[01-23] ブロウ・アップ
「ブフォーッ!! ブフブフ、ブウ!(くせーっ! なんだこの臭いは!?)」
「ゴフゴフゴフ、ボフン(温泉だ。火山地帯にはよくあるんだが、マズイな)」
「ブゴォ! ブモッ!!(くそっ、この臭いのせいでドラゴンの臭いを見失ったぜ!)」
「ブフゥ、ブブブブオ……(やっぱりそうか、してやられたかも知れん)」
ほとんどタッチの差で、追いすがる豚鬼たちが、僕たちに続いてこのドラゴン谷温泉(仮称)にたどり着いた。
「ブゴゴゴゴッ!! ブフォー! ブグウ!(なにを暢気にしてやがる!? よく考えたら、一度はこの手に掴んだ不老不死の元を失くしたんだぞ!!)」
「……(やはり忘れていたか。馬鹿が)。ゴフゴフゴフ、ゴゴゴフ(そう慌てるなタロン兄貴。そう離れた場所にいるわけがない、注意深く痕跡を探れば――)」
その途端、湯煙の向こう。少し離れた場所で、ポチャンと水音がした。
「「!!」」
互いに目配せをし合って、同時にそちらの方向を向く二匹。
◆ ◇ ◆ ◇
「……うんしょ、うんしょ! ハア~、なんで私がこんなことを」
ぶつぶつこぼしながら、豚鬼王たちに見つからないように湯気に隠れて翔ぶソフィアは、抱えていた漬物石ほどの大きさの石を温泉へと落とした。
ぽちゃん! と意外と軽い音がして石は温泉の底に沈む。
「わっ!」
と、そこで驚いたような作り声を出して、素早くその場から退避した。
「ゴフゴフゴフ!(あっちか!)」
「ブヒーっ! ブヒブヒッ!(慌てるな、ただ魚が跳ねただけかも知れねえ!)」
「ボーッ、バカス!(温泉に魚がいるか、アホッ!!)」
耳を澄ませて湯気の向こうで豚たちが右往左往しているのを聞きながら、ソフィアは次の石を準備するべく近くの岩場に行って適当な石を見繕う。
「次は慌てて逃げるような感じを出したいから、小さいのを三~四個持っていって、ぽちゃぽちゃ落としてみるか」
小さいといってもソフトボール大の石を運ぶのは6分の1スケールの少女にとっては大仕事である。
「ホントに成功するんでしょうね? ま、失敗したら今度こそトンズラさせてもらうけどさ」
呟きながらソフィアは夜空を見上げた。
◆ ◇ ◆ ◇
スプーンでマーガリンをすくったような、綺麗なくぼ地になっている『ドラゴン谷温泉(仮称)』を上空から見下ろしながら、僕は痛む頭と動かない体を必死に叱咤激励して、ありったけの魔法力を集めて『ライト・ブレス』を放つ機会を窺っていた。
「だいじょーぶ、レア?」
背中の翼を羽ばたかせ、僕を抱えたままイマイチ安定しないホバリングをしているジークが、心配そうに僕の顔を覗き込んできた。
「だいじょうぶー。ちょっと頭が痛くて、気持ち悪くて、体中が焼け付くように痛いけど、それ以外は平気だから」
「それって普通じゃないような……」
くそっ、ジークに心配されるなんて僕も焼きが回ったもんだよ。
「とにかく、余計な心配は無用! 予定通り僕が合図を出して、連中を照らしたら、そこへ特大の雷を落とすこと。忘れないように!」
口を酸っぱくして言い聞かせる。
ちなみに僕の考えた作戦はこうだ。
ただ逃げ回っていても状況は不利になるだけなので、反撃をしなきゃならない。僕の辞書では『攻撃』の対義語は『反撃』『迎撃』なので、撤退という二文字は存在しないのだ。
だけどもこっちのメインウエポンであるジークの『蒼雷』は連発できない。魔法力が足りないせいもあるけど、現在の半人化した肉体だと連射は反動がきつすぎて体がもたないらしいんだ。かと言ってドラゴンの姿に戻ると、今度はブレスを吐くだけの余力がなくなるのでこれも無理。
そうなると一発で豚鬼二匹を倒さなきゃならないけど、よほど連中が密着してなきゃまとめて雷を当てるなんて無理だろう。
「だがしかし、ここで温泉が生きてくるんだよ!」
作戦段階でそう声高に主張した僕。
それに対して、
「わかった。温泉の勢いで倒すのね!」
「温泉って生きてるの?」
ボケた回答をしたソフィとジークに断固として言い募る。
「違うっ! まず第一弾として温泉の湯気と臭いで追跡を躱す。次に隠れて連中が温泉に入って僕らを探すのを待ち構える。もしも入ってこないようなら、温泉の中に岩とか石とか投げて、いかにもそっちに逃げたように誘導する。これは小さくて飛べるソフィにやってもらう」
「危なくなったら逃げるわよ」
