帰還と歓声と
お待たせ致しました。新章開始致します。
高機動車は順調に街道を王都に向けて疾走していた。
翌朝、見送りを受けて王都へ出発した白山とリオンを、アトレア達が見送ってくれた。
当然というかザトレフ達が、その場に姿を現す事はなかった……
ラモナを経由し、順調に王都へ向けての行程を消化する途中で、王国軍の紋章を掲げる騎馬の一団と出くわした。
それは、ザトレフに対する出頭命令を携えた伝令兵だった。
白山は手を振って止めた彼らと、立ち話をして王都に変わりがないかを聞き、同時にどこに向かうかを尋ねる。
ビネダ砦へと向かう旨を報告した兵達は、王都は平穏ですと答え、敬礼を行うとすぐに南へ馬首を向けていった。
答礼しその姿をバックミラー越しに見送った白山達は、特段のトラブルもなく昼過ぎには、王都の郊外まで到達する。
丘の上から、陽光を浴びてキラキラと光るマザーレイクと、その裾野に広がる王都を見た時、白山は感慨と安堵を覚えていた。
白山は自分が感じたその感情が、ふと可笑しくなって苦笑を漏らす。
それは作戦が終わって、海外から日本へ帰ってきた時の事を思い出したからだった……
日本は良い国であり、誇るべき祖国だった。
しかし短い休暇で外出し、都会の喧騒に揉まれていると、自分達が守りたかったものはこれなのかと、疑問に感じた事もある。
集団意識と個人主義の相反する側面がごった煮にされ、平和への意識や海外の情勢に無関心な国民。
表面的には殺伐とした日本と言う国は、どこかを少し掘り下げなければ帰属意識や、誇れる場所が見つからない。
結局は自身の家族や仲間、山河や郷里の風景を思い起こし、自問自答を繰り返しながら国を護る意味を、隊員個人が見出すしかなかった。
そうした自分の葛藤が、馬鹿らしく思えてくる……
この王国で暮らしている人々は、良く言えばシンプルに生きている。
懸命にその日を生きて、ハッキリとした喜怒哀楽がそこかしこに溢れていた。
笑顔で道行く人々が挨拶を交わし、子供が笑顔で遊んでいる。
そうした光景を見るにつれ、白山は自分の戦いがこうした人達を守る為の戦いだったのだと、素直に実感できた。
運転を続けながら、そんな光景を横目に見ながらあと少しで王都に入るといった所で、予想してなかった出迎えを受けた。
二十騎近い親衛騎士団が、接近してくる高機動車を認めると、手を振って合図を送ってくる。
そこに居たのは白山がよく知る、親衛騎士団の副長であるアレックスが部下を従えて、その帰りを待っていた。
「ホワイト様…… 臨時の軍務、お疲れ様でした」
そう言ったアレックスの言葉に、高機動車を停めた白山は、運転席から降りると何の為の出迎えかを聞く為に歩み寄る。
白山が近づいてくるのを見たアレックスも、馬を降りると互いにガッチリと握手を交わした。
白山とアレックスは、バルム領での領主捕縛作戦において、一緒に戦った間柄でよく知っている。
そして今回の対皇国戦役においても、王都との無線でのやりとりを一手に引き受けており、そんな彼の出迎えを嬉しく感じながらも、何かあったのかと白山は考えた。
「アレックス殿が出迎えに来るとは、昨日の交信以降何かあったのか?」
白山の問に、ニッコリと微笑むアレックスは、ゆっくりと首を横に振ると口を開く。
「王都での最後の仕事ですね。 四日後にホワイト様と入れ替わりで砦に着任です」
その言葉におどろいた白山は、仕事の内容を聞くのをすっかり忘れ、第三軍団の軍団長に戦友が就任すると言う事を素直に喜んだ。
「それで、アレックス様はなぜここまでおいでに……?」
同じように車両から降りたリオンの言葉で、その件を思い出した白山はアレックスへ水を向ける。
リオンの明るい表情を見て少し驚いた様子のアレックスは、ゆっくりと出迎えの理由について語り始めた。
「これは、宰相殿の発案なのですが…… 今回の戦勝における功労者である、ホワイト様の凱旋を誘導しろと命令を受けました」
その言葉に驚いたのは白山である。
正式な軍の所属として作戦を行った訳ではなく、祝福など無用と以前から伝えてあったのだ。
それが、一転して凱旋を祝福すると言われても何故そうなるのか、白山は釈然としなかった。
その表情を見たアレックスが、その意図を汲み取った様に語り始める。
「ホワイト様の意向は判りますが、今回は諦めて頂けますか?
