[01-04] 分化
最近は説明回が多いですな。
「さて、明日の成長を前にお前たちに言っておく事がある」
巫女さんたちによってすっかり回復したジークとオースを立たせて、「喧嘩は駄目だよ。はい、仲直りの握手して」と、僕が無理やり握手させたところで、導師竜が改めて全員に声をかけて、その場に整列させた。
躾けというにはちょっと厳しすぎる、アメリカ銃社会でももうちょっと穏便じゃないかなぁという罰則で、黒焦げになった仲間ふたりの姿はさすがにインパクトがあったみたいで、今度は全員おとなしくその場に集まって横一列になる。
並びとしては右から、クリフ、ゲオ、ジーク、僕、オース、ファー、カイの順。
この順番に特に意味はないと思うんだけど、嫌々仲直りしたジークとオースの間に挟まれた僕は、非常に居心地が悪い。
ふたりともソッポを向いて視線を合わせようとしないし、クリフはヤレヤレと肩をすくめて、ゲオはそんなふたりを横目につまらなそうな顔をしていて、ファーは「だめだよ~、レアちゃんのいうこときかなきゃ~」と窘め、ぼーっとしていたカイはふと尻尾を巡らせてきて、僕の肩を『ごくろうさん』と、ねぎらうように2、3度叩いてくれた。
「角が生え幼竜となることで、一歩大人の階段を上るわけだが……。お前たちは卵がどうやって生まれるのかわかるかな? ――レア、異世界知識の天恵を持つお前ならどうだ?」
「――えっ!?」
こんな赤ちゃんたちの前で喋っていいの!? R18になるけど、本当にいいわけ!? それともアレかな、雄しべと雌しべの話からしたほうがいいのかな?! つーか、ドラゴンの生殖ってもしかして全然違うのかも。おしめ取れた後、じっくり観察したけど、なんか違ってすごーく単純な構造だったし。
まさかキャベツ畑で取れたり、コウノトリが運んできたりしないよね?
悩む僕の様子に、「……ふむ。異世界では遺伝子操作や人体複製、記憶や人格をデータ化して仮想世界に住むと噂に聞いたことがある。ならばわけのわからん繁殖方法をとっているのも自明か」と、勝手な解釈で納得した導師竜。
してねーよ! んなSF世界到来していないから! 誰から聞いた? どこ情報だっ!?
デマが飛び交っていることに興奮して、飛び出して反論しようとしたら、ジークとオース、ゲオの三人がかりで止められた。
「レア~、さわぐとおこられるよー」
「自分勝手はダメ。よくない」
「ちゃんと並んでないと、めいわくせんばん」
えっ。僕が常識を窘められるの? よりによってこの三匹に!?
ショックを受けて眩暈を感じ、それ以上、続ける気力がなくなってふらふら列に戻った。
僕らが落ち着くのを見計らって、導師竜がおもむろに話を続ける。
「ふむ。それでどうやって卵が生まれるかというと、ドラゴンの雄と雌が互いに愛し合う……つまり、雄からみればお嫁さんをもらい。雌からしてみればお婿さんをもらうわけだ。ちなみにこうやってお互いの尻尾と尻尾を絡ませれば結婚を了承したことになる」
言ってセルフで尻尾をくねらせる仕草をやってみせる導師竜。なんだろう。なんてことない動作なのに妙に生々しく見えて気恥ずかしく思える。
この辺がドラゴンと人間のメンタリティの違いなんだろうなー。と思っていたら、なにやら尻尾の辺りに妙な感覚と重さを感じて振り返った。
と――。
「およめさーん! ぼくレアをおよめさんにするのーっ!」
「ジャマだジーク。それにレアはぼくのおよめさんになるんだ!」
「ジークもラースもケンカしちゃダメだろう。それにレアにふさわしいのはボクだよ」
「「なんだと、クリス! やるかっ!!」」
「レア、こんなうるさいやつらむしして、オレとシッポをからませよう」
「うえええええん! ず、ずるいよ、ゲオ~っ。レアはぼくのおよめんだよー!」
「……およめさん」
いきなり蜂の巣をつついたような騒ぎとともに、うねうねと伸びる仔竜たちの尻尾が先を争って僕の尻尾に絡みつこうしている。
「重い! つーか、誰がお嫁さんだーっ!!」
一喝しても、聞いているのかいないのか、お互いに尻尾で牽制したり、殴り合ったりしている仔竜たち。武闘派のジークやラースはともかく、普段は気弱で自己主張の乏しいファーや、セルフセンタードのカイまで他を押しのけて尻尾を振り回している。
「いい加減にしろ。男女の区別もつかないのか、お前らっ!」
そう怒鳴りつけると、興味津々この様子を見ていた導師竜が一言言い放った。
「ないぞ。いまのお前らに性別は」
え、なにその倒置法?
「真竜は生まれてすぐは性別のないいわば“無性”状態になっておる。で、1齢になると雄雌どちらかに偏った“中性体”になる。そして2齢になった時に完全に分化するようになるわけだな」
へ……? 成長すると分化するって、イシダイとかなんかの魚かドラゴンって?!
「ちなみに分化の条件は、一次性徴の際は角が生える際の本竜の意思に応じて雄7:雌3という具合にどちらかに偏る。余程のことがない限り、その偏った性に従って二次性徴の際に明確に雄雌に分かれる感じだ」
その言葉にぱっと光明を見出した。
なら、大丈夫だ! 僕は男の中の男として生きていくつもりだから!
「だが、例外があってなぁ」
ここで初めて困ったように言いよどむ導師竜。
「群れで暮らしていると、一番器量のよい者とか目立つ者が周りから祭り上げられて雌になるんだな、これが」
「……へっ?」
「この場合はいくら意識的に抗っても無駄だ。自然の摂理、天の配剤だと思って受け入れるしかない。――つーか、てっきりレアは最初から雌になるもんだと思っていたぞ」
「んなわきゃあるかーーーっ!!」
そう絶叫すると、暇そうに徘徊していたボケ老人――金煌竜の老師が、ひょいと顔を出して横から口を挟んでくる。
「そうじゃったのか? 生まれつき極端な女顔じゃし、周りからもモテとるようじゃから、儂もそのつもりで女の名前をつけたんじゃがのー。この際、周りの期待に応えてすっぱり女になってみたらどうじゃい? お主だったら三国一……いや、三千世界に並びない美人になれるぞ」
お断りだーーーーーーっ!!!
と、全身全霊で拒絶しようとしてけど、そんな僕に他の仔竜たちが寄ってたかって尻尾をからめたり、舐めたりしてきた。
「レアしゅきーっ!」
「およめさんだー!」
「ボクだよボク!」
俺の嫁とかやめれ――――っ!!
揉みくちゃにされながら、ヤバイ、このままだと本当に嫁にされてしまう。逃げなければ! と戦慄を覚えた。
てか、これが運命だとか、天の配剤とか誰が決めた!? だったらそれこそ災厄もいいところだよーっ!
魚なんかだと年齢に応じて雄から雌になったり、逆に雌から雄になったり。
あるいは群れの中で一番強いものが雄になったり、逆だったりするパターンがよく見られます。
ドラゴンの場合は一番強くて美しい者が雌になって、雄から貢物をもらうのがデフォです。なので基本的に雌は数が少なくて、なおかつ雄より強いです。
 




