基地と利益と横槍と
サラトナの執務室を出る途中、何かの言伝を受けた宰相はその報告をもたらした文官にゆっくりと頷くと、立ち上がっていた白山に視線を向ける。
「王が此度の戦役での労を労い、食事にと仰せだ。明日の夜、話を聞かせて欲しいと連絡が来ておる」
やはりというべきか、そうなるだろうと予想していた白山はその旨了承すると、武器の格納を手伝うために中庭へ足を向けた。
白山が中庭へ到着すると、細かい搬出は終了しており重量のあるM2重機関銃を分解している最中だった。
白山は、荷台に飛び乗ると銃本体を支え、銃身を外してアレックスへ手渡そうとしていたリオンを手伝う。
「もう、お話は終ったのですか?」
リオンの言葉に頷いて、ずっしりと重い銃身を取り外して、アレックスへ渡す。
「部隊の発足が正式に決まったようだ。 これから忙しくなるな」
その言葉に、他の装備品をまとめ始めたリオンが視線を向けてきて真剣な表情で頷く。
これまで書類仕事や設立構想に頭を悩ませていた様子を、間近で見ていたリオンは、白山が今後王国で重要な役割を負い、忙しくなる事を心配していた……
できうる限りのサポートをしようと、心に決めたリオンが白山に声をかける。
「それでしたら、ここは任せてホワイト様は先に部屋へ戻って下さい。 少しでも休んで……」
そう言ったリオンの言葉を白山は途中で遮った。
「いや、それは出来ない。 使った装備は自分で格納して整備しないとな……」
そういって苦笑した白山に、リオンは貴族になる事が決まっても、白山は変わらないと少しだけ安堵した。
「そう言えば、部隊の本拠地になるファームガーデンですが、頼まれていた工事が完成したとクローシュ殿から伝言がありましたね」
銃身を受け取ったアレックスがそれを雑毛布の上に運びながら、クローシュ商会に依頼していた兵舎や施設の補修が終わったと聞かせてくれる。
それは嬉しい報せだった。
明日以降、すぐにでも視察に赴きたいが……
都合一週間近く王都を離れていたのだ、さぞかし決済しなければならない書類や仕事が溜まっているだろう。
その事実を思い起こして、少しだけ辟易としながらも白山は手を動かし、やっと武器装備の格納が終了する。
久しぶりに、部屋に戻った白山達は自分の執務室と自室を点検する段になり、輪をかけて疲れを感じる。
私室にはそれほど重要なものは置いていないが、執務室は重要な書類や部隊の構想に関する文章が保管されていた。
白山は予め、出発前にドアや室内へ何者かが侵入した場合、その証拠が残るように細工していた。
入口のドアと書類入れは、現代の南京錠を取り付けていたため無事だったが、室内には侵入の痕跡がありありと残っている。
よく見れば南京錠にもピッキングの痕跡だろう、鍵の差込口に小さな傷が見られた。
幸いにして戸棚に入れていた重要な書類は無事だったが、動体センサーのログを確認すると、侵入箇所は窓からのようだ。
全く油断も隙もない……
対人監視システムの動画を確認すると、そこには黒装束を着た人間が何度か出入りしている動画がハッキリと残されている。
被害はないがあまり気分の良いものではない事は確かだ。
王宮でもこの調子では、今後の機密保持に支障が出る。 そう考えた白山は、考えなければならない事が増えたと思いながら、自室に戻った。
自室に戻ると、リオンが早速コーヒーを淹れてくれる。
その香りと味に少しだけ癒やされた白山は、ゆったりとした服に着替えると今日だけは休息を取ろうと決め、風呂と食事を済ませると久しぶりにのんびりとした時間を楽しんでいった……
******
翌日、軍務、財務両卿と宰相、そして王からなる王国首脳部による白山からの報告徴収が行われる。
ここでは、主に無線だけでは語れなかった、今回の侵攻における各部隊の動きや、その被害などを白山が報告してゆく。
バリケードや荷車を緊急的に調達したため、これまでの戦役より経費が嵩んだが、それでも死亡者に払う見舞金の少なさ。
