[Interlude] 愚者たち
今回は時間がないので短めです。
「祟りじゃ~~っ!! 鉑輝竜の祟りじゃあ!!」
突然の天変地異から半月あまり。連日のように、人族の住む街のあちこちで自称・預言者や呪い師、説教師に吟遊詩人といった者たちが、一様に声を荒げてこの異常事態の原因を喧伝していた。
「見よこの暗い空を! 思い出すがよい、半月前にこのストゥルトゥス大陸を震撼せしめた大地震を!」
なお現在、この世界で人族及び魔族に確認されている大陸は三つである。
ほとんど全土を人間が支配し、常に数多の国が覇権を競うストゥルトゥス大陸(通称『人大陸』)。
魔族と亜人族が住まうペッカートル大陸(通称『魔大陸』)。
そして未踏の大地にして竜が治める地とされるレェレミータ大陸(通称『竜大陸』)である。
「心して聴くがよい! すべては忌むべき鉑輝竜のしわざなのじゃ! この不幸は災厄を呼ぶという邪竜がこの世に誕生した産声じゃ! おおおっ、なんという恐ろしいこと……終わりの始まりの時が来たのじゃ!」
ここストゥルトゥス大陸に中央部にある田舎国家モンターナ公国の街角でも、長閑な談笑の代わりに終末を吹聴し、人々の危機感を煽る光景がそこかしこで見られていた。
「滅ぼさねばならん! なんとしても災厄を呼ぶプラチナドラゴンを! そうでなければ滅びるのは我々のほうじゃぞ!」
響き渡る警告の声が市井の人々の間に木霊し、『災厄』『鉑輝竜』という言葉が、その胸の中に澱のように残った。
「……この天気でどこも畑は壊滅状態らしい」
「牛も山羊も食うものがなくなって痩せこけておる」
「なんのそれは人間も同じよ。どこの村でも子供を売って糊口をしのいでいるとか……」
「税の免除を領主や国王様に掛け合っても無駄らしい」
「王都では地震で倒壊した建物の下敷きになった者がまだ生き埋めらしい」
「これからどうなることか……」
差し迫った不安を前に暗い顔で世間話に興じる彼ら。
「――“災厄”か」
誰かがポツリと呟いた言葉を、全員が忸怩たる思いで噛み締めた。
「鉑輝竜じゃ!! 鉑輝竜こそ諸悪の権化じゃぞ!!」
預言者の割れ鐘のような声が通りを木霊していた。
◆ ◇ ◆ ◇
「あの閃光と轟音、そしてストゥルトゥス大陸全土を襲った地震から半月あまり。いまだ空は暗雲に包まれ、降り注ぐ土の雨は止む気配もみせぬ。……なんと不吉なことであろうか」
純白のシルクの法衣に豪奢な金糸の縫い取り。色とりどりの宝石が象嵌された金の宝冠に精緻な彫刻が刻まれた宝杖を持った金髪で秀麗な容姿の少女が、憂いを含んだ視線を窓の外へと投げかけた。
ストゥルトゥス大陸のほとんどの国で信仰される光の神ルーメンを崇める、聖ルーメン教の総本山。
この少女こそ神聖にして侵さざるべき存在にして、光神ルーメンの地上代理人とされる第49代大教皇エレノア(12歳)である。
「光神の慈しみたる太陽の光が遮られ、いまこの大陸に住むどれほど多くの敬虔な信者が心を痛めていることであるか」
沈痛な表情でそう慨嘆しながら、お気に入りのカップで紅茶を一口口にした。
途端、柳眉をひそめるエレノア。
「――むっ。このオペラ(香辛料で味付けした紅茶)いつもより香りが薄いぞ!」
「申し訳ございません。この悪天候で南方よりスパイスを運ぶ帆船が動けないとのことで、現在、何種類かのスパイスが品薄となっておりまして」
恐縮したように頭を下げる中年の女官長。
「――なんと! 余のお気に入りの茶が台無しである。おのれ、これもすべて預言書に記された鉑輝竜による災厄であるか。なんと忌々しいことよ。まさに神敵であるっ!!」
先ほどまでのどこか他人事のようなアンニュイな雰囲気から一変して、燃えるような瞳で、窓の外、遥かレェレミータ大陸を見据えるエレノア。
「左様にございます」
言葉少なに追従する女官長。
「至急、諸国の“竜殺し”に追討命令を出すがよい! 報酬も身分も思いのままで、ついでに鉑輝竜の素材の半分もくれてやると言えば、いくらでも志願者がいるであろう」
下級竜ならともかく、中位竜以上になると、倒した場合は素材のほとんどが国の財産となるのが普通である。まして上位竜ともなれば、半分でも下手をすれば国が買えるほどの価値がある。
「それでも駄目なようなら教団からも虎の子である聖堂十二騎士を派遣し、さらに秘蔵の神剣、対竜装備を惜しみなく供与するのであるぞ!」
大教皇直属の最強騎士の派遣という勅命に、さすがに女官長が難色を示す。
「それはさすがに各国の手前、軽々しく彼らを動かすわけには参りません。それに現在、竜大陸と近い交易の中継地点にある都市国家マラキアで、ドラゴンどもに事の詳細を確かめる特使を送っているとか。その返事がきてからでも遅くないのでは?」
都市国家マラキアは交易都市という特色から、人族だけなく亜人族も多く居留している。
そのうちの一氏族。豹の獣人であるオンサ族は昔からレェレミータ大陸と行き来していることで有名であった。
と、噂をすれば影で、まさにその瞬間、マラキアから通信魔術で伝えられてきた報告書を手に、女性の伝令が飛び込んできた。
「報告いたします。先日の問い合わせに対して、ドラゴンより回答がございました」
「なに、まことか!? それでドラゴンからの返答は? 鉑輝竜にどう対処するつもりと申しておる?」
勢い込んで尋ねるエレノアに対して、伝令は直立不動のまま端的に告げる。
「『それについてはノーコメント』だそうです」
「「………」」
しばし無言の時が流れて、悪戯好きの妖精が通りすがりにテーブルの上でフラダンスを踊っていった。
はっと我に返ったエレノアは、持っていたカップをソーサーに力任せに置いた。
「――なんだそれは!? 余を馬鹿にしているのか!? ええい、所詮は図体のでかいトカゲか! はじめからまともな会話が成り立つわけもなかったわ!」
いきり立つエレノアを前に、「左様でございますな」女官長は言葉少なに頷いた。
「――って、うわああああああっ! 余のお気に入りのカップが真っ二つに!! おのれ、おのれぇ、鉑輝竜め! 許さんぞっ」
割れたカップを前に復讐を誓うエレノアを前にして、これはもう絶対に引き下がらないわね、と女官長は心中で大いに溜息をついた。
諸悪の根源たる鉑輝竜を倒すべし!
その合言葉でストゥルトゥス大陸の人族が一丸となっている頃、ようやくおしめの取れたレアは、下半身の開放感に感動していたのだった。
冒険者ギルドの話を入れたかったです。
この世界、破竜剣士がごろごろいて、彼らにとってはドラゴンは高級素材にしか過ぎません。