[01-12] 虚偽
ひょいと大豚の一匹、頬に傷のあるのが僕の尻尾を掴んで、ぶらーんと目の高さに吊し上げる。
無茶苦茶屈辱的な扱いに、ジタバタと手足翼を動かして逃げようとするけど、万力のように握られた手はピクリとも動かない。
「グフォグフォ! グフフフフ、ブフー!(おいおい、まさかいきなり相手の方から飛び込んでくるとはな!)」
「ゴフゴフ、ゴフッ。ブイブイ!(ツイてるなんてもんじゃないぜ、タロン兄貴、ジロン兄貴!)」
「ゴフゴフゴフッ。ブオブオ、ブッブー(これも俺たちの日頃の行いがいいからだな)」
お互いに肩を震わせて高笑いしている豚トリオ。
「ブフーブフフフ、ブオオオオ(その通りだ。まさに『開いた口へ牡丹餅』だな)」
「ゴフゴフ、ゴフッ(うむ。『鴨が葱を背負比って来た』だな)
「ブウブウブウブウー(『豚に真珠』ですね、兄貴)」
「「ブオーブホーッ!(違ーうっ! てめーは無理してことわざひねり出そうとするんじゃねえよ!)」」
なんかいきなり仲間割れして、僕を掴んでいる傷豚を他の二匹がボカボカ殴りだした。
わけがわからないけど、振り舞わされる僕の身にもなれ!
「ブオ……。ゴフ、ゴフゴフゴフ、ゴフッ?(すんません。だけどあんまり都合が良すぎませんか? プラチナ・ドラゴンじゃなくて、ただの銀色の蜥蜴ってオチじゃないでしょうね)」
なに言ってるのかわからないけど、雑な手つきで尻尾をぶらぶらさせられ、どことなく疑わしげな目つきで見られて、なにか知らないけどバカにされているような気がする。
「ブフ…ブウブウブウブウ。ゴホゴホ、ゴフフフフフ(確かに阿呆っぽい面しているが、臭いはドラゴンのものだ。それにこんな色した翼の生えた蜥蜴はいねーだろう)」
一番でかい鬣の大豚が鼻を鳴らしながら、微妙に釈然としない雰囲気で首を捻った。
……なんだろう。なんでか知らないけど、すげーバカにされている気がする。
「ゴフゴフ、ゴーフゴフッ。フゴフゴ、ブヒッブウ(なら直接聞いてみるか。一応ドラゴンが喋る神代語はちっとは齧ったことがあるからな)」
「ゴフゴフ、ブーフ(ほう、さすがだなジロン)」
「ブモっ! ブヒブヒブ!(さすがジロン兄貴! オーク一のインテリだけのことはあるぜ!)」
「グホ、グホ、グホホ(がっはっはっ、照れるな)」
ぶらぶらさせながら漫才やらないで欲しいなー、と思っていたら、片牙の大豚が不意にたどたどしいドラゴン語で僕に話しかけてきた。
ま、正確には『神代語』っていう原初の言葉なんだけどさ。僕らドラゴンはこの神代語を元に、独自の単語とかを加えた『ドラゴン語』ってのを使っている。似たような感じでソフィアは『エンジェル語』を喋っているわけで、お互いの言葉はスペイン語とポルトガル語みたいに多少の訛りはあっても普通に通じるんだけど、人族や亜人、魔物の使う言葉はまったく別系統なので、この大豚の場合は、ただブーブー言っているようにしか聞こえない。
と思ったら――。
「チョットイーデスカ?」
「!?」
かなりブロークンな片言だけど、豚がドラゴン語を喋りだしたので、僕は思わずその場で吹き出して目を剥いてしまった。
「アナターハ、サイアク、デンセツ、プラプラ・ドーゴンデスカ?」
誰が最悪のぷらぷらやねん!
……いや、確かに現状はそれに近いけどさ。
「違うよー」
なのできっぱりと首を横に振った。
するとドラゴン語を話す豚が「ブエ?!」と変な呻き声を発して、即座に仲間らしい他の二匹と『審議中』って感じで、ブーブー内輪の話をし出した。
しばらくして、どうにも釈然としない目で三匹とも僕を見据えながら、再度質問をする。
「ウソデスネ。アナタ、ヒカル、ホカイナイ。プラプラ・ドーゴンデス!」
「違うよ~。僕は銀色ドラゴンモドキっていう魔物だよ。ドラゴンと違って、なーんの能もない蜥蜴なんだけど、鉑輝竜とよく間違えられて困ってるんだよね~」
はあ、やれやれ……と首を横に振る演技を加える僕。
途端、険しい顔で再び審議に入る豚たち。
「ブヒブヒ、ブヒーッ!!」
「ガフガフ、ガフフフ!!」
「ブウブウ、ブモーブフ!!」
荒れてる荒れてる。よし、この調子なら誤魔化せる!
そう思った僕は、とりあえず相手の気をそらせて、まともな判断が出来ないように畳み込んだ。
「そもそも鉑輝竜が、こんな時間にこんなところに一人でいるわけないじゃん」
「……ムムム、タシカニ」
「そもそも、なんで鉑輝竜を探しているわけさ?」
「ソレハモチロン、クウタメデース」
さらりと片牙の豚が口に出した台詞に、「え……?」と目が点になった。
「えーと……聞き違いかな。翻訳ミスかな~? 『食べる』って言ったように聞こえたんだけどォ~?」
「アナタノミミ、セイジョウ。オレサマプラチーナ・ドラゴンマルカジリ。タチマチフローフシ」
はいいいいいいい……?!?
※開いた口へ牡丹餅=タイムリーなこと。




