね。頼みますよ」

 王妃は顔を曇らせて、半ば懇願するかのように言った。

「まぁまぁ。母さま。そんなに心配しないで。明日からはちゃんと勉強もするし、剣術の稽古もしますよ。約束します」

 と、エリオットは晴れやかな表情でそう言ったが、セシリアとエリスはこの息子と兄の約束程薄っぺらいモノは他にない事を知っている。

「ああ、眩暈がして来たわ…」

 と、手で頭を抱える王妃。

「母さま。しっかり」

 エリスはセシリアに声をかけて、エリオットを見た。

「兄さま。どうか勉強を!」

「分った、分った!ほんとやるから。今回は!」

 エリオットは少しバツが悪そうになりながら残りの料理に手をつけた。

 城に住む上役連中はその日の夕食にぼたん鍋を食べた。

 油が乗っていて濃厚な味わいであったと、食べた者は皆満足したという。

 エリオットは翌日にその話を聞いて嬉しくなり、

「良し!明日にでもまたいくか!」

 と、張り切っているという。

 そんな彼の様子を人づてに聞いてリューンは心苦しくなっていた。

 自分の好意で始めたウソであったが、これは本当にエリオットの為になっているのだろうか。

 この狩りを始めるまでの3ヶ月前まではエリオットはただのわがまま王子というレッテルを張られていただけの少年だった。しかしリューンの計らいでエリオットは一躍注目の的になった。狩りに行く度に城の役人や衛兵達に得物を捕らえてくるのを期待され、実際にエリオットは自分の矢で射止めている得物を見て本当に嬉しそうに笑う。

 いつも誰かをひがんでいた数ヶ月前の王子はもういない。彼の周りにも徐々に人が集まるようになってきていた。人の上に立つ人物は、やはり人望が何より大切である。特に一国の王ともなれば色々なタイプの人間と交わってその都度状況に応じた接し方が出来る様にならねばならない。リューンは狩りを通してエリオットが人と交わって、リーダーシップを取って積極的に人間関係を構築して行ってくれれば良いと考えていた。

 しかし、もし狩りの得物を本当は自分が仕留めているという事が他人に知られたら、エリオットの面子は丸つぶれである。そして騙され続けていたエリオットは自分を憎んで決して許さないかも知れない。

(オレが浅はかだったか…)

 リューンは自分の若さ故のこの短絡的行動を悔やんだ。

(しかし、止めるにやめられないではないか!)

 リューンは仕方がなくこの偽りの狩りをもう少し続ける事にし、頃合を見計らってから、エリオットにだけ真実を打ち明けようと思った。




はじめまして。花屋敷といいます。この物語を読んで下さって有難う御座います。さて、この後書きの欄でこの物語の登場人物を紹介させて頂きたいと思います。まず、栄えある初回は当然主人公のリューンです。リューン・シュバルト―16歳。男。この物語の主人公。ジーヴェルの名門貴族シュバルト家の公子。容姿端麗。身長168センチ。体重55キロ。サラサラのストレートヘア。深い黒の髪。眼は茶色。厳格な父を尊敬し、常に正しいと思う道に進もうとする。真面目で優しい反面頑固で融通が利かない事も。痩せているが筋力は戦闘を行うのに十分で、剣術も得意。動きがすばしっこく瞬発力、動体視力、反射神経、体全体のバネは申し分ない。持久力、集中力も一級品。ただ体重がないため力比べの展開になると不利。戦場では長剣を持ち徒歩での一撃離脱の戦法を取る。

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