[01-08] 治癒
一話では終わらなかったので、もうちょっと続きます。
あの後、どうにか石を投げたり、僕の鱗を何枚か剥がして――抜け毛みたいな感じで、強くこすると何枚かは落ちる――木の枝の先に括り付けて、即席の槍みたいにしてどうにか大蜘蛛を追い払うことに成功した。
ぐるぐる巻きになっている蜘蛛の糸を、千切った大き目の葉っぱ手とで剥がしてどうにか身動きがとれるようになったところで、最後の力を振り絞った天使の子が、自分自身に治癒魔術をかける。
「……ヒ…ル。はあ……ヒール」
さすがは小なりと言え天使。一言唱えるごとに掌が光って、全身の切り傷や蜘蛛に噛まれた傷が消えていく。
――だけど、一箇所に1回ヒールだとまだるっこしいな。一発でシャキーン!って感じに全快しないのかな。
やがて傷は癒え、紫色だった顔色にも血色が戻ってきた。
「ヒール! ヒー……」
5、6回唱えたところで魔法力がなくなったんだろう。地面に座り込んで肩で息をする天使の子。
「魔力切れ? まだ顔色が白いけど大丈夫?」
「……うっさいわね。ちょっと疲れただけよ。あと1、2回はヒールが使えるわ。そうなれば毒は消える筈よ」
「なんか曖昧だねー。治癒魔術って、もっと劇的に効くのかと思ってたけど」
「悪かったわね、どーせ私は初級の治癒術しか使えないわよ」
ぶーたれた表情でソッポを向く天使の子。てか、いつまでもこれじゃあ言い辛いな。
「そういえば君、なんて名前なの? 僕は」
「――知ってるわよ、『レア」でしょう。あっちの青い子にそう呼ばれてたの聞いてたし」
荒い息をつきながら僕の台詞を遮ってそうつっけんどんに返してよこした彼女だけど、それからちょっとだけ躊躇した様子で、一息ついて、そして何か決心したように大きく息を吐きながら続けた。
「私の名はソフィアよ。言っとくけど助けられたことで恩にきて教えたとかじゃないんだからね。一方的に名前を知っているってのは魔術的にバランスが悪いから、あえて教えて公平にしたんだからね」
「……なるほど」
わかりやすいツンデレか。
「なによその生暖かい目は!? さては私を馬鹿にしてるでしょう! 鬼蜘蛛なんかに捕まる間抜けだって」
「へーっ、あの蜘蛛そんな名前だったんだ」
「そうよ! だけど所詮はFランク……スライムよりもちょっと強い程度の魔物なんだし、私が本気になれば光魔術の“光刃”で真っ二つだったんだからね!」
悔しげに奥歯を噛み締めるソフィア。
“光刃”というのは名前の響きからして多分攻撃魔術なんだろう。さすがに魔法力の少ないいま実演することはないみたいだけれど。
「物欲しそうな顔したって見せないわよ。いまは体を治すほうが最優先なんだから。――ヒール!」
多少は顔色が良くなったように見えるけど、元気溌剌ってのには程遠い。
「いいとこ、あと一回か……」
渋い顔で最後のヒールを放とうとするソフィアだけど、ふと気になって僕は尋ねた。
「ねえ、術を使うときに光ってるけど、それって光系統の魔術?」
「そうよ。白魔術とか光魔術とか言われる光神ルーメン様の奇蹟よ」
「ふーん。僕も光魔法が使えるんだけれど、それ覚えられないかな?」
途端、ものすごーく馬鹿にした顔で、「――はンっ!」と鼻で嗤って肩をすくめるソフィア。
「ドラゴンの魔法と光神様の奇蹟とを一緒にしないでよね。光れば同じなら、蛍でもチョウチンアンコウでも治癒魔術が使えるわ」
正論かも知れないけど、いちいち腹が立つな。せっかく治癒魔術を覚えて、少しでも体調を治してあげようと思ったのに。
それにしても僕の光魔法ではできないのかな、治癒魔術。ソフィアがやってるの見ると結構お手軽で僕でもできそうな気がするんだけどなぁ。
「とにかく、最後の魔法力を使って――ヒール!「ヒール!」」
ソフィアが自分にヒールを掛けたタイミングに合わせて、真似をしてヒールを唱えた瞬間、僕の体の中からなにかが抜け出して、掌の上で淡い光となってソフィアの上に降り注がれた。
「「なっ……!?」」
予想外のことに揃って唖然とする僕とソフィア。
ただ光っただけではなく、確実に効果があったのを示すように、いままで血色のなかったソフィアの肌に張りとピンク色が戻った。
「な、な、なんで……?! 鉑輝竜が治癒魔術を!?」
目を白黒させるソフィア。
僕は自分の掌とさっきの感覚を反芻しながら、ふと思った感想を口に出した。
「もしかして、治癒魔術って神への信仰とか敬虔な祈りとか関係なく、単に術との相性がいいとかコツとして技術を学べばいいんじゃねえの?」
思わず……という風情で考え込んだソフィアだったけれど、
「そんなわけないわよ! 私を騙して堕天させようとするな、この悪竜っ!!」
信仰の力は強いらしい。元気一杯に反論の叫びを放ったのだった。
ソフィアのネーミングは野菜の天使であるソフィエルからとりました。
 




