第十話
「ターゲットの名前は、蔦沼真帆5年3組、早乙女のクラスメイトです。」
校長室に狩野先生の声が静かに響きわたる。
透羅とターゲットが親しい関係にあると解ったオレと狩野先生は、その日のうちに学校へとって帰り、写真資料からターゲットを絞り込む作業に取り掛かった。
多田野小では、小舞田校長先生の方針でクラス変えの度に全員がプロフィールを書いて、1ヶ月間、クラスの壁に貼りだしている。名前・誕生日・血液型・星座・好きな食べ物・嫌いな食べ物・得意な教科・・・など。これを書くことによってお互いのことを手っ取り早く知ることができて、クラスメートと打ち解けることができるからだ。
でも、1番のメリットは教師側がその児童をよりよく知ることができることらしい。
そのプロフィールに添える写真を担任が一人一人撮っていく。一か月たったプロフィールは、学年、年代ごとにファイルで閉じられ在学中は職員室のガラス戸棚に卒業まで保管して置く。職員であれば、誰でも見ることができるので、家庭訪問の前や生徒に何か問題があった時などに改めて観ることができるのだ。
まずは、ガラス戸から透羅がいる5年3組のファイルを取り出して確認する。
「先生、この娘だよ。」
数分もしないうちに、ターゲットの顔写真が見つかる。
髪型が違うせいか、写真の方が実物より少し表情が暗いが間違いない。
「鷺沼真帆か・・・昼間、早乙女が言ってたコミニュケーションツールが必要な友達だ。」
ある程度、予想はついていたのかもしれない。
狩野先生は、落ち着いた声で言った。
「あの後、早乙女のクラス担任の井畑先生にタブレットパソコンを持ち込んでたことの報告をした時に教えてもらったんだ。細かいことでも情報共有しておかないと、あとで何かあった時に困るからな。あの先生には許されたけど、この先生には注意されたと教師間で生徒の指導方法が違ったりすると、それを知った親御さんからお叱りを受けることがあるんだよ。」
「先生も大変だね。」
「まあ、公平さを求められる商売だからな。」
狩野先生はファイルを戸棚に戻しながら、
「今日はもう遅い。校長先生に明日、相談して今後の対策を決めよう。」
いうと自分の車のキーを見せて、出口を指差した。
「家まで車で送ってやる」ということらしい。
そして今、昨日の報告と今後の対策を練るためにオレと狩野先生は校長室に来ていた。しばらく黙って報告を聞いていた校長先生は、来客用のソファーに前屈みに腰かけながら、首を左に捻り窓の方を眺めている。
西日の差しこむ窓から聞こえる校庭で遊んでいる子供達の声や、サッカー部の生徒がウォーミングアップしているぴったりあった掛声に耳を澄ませているようだ。しばらくすると、祈りをささげるかのように神経質に握っていた両手をほどき、独り言のように話始めた。
「児童防犯自治体が出来たきっかけは、6年前の法改正によるものです。」
何度目だろう。
校長先生は、自分の学校の生徒がターゲットになった時、決まって児童防犯自治体の設立時の話をする。
何のために捕まえるのか。
自分たちはどんな存在なのか。
初心を忘れないために。
「6年前の2015年5月、政府は、低年齢化する少年犯罪を抑制するために、少年法を改正しました。これまでの刑罰の対象年齢を引き下げ、14歳未満の少年・少女に対しても、刑の適用がされるようにしました。改正後、少年犯罪全体の件数は減少しましたが、判断能力のない低年齢者の起こす「万引き」などの軽犯罪が減ることはありませんでした。
その結果、度重なる家庭裁判所への出頭からくる両親のストレスや、損害賠償による経済的な負担などから、家庭が崩壊するケースも出てきました。
この最悪の事態に対処するため、学校関係者ら教育機関、保護者団体、警察機構は協力して1つの組織を作りました。
それが我々、「児童防犯自治体」です。
活動目的は、少年・少女達によって、実動部隊を構成することにより、「少年犯罪を未然に防ぐ」こと。
それがどんな形で発覚したとしても、軽犯罪を犯した児童を児童防犯自治体に属する同世代のものが捕まえることによって,友人の手によって問題は解決したものと解釈される。警察との取り決めが行われました。すなわち「児童防犯自治体」が警察よりも早く軽犯罪を犯した児童を保護すればその児童は法律的な罪には問われない。
なので、我々はどんな手をつかってでもターゲットに認定された子供達を1番先に捕まえなくてはならない。
活動を公にしないのも、顔が知れて余計な警戒をされるのを防ぐためです。
