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それは誤解です。 ②

誤字脱字、いくつかの修正の可能性大。とりあえず書き終わったので投稿。

「先程の消えた兵は何だったと思う?」


 侯爵令嬢であるリアは頼もしき腹心のジルゼに尋ねた。険しい表情を顔に貼り付けたまま部隊を眺めている。


 一人逃げられたが残りの魔族は殲滅した。部隊は『雑ざりモノ』が残っていないか、徹底して調べているところである。


 ジルゼは速やかに謎の兵についての調査を終えていた。腹心は主の質問に、珍しく深いため息を吐いた。


「率直に言うとわかりません。ただし、魔族とは敵対しているのかもしれません」


「どうしてそう思う? 仲間を捨て駒にした派手な陽動かもしれんぞ」


「例の兵は聞き込みをしていたそうです。怪しい者はいないか、見たことのない者はいないかと。何らかの理由でそれらを排除する意図があるのは明白に思えます」


「魔族が紛れていると知っていた、のか。どこで知り得たのだ……?」


「……あの情報を手に入れたのやもしれません。そこから深読みをした可能性もなくはないでしょう」


「あれは、絡んでいる思惑に厭らしさを感じる。誰がどう動くか却って見えなくなりそうなものだが」


 殊更に小声になって二人は話し合う。


「……ならば魔族の不自然さを客観的に捉えたか? 意図を読んで可能性に気づいたのかもしれません。それだけでこんな所にまで介入してくるなど、冗談としか思えませんが」


 どこか困ったような表情でジルゼが告げた。


「わざわざ森の奥地でボランティアか。それは笑える話だ」


 表情は真顔のまま、口元だけに笑みを浮かべてリアは呟いた。


「どのような立場の者かは知らない。ただ、助かりはした。これは好機でもある。交渉のカードが一枚増えたと言ってもいい」


「偶然とは言え、その点を見ればよい結果です。しかし……」


 正体不明にして行動が読めない。魔族の動きと共に不確定要素は増えた。ジルゼは素直に喜ぶ心持ちにはなれなかった。


 口元を綻ばせていたリアは、腹心の思わしげな視線に気づき、表情を引き締めた。


「密偵が何らかの命令で動いた、と見るには不自然か?」


「密偵の仕事にしては行動が大胆に過ぎます。突拍子もなく森の奥地に現れ、大胆に身辺調査をし、雑に答え合わせをして逃げたかのようです。接触した兵に聞いたところ、何とも無茶苦茶な男だったと」


「無茶苦茶?」


 どこかキョトンとした表情のリア。彼女がこういう素の表情を見せると年齢以上に幼く見える。


「ええ、会ったこともないのに会ったと因縁をつけたり、わけの分からないあだ名で突然呼んだり、自称で牢名主と名乗ったそうです。手口は雑な割りに妙に鮮やかに逃げて行ったとも」


「ハッキリと怪人物だな。人間なのか?」


「信じられない報告なら一つあります……魔力を過敏に感じる者は稀です。その者が偶然部隊の中にいました」


 こんな不確かな情報を伝えるべきか、ジルゼは正直に迷っていた。余りにも荒唐無稽な気がしたのだ。


「あの使者殿のように強ければ誰にでも感じ取れる。むしろ逆ということか」


「……はい、乳児程度の魔力しか感じなかったそうです。確かなら魔法での変化は出来ません。人間かどうかは疑いの余地はありますが、外見上は人間と見て間違いなさそうです」