作戦が短期間で終わった事により、それほど深刻な経済的な影響は出ないようだ。
そして、第三軍団の軍団長には、本人から内示を聞いた通り、親衛騎士団の副長であるアレックスが、ザトレフの後任として砦に赴任する事になる。
第二連隊長のロルダンについても、更迭されることが決定しているが、こちらの人事についてはアレックスに一任されるという。
肝心のザトレフ達は王都に出頭次第、軍査問会が行われる。
恐らくは軍籍剥奪と謹慎が落とし所だろうと言われていた。昨日伝令とすれ違った事から、早ければ明日、ないし明後日には到着するだろう。
軍務卿であるバルザムが、少し渋い顔でそう伝えると、一同に重苦しい空気が流れていった。
これまでの所、皇国からの接触や停戦の使者はなく相変わらず沈黙を守っている。
皇国の砦に矢文を放ち、捕虜の返還について打診したが、音沙汰が無いと言う。
第1軍団長のアトレアが持つ無線機で、昨夜そう報告があったようだ。
その捕虜の扱いを巡って、少々議論が白熱した。
軍務卿であるバルザムと財務卿のトラシェは、戦争奴隷として北部の開拓に従事させるべきと主張したが、白山がそれに反対する。
「捕虜は人道的に扱うべきです。 それによって皇国への牽制となります」
白山は、皇国へ無条件で捕虜を返す事で、王国の人道的な捕虜の扱いや敗戦の情報が、皇国内に知れ渡る事が重要だと説いていた。
双方の意見を聞いた所で、国王が裁定を下す。
「北部の開拓については、まだ急ぐ必要はない。 ならば、長い視点で皇国への牽制に利用すべきだろう」
王の決断でそう決まった捕虜については、その処遇を白山が策定する事になる。
仕事が増えてしまったが、捕虜の虐待で寝覚めが悪くなるより良いと割りきった白山は、その作業を受け持つ事に同意する。
そして昨日のアトレアの報告で、白山の戦果が確定したとバルザムが報告する。
六〇〇人を超える負傷者と二一四名の死者 そして、皇国軍の捕虜から聞き取りで判明した、総攻撃前の白山の遊撃行動による被害……
死者 二二七名 負傷者 一四七八名…… 物資 糧秣二五日分 破損馬車 四一両……
この報告を聞いた時、バルザムも無線を担当していたアレックスも思わず聞き直した程だった。
合算すれば 死者四四一名 二千名に近い負傷者を、ほぼ単独で皇国軍に与えていたのだ。
俄には信じられない数に、バルザムは安直に影へ襲撃を命じた過去を思い出し、背筋が凍る。
「ホワイトよ…… そなたの働きには助けられてばかりだな……
勇者と呼ぶにふさわしい戦果だ」
先日その報告を聞き、普段は物静かな王が珍しく大きな声で聞き直した程だった。
そして、本人を前にその戦果を褒め称える。
しかし、白山にしてみれば手持ちの資材と武器だけで行った作戦であり、もし部隊が整っており、もっと火力があれば……
今回の犠牲者は、もっと少なかったと思っていた。
皇国軍の接近を出来る限り阻害しながら戦闘を行い、味方の犠牲を最小限に収めた。
その言葉だけを聞けば、誇るべき成果だと聞こえるかもしれない。
それでも、犠牲者を直接弔った白山にしてみれば、四〇名近い犠牲者は、もっと減らせたのではないか。
どうしてもそう考えてしまうのだ……
「今回の戦役での教訓については、しっかりと現場の兵達から聞き取りを行い、その戦訓や教訓について纏めるべきだと思われます」
白山は、自身の評価には触れず、厳しい表情でそう声を発すると出席者達は同意を示す。
「前回の大戦では、戦勝に酔い十分な戦訓を生かせなかった。それが昨今の軍規の緩みにつながっているのは、否めんな」
バルザムが自己を省みるように、そう言うと戦訓の編纂は受け持つと確約してくれた。
これである程度の危機感や当事者意識が生まれてくれれば、軍規の引き締めには有効に働くだろう。
ひと通りの報告と課題点の洗い出しが終わった辺りで、会議は終わった。
後は各々の部署が細々とした報告や、事後処理を行う必要がある。