一部では、活動に対して捕まえることに目的が特化しすぎて、本来の厚生させるという目的に反しているのではないかという反対意見もあります。しかし、まずは保護しなければいけない。守るべき存在であるならば、全力で守らなければならない。罪に問われてからでは遅いんです。」
校長先生は、まるで自分に言い聞かせるかのようにうつむいている。
「目的通りに保護できてるかはわからないけど、少なくても秘密は守られてるんじゃないかな。こないだもターゲットを捕まえた時に、キッドナッパーズって本当にいるんだっていわれたからさ。」
あたりに漂う重い空気を吹き飛ばそうと、できるだけ明るい口調で言ってみる。
「キッドナッパーズ・・・我々の活動が間違って伝わっている噂のことですね。」
校長先生は、少し表情を崩して言った。
「そうそう。少年犯罪対策用に子供だけで構成される警察組織があって
少年警察に捕まったものは、問答無用で刑務所に送られるってヤツ。」
「先生が聞いたのとはちょっと違うな。」
狩野先生がオレの話にのっかってくる。
「国際的な犯罪組織が自分達の手下を増やすために、万引きしている子供をさらっている。
誘拐した子供に洗脳と特殊訓練を施して数か月後に家族の元に返す。その後は、現地の工作員として組織のために働かせるって話だったな。」
「洗脳説ならこんなのもあるよ。国が犯罪率を低下させるために性格を善人に変える新薬を開発したんだけど、その薬は子供のうちに投与しないと効果が半減してしまうらしい。
だから、万引きをするような子供をさらって厚生省の地下にある研究所につれていき,薬を飲ませて理想的な国民を作りあげているらしいってやつ。」
「それが本当だとしたら、結構、地道な努力だな。万引きしている子供を見つけてはさらって薬を飲ませるんだとしたら相当、長期的な政策だ。何年がかりになるんだろうな。」
「確かに!!そうだね!はははっ」
オレと狩野先生が笑い合っていると校長先生が口をはさんだ。
「二人とも笑っていますが、我々がやっていることもそう変わりはないですよ。道を誤った少年少女を見つけては保護し労働の大変さを教え正しい道を歩めるようにする。薬を飲ませて解決できるなら、どんなに楽かと思えるくらいに遠くはてしない日々です。
それでも、私は乱暴に規則を変えて、理由の如何にかかわらずできなかったたら罰を与えるやり方が良いとは思えません。国が法律を変えれば多くの人に対して訴えかけることはできますし、表面的には犯罪を抑制することもできるでしょう。
しかし、問題の原因をないがしろにして、表面だけをきれいな殻で包み込んだとしても、時間が経てば経つほど、内部で大きな問題となり、いつか表面の殻を打ち破って出てきてしまうでしょう。
そうなった時に、それを包み込むほどの大きな外殻を用意できるのでしょうか。くさい物にフタをして、中が大変なことになっていることに気づかないフリをしたとしても、原因になっている物を取り除かなければ何も変わりはしないんです。子供たちが間違いを犯したことに気づいて、二度と繰り返さないように教え導くことが教育であり、我々、大人たちの使命だと考えています。それがどんなに地道で困難であってもです。」
校長先生が、話し終えて一息ついたのを見計らって狩野先生が口をひらく。
「秘密が守られているってことは、いままでやってきたことも効果があったってこなんじゃないですかね。捕まえた子供たちが反省もせずに周りに言いふらしていたら、もっと我々の任務はやりにくくなっていたでしょうからね。」
「そうかもしれません。とにかく対策を立てるためにもまずは情報を集めましょう。太一君、ターゲットの鷺沼真帆さんとうまく接触を計ってみてください。あと、幼馴染の早乙女透羅さんとも。純粋に友達なのでしょうが、万が一の共犯の可能性も考えて接するようにしてください。言うまでもないですが、我々の活動を悟られるないように慎重に。
狩野先生は、NOAと念のため近隣のショピングセンターの警備係に連絡をお願いします。ターゲットの特徴を伝えて来店したことがあるか聞いてみてください。また、特徴を伝えて似たような少女が来た場合には連絡をもらえるようにお願いしてください。」
「では、さっそく行動を開始しましょう。」
「わかりました。」
「了解。」
校長先生からの指令に、勢いよく返事はしてみたものの実は、内心不安でしかたがなかった。
(ただでさえ口べたなのにさりげなく聞き出すなんて器用なことができっかな・・・。)