「何なんだそいつは。益々怪しいじゃないか」


 リアは懐疑を通り越して、呆れたと言わんばかりに表情を崩した。聞くたびに怪しい人物像が完成されていく。その姿を想像して、とある事実に気づいた。


「なあ、その話が本当だとしたら、二つの可能性が浮かび上がらないか?」


「……協力者がいるかもしれないことには思い至りましたが」


「私が思う本命はそっちじゃない。ディスペルも使えない者が、こんな森の奥に現れられる可能性。そう、結界は森から出る方向へなら無条件で通ることが可能だ」


「……つまり、あの兵はエルフの里からやってきたと?」


 エルフが人間を使うなど聞いたこともない。突拍子もない結論にジルゼは困惑する。冷静沈着を旨とする男にしてはペースをまるで保てていない。


 そんな男を横目に、リアは隊列の先頭へと戻ったエリジェを睨みつけた。


「あの時、率先して魔族の存在を暴いたな、あの女」


「例の兵は彼女の部下だと?」


「いかにも堅そうな女だ。そんな無茶苦茶な男を使うとも思えんが……何か知っている可能性はなくはない」


 深読みをしたリア。当然ながらエリジェも寝耳に水だ。銀については当たり前に困惑していた。


 結局、リアは二人の繋がりを疑った。


「少し、よろしいですか」


「ええ、私も丁度伺いたいことがありました」


 躊躇もせずに近づいて行き、話しかけた。


 エリジェも人間側の関与を疑っていた。例えば、目の前にいる赤毛の令嬢ではなく、派閥の異なる者たちの暗躍など。


 ハッキリと徒労とも言える腹の探り合いが始まった。



 ウォーウルフのラーギアは混乱の中にいた。


 あの声が響き渡った時点で、雲行きの怪しさを強く感じていた。現在進行形で状況は予定外の方向へ転がっている。


 ラーギアは魔族の幹部だ。ウォーウルフの四十代手前の荒っぽい軍人である。筋骨隆々とした身体に銀の豊かな体毛を靡かせ、精悍な狼の面構えをしている。


 普段は中年男性の姿。ディスペルの影響はなさそうなものだが、何故だかあの魔法は人狼の姿を暴き出してしまう。


 ラーギアは仕方なく逃げ出していた。ディスペルで結界を解除し、強引に里へと向かう。エルフたちに位置がばれることも承知でお構いなしに急いだ。


 紅葉がちらつく森の中をひた走った。落ち葉が増え、滑りやすくなった腐葉土を撒き散らすように踏み締める。行く先を塞いでいる枝葉を蹴散らした。道なき道を無人の荒野を往くが如く突き進んだ。


 一時間ほど経っただろうか、進行方向を覆う木々が疎らになり、視界が開けていた。


 ラーギアは息を切らしながらも、その場所へ辿り着いた。


 トラブルの際はウォーウルフ特有の嗅覚を頼り、合流を果たすように示し合わせていた。


「――ラーギア? どうしたのよ……」


 その部隊は木々で身を隠し、里の近くに待機していた。エルフの里の様子を遠目で確認できるポイントだ。


 息を切らす彼を皆驚いた顔で見ている。魔族の幹部であるミーサが、部隊を代表して彼に声をかけていた。


 ミーサたちはダークエルフの部隊だ。


 ダークエルフとは森を捨て魔導に身をやつしたエルフの亜種と言われている。エルフと同じく美しい目鼻立ちに、浅黒い肌と銀髪紅眼を持つ種族である。ミーサは特に豊満な胸を持つスタイルのよい女性だ。性格のきつそうな鋭い目をしている。


 部隊の総勢は男女半々の六名。成り立ちから魔力の性質が似通っており、魔法を使って強引にエルフに寄せれば、結界を通り抜けることが出来た。


 結界を通る力のある者たちだけが選抜され、編成された。人間側に紛れた魔族と共謀し、エルフに姿を変えて人間たちを襲う予定だった。


 予定通りなら。


 ミーアはラーギアの只ならぬ様子に自然と眉根を寄せた。


「あなたが来たということは何かあったということよね……」


 息を整えながら、何か言い難そうに顔を歪めたラーギア。


 ミーアは事の深刻さを薄々ながらも感じ取った。そんな彼女にラーギアはゆっくりと頭を下げた。


「……すまん。俺の部隊は露見して全滅しちまった」


 低く底ごもるような声で、ラーギアは呟くように呻いた。想定していなかったわけではないが、最悪の事態だ。


「なるほど、そんなところだと思ったわ」


 息を呑んだダークエルフたち。彼らに動揺を広げないため、殊更平静を装ったミーアは鷹揚に頷いた。態度にはなるべく出さないように繊細に注意をしていたが、心の中では当たり前のようにショックを受けていた。


