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森のエルフと語学学習 ②

 ジェスチャーで色々指示しようとして小一時間。銀は、中々伝わらないことに業を煮やしていた。


 仕方なく、頭を覆っていたヘルムを外し、さらに地面に絵を描くパターンを交え始めてさらに小一時間。なんとなく翻訳が進み、ようやく意味が通じ始めた。


 ゴーレムと聞かされていた二人はいきなり頭部を外した銀に唖然とした。


 間を置かず、何やら聞いたこともない言葉で喋り始めた事にまたまた唖然とした。


 驚くことが立て続けに起きたせいか、今はすんなり状況に流されてしまっている。


「俺、水、食料、ほしい?」


 たどたどしく喋った銀。


 暗い中、地面にパンっぽい物の絵を描いて指し示す。


 通じているのか? という不安を隠せない表情で、何とか意味のわかる言葉をつなぐことに成功していた。続けて、口をもぐもぐ動かしながら架空の何かを食べる動きも交えて見せる。


「あ、ああ、分かったよ。そりゃ三日も何も口にしてなけりゃ欲しいよな」


 太っちょエルフのタークが首をブンブン縦に振る。


 二人は当初、共通語を話せないとは思ってもいなかった。ボディーランゲージを交えた奇行の連発に、狐につままれたような心地であった。


 どう反応したものかと困り果てていたが、今では状況をなんとか理解し、彼の翻訳に協力していた。


「なあ、あんたさ。何でその頭のやつさっさと取らなかったんだ? それがなきゃ飯くらい出したと思うんだけど……」


 後の祭りだと知りつつもコンラッドは問いかける。


 ただし銀には意味が通じていない。彼は問いかけを理解できずに首を捻るばかりだ。


 さっきまで恐ろしく危険な何かに見えたモノが、今では間の抜けたオッサンにしか見えない。


 黒髪黒目の眉の太い男だ。特別男前というわけでもなく、特別不細工でもない。黒髪黒目の人間はあまり聞いたことはないが、人ごみに紛れればすぐに見失いそうな顔立ちをしている。

 

 今やその顔は三日分の無精髭を生やし、面倒な翻訳作業に疲れ果て、精根尽きて老けて見えた。


 銀は疲れた顔でいちいちコミカルに動いて見せた。コンラッドは極度の緊張感が続いたせいか、一週回って笑いを堪える努力が必要になった。


「……牢屋に戻れば飯くらいだしてやるのに。言葉も教えてやってもいい」


 地面に鉄格子の絵を描きながらコンラッドは言った。


「おい、そんなことしてどうすんだよ」


「別にどうもしないさ。何か困ってるようだし、そんなに危なそうじゃないだろ? 今のまま逃げられても俺たちのせいになるだけだし……」


 このまま逃げられてしまったら、また子供扱いを受けて役立たずだと思われてしまうだろう。魔族の前で無力でいることは、同年代の中では優秀であった彼の自尊心を酷く傷つけた。エルフであることに強い誇りを持っているからこそ。


 心に少し余裕ができたコンラッドは、先のことを考えて思わず喋っていた。


 タークはコンラッドの台詞に眉根を寄せる。


「おい、牢屋に戻れなんて言われて戻る馬鹿がいると思うか?」


「こいつだったら簡単に逃げ出せそうだろ? どうやったか知らないけどさ。せめて、俺たちがいないときに逃げてもらえばいいじゃないか」


 コンラッドの提案にタークは唸る。確かに説得できれば当面の面倒事は回避できるかもしれない。共通語も話せず、魔力は幼児並なのに何故か力が強い。正体不明の存在に対する興味もなくはない。とは言え、十分に危険な存在である。無茶な提案をして下手な刺激もしたくない。


「……ちっ、分かった。そんなにやりたければお前が説得してみろよ。夜が明けるまでが勝負だ。それまでに説得できなければどうなっても知らないぞ?」


 あまり乗り気でないのが分かるタークの台詞に、コンラッドは力強く頷いた。銀は自分を置き去りにした話し合いに首を捻るばかりだった。


 

