[00-06] 予言
今回でいちおうプロローグが終了です。
「いや~~っ、すまんの皆の衆。うっかり寝ぼけてしもうたわい。もう少しで遅刻するところじゃった」
えっ、謝罪するポイントそこなの!?
愕然とする僕の視線の先で、杖を突いた小柄で金色の鱗をした竜人が、集まっていた面々に向かって悪びれる様子もなく、いけしゃあしゃあとした態度で軽く頭を下げた。
「――いえ、ご無事でなによりです」
微妙に釈然としない表情ながら、礼儀として返礼をする一同。
言うまでもなく、この小柄で老齢の竜人に化けているのが、現存する最後の金煌竜で通称“老師”……らしい。
それにしても、よく生きてたな……。
見た目ピンピンしている老師から視線を外へ巡らせると、このジジイ、いや老師を助けるのに加えて、微妙に地軸がズレたのを直すために限界まで魔力と体力を使い果たした聖域の守護竜たちが、人化することもできず死屍累々たるありさまで白目を剥いてひっくり返っていた。
見渡す限り巨大なドラゴンが死体のように転がる惨状を目の当たりにして、ドラゴンを崇める竜人族の巫女や戦士たちが声を失っている。
……なんか伝説の勇者が通り過ぎた跡みたい。
あまりにも非現実的な光景を前に、そんな馬鹿な感想が浮かんで、そしてそれがいつか現実になりそうな気がして、僕は慌てて頭を左右に振ってその妄想を振り払った。
と――。
「それにしても、ここらへんもしばらく来んうちにずいぶんと変わったのぉ」
吹っ飛んだ山脈と灰色の空を見上げて感慨深く呟く金煌竜の老師。
いや、それ全部あんたのせいだから!
地面との激突のショックでそのあたりの記憶が吹っ飛んだの!? それとも本格的にボケてるのお爺ちゃん?!
「運命……いや、宿命かも知れんの。『その白金の翼持つ者、大いなる力とともに天と地に災厄を呼ぶであろう』。かつてそう予言された鉑輝竜の誕生。そして、それに呼応するように発生したこたびの天変地異。危うく死にかけた儂や聖地を守るべき守護竜たち。これほどの危急存亡の事態が続けざまに起こるとは。……のう皆の衆、果たしてこれは偶然と言えるのじゃろうか?」
好々爺とした雰囲気から一転、鋭い目つきで僕を見据えながら、そう勿体ぶった口調で厳かに告げる老師の言葉に、
「「「「「――っっっ!!」」」」」
と、その場にいたドラゴンや竜人族たちが一斉に息を飲んだ。
え、『災厄』? なにそれ?!
老師の示唆と視線に釣られて、一斉に僕を見据える成竜たちの冷徹な瞳。
抜き身の刃のような視線に射すくめられて、訳も分からずテンパる僕。
周囲にいるのは同族ばかりだというのに、まるで敵地に迷い込んだかのような恐怖と心細さに視界が歪む。と、そんな僕の背中を竜人族の巫女さんが安心させるように撫でてくれた。あとついでにジークが食べかけのカブトムシを、「ほい」と手渡してきた。反射的に思わず受け取って後悔する。
――いや、いらないんだけどさ。
そんな普段通りのふたりの態度に、僕の萎縮して混乱していた頭が冷えて平常に戻れた。
そうなると目の前の成竜たち――特に金煌竜の老師――と、勝手な予言とやらで『災厄』扱いされたことに猛烈に腹が立ってきた。
なんだよ予言って! そんな曖昧なもんで勝手にレッテル貼られてたまるか!!
そう感情のままに抗議しようとした瞬間、成竜たちが「はあ~~~~っ」という重い溜息とともに、再び視線を巡らして冷たい視線を老師に向けた。
「……なにを言ってるんですか?」
「全部、老師の自爆と自業自得ですっ」
「こんな赤ん坊に責任転嫁しないでください!」
「なさけないったらありゃしない!」
「予言だなんだとどさくさまぎれに誤魔化そうったって無駄です」
「ちゃんと責任取ってください」
「つーか、死ねよ糞ジジイっ!」
そして、適当に言い逃れしようとしたジジイを一斉に糾弾した。
「お主ら、かつて偉大なる太祖竜様が下された予言を信じんのか!?」
非難されたジジイは、地団太踏んでいきり立つ。
つーか、予言ってそんな確実なのかよ!? 絶対か命賭けるか!?
「『何月何日に何がある』と明示されているわけでもない。『鉑輝竜が生まれると災厄がある』――なんて、ふわふわした予言なんぞ信じられませんっ!!」
即座に反論の声をあげてくれたのは、竜人族の巫女さんたちの監督をしている地巌竜のおっちゃんだった。
ありがとうおっちゃん。地属性のドラゴンとかなんか地味ーっと密かに思ってた僕が間違っていた。あんた漢だよ!
