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第九話

調査開始から2日後の午後4時38分、いつものようにモール内を見回っていると、イヤホンから狩野先生の緊張した声が聞こえる。


「2Fの服飾雑貨売り場でターゲットらしき人物を発見。」


「了解。」


ちょうど2Fの対角線上にいたので、売り場の棚の間を突っ切り、最短距離で服飾雑貨の場所へと向かう。ターゲットの死角になる位置から様子を伺うと、小柄な女子がカチューシャを手に取ってみている。


(アイツだ!)


すぐに防犯カメラに映っていた女子だと理解った。髪型や背格好だけが似ているだけでなく、持っているトートバックが同じものだったからだ。

バックのことをよく覚えていたのは、以前、同じものを透羅が自慢していたのを覚えていたからだ。大きなブランドロゴが入っていて数量限定のバックだといっていた。このあたりで持っているのは自分だけだと自慢していたが、他にも持っているヤツがいるのを見るとそんなに珍しいものでもないのかもしれない。


「ターゲット確認。」


相手から目を離さずにチェイサーに呟く。


ターゲットは、カチューシャやリボンなどを1つ1つ手にとって物色していたが、ビーズをあしらったカチューシャを持つと気に入ったのか何度も角度を変えてみている。しばらくするとターゲットは動きを止め、ゆっくりと首を回してあたりの様子を伺った。

万引犯が商品を盗む時に行う動作だ。オレはより一層、自分の気配を消すように呼吸をゆっくり小さくする。

ターゲットはあたりの様子を確認し終わると、手に持っていた商品を音もなくトートバックの中に入れて、足早にその場所から立ち去った。


「入れた。」


「了解。モニターでターゲットの位置を確認。現在,Θ(シータ)出口方向、エスカレーター1に進行中。キャッチ、1Fに先回りを。」


ショピングモールNOAは店舗の中央に大きな吹き抜けがある構造で出入り口は4つ。ターゲットの位置を瞬時に把握するため、それぞれをα(アルファ)・β(ベータ)・Θ(シータ)・Δ(デルタ)のギリシア文字で、中央の吹き抜けを挟んで2機あるエスカレーターを数字の1・2で区分している。

区分している。


ショピングモールの1Fから駅に向かう出口をα、その入口から反対側の目の前に走る4車線道路の国道側の出口をβ、そして2階フロアから外階段を使ってα、βそれぞれに行ける2F駅側出口Θと国道側Δだ。細かく分類すれば3・4階にある立体駐車場から車専用出口を使って外に出ることもできるけれど、通路とは直結していないので除外している。そして駅側出入口Θから近い方のエスカレーターが1。反対側の国道側がエスカレーター2だ。


オレはターゲットの逃走ルートをイメージしつつ、反対側から回り込めるように移動を開始する。


「了解。コーチ。」


狩野先生の指示に応えて、エスカレーターとは反対側の非常階段へと走る。

非常階段を駈け下り、2Fと1Fを繋ぐ踊り場を経由したところで、耳に新たな情報が飛び込んでくる。


「警備から、ターゲットが下りエスカレーター1に乗ったと連絡が来た。」


エスカレーターのような移動速度が決まっているものやエレベーターなどでターゲットが移動する場合、店舗側が雇っている警備会社の警備員さんに協力をお願いすることがある。


少女を保護するためには、相手に犯罪を認めさせなければならない。そのために言い逃れのできない状況を作らなければならないし、その瞬間までできるだけ警戒心を持たせたくはない。

もし、追跡の途中で相手がこちらの存在に気づいて逃げ出して店の外に出てしまった場合、または、警備員さんにオレが失敗したと判断されてターゲットが捕まってしまった場合には、一気に刑事事件として取り上げられてしまう。店舗にも警備会社にも万引きを捕まえた際には警察へ通報することが法律で義務づけられているからだ。


1階の非常階段を駆け降りると、目の前に食品売り場が現れる。エスカレーター1の下り口が見えるところまで約100メートル。混み合う買い物客の中を縫うようにして走ると遠目にターゲットがエスカレーターを降りるところが見える。人垣のために向こうからこちらは見えていないはず。死角になる棚に急いで身を潜めて様子を伺っていると、オレから見て左方向になる駅側出口に向けて歩いて行く。


「ターゲット確認、α出口に向かって進行中。追うよ。」


「了解、モニターでも確認している。慎重にな。」


エスカレーター1を下りた所から通路を道なりに歩いて3分もするとα出口が見えてくる。深く息をついて、ターゲットを捕まえるための動きを頭に思い浮かべる。徐々に距離をつめていくと、ターゲットが突然、通路から右に外れて日用雑貨のコーナーに入った。


気づかれた!?


