[01-24] 神座
『災厄』の意味合いについて、ちょっとだけネタバレ回です。
「――さて、諸君。現状の確認といこうか」
それは言葉ではなく、膨大な情報を内包した意思であった。
そもそも意思の共有とはそれを認識するための知覚と処理能力が同等でなければ起こり得ない。人間と昆虫が会話できないのと同様に、あまりにも次元の違いすぎる〈彼/彼女〉らを、普通の人間は認識することも、存在の全てを理解することもできないであろう。
さしずめ輝く光の塊りか、天地を縦断する巨大な柱か、不定形の固まりか、ごく断片的な情報を羅列して、ごく近い概念としてそう認識するのがやっとであり――
「議題はミディウム世界に発生した最後の断片、通称“鉑輝竜”についてである」
光り輝く球体の言葉を受けて、この場に集う面々の間に微かに緊張が走った。
いや、集うという概念は正しくはない。
そもそもこの場はあらゆる次元あらゆる世界に隣接はしているものの、どこにも存在はしない場所であり、この場にいる〈彼/彼女〉らにしてみても、本来の次元から〈影〉を送っているに過ぎないからだ。
ゆえにこの世界には距離という概念も意味もなく、上下左右奥行きも存在せず、それどころか明確な時間の概念すら存在しない。
光もなく闇もない空間の中で、膨大な意思と〈影〉という形でその媒体だけが存在していた。
「ふむ、“鉑輝竜”ねぇ。確かミディウム世界創世の際に、誕生間際に自然消滅した個体だったかな?」
闇色のドレスをまとい四肢を備えた比較的人に近い、それでいて人間ではありえない美貌の少女の姿をした〈影〉が、面倒臭そうに頬杖をつきながら呟く。
「おっしゃるとおりですわ、『姫君』。アレは存在することでミディウム世界が保たないと判断されたが故に、一度は破棄されたものです」
そう応えるのは巨大な――この世界にあっては大きさの意味などあってないようなものであるが、ちょっとした小天体ほどもある――翼を備えた真っ白なドラゴンであった。
「その破棄されたのを再度復活させた意図は奈辺におありか?」
そのドラゴンをすら凌駕するような巨大な柱とも、機械の集合体とも思えるものから問い掛けが発せられる。
「あれを復活させたのは『太祖竜』でもなければ、私の思惑でもありませんよ『機械帝』。偶発的に自然発生したものです。あえて言うならミディウム世界そのものが、一度破棄されたリソースを元に修復させた……と言ったところでしょうか」
そうとりなすように答えたのはこの場を取り仕切っているような光の集合体であった。
「とは言っても、ぜんぜん知らなかったってわけじゃないよね? 誕生を放置していたということは、二柱とも黙認しているってことでいいのかな?」
『姫君』と呼ばれた少女の言葉に、巨竜と光の塊が頷いて肯定するような意思を示した。
「『太祖竜』、そして『光』殿。ミディウム世界はそなたらの眷属が調律している世界であり、我らは基本的に干渉はできないが、いささか軽率ではないか? 下手をすれば今度こそ世界そのものが崩壊する恐れがある」
一冊の黒表紙の本にしか見えない〈影〉が懸念を表明するが、『太祖竜』は諦観混じりのため息とともに、それでもきっぱりと言い切る。
「理解しています、『外典書』。ですが、これが最後の機会なのです。これを逃せばミディウム世界に待つのは緩慢な滅びだけでしょう。ならば私は〈彼/彼女〉らを信じたい」
この〈彼/彼女〉はミディウム世界と鉑輝竜を指しての言葉である。
「私もそれに同意する」
『光』の厳かな宣言に、数瞬、この場に沈黙が落ちた。
「理解した」
「はいはい、まあそっちの話だからねぇ」
「了承」
「すべてはありのままに」
「同意」
「ま、任せるわ」
傍観者にして超越者たちの視線が遥か下――あくまで現世に生きるもの達にとっての認識であるが――へと向けられる。
と、小さな金色の輝きがキラキラと煌きながら『太祖竜』の元へと飛んできた。
「おや、金煌竜から至急の報告ですわね。またあの仔の周囲で騒動が起きたようで、かなり地脈や溶岩流に変動が起きているようですわね」
「……つくづく不安定な世界だねぇ」
どこからともなく取り出したレースの日傘をくるくる回しながら慨嘆する『姫君』に対して、苦笑のような感情を向ける『太祖竜』。
「この程度はまだ問題がありません。それとは別に件の鉑輝竜――まだ、その萌芽に過ぎませんが――の身に危機が迫っているようで、聖域の金煌竜をはじめとした真竜たちが、さすがに座視できないと介入を求めているようです、こちらを抑えるのが大変ですわ」
「ふむ。金煌竜と言えば、鉑輝竜が発生した際に生じた世界の歪みを中和するために、ほとんど全ての魔法力を大地に放ったのだったね。それでもなおも世界を憂えるか」
『光』の賛嘆に対して、『太祖竜』はどこか誇らしげに胸を張って答える。
「ミディウム世界に生きる我が眷属は、すべて自慢の子らばかりですから。無論、あの鉑輝竜も含めて」
それから慈しみを込めた目で世界を俯瞰するのだった。
そうして小さな惑星上で、物語は新たな展開を迎えようとしていた。
『姫君』に関しては、どっかの誰かを連想される方もいらっしゃるかも知れませんが、同一人物ではなく将来的にこの域まで上り詰めた可能性と思ってください。
その意味ではもうひとりのピンクのお姫様も加えようかどうか悩んだのですが、こちらは今回はなしということで。