それに合わせるように、集まっていた成竜たちや、竜人族の巫女さんたちが一様に首を縦に振って同意を示してくれた。
カツン! と手にした杖の先端を床に叩きつけるジジイ。
「この愚か者どもが! 目先の感情で動いてどうなる。太祖竜様の言葉は竜神様の言葉じゃぞ。それにことは我ら真竜一族だけでは済まんぞ。同様の予言は人間族や魔族にも伝わっておると聞く、いたずらに連中を刺激するのは得策ではなかろう。一族全体の利益と大義を考えぬか!」
と、その怒号に倍する大喝が城全体を揺るがせた。
「「「「「子供の未来を政治に使うなっっっ!!!!」」」」」
更に続く罵詈雑言に、やれやれ……と辟易した顔で小さく首を横に振るジジイ。
「まったく、最近の若いモンは年寄りを敬わん」
「「「「「黙れ、老害!!」」」」」
次々に投下される燃料に、良識ある成竜たちの怒りがさらに掻き立てられ、同時に息も絶え絶えに転がっていた守護竜もまた、身動きをして義憤にかられた視線をジジイに向ける。
た、助かった……! 危うく魔女裁判で悪者に仕立て上げられるのかと、本気で焦ったよ!
ドラゴンが理知的で、なおかつ自己主張の激しい種族で本当に良かった。ドラゴンに生まれてよかったあ!
ほっと安堵の吐息を放った僕の腰が抜けて、思わずその場にへたり込んだ。
あと、途中で恐怖のあまりおしめが濡れたのは秘密だ。
一方、殺伐とした雰囲気の中、圧倒的なヒールと化していた金煌竜の老師は、周囲を見回して味方がどこにもいないのを確認すると、「ふむ……」と小さく呟いて下を向いた。
そのまま、三呼吸するほどの間を置いたかと思うと、不意に肩を震わせ始めた。そして――。
「……ふほほほほっ。見事、見事じゃ、皆の衆。よくぞその小さな命を守るために、古い因習に囚われずに己の正義を貫いたものじゃ。それでこそ栄光ある真竜一族よ! お主らの覚悟、しかと見届けたぞ。このためにわざわざ儂が一芝居打って、心にもないことを口に出した甲斐があったというものじゃ!」
にこやかな笑みとともにそう言って、『えっ?!』と戸惑う周囲を尻目に、馴れ馴れしく僕のところまでやってくると、杖を放してそのまま両手で腰の抜けて動けない僕を愛おしそうに抱き上げた。
「おうおう、可愛らしいのぉ。こんな幼気な仔を『災厄』なんぞと呼び慣わすとは、いかに太祖竜様の予言とはいえなんと不憫なことじゃ。安心せい、今後は儂を実の父と思って頼りにするが良いぞ。……そういえば名付け親になって欲しい、と伝言をもらっておったわ。確か仮の名で『レア』と言ったか。――ふむ、ならば正式な名は『レーティア』としよう。これまで通り愛称がレアじゃ」
切り替え早っ! つーか、なにこの茶番は!?
なんかいい話にまとめようとしているけど、どー考えても自分の不利を悟って日和っただけようにしか思えない。こいつは信用できない。
思いっきりジト目で睨んでみたけど、さすが年の功。老師は莞爾と笑った善人面のまま微動だにしなかった。
「………」
殺気立っていた成竜たちも、明らかに疑いの目を向けもにょってるけど、さりとてここでしつこく蒸し返すのも無粋と判断したんだろう。
良くも悪くも鷹揚でさっぱりしていて、趣味と諧謔に生きているようなところがあるのがドラゴンなのだ。釈然としないけど、この際、これでまとめるか……という雰囲気に傾いてきた。
「うむうむ。この仔は実に器量よしじゃのぉ。この頬の辺りの曲線などなかなかないわ。いまは小便臭いが――実際臭うが――将来が楽しみじゃわい」
ほっとけ! あとドラゴンの美醜なんてわかんねーよ!
本当なんだか、適当なお世辞なんだか知らないけれど、まるで孫を猫可愛がりに可愛がる祖父のような顔でそう続ける老師の面の皮の厚さに、毒気を抜かれた僕は、その腕の中で「はあーっ」と溜息を漏らした。
ま、なにはともあれ、わけのわからない『災厄』の予言とやらは、僕の周りの真っ当な判断力を持ったドラゴンのお陰で、無意味な妄言として回避できたらしい。
結果オーライってわけじゃないけど、このあたりで妥協するのも大人の判断かな。――と、人生を悟る僕、鉑輝竜。生後十五日なのでした。
だけど、この時の僕は知らなかった。
世の中には洒落が洒落で通じない連中がいるってことを。
この後、一話幕間として人間サイドの話が入ります。
本編の続きはその次になります。
 