「原因を聞いても構わないかしら?」


 声のトーンを少し落とし、平坦な声色でミーアは尋ねる。訊き易い内容ではなかったが、今は確認しないわけにはいかない。


「おかしな男がいきなり現れやがった。仲間のフリして俺たちを探ってるようだった。俺は咄嗟に誤魔化したが、他のヤツがヘマしちまったらしい。魔族がいると叫んだと思ったら、あっという間にどこかへ消えちまった」


 妙な報告に、ミーアは苛立ちを隠せず眉根を寄せて首を傾げる。


「意図が良くわからない。あの人間たちの仲間ではないの?」


「逃げ出したようだったからな。多分だが違うだろう。そいつが単独なのか、組織立って動いているのかは知らねえ。だが、ここも警戒されている可能性は十分だろう」


「それで急いで来たってこと……あんたはどうするのがいいと思うの?」


「俺は……偽装は切り捨てるしかねえと思う。他の目標を無理して狙ってみるしかねえかな……」


「魔族の介入がばれた時点でってこと……でも、まだ私たちが露見したわけじゃないでしょう?」


「無理にやっても、また変に介入されたら他の目標すら手を出せなくなるぜ。完全な任務失敗だ」


 ラーギアは苦虫を噛み潰したような表情で、それこそ苦々しく言い募った。狼の逞しい牙をギリギリと噛み締める。


「他の目標か。それは大変だな」


「――誰?」


「――てめえは!?」


 シリアスに話し合っていた魔族たち。


 銀は軽い口調で話しかけた。いつの間にやら彼らの後ろに立っていた。


 条件反射で問いかけたミーア。文字通り牙を剥くラーギア。突然現れた人間の兵士に、警戒と疑念で固まったダークエルフたち。


 銀は人間側に続いてエルフ側の目標もアッサリ見つけ、実のところ拍子抜けしていた。


◇ 


 目の前の彼らは、警戒心を満載している。

 思ったんだが、普通にお帰り願えないだろうか。ここなら無理に戦う必要もないだろう。


「おいおい、俺なんて警戒するのはご近所の奥様くらいのもんよ? あの人とは目を合わせちゃいけま……いやなんでもない。子供の前だからって何でも有りじゃないと思う」


 思いのほかシリアスな雰囲気なので頑張ってふざけて見た。


 あまり場の雰囲気は和まない。血の気が多そうだ。あの日グランプリだな。


「あなた人間よね……?」


 黒いエルフの巨乳のオネーチャンが仰った。あの日ではないらしい。


「俺の前世はマッチの先端だったらしいが、今は人間だと信じている」


 前世は燃えるように生きた。こういうとちょっと聞こえがいい。


「言っている意味が解らないわ。気味が悪いヤツね……」


 結構な勢いで引かれた。マッチで駄目ならチャッカマンならありなのか? チャッカマンはメカニカルだからありか?


 目の前のネーチャンは、赤い瞳で訝しげに俺を見つめている。そんなに見られても特にお見せできるものはない。申し訳ないのでイチモ……やめた方がいいな。


「気味が悪いか……『なにこいつマジきもいんですけど~』よりはマシだな。その点は感謝したい!」


「まともに取り合う気はないわ。あなたの意図をさっさと教えなさい」


 確かにテンツくんが今にも襲ってきそうだ。


 冷静なこのネーチャンが主導するらしいが妙に冷淡である。ペパーミントレディである。


「……アンタら撤退してくれないかな? 今ならその辺の石ころとかもつけるよ?」


 俺の真心のこもった説得を、ネーチャンは鼻で哂った。強い自信を感じる余裕の笑みを浮かべて。


 確かに立派なモノをお持ちだ。その辺は納得だが……。


「てめえの目的は結局なんだ……? あの時の男だということはわかってる。ここまで来て追い返すだけが狙いとはとても思えねえな」


 テンツくんは荒れてしまっていた。人間のときも険しい目つきだったが、今は仇敵でも見るかのようだ。他意はないのだが信じてくれそうにない。


 ……そういえば、魔族の存在を暴いた時点で仇敵か?