皇国への賠償の請求や捕虜返還の手続きについては、両国間の国交が断裂しており、事実上その窓口がない。
つまりは、今回の国境紛争は明らかな王国の持ち出しになっていた。
トラシェが戦争捕虜による、幾ばくかの損失補填を考えるのも、無理は無い事と言えた。
白山は、王宮を出るとリオンを伴ってファームガーデンの視察に赴いた。
その旨をサラトナに伝えると、貴族派の暴走を恐れて単独で動く事に難色を示されたが、紐付きでの外出を回避したい白山は武器を携行すると言い聞かせそれを了承させる。
先日の凱旋で、白山の存在が知れ渡ったせいか、高機動車で城下を進むと、道行く人々がその様子を眺めて手を振ってくれる。
それに応えながら、クローシュ商会へ向かった白山とリオンは店先に元盗賊であったオーケンを見つけると、声をかけた。
クローシュの計らいで商会で働き口を得たオーケンは、もともと商才があったのか、今では王都の本店でクローシュの補佐をしている。
「よう、元気そうでよかった! 基地の作業が終わったと聞いて、現場を見に行こうと思ったんだが、誰か同行出来るかな?」
近づく高機動車に気づいたオーケンは、軽く手を上げると運転席越しに白山と握手を交わして返答する。
「ああ、昨日の凱旋を見たぞ。すごい戦果だったらしいな!」
そう言ってニヤリと笑ったオーケンは、自分が同行すると言い、店子に何事か言付けすると、馬を取りに店の後ろに向かおうとする。
「こっちのほうが早い。 せっかくだから乗っていけ」
白山がそう声をかけると、オーケンは少し驚いた様子で高機動車を見てから、促されるまま後部座席へ腰を下ろした。
「しっかり掴まっていてくれ」
白山が後ろを振り返りながら、そう言うと頷いたオーケンは珍しそうに車内を見渡し、外の風景に目を向けた。
「自分より先に鉄の馬車に乗ったと聞いたら、クローシュの旦那はさぞかし悔しがるだろうな」
そんな冗談を聞きつつ、大通りを横切って郊外へ向けて高機動車は進んでいった。
久しぶりに見たファームガーデンは、その風景が一変していた。
古びた外観だった本部の建物は塗り直されて立派な趣となり、周囲の草は適度に刈り込まれて清潔な雰囲気がある。
そして、細長い平屋の兵舎が二棟、しっかりと整備されている。
時間的にはそれほど経っていない筈なのに、立派に建設されている兵舎を見た白山は、オーケンに礼を言った。
「いや、礼ならクローシュの旦那に直接言ってくれ。 旦那の力の入れようは半端じゃなかったからな」
笑いながらそう言ったオーケンは、完成した兵舎の中を案内してくれる。
そこには、すでに兵達が使用する毛布や作り付けの棚が組まれており、即座に使用出来る状態になっている。
周囲には水場も作られ、その仕事の早さに白山は驚いていた。
「判った。後で直接お礼を言いに伺うと、伝えてくれ」
兵舎を抜けて、本部に戻ってきた白山達は、その中を見てさらに驚いた。
既に簡素ながら家具や備品が運び込まれており、こちらもすでに主の到着を待っている状態になっている。
「これだと、かなり予算を超えているんじゃないか?」
今回の施設建設については、クローシュ商会が入札の結果、工事を請け負った。
それでも、とてもその金額ではこれだけの工事や備品は賄えないと、白山は考えていた。
これでは、入札を行った意味がないのではないかと、やや不安になったが、その意味を汲みとったのかオーケンが口を開く。
「その辺は問題ねえ。 工事はきっちり入札の金額で賄ってる。 この備品や何かは例の鐙の販売益からだ」
ニヤリと笑ったオーケンは、その経緯について話をしてくれる。
王国軍を中心に鐙の販売を始めて、その販路を徐々に広げている。現在までに白山の取り分はクローシュに預けてある。
この世界には利子の概念はないが、クローシュはその儲けの一部から、白山の取り分とは別に、今回の備品や毛布を白山に進呈していたのだ。
現代の感覚からすれば、利害関係者からの贈答のような気もするが……
