[01-02] ドラゴン・ブレス
今回で他の仔竜たちの名前がでます。
鬱蒼とした森の中を、落ちていた木の葉や枝をギリースーツ代わりに体に蔦で巻きつけた僕が、細心の注意を払い、慎重に足音を忍ばせて隠密行動をしていた。
「ねーねー。レア、どこいくのー?」
で、そんな僕の後を、ぴったり張り付くように付いてくるのは、トイレに起きたはずの蒼雷竜の仔竜ジークことジークフリートだ。
厠から戻ったら僕がいないのに気が付いて、巫女さんの隙を突いて部屋を抜け出して追い駆けてきたらしい。
ピンポイントで僕の所在を突き止めるとか、さすがは『直感』の“天恵”持ちだけのことはある。
暗がりでタックルされた時は心臓が止まるかと思ったけど、単に僕を見つけて嬉しくて飛びついてハグしただけらしい。トイレの後じゃなかったら嬉ションしてたかも知れない勢いだった。
それにしても、ジークにしろ他の仔竜にしろ、なんでこう僕に懐いているのかなぁ……?
生まれたての頃は、単にぴかぴか光る僕が物珍しくてまとわりついているのかと思ってたんだけど、いまだに当時の熱気は収まらないどころか変な方向に進化している気がする。
これが悩みの種で、今回、家出をくわだてたわけなんだけど、竜人族の巫女さんや成竜の目を誤魔化せても、まさかコレに見つかるとは想定外もいいところだ。
どう計画を修正しようかと悩んでいる僕の背後を、ジークがてけてけ追い駆けてくる。
周囲に配慮することなく、足音を立てて邪魔な枝をへし折り、「あ、ノコギリクワガタみっけ」と落ち着きなくチョロチョロし、「はい、レアにあげる」と絶え間なく構ってくる。
あーっ、鬱陶しいっ!
「いらない! てか、ついてくんなー!」
振り返って怒鳴りつけるけど、手にしたクワガタをぽりぽりスナック感覚で噛み締めながら、ジークは無垢な瞳でコテンと小首を傾げるばかり。
「なんでー?」
「邪魔だからだよ! つーか、ひとりになりたいんだからほっとけ。だいたい子供は寝てる時間だよ。眠いだろう? さっさと部屋に戻って惰眠を貪れ。あ、僕が出てきたことは誰にも言わないように。――じゃあね!」
念を押して返事も聞かず、前方を向いてさっさと歩みを進める。
このあたりの森って、この間の金煌竜の老師が起こした『ついうっかり』(当人談)事故のせいで、危うく壊滅しかけた――あとついでに世界が核の冬だか氷河期に突入しかけた――らしいけど、ドラゴンの成竜たちの尽力や、他にも精霊王を始めとする精霊族や一部神族の力も借りて、どうにか被害を最小限に抑えられたらしい。
お陰で雑草は伸び放題だし、木の根っこは地面を突き破って這い回っていて歩きづらいったらありゃしない。
「レアはもどらないのー?」
足元に苦労しながら歩いていると、しつこくジークの足音がついてくる。
逃げてもこの暗がりじゃたいして距離を稼げないだろうし、そもそも素早さでは全然勝てないし、隠れても『直感』で見つけられそうで無駄っぽい。
徹底的に無視するに限る。
「ついて来るなっていってるだろう。僕はいいんだよ。明日、成長したら戻るから。心配ないって」
「んー? せいちょー?」
「そうだよ。昼間に導師竜……先生がいってたろう。明日はみんな角が生えて幼生から幼竜になるんだって」
「んー? んんんん~~~?」
寝ぼけているのか、すっかり忘れているのか、難しい顔で首を捻って唸るジーク。
と、バランスをとるためにピコピコ動かしていた僕の尻尾を見た瞬間、頭の上に『!!』と感嘆符と満面の笑みを浮かべた(ような気がした)。
「せいちょーっ! およめさん! レア、ぼくのおよめさん!!」
「尻尾を掴むな! あとお嫁さんじゃないっ! つーか、それが嫌だから逃げたんだよ! いいかげんあきらめろってば!」
そう言っても聞いちゃいない。
幼児特有の都合のいい耳と脳みそを前に、僕はげんなりと肩を落とした。
脳裏に蘇るのは、その『お嫁さん』に端を発した仔竜たちの大騒ぎだ。
◆ ◇ ◆ ◇