 結論から言うと、ずるずると半年もお世話になっております。


 どうも耳長怪人、改め、エルフの里の近くで色々あったらしい。聞くところに寄れば俺のことを出来損ないのゴーレムだと勘違いしているらしく、上の連中はそんなものに構っている場合ではなくなったのだそうだ。


 俺としても正直好都合だ。エルフなんてファンタジックな存在がいるということは、明らかに俺の知っている世界じゃない。最低でも言葉を覚えて食い扶持を確保する必要がある。


 なんかファンタジーの癖に嫌に現実的だ。言葉に飯っておい。


 今日も今日とて牢獄の中。ここに居れば言葉は二人のエルフが教えてくれるし、少なくとも飯は食える。一人分くらいは簡単にちょろませるとタークが豪語していた。さすがエルフの癖に太っているだけはある。すかさずコンビーフの称号は封印した。


「しかし、臭いだけはいかんともしがたいな」


「うん、あんたホンとに臭いよ。あと三歩離れて欲しい」


 俺の愚痴に率直に少年エルフのコンラッドが言う。そんな嫌そうな顔すんなよ。がっつり傷ついたよ。ブロークンハートだ。


 辛らつなコンラッドさんは、鉄格子越しの対面で俺と同じように胡坐をかいていた。


 言い訳じゃないが毎日身体を拭かせてもらってこれだから。スーツは偶に洗ってるし、そもそも抗菌仕様であまり臭わない構造になっている。


 あれ? 俺か? 俺本体がやばいのか?


 毎日水を汲んできてもらって悪いが風呂に入りたい。髪と髭の手入れは無理を言って定期的にさせてもらってるけど。


 こっそりどこかのお宅の湯船に突撃してやろうか? 女湯だと尚可。エルフの里にいるのに何故か男しか見てないな、そういえば。これは何かの呪いなのか!?


「なあ、そろそろ本格的になんとかしたほうがいいよ」


「おい、鼻をつまむな鼻を!」


「これは仕方ないだろ? 大丈夫、大げさなリアクションじゃないからさ」


「そんなに臭けりゃバレバレだっての! スーツ着てればそんなでもないはずですぞ。旦那」

 

「誰が旦那だよ、誰が。まあ、そう言えば不思議とその変な服着てると臭いがあんまりしないな」


 クンクンと仔犬のように鼻を鳴らす少年に、俺はそうだろうと口を尖らせる。昼と夜の交代制で見張りが代わるのだ。そんなに臭ければゴーレムどころか一発アウトです。主に臭いのはスーツを脱いで全身を拭いて綺麗にしているときである。あ、やっぱ俺か!? なんかショックだ。


「それでもちょっと臭う。悪いけどヘルム被ってくれ」


「あれ被ると『キー!』としか言えなくなるの!」


「変な呪いだな、聞いたことないや」


 それはそうだろう。俺だって聞きたくもないよ。


「それはそうと変な間がなくなったよな」


 妙に関心したような口調でコンラッドは言う。


「間ってなに? 突っ込み的なことか?」


「カタコトは結構前に直ったけどさ、いつも喋る前に変な空き時間あったじゃん」


 あれ、後半無視か。まあ言いたいことはわかった。


「……ああ、翻訳システムに頼らなくなったから。必要に迫られたときの底力ってのは舐められんね」


 真面目な話、前までは翻訳システムを通して一言ごとに確認しながら喋っていたのだ。具体的に言うと左腕の腕輪で操作し、眼球に仕込まれた人工レンズに文字を表示する。それを見ながら受け答えしていた。


 眼球に直接文字を映し出すのは気分が悪くなるから多用したくない。ヘルムにも映し出せるが、あれを被っていると「キー!」としか言えなくなるので会話にならない。必要に迫られて必死になって覚えました。


 なんでこうも八方塞なのか。開発者に会えたらヘッドバッドしてやりたい。


 正直に答えたのはいいが、こちらの言葉の意味が半分もわからなかったらしい。コンラッド少年は首を傾げていた。顔つきも幼いので危険なことに少々そそられてしまった。畏るべし、エルフの美形っぷり。


 禁欲生活が半年も続いたせいだが。確実に。


「なあ、あんたの言うことってたまにサッパリだよ。もう少しわかり易く話せないのか?」


「俺の深遠なる知識は新世界からもたらされた超カオス理論的な何かだからな。細かいことは気にすんな。ついでに俺もサッパリしたい」


「適当なこと言って誤魔化してるのだけはわかるよ」


「呆れた様にジト眼で見んなよ! 俺は歳の割りに大人気ないと有名だったんだぞ!」


「そういうこと言うから呆れられ……というよりは変な人だと……以下略」


「略してくれてありがとう。まあ、気さくなお兄さんを演出しておかないと、おっかなくて放り出したくなるだろ?」


「それって計算なの……?」


 半分は天然です。半分は暇つぶしにおちゃらけているだけである。さすがに半年も牢屋の中にいると性格もおかしくなった気がする。それか自称正義の味方にボコボコにされすぎたせいか……。


「嫌なことを思い出しちまったぜ……」


「唐突になんだよ。頭打ったのか?」


「人生の苦さってやつかな。限界ギリギリにビターだった。ちなみに俺の頭のスーパーハードっぷりを今度味合わせてやってもよいぞ」


「苦いっていうより臭いよ、あんたは。体臭的な意味で」


「お願いそれは言わないで!」


「……おいおい、もうちょっと静かに喋れないのかお前らは」

 

 ヘッドのくだりをさっくり無視された可哀想な俺。さっき無視されたばかりなのに。


 色々嘆いていると立派なお腹の御大がやってこられた。このお方のせいで中々耳長怪人をエルフとは認められなかった。


 太っちょエルフのタークである。封印されしあだ名はコンビーフ。なぜエルフなのにデブなんだと、新たなジャンルの萌えでも創ろうとしているのかと、心の中で色々と葛藤したのは今ではいい思い出だ。


 大分後でコンラッドが得意げに謎の怪現象、『魔法』ってやつを見せてくれたからようやく現実を呑み込むことができた。


 ああこのデブやっぱりエルフなんだな……と。ちなみにこの世界にきて初日に見た空飛ぶ物体は、普通に魔物と呼ばれているそうな。というか、アレってやっぱり……まあいいや。


「コンラッド君がとってもお茶目だから。ついつい興奮してはしゃいじゃうのさ」


「どこまで本気なんだよ、その台詞……正直ゲロ吐きそうだぞ」


「あんまりこいつのこういうノリに付き合わないほうがいいぞ、大分不毛だ」


「不毛と言えばエルフってハゲるのか? その辺詳しく知りたい」


「あんた言葉を覚えたら色々最初の印象吹っ飛んだよ」


 コンラッドはさっきからずっと呆れている。暇なんだから仕方ないでしょうに。


「まあ、それはそれとして森の中のくまさん改め、我が同胞はどんな感じなんだ」


「なんで熊が出てきたのかサッパリだぞ……聞いた話だと順調にこの里に近づいてるそうだ」


「……ほう順調かぁ」


 真面目な話をすると、これが牢を出て行くことを未だに躊躇っている最大の原因だ。


 最初は魔族が森でちょろちょろしていたそうだ。その後を引き継ぐように人間がやってきたらしい。何とかいう砦を取り戻しにきた人間が部隊の一部を派遣したそうだ。


 魔族は篭城戦を選択し、人間は砦を包囲している。戦場は半年近く膠着してしまっているらしい。


 そろそろ冬が来る。焦りから人間側は早期決着を目指す。その為にエルフを脅してでも戦力に加えるか、最悪、里を襲って兵糧か魔法器を確保するのが目的だろうとターク氏が仰られていた。


 ちなみに魔法器とは、魔力を付与された武具や道具のことを言うらしい。その価値は俺にはよくわからない。エルフといい魔法といい魔法器といいつくづくファンタジーである。


 それはともかく、エルフたちは人除けの結界魔法を幾重にも張り、人間が諦めることを期待して持久戦を仕掛けている。現在、結界を張る。解除される。結界を張る。解除される……という感じで繰り返しているらしい。