一瞬、身構えたけれどターゲットに逃げるそぶりはない。

勘違いのようだ。

オレはターゲットが曲がった棚通路の一つ手前の棚に入り、棚の段と段に空いた少しの隙間から様子を伺う。棚の少しの隙間からの視界なので顔の表情は判断できないだが、ターゲットは、どうやら左右に人がいないかを確認しているようだ。


これ・・・盗るのか・・・?


ターゲットがあたりを伺う仕草は、先ほどカチューシャを盗った時のものと同じだ。だけれども、今、ターゲットの目の前にあるのは、金ダワシやスポンジといった台所用品でおよそ女子小学生が欲しいと思うようなものではない。

左右に人がいないことを確認したターゲットは、素早くトートバックに手を突っ込み何かを取り出すと足早にその場所から立ち去っていった。


「コーチ、出入口のモニター確認して。」


そう声をかけつつ、棚を回り込み、先ほどまでターゲットの立っていた場所を確認する。目の前の棚には、色とりどりのスポンジの上にターゲットが先ほど2階でバックにいれたたカチューシャがポツンと乗っかっていた。


「やっぱり、気付かれたのか・・・?」


冷静に自分の行動を振り返っても相手に気づかれた様子はなかった。じゃあ、なんで、商品を盗らずにおいていったのだろう。

校長先生の言っていた愉快犯ってヤツなのかな。

ターゲットの様子をうかがおうと通路に出ようとした瞬間にイヤホンから声が流れる。


「止まれ、太一。」


反射的に動きを止め、体を屈める。

次の瞬間、目の前の通路を見覚えのある少女が小走りで走りぬけていく。


「・・・透羅?」


片側で止めた髪を揺らしながら、軽やかに走り去っていくその姿は、長年、自分のライバルとして競い合ってきた幼馴染に違いなかった。


「ハチ合わせすると不味まずい。うまくやり過ごしてくれ。」


「了解。」


透羅が駅方向のα出口に向かっていくのを確認しながら応える。


アイツ・・・こんなとこまで買い物にきてんのか?


このショッピングモールは、自分達の住んでいる町の最寄駅から二つ先の駅前にある。電車を使えば5分もかからないが、自転車などだと20分から30分はかかる。小学生の普段の行動範囲としては遠いほうだ。α出口が見えやすい場所に移動し様子を伺うと透羅は出口付近で左右を見回し誰かを探しているようだ。

しばらくすると相手がすでに店の外に出てしまっているのを見つけたらしく、大きく手を振りながらα出口の自動ドアを抜けていく。透羅が自動ドアから外へでるのとほぼ同時に、オレはドア付近の店外を確認できるポイントへと移動する。

透羅を確認するためじゃない。

気になるのは会っている相手だ。


「コーチ・・・そっちのカメラでターゲットは確認できた?」


「ああ、出口前のカメラでな。もう店外に出てしまっているよ。」


「そっか・・・じゃあ、間違いないかな・・・。」


自分の心臓の動きが少しだけ早くなる。


「何か解ったのか!?」


狩野先生の少しイラだった声が聞こえる。

自分でももったいぶった言い方だったかなと思う。でも、目の前の事実を正しく報告するために少し時間が必要だったのかもしれない。


「あの2人・・・知り合いだったみたいだ・・・。」


「2人・・・?ターッゲットと早乙女がか!?」


ドアの外、駐輪場を兼ねたショッピングモールの出入口広場でターゲットの少女と楽しげに話す幼馴染を見ながら、よくわからない不安が押し寄せてきた。気持ちが揺さぶられないように深く息を吐いて呟く。


「何があっても、オレが保護してみせる。」

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