規定する法律がない以上、とりあえず白山は深く考えない事にする。
まずは、基地が完成したことを喜ぼう。
当面の本拠地となるファームガーデンを見回しながら、白山はまだ見ぬ自分の部隊に想いを馳せていた……
******
白山達は、オーケンを商会に送りそのまま王宮に戻った。
今夜は、王から食事に招かれている。少し早めに城へ戻った白山は、手早く湯を浴び礼服に着替える。
「おみやげのデザート、期待していいですか?」
白山に上着を手渡しながら、リオンが後ろから覗き込むようにお土産を要求してくる。
感情が回復したのは良い兆候だと微笑ましく思うが、最近の接近具合は白山を少しドキリとさせていた。
苦笑しながら頷いた白山は上着を羽織ると、王宮の食堂へ向けゆっくりと歩いてゆく。
控えの間には、忙しいはずの宰相が既にワインを引っ掛けている。
ゆっくりと会釈をして、近くに腰掛けた白山にサラトナが声をかけた。
「それでファームガーデンの様子はどうだった?」
サラトナのその問いかけに、白山は思った以上の完成度で、人が集まればすぐにでも訓練を始められると話をする。
それを聞いたサラトナは、満足そうに頷くと、白山も予想していなかった言葉をサラリと言い出した。
「これで部隊の設立は滞り無く設立できるな……
そして、その数だが、ホワイト殿は当初二十名と言っていたが、百名で設立を行って欲しい」
給仕に注がれたワインを口に運びかけた白山は、その手を止め鋭い視線をサラトナに向ける。
「百名? 何故、そんな話が出てくるのですか?」
その視線を真っ向から受け止めたサラトナは、老獪な笑みでその視線を受け流すと飄々と受け答えをする。
「貴殿の活躍や出世を目の当たりにした貴族達が、こぞって息子や縁者を入れろと煩くてのう……」
カラカラと笑いワインを飲み干したサラトナは、スッと細めた視線を白山へ向ける。
「貴公も間もなく貴族じゃ…… 世渡りの術についても、考えなければならん時期だということだ……」
その言葉を黙って聞いていた白山は、この老獪な宰相の言葉の意図を黙って推し量った。
貴族派の切り崩しが成功した現在、白山に新たに貴族を纏めさせ一挙に国王派の権力基盤を固めようと狙っている。
そう推測した白山だったが、軍人としての矜持が、その意見を即座に否定させる。
「お言葉ですが、私がこれから創設する軍は、身分の貴賎によって地位が変わる事は絶対にありませんよ?」
白山は自身が創設する軍については、絶対的な能力主義と階級の付与を考えている。
そして何より二十名の当初人数については、白山が直接指導する上で、目が届くギリギリの人数だった。
それがいきなり五倍と言われても、首を縦にふる理由が見当たらない……
その事は既にサラトナにも伝えてあるというのに、土壇場に来ての横槍に白山の表情は渋くなる。
「ふむ…… やはり考えは曲げられんか……」
注がれたワインを見つめながら、苦笑したサラトナは視線を白山に向け、妥協案を切り出す。
「ならば五十名を上限として、そこから選別してもらえるかのう……?」
いきなり半数に要求を下げてきたサラトナの態度に、サラトナも百名は難しい事を考えていたのだと、白山は推測する。
貴族からの突き上げを躱し、納得させる口実として必要な妥協点を見出さなければならない。
そう判断した白山がゆっくりと口を開く。
「それならば、入隊試験を実施しましょう。入隊に際して試験を実施し、それに合格した人員を入隊させます……」
白山の答えに、満足したのかサラトナは大きく頷くと、グラスに残ったワインを一息に飲み干す。
結果として百名を入隊希望者として募り、そこから五十名を上限として採用することで事態は落ち着く。
『やれやれ、また仕事が増えた……』 と思いながら白山は、在りし日の自身が受けた訓練を思い起こして薄く笑みを浮かべていた…………
ご意見ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m