 話を聞いた俺は、この流れにきな臭いものを感じていた。タークの説明にもピンとこない。


 なんとなく先行きが心配なので未だに牢獄に留まっていたのだ。決して女湯を期待しているわけではない。


 あまりにネガティブな想像が俺の頭の中にはある。そろそろ人間の部隊も近いらしい。こんな世界でまで真面目を気取りたくもないが……。


「なあ、魔族って奴らは何がしたかったんだ?」


 俺の突然の問いにタークが怪訝そうに首をかしげた。声のトーンの変化から何か察したらしい。


「人間から砦を奪った勢いでエルフも恭順させようとしたんじゃないのか?」


「聞いた話じゃ人間に攻め込まれてあっさり篭城したそうじゃねえか。すぐによそに手を出せる兵数の余裕は感じないんだけどな」


「その補充にエルフを使おうとしたんだろ」


 何を分り切ったったことをと言いたげなターク。


 コンラッドは突然始まったこの会話には加わる気はなさそうだ。少年なりに思うところがあるのか、黙って顎に手を当てている。


 俺には返答の内容がある程度予想できていた。


「でも、人間や魔族は例の砦を交代するように奪いあってたわけだろ? なんでその間にエルフの森にはこなかったんだ?」


「それは森の中で結界と魔物を相手にしながら、隠された里を無理に探すよりも、放置しておくことを選んだんじゃないか。それに人間は魔族を、魔族は人間を警戒しなくちゃいけなかったはずだ」


「じゃあ、何で今回に限って魔族はちょっかいをかけてきて、人間は愚直に里を目指してるんだ?」


「それは、人間が一時期撤退していたし好機だったんじゃ……」


「人間はどうだ? 今は好機か?」


 タークは言葉を詰まらせた。俺と同じように不穏な何かを感じ取ったか。


「つまり双方とも何からの意図があって動いてる気がする。俺の想像が正しければ人間はエルフの動きを気にせざるを得なかったんじゃないか?」


「それは……どういうことだ?」


 息を呑んでからのタークの問いかけ。俺は待ってましたと続ける。


「おそらく、フェイクなんだよ。魔族の動きは。人間はそれにつられているか、それを利用しようとしている。どちらの種族にも関わりたくないなら、いっそ結界なんてまどろっこしいことなんてせずに徹底抗戦したほうがいいかもな」


「そんなことしたら決定的に人間と敵対することになる。交渉の余地は残しておかないと不味いだろ」


「……なら、なるようにしかならないよな」


 まあ、ここまできて方針をいきなり変えることはできないか。これまでの印象では、エルフというやつは、悪意や策略にあまり敏感じゃない。森の中で引き篭もっていたせいだろう。


 最悪……俺が動けばちょっとしたフォローくらいなら可能かもしれない。


「一応食料庫の位置を教えてくれよ」


「混乱に乗じて食料盗んで逃げる気か?」


 タークさんや、それはいくらなんでも失礼な。


「大量に食わないと俺は力が出せないんだ。十人分くらいでようやく全力の半分くらいの力が出せる」


 何を言ってるんだと言いたげなタークとコンラッド。俺も不本意なのだが、これが事実なのだ。


「冗談じゃないぞ。この身体には摂取したカロリーを、スーツとか武器の為のエネルギーに転用する変換蓄積炉という物が組み込まれてる。蓄積分はほとんどなくなったし、本気で動くにはカロリー不足なんだよ。あしからず」


 もっと言うなら、俺の強化された身体も変換したエネルギーを必要としている。それが不足すると能力の深刻な低下につながってしまう。


 エネルギーを一括でチャージする専用固形物はもう手に入らない。全力で動きたいなら気合入れて食いまくるしかないのだ。


「お前の話はどこまで本気なのかわからんし、説明されても意味がわからん」


「まあ、保険だと思って教えてくれよ。状況が最悪なら手札は多いほうがいいだろ?」


 そう、手札は多いほうがいいはずだ。俺の考える最悪のパターンなら、特に。ちなみに、それが最悪だなんて保障はどこにもないが。


 普段暇つぶしに適当なことばかり言っている俺の妙な変わり身に、タークもコンラッドも何かを感じ取っていたようだ。渋面をしたタークが仕方ないとでも言いたげに重い口を開いた。


 あ、そういえばまだ排尿の重要性を……まあいいか。

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