 テンツくんの言葉にネーチャンはピクリと反応した。ただ、この場で追求はしないらしい。


「結局、里に近いこんな位置で見つかった時点で思うところはあるだろ?」


「あなた程度、大した抵抗もさせずに殺せるわ。はっきり言ってそういう意味では怖くはないわ。急に現れたから警戒しているだけよ」


 俺を殺せるらしい。まあ、あえて言い募るつもりもないが、多分無理だろう。俺は巨大ロボが暴れ狂う戦場を逃げ切った男だぞ。はっきり言って逃げ切れる自信が違うね!


「あの里に向かって逃げれば追ってはこられないだろ?」


「その魔力じゃ逃げるくらいしか手はないでしょう。あそこまでは逃げられる気でいるのね。妙に余裕がある理由が分かったわ」


 気の毒なヤツを見るような視線。どうも剣呑な雰囲気だ。圧倒的に優位に立った者の余裕を感じる。


 この世界のヤツは魔力とやらで相手の強さを量るらしいが、俺には当てはまらないと思うぞ。


「そんな事を言うくらいなのだから、仲間はいそうにないわね」


 まあ、いないけどそんなに余裕でいいのかしら? 俺はいつでも逃げる気満々なのだが。


「仕方ない、ここは一つ忠告してやろう。俺は逃げて逃げて逃げまくった男だ。つまり、キミたちペーペーとはその世界でのキャリアが違う。あんだすたん?」


「仲間がいないのは否定はしないの。そう……もういいんじゃないかしら」


 胸を張って言ってやったのに、今一真剣みが伝わらなかったらしい。ネーチャンはテンツくんに軽く頷いてみせた。


 ああ、何やらやる気になってしまったみたいだ。


 魔力は良く分からないが殺気なら分かる。


 軽く首を傾げると、横をテンツ君の右腕が通過した。鋭い爪で殺しにきたか。


「――まさか!?」


 ネーチャンの驚きの声。俺が避けたことに驚いたらしい。今のが全力なら割と簡単に殺せるぞ。


 立て続けに、黒いエルフたちがなにやら唱えだした。魔法ってやつか。


 時間を稼ぐつもりなのか、テンツくんの猛攻は止まらなかった。


 続けざまに右脚のハイキック。コンビネーションで左脚の裏回し蹴り。強化された神経細胞は楽々と動きを見切っていた。


 外れたと悟ると、お構いなしに口をガバっと開いた。驚きの噛み付き攻撃である。まあ、狼人間ならそれくらいはするか。身を低くし、するりと左に回り込んで避けてやった。


 この世界の基準は知らない。ただし、赤い人や青い人と比べると異様に鈍い。スーツもなく、兵士からパクった長剣しかないが、今のところ逃げる必要性がない。


「――馬鹿なっ!?」


 全て避けられたことに動揺を隠せないテンツくん。その隙に長剣の柄頭で右頬を痛打してやった。


「――ぐぼっ」


 声にならない声を上げ、テンツくんが吹っ飛んでいく。動物虐待で訴えられそうだ。


「何なの!?」


 俺が言いたい。さっさと逃げてくれれば、こんな面倒なことをせずにすんだのに。 


「魔法ってやつが良く分からん。危なそうだから寝てもらうぞ」


 一応は警告してやった。まだ呑気になにやら唱えている黒いエルフに、全力でステップインする。せめて距離はとるべきだったな。テンツくんを信頼しすぎだ。


 姿が消えたような錯覚でもしたのか、驚きに目を見開く黒エルフたち。黒ウーロン茶の仲間みたいだ。


 地を蹴った音が思いのほか大きく響いた。地面が柔らかく、若干足をめり込ませながら黒エルフの前へ。鞘に収まったままの長剣を振るい、一応手加減して頭をしばく。


 変な声を出して黒エルフたちが倒れていく。俺のような凡夫に美男美女が殴られていくのはちょっとシュールな光景だ。


 もうちょっと格好つけないと俺が悪役みたいだぞ……そう言えば悪の組織の戦闘員だな。俺。


「……なあ。お仲間はおねんねしちまったぞ。こいつら引きずって帰ってくれない?」


 俺は驚きで固まっていたネーチャンに話しかけた。クールぶってる割りにトラブルに弱いタイプなのか。


「……ふざけないで。ここにいるのは魔族の精鋭に幹部二人よ。簡単に逃げられるわけないわ!!」


 沸々と逆上したように声を張り上げたネーチャン。これが精鋭ってのは冗談でしょう。少なくとも俺に対しては油断のし過ぎである。


 適切に距離は取らないし、攻撃を避けるだけで隙を作る。正直言って落第です。


「俺もまだやれるぜ……」


 離れたところで転がっていたテンツくん。ふらつきながら立ち上がった。死なない程度に手加減したのが拙かったらしい。驚くべきタフさを賞賛すべきか?


「我が体躯に真なる力を……リミットブースト」


 何やら呟いたと思ったら、テンツくんの身体が薄っすら光って見える。後光というヤツか? ブッダの再来がこんなところに!?


「徳の高い狼だったんだな。ちょっと眩しいぞ、あんた」


 これは勃たなくなるはずである。


「何を言ってるかわからねえが、これからが本番だ。常識だろ」


 コンラッド少年が、魔法を使わない戦いはないとか言っていたな。運動神経の良い奴はそのまま肉体強化系の魔法に適正があるとか。つまりあいつも、そういうことか。


「ミーア、俺が時間を稼ぐ。お前はトドメだ。さっきまでは無詠唱だったが、今度は詠唱付きの全魔力だ」


「……了解したわ」


 鞘付きの長剣を片手に、二人のやりとりを眺めていたわけですが、魔法によるブーストとやらはどれくらい危険なのだろうか? さっさと逃げたほうが良かったか?


 そうこうしている内にテンツくんがこっちに突っ込んできた。


 先程よりも格段に速い。


「すごいな……」


 魔法のブーストは中々に偉大だった。地を這い、脚を掬うような横なぎの右爪。


 恐ろしく威力が込められているのが分かった。とは言え、この程度なら初見の速さとまではとても言えない。


 当たる瞬間に何とか横にステップして避ける。まだ十分に見えている。何とかなりそう。


「これならどうだ!?」


 空振りしても今回は驚かなかったらしい。窮屈そうに左足だけで前傾していた身体に制動をかける。倒れこむような勢いを利用し、右の脚を側面から飛ばしてきた。


 低空から無理矢理脚を持ち上げたような回し蹴り。無茶な身体の使い方に俺は少し面食らった。


 ――避けられない。確信して、鞘付きの長剣を使う。


「重っ」


 思わず呟いた。横から襲ってきたぶっとい蹴を剣で受け止めた。身体が軽く軋んでクレームを上げる。剣も若干だが曲がってしまったかもしれない。


 初めて防御させたことに気を良くしたのか、至近距離で狼が牙を剥いて口の両端を吊り上げた。


「面倒な」


「死ねええええええええ!!」


 奴の雄叫び。そんなに張り切るなよ。ちょっと怖いぞ。


 素早く上体を起こしたテンツくんが、振り下ろすように爪を煌めかせる。魔法のせいで光の尾を引いて俺の肩口に吸い込まれていく。


 スウェーしてギリギリで避ける。今度は左下から掬い上げるような爪の一撃。全身を使った上下左右の爪の乱舞だ。避けられないものは剣を使って何とか防御。偶にミドルキックやハイキックまで織り交ぜてくる。