今回は、ザトレフ殿が失脚した事によって、屋台骨揺らいでいる貴族派が、強行な手段に出る事を、牽制する意味がありますので」
アレックスの説明は、バルム領での領主捕縛そしてザトレフの失脚、軍における貴族派の筆頭であるバルザムの影響力の低下で、貴族派の屋台骨が揺らいでいる。
そんな中で、国王派での台風の目である白山に悪い意味でも注目が集まっている。
本人の意向とは無関係に、そうしたいざこざに巻き込まれる公算が高い。
宰相であるサラトナは、国内の勢力バランスを見てそう考えていた。
そこで、今回の凱旋と相成った、とアレックスは説明してくれる。
民衆や周囲の耳目を集める事で、そうした貴族派の良からぬ動きを牽制したいとの事だった……
やれやれと、深い溜息をついた白山は諦めてその連絡を受けると、頭を掻きながら運転席に乗り込む。
再び始動したエンジンの咆哮を聞き、アレックスが指示を出す。
「先触れを出せ! 陣形を組み、鉄の馬車を囲め! 前に四騎 左右に二騎ずつ、 残りの者は後方を!」
その言葉で、親衛騎士団の騎士達が機敏な動作で高機動車を囲む。
その一方で、先触れの騎士が素早く先行してゆく。
エンジンの回転が上がり、進みだした車両に騎士たちが追従する。
迷彩に塗られた車両と、騎馬に跨がり白銀の鎧を着た騎士達の、ややちぐはぐなコントラストが異様な迫力を醸し出す。
時代は違えど、戦に用いられる鎧や車両が一体となり、王都へ向けて進んでゆく。
ゆっくりと進んだ一団は、程なく王都の入り口に差し掛かる。
城壁をくぐり王都に入った所で、白山は本日二度目の驚きを覚えた……
左右の街道沿いには、人々が鈴なりに並び、歓声をもって白山を出迎えた。
そこから聞こえてくる言葉は、口々に勇者の凱旋を称え笑顔で向かえてくれる。
不覚にも一瞬、言葉に詰まった白山は、慌ててサングラスで目元を隠すと、片手でハンドルを操作しもう一方の手で歓声に応える。
リオンは、ストールで目深に顔を隠し、黙って正面を向いていた。
今後、情報の収集で不利になってはいけないと、リオンは目立たないようにしている。
白山は王城へと向かう最中、まだ若かった頃の海外派遣を思い起こしていた。
経由地である米国の空港で、帰国した米兵を出迎えたのは家族と、そして一般市民達の温かい出迎えだった。
羨ましくその光景を見て、日本の空港でも同様に出迎えがあると思っていたが、出迎えたのは部隊関係者と家族、そして反戦団体のシュプレヒコールだった……
家族との再会を喜ぶ一方で、どこか釈然としないものを感じていたのは事実だ。
『特殊作戦に身を置く人間は、評価や名声を求めてはいけない』
よく言われる言葉で、部隊によっては家族にすら所属や作戦で赴く期間も言えない。
それが当然と考えていた白山を、ここ数日揺さぶるような想いが続いていた。
関所での兵達からの賞賛、そしてこの歓迎……
これまで裏方として、国家を縁の下で支えてきた矜持の根幹が揺らぐ。
このまま英雄を演じるべきなのか、一線を引くべきか白山には答えが出せなかった。
そうして、城の大門を潜った白山達は、そのまま荷物を下ろすべく中庭へ向かおうとしたが、アレックス達が違う方向へ誘導してゆく。
正門で出迎えていたのは、レイスラット王その人、そして王女であるグレースだった。
車両を降り、軽く服装を直した白山は、数歩近づいて立ち止まる。
「此度の活躍、誠に大儀であった!」
厳然とした口調でそう述べる王に、白山は背筋を伸ばすと正対して敬礼をおこなう。
僅かに頷いた王の仕草に、敬礼を解いた白山は姿勢をそのままに近づいてくる王に、少し緊張する。
「さて、民達に勇者の凱旋を報せるとしよう」
王は、白山の脇を通り過ぎると、その肩に手を置き視線を城門に向けた。
その視線の先には正門の上に位置する物見台があり、その意図が判った白山は、この騒ぎの首謀者であるサラトナを発見し、僅かに視線を向ける。
その視線に気づいた老練な宰相は、僅かに微笑みを浮かべ、物見台を顎でしゃくった。
どうやら、白山に拒否権はなさそうだ……
王に続いて物見台に上った白山は、促されるままに王と一緒にその先端に向かう。
少し小高い場所に位置する正門は、眼下に広場が広がっており、どこから集まったのか多くの群衆がザワザワと主役の登場を待ちわびている。
白山と王が登場した瞬間、地鳴りにも似た歓声が周囲に響き、送れてやってきたサラトナが、用をなさない声の代わりに身振りで手を振って答えるように白山に促した。
それを見た白山は、群衆の圧力が一層高まるのを感じながらも大きく手を振ってその声に答えた。
左右に向けて手を振った白山が、チラリと王に視線を投げかけると、王が僅かに手を挙げ手慣れた仕草で聴衆を沈める。
王の周囲から、まるで潮が引くように歓声やざわめきが退いてゆく。
やがて辺りが静まった頃合いで、王が徐ろに口を開いた。
「此度、鉄の勇者であるホワイトの活躍により、皇国からの侵略は退けられた!