「そして、連中がお湯につかったところで、ジークが渾身の『蒼雷』を放つ! 水は伝導性が高いからね。温泉につかっている状態なら二匹揃ってイチコロだよ。こーいう時は雷は広範囲に使えて便利だよね」
「うわあ、水でまとめて感電死とか、アンタもえげつないわね~」
微妙に引いた顔でソフィがやれやれと肩をすくめる。
「子供は無邪気で残酷なんだよ。ということで作戦名も考えた。人呼んで『プロジェクト・小鳥の巣』!」
『誰が殺したクック・ロビン』の一節が頭の中をエンドレスで再生される。
「……ま、なんでもいいけどさ」
◆ ◇ ◆ ◇
ということで現在に至る。
なお、ジークは新しいスキルで『飛翔レベル1』を習得していたので、多少予定を変更して、相手を俯瞰してなおかつ最短距離で空爆できる頭上をとることになった。
一抹の不安もあったけど、いまのところは予定通り進んでいる。
「う~~~っ、それにしても体調が直らないな。特に頭の辺りが、なんかタンコブもできてるし」
触ってみると少し腫れてきたのか、頭の両方に盛り上がりを感じて何回もさすってみた。
「ん~~? ねえ、レア」
「なんだよ。ちゃんと目標を見失わなわず、なおかつ見つからない距離を保つのを忘れないでよ」
注意力散漫なジークに何度も注意喚起をする僕。
だけど、ろくに聞いちゃいないジークが妙に目を輝かせて言葉を重ねてきた。
「それって、もしかして角が生える前触れじゃない? 僕もそうだったよ」
「………………………………は?」
気の抜けた声が自分の口から漏れるのを、どこか離れた場所から見ているような僕自身がいた。
「ほら、この場所って角の位置だし、凄く辛くなったのも一緒だからね」
空いている手で自分の角を触って、にっと満面の笑みを浮かべるジーク。
「楽しみだな~。レア、どんな女の子になるのかなあ」
「………………………………」
その意味するところを理解するまで数秒のタイムラグが必要だった。
角が生える。
一次性徴。
中性体に分化。
雄か雌かどちらか寄りに変化する体。
同年代の仔に囲まれてると当人の意思を無視して変化させられる。
そしていま僕を嫁にしたくてたまらないジークに抱えられている現実。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああっ!! 放せ! 戻せ! もがっ――」
「駄目だよ、レア。騒ぐとオークに見つかるよ?」
思いっきり口をふさがれてモガモガ言っているところへ、一仕事終えたソフィが翔んでやってきた。
「ただいまー。ああ、疲れたー。にしても、面倒な作戦考えたわね。こんな場所まで来なくても、普通に竜の聖域に逃げ込めばよかったでしょうに」
「「あ」」
同時に僕とジークの目が点になった。
言われてみれば盲点――というか、あそこから逃げてきたせいで戻るという選択肢が頭になかったけど、さっさとあそこへ行けばよかったんだっけ!
「ブオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーッッッ!!!」
と、その途端、もの凄い雄叫びとともに、赤鬣の豚鬼王が、手にした巨大薙刀を高々と振り上げたのが見えた。
――って、なんかさっきも見たことがあるぞ、あの構えは!?
「ブフォオオオオオオオオオオッッッ!!(面倒臭ええっ! こうなりゃ温泉ごと全部一切合財吹き飛ばしてやらぁ!!)」
それをみて、傍らの片牙がはっきりと顔色を変えるのが見えた。
「ブブブブ、ブオ! ブモブモ、ブー!(おい、待て。落ち着け、この場所は!)」
「ゴホォォォォォォォォ!!(究極奥義、エターナルフォース重爆斬!!)」
「ブーーーーーーーーーーーーッ!!(どーみても、火山の噴火口だろうが!!)」
刹那、先ほどの一撃など比べ物にならない凄まじい威力と轟音の斬撃が、豚鬼王の足元の大地に放たれた。
そしてその場所から巨大な地割れが発生して、猛烈なガスと熱湯が吹き出たかと思うと、さらに地割れは連鎖反応で網目のように広がっていき、地鳴りと地震があたりを震撼させ、ほどなく地割れの底から赤いマグマが見え始めたのだった。
ちなみにこの変動は大地のマグマの流れと地脈を微妙に刺激したらしく、ピタゴラスイッチの要領で竜大陸から魔大陸、人大陸へと広がって、各地で火山の噴火や地震を起こす遠因になったそうだけど、この時の僕らはそれを知る由もなく、余裕もなかった。
冒頭の部分がまるっと抜けていたので足しました。