「なんか速くなってないか!?」


「全力だと言ったはずだあああぁぁ!!」


 無酸素運動のはずが速度が収まるどころか加速していた。魔法の強化のせいか、それとも身体の構造が違うのか。


 突然一回転した奴は振り向き様にバックハンドブロー。爪は使わなくていいのかよ。


 しゃがんで避ける。狙っていたのか膝が俺の顔目掛けて打ち出された。長剣は間に合わない。仕方なく空いていた左手で受けた。結構な威力に俺の上半身が持ち上がる。仰け反ってしまった。


 奴が大きく口を開いたのが見えた。奴の牙が文字通り光っている。仕方なく両手で長剣の柄を掴む。仰け反った俺の首筋に奴の牙が迫った。


 ――これは拙い。エネルギー切れを懸念して掛けていたリミッターを一瞬開放した。


 奴には見えなかったようだ。倒れこむのもお構いなしに、俺は全力で長剣を奴の首筋目掛けて打ち込んだ。


「――ぐべっ!?」


 妙な声を上げて吹っ飛んだ。勢いは先程の比ではない。


 ――凄まじい轟音。


 テンツくんは巨木をへし折って止まっていた。剣が鞘の中で折れたような感触。ピクリとも動かない。何とか生きていることを祈る。


「――灰すら残さぬ魔炎を! インフェルノ!!」


 物騒な台詞に驚いた。身体を捻じって地面に倒れていた俺は、妙な熱気を感じて必死になって身体を起こした。


 ネーチャンから恐ろしい規模で炎が放射状に広がっていた。普通なら絶対に避けられない。


 俺は悟った。


 ――瞬間。


 未だ中途半端に掛けていたリミッターを全開放。さらに蓄積していたエネルギーを全身に廻らせることを強く意識する。全身が悦びに打ち震えるが如く脈打った。


 一瞬で目の前に迫った炎の壁。姿勢も気にせず飛び込むように横方向へ跳んだ。


 地を這うような跳躍。ギリギリで炎の残滓が俺の身体を嘗めて行くのを感じる。


「嘘……」


 転がるようにして避けて見せた俺は、そのままの勢いで立ち上がった。


 リミッターを再び掛ておく。エネルギーの残量が不安である。


 ネーチャンは幽霊でも見るかのように俺を呆然と見つめた。


「今のはマジでやばかった、魔法結構ヤバイ」


「最上級魔法の一つよ……」


「お仲間は焼けてないか? 大丈夫?」


「当たらないように気をつけたわ」


 何かを悟ったのか、俺の言葉に応えてくれた。


 歩み寄る俺に対して逃げもしない。咄嗟に避けたので長剣を紛失してしまった。 


 さて、どうしたものか。里に近いとは言え、疎らに木の生えた場所だ。こんなところで炎を使うとは思わなかった。燃え移ってしまった木は一本や二本ではすまない。キャンプファイヤー願望でもあるのだろうか。