我軍の精鋭達は、勇者とともに敢然と敵に立ち向かい、これを見事に撃退したのだ!」
よく通る声でそう発した王の声は、そこで再び歓声に包まれる。
「今回の功績を讃えホワイトに子爵位を授け、先の布告にある通り公へ新たな軍の創設を認めるものである!」
王の声を聞いた聴衆から、一際大きな声が上がりやがて静まった……
その視線が白山に注がれ、演説の文言など考えてもいなかった白山はたじろぐが大きく息を吐き、そして大きく息を吸いそのタイミングで聴衆に視線を向けた。
シンと静まり返る聴衆を一瞥した白山は、声を発する。
「私は、皆の笑顔と生活を守る。 当たり前に平穏に暮らせる日々を!
この国を支えているのは、皆だ! あらゆる外敵から皆を護るのが我々の役目だ。
安心して日々の暮らし送れるように、そして子供達の笑顔を絶やさぬよう、全力を持って事に臨む!」
一瞬だけ静まった聴衆はやがて、ざわめきのように歓声が大きくなり、城壁を揺さんばかりに響き渡る。
手を振ってその支持に応えた白山は、王に視線を送ると何やら苦笑とも取れる笑みを浮かべ、降り口の階段を目線で示した。
その視線を受けた白山は、王に一礼し道を開ける。
そして王に続いて、ゆっくりと階段を降りていった……
やっと、慣れない表舞台から降りた白山は、大きく呼吸を繰り返して緊張を吐き出していた。
そこへ今回の騒動の首謀者であるサラトナが、愉快そうな顔を浮かべながら白山に近づいて来る。
「いやはや、新任の貴族とは思えぬ演説だったな……」
その言葉に渋い顔を浮かべた白山は、これ以上の面倒が起きないように釘を刺す。
「これ以上の面倒事や、世間の耳目を集めるような真似は遠慮したいところですね……」
未だ冷めやらぬ外の熱狂を聞きながら、そう言った白山にサラトナは歩きながら話そうと白山を誘う。
リオンとアレックスに目配せをした白山は、済まなそうな表情を浮かべながら、高機動車に目を向けた。
それだけで意図を理解したリオンは、僅かに微笑み頷くと了解の意を示してくれる。
武器や装備の格納を、リオンに任せてサラトナと共に城に入った白山は、ようやく歓声が小さくなり会話ができる状態となる。
「やれやれ、凄い歓声だったのう……」
まるで他人ごとのように楽しそうな表情を浮かべるサラトナは、執務室へ向けて歩きながら白山に語りかける。
それによれば、ああした新任の貴族や戦勝の凱旋では、王家や王国を称える言葉が一般的だという。
しかし、そんな慣習を知らない白山は己の言葉で民衆に語りかけそして熱狂を勝ち取っていた。
宰相執務室の応接セットへ収まった両者は、今後について会話を進める。
「まずは皇国との戦役での活躍、誠にご苦労……
こちらにも追々報告が届くと思うが、勇者の力量を皇国に示せたのは大きい。
これで暫くは時間が稼げるだろう」
その点には同意できる白山は素直に頷き、会話を進める。
「ですが、次はないと考えたほうが良いでしょう。
皇国だって馬鹿ではない。 次に大兵力で攻められれば、現有兵力では厳しい」
そう言って表情を引き締める白山を見て、少し目を細めたサラトナはゆっくりと口を開く。
「それはこちらもよく判っておる。今回の勝利が薄氷の上でのものだった事はな。
そこで、前々から準備してあった 『貴公』 の軍について、正式に発足が決定した。
立ち上げを急いで貰いたい……」
そう言ったサラトナは、ニヤリと笑うと茶を一口すすり、今後の動きを説明してくれた。
これまで白山が進めていた軍の立ち上げは、あくまで親衛騎士団の一部門として、戦術研究を主とした組織だった。
それが、白山が貴族として子爵位を授与される事が決定し、正式に王国軍・親衛騎士団に続く第三の軍として発足する事になる。
その機能と役割が大幅に強化されて、名実ともに部隊を運営してゆく事になