[01-14] 内紛
「アンタって、本ん当ぉーーーに、つくづく疫病神ねっ!」
地面に突き刺した棒――と言ってもサイズ的には小ぶりの丸太くらいある――に細い蔓でグルグル巻きにされたソフィアが、隣の棒に同じように縛られている僕を睨みながら、額の辺りにくっきりと青筋を立てて、一言一言呪詛を込めているような忌々しい口調できっぱり言い切った。
「その言葉はそっくりそのまま返してやる! お前らが口を滑らせなかったら、あのままいいように丸め込むことができたんだよ!」
「ほーん、ふーん。半分喰われかかっていた立場でそーいうんだ。あのままだったら絶対にあとコンマ5秒で食われてたね。逆に私のお陰で命拾いしたんじゃない。感謝して欲しいものだわ」
「早いか遅いかの違いだろう! つーか、あの場合確率は低いけど相手も油断してたから、ギリギリで逃げられる可能性だってあったんだよ。それがいまはゼロだろう! つーか、三人揃って喰われるんだから、マイナスじゃないかっ!!」
「それがアンタのトバッチリじゃない! 喰われるんだったら、ひとりで喰われなさいよ!!」
そうお互いに面罵するさらに反対側――僕を挟んで均等に三本並んだ棒のもう一本――に、同じく蓑虫みたいに縛られているジークが、なんかウズウズしながら僕に聞いてきた。
「ねーねー、レア。ボクがレアを見つけたんだから、レアおよめさんだよねー?」
「なにがお嫁さんだ! 空気嫁ーっ!!」
なんか何もかもジークが全部悪いような気がして、思いっきり怒鳴りつけると、ジークはなにやら不満そうに頬を膨らませる。
「えー!? うそだめだよ、レア。やくそくしたんだからー!」
「約束なんかしてねーよ! てか、わかってるの!? 鉑輝竜の生き胆を喰うと不老不死になれるとか、あり得ないデマで僕はいまから喰われるの! で、ジークもついでに添え物で喰われるんだよ! 絶賛カウントダウン中なの!」
「ん~~~? 美味しいの?」
「知らないよ! 少しは危機感覚えろよ! ジークのせいでこうなったんだからね!」
「えーーー?」
「『えーー?」だわね。いい加減自分が元凶だって自覚しなさいよ。あと『嫁』とか、やっぱりアンタ女だったんじゃない! よくも騙したわねっ」
「騙してない! 僕は男だ!」
「嘘おっしゃい! さっき逆さまになっているの見たけど、雄だっていう決定的な証拠はなかったわよ!」
「ないけど雄なの!」
「ブオオオオオオオオオオオッ!!(うるせーぞ、てめーらっ!!)」
パチパチと燃える焚き火を囲んで、何やら相談していた大豚の赤鬣が森中を震撼させるような遠吠えを放った。
途端に、寝ていた森の小鳥や獣が一斉に目を覚まして、大騒ぎしながらこの周囲から逃げ出す。
「ブゴブゴ、ブフー、ブブブ(まったく。この期に及んで醜い仲間割れとは呆れた餓鬼どもだ)」
じろりと僕たちを殺気を込めた視線で一瞥して、その迫力に思わず黙り込むと、「フン!」と鼻息荒くもとの姿勢に戻る。
「ゴフゴフゴフゴフ。ゴモ、ゴオッ!(その点、俺たち三兄弟の固い絆は永遠だぜ。なあタロン兄者、ジロン兄者!)」
「ゴフゴフッ!(おう、勿論だ兄弟!)」
「ブフブフブーっ!(死ぬ時は一緒だぜ、おめーたち!)」
焚き火を囲んで盛り上がっている豚たち。
「ブホ、ブブブブーっ、ゴフゴフ。ゴフン(さて、それじゃあプラチナドラゴンの生き胆を喰うとするか。ま、ここは長男である俺が最初の一口ってところだな)」
そう言って、さり気なく傍らに置いてあったでっかい武器――薙刀? どっちょかと言うと青龍偃月刀?――
に手を延ばした。
「ゴフー。ゴフフゴフ(いやいや、ここは若い俺からじゃねえか、兄貴)」
すかさず傷豚が戦斧を掴んで軽く腰を浮かせる。
「ゴフゴフ、ゴフーゴフ(中間を取って、次男の俺が味見するのが妥当だよな)」
大剣をごく自然体で構えながら、仲間の豚たちから一定の距離を置く片牙。
一見、和気藹々とした話し合いが行われているようで、それでいて一秒ごとに刻々と殺気が張り詰めていく。
やがて立ち上がった豚たちがジリジリと移動をして、いつの間にか僕らを取り囲んで正三角形を形作るような配置に付いた。
そして、殺気が極限までこの空間に張り詰められた刹那――
「「「ブモーーーーーーッッッ!!!(てめーらを殺してでも、プラチナドラゴンを喰うっ!!!)」」」
三匹の武器が火花を散らしてぶつかり合ったのだった。
 




