第五話
オレ達は、校舎の2階を突き当りに向かって歩いていく。
騒がしい職員室の前を抜けると、その通路の奥に校長室がある。
「狩野です。」
先生が校長室の扉をノックして、しばらくすると中から返答が来た。
「どうぞ。」
低いがよく通る声。
この声を初めて聞いた時、この人ならもしかしたら自分の抱えている疑問や不安の全てを解消してくれるかもしれないと思ったほど、聞く人に安心感を与える声だ。
「失礼します。」
断りを入れてドアをあける。大きな一部屋の中の向かって左手には、応接スペースがあり革張りのソファーが二つテーブルを挟んで置いてある。右手には本棚、中央の奥に木製のデスクがある。そこに小舞田校長先生がキレイに背筋を伸ばして座っている。
「やあ、太一君。」
頭は奇麗な白髪だけど、「おじいちゃん」と呼ぶのはためらうほどのエネルギーが小さな身体からあふれている。校長先生は、眼尻のしわを深くし、いつもの穏やかな笑顔で右手でソファーを薦めてくれる。
「2人ともどうぞかけてください。」
ソファーに向かう途中、何気なく校長室を見渡していたオレは、校長先生の座る木製の机の足元に何か違和感を覚えて動きを止めた。
よく目を凝らして見ると、プラスチックでできた小さな黄色いブロックが床に落ちている。ほぼ反射的に視線を机の椅子から腰を上げようとしている校長先生に向ける。
席を立ち、ソファーに移動しようとしていた校長先生は、オレからの視線に気づき目が合うと、「しまった」という顔をして気まずそうに目線をはずした。
「また、ブロック遊びですか・・・校長先生。学校におもちゃを持ち込むのやめてくださいっていったでしょう。」
オレはさっきまで見ていたデスクの足元を指差して、溜息混じりにつぶやいた。
「急いで隠した時に、部品が落ちてしまったのですね。気づきませんでした。さすが、キャッチ。素晴らしい観察眼です。」
校長先生は表情を崩し、小さな子がいたずらが見つかった時のような顔をする。
「家では、妻と娘がうるさくてね。みっともないとか、年齢に見合った趣味にしろとかね。しかし、おもちゃとは心外ですね。これは立派なアートですよ。見てください、この完成度を。」
校長は、自分のデスクの下にもぐりこみ、ブロックで出来た城のジオラマを取り出した。太一と同じくらいの身長の校長先生が、両手でがっちり持って抱えるほど大きいボードの上には日本の伝統的な城が建っていた。本丸だけでなく、城壁や堀、城門などまで丁寧に作り込まれている。
1cmから2cm大の様々な長方形や正方形のブロックを組み合わせてつくられたその城は、細部に工夫がこらされ石垣や瓦などもうまく再現されている。
「これは確かに、アートといっても過言ではないですね。」
狩野先生があごに手を当てて、美術評論家のような顔で言うと、校長先生は座っていた椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり、狩野先生のそばで勢いよく語りだした。
「そうですか!狩野先生!貴方は違いのわかる教員だと思っていましたよ。
まだ、未完成なのですがね。この敷地内に細かいブロックで作った松も植えて、天守閣には金色のシャチホコを乗せる予定です。」
「素晴らしい!まさに名人のなせる業ですね。
それでは、この堀に水を流せるようにラップで防水加工するというのはどうです?」
「それは、斬新ですね。試してみましょう。ほかに何かいいアイデアはありますか?」
「うーーん、そうですねえ・・・。」
大人2人があーでもない、こーでもないと言い合ってるのをソファーで聞いていたオレは、急いで腰を上げて会話をさえぎる。
「ちょっ、ちょっと、狩野先生、何、話にのっかってんの。さっき、透羅に「最低限のルールは守れ」ってカッコいいこと言ってたばっかじゃん。校長先生も!学校で一番偉い人がルール違反をしたら、誰もルールなんか守らないですよ。」
「いやあ、ごめん、ごめん。純粋に感動しちゃって・・・。それに校長先生、太一が言うように学校で一番偉いんだよ。何せ先生達の成績をつける人だからさ。下手に何か言って給料下げられたりしたら困るじゃない。こないだ新しいパソコン買っちゃったばっかりだしさ。」
狩野先生が悪びれもなく言う。
「はっはっはっ。自分の悪口を言われたからって、先生達の給料を下げたりしたら私のほうこそ学校をクビになってしまいますよ。しかし、確かに太一君の言う通りですね。この城は家に持ち帰ります。なあに、この作品を見れば、妻と娘も私の趣味を認めてくれるでしょう。」
と校長は、小さくガッツポーズをした。
「そうですよ、作品が出来たら写真を撮ってメーカーに送りましょう。きっと、あまり完成度の高さに見本としてパッケージに載りますから。そうしたら、奥さんも娘さんも何も言えませんよ。堂々とご自宅でブロックを組み立てられることでしょう。」
「それはいい!完成したらそうしよう。」
2人の大人達のはしゃぎぶりを見て、何だか妙に疲れてしまったオレは、大きく溜息をついてどっかりとソファーに座り直す。
「やれ、やれ。うちの教師達ときたら・・・。」