「威力優先にしてもやりすぎでしょう?」


「確実に殺す必要性を感じたのよ……」


 物騒な返事だった。このままでは森林火災になりかねない。


「剣とか誰か持ってないか? 燃えてる木に直接触れたくないぞ、俺」


「そこの男」


 彼女が指し示した方を見ると、確かに黒エルフの男の腰に狙いの物があった。


「じゃあ、とりあえず寝てくれ」


 呆然と返事をしているのはフェイクだ。彼女が何か狙っていることには薄々気づいていた。


 ――驚愕の表情。見慣れた気がする。


 一瞬でゼロ距離まで間合いを詰めた。腹に一発きついのをお見舞いしてやる。鉄拳制裁である。森林火災は洒落にならない。お仕置きです。


 彼女が気を失ったのを確認して、黒エルフ男から剣を奪い取る。何か呻いていたが、しばらくは起きないだろう。


 木々がまばらなところで本当に良かった。燃えているものはざっと見て十本と少しだ。魔法に直接晒されたところは、そもそも燃えるものが残っていなかった。


 剣を片手に魔法の余波で燃え始め大樹を伐採する。剣を構えてリミッターを一瞬開放、力任せに振りぬく。割りと簡単に断ち切ることが出来た。延焼を防ぐ為の措置である。


 この剣は最後までもってくれるのだろうか? 自己犠牲の精神に感謝の念を捧げよう。


 派手な音を立てて倒れる大木。燃え広がらない場所に転がして次の木へ向かった。


 一瞬で黒焦げになっているものも多かった。さっきの魔法の威力に今更ながらゾッとした。


 炎に気をつけながら、熱いのと煙いのを必死に我慢。作業を続ける。


 ……当然ながら彼らはやってきた。


 まあ、こんな狼煙のごとく立ち昇る煙である。あらかた伐採は終わっていたが、炎を舐めてはいけない。よく爆破されていた俺としてはまだまだ油断ができない。


 彼らに任せても大丈夫な気がしないでもないが、確信が持てない以上、俺がやるしかないのだろう。よくよく考えれば都合がいいのかもしれない。


 逃げるわけにもいかず、色々と我慢しながら作業を続けた。この状況をどう利用できるか考えながら。



 エルフの里長、ルジャ・ラーグは会談の為に、数名だけを客室へと通していた。エルフの里には、さすがに謁見の間のようなものはない。


「これはどういうことかな?」


 ルジャは疑念を込めた視線でリアを見つめていた。


 彼は部屋の中央に据えられた椅子に座り、テーブルを挟み、対面にはリアが同じように座っていた。その背後にはジルゼを含む数名の側近。


 エルフの側近たちも、ルジャの後ろに控えている。使者として赴いたエリジェ、里長の右腕のガフ・ツェンも同様だ。


「どうと言われましても、誰でしょうか……?」


 リアが困惑しながら視線を向けると、後ろ手に縛られた銀がエルフに押さえられていた。延焼を抑える作業後、顔も隠さずにアッサリ捕まったのだ。今現在も黙秘を続けていた。


「とぼけるのか? その男の鎧はそなた達の物と同じ物に見えるぞ」


「本当に面識がないのです。その男がどうかしたのですか?」


 困惑のまま聞き返したリアに、今度はルジャが困惑したような表情を浮かべた。


「それが良く分かっておらん。里の近くで森が燃えていた。すぐさま駆けつけたところにこの男がいたのだ。燃える木を切り倒していたそうだ。不思議なことに周りには気絶した七名の魔族がいた」


「はい……?」


 言いがかりにしても不思議な話だ。リアは顔をキョトンとさせた。


 そんな顔をまだ疑わしく見つめたながらルジャは続ける。


「この男、簡単に捕まった割りに何も喋らぬ。隠したいことがあってのことだろう」


「いえ、ですから――」


「――もうよい。どういう手違いがあったのかは知らないが、そこの男に単独で何かをさせようとして失敗したのだろう?」


 言い募り、何とか誤解を正そうとするリアの言葉を、ルジャは断ち切っていた。


「それは誤解です! 話の飛躍が過ぎます!」


「人間など、我々から見れば皆同じようなものだ。少なくとも今は信じる理由がない。一先ず、会談は保留にしていただこう。そちらにも落ち度はあったのだからな」


「我々に帰れと?」


「何が目的で来たのかは知らない。ただし、手荒な真似はしないことだ。言ってはいなかったが、魔族はそのまま捕らえている。妙な動きを見せたら彼らを通じて魔族と結びつくことも検討しなくてはならない」


 ルジャの牽制するような鋭い視線を受け、リアは何も言い返せないまま言葉を呑んだ。椅子の肘掛を思わず握りこんでいた。


「ああ、その男は連れて帰って貰って結構だ。一応森への延焼を防いだ功績として受け取って貰おう」


 最後にルジャはこう言い残すと、リアたちを残して部屋を出て行ってしまったのだった。 



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