「さて、いよいよ明日、お前たちには角が生えて1齢となり、幼竜と呼ばれ、晴れてドラゴンの仲間入りを果たす」
竜人に人化している導師竜の宣言に、後ろに待機していた乳母役の竜人族の巫女さんたちが、晴れがましい表情で一斉に拍手をした。
「へー……」
と、正面に立って聞いていたのは僕だけで、他の仔竜六匹はてんで好き勝手に中庭の中でブラウン運動をしている。
ジークはその辺に落ちている虫とか変な石とか、剥がれた成竜の鱗とかを拾ってきては、「レア! レア!」と、いちいち戻ってきて五月蠅い。
『赤いの』こと緋炎竜のスティンことオースティンは、せっせと拾っては戻り拾っては戻りしているジークを横目に、綺麗な花を摘んで簡単に束ねたところで恭しい手つきで僕に差し出してきた。
「レア、君にあげる」
「? ありがとう?」
よくわからないけど、花は綺麗なのでもらう。うん、野の花だから華やかさには欠けるけど、慎ましい風情の小さな白い花弁は、ふんわりと清涼な感じで見ていると気が落ち着いてくるね。
花束を受け取って思わず頬を緩めると、なぜかスティンがジークを見下した目で見て、フフンと鼻で笑った。
同じ行動派でも、なんてゆーか、ジークがトライアンドエラーを繰り返すのに比べて、スティンは沈思黙考してから動くタイプだよね。
巧遅よりも拙速を尊ぶ場合にはジークのほうが有利だけど、完成度を競うのならスティンのほうが安心できるって感じ。一長一短があるのでどちらが上とも言えないけどさ。
と、そんなことを思っていたら、
「真似すんなっ!」
「そっちこそ!」
スティンの態度に気を悪くしたジークが、比喩的にスティンに噛み付いた。
そしてそのままたちまち掴み合いの喧嘩になった。
最初のうちはぽかぽか殴り合いをしているだけだったんだけれど、そこは小さくても根っからの戦闘種族ドラゴン。当然そんなんじゃ収まらない。
てか、お互いに雷と炎のドラゴンだけあって沸点が異様に低い。全身の鱗の3分の1くらいが逆さ鱗で触られまくりなんじゃなかろうか?
らちが明かないと見てとったふたりは、いったん距離を置いて同時に大きく口を開けて、覚えたての“ドラゴン・ブレス”を吐こうとし始めた。
ちなみにジークのブレスは『サンダー・ブレス』で、一撃で大木をへし折る威力がある。
対するオースティンの『ファイアー・ブレス』は、灰色熊くらいなら一発で消し炭に変える。
どちらも一撃必殺の武器であり、生まれて3ヶ月くらいの赤ん坊が持つには過ぎた力だ。……いや、別に僕のただ明るいだけの『ライト・ブレス』がしょっぱいからって、嫉妬してるわけじゃないよ。
だいたいジークとオースティンのブレスって大砲みたいなもので、一発撃つと魔法力が底をついて、次に撃てるまで半日とかかかるんだ。
その点、僕の『ライト・ブレス』はそんなに燃費が悪くないし、もともとの魔法力が高いこともあって、連続して五分くらい。休憩を挟みながらだと30分はもつので、この間も巫女さんが暗い物置に落とした針を探すので手伝って大喜びされたしね! ……うん。懐中電灯代わりにされてるかも。
とにかくそんなものを子供の喧嘩で使われちゃたまらない。
まして、僕を挟んで対峙しないで欲しい。余波で死ぬよ。
「やめーっ!」
慌てて止めようとしたら、『茶色いの』茶嵐竜のクリフことクリフォードと、『黒いの』こと冥玄竜のゲオルクに無理やり両手を掴まれて、安全地帯まで退避させられた。
あと、碧海竜のファー……ファーディアはオロオロしているし、紫雲竜のカイは我関せずで蟻の行列を見ている。
「ちょっ、ちょっと! とめないと!」
両手を掴んでいるクリフとゲオルクとそう言っても、ふたりとも梃子でも離そうとしない。
「ダメダメ。レアがあぶない」
と慎重なのはクリフ。
「くっくっくっ。あらそえ、もっとあらそえー」
と、中身まで黒いのがゲオルク。
なかなか個性的な連中ばかりである。
ちょっと忙しくなるので、しばらく執筆ペースが落ちます。
一日1000字ちょっとになる見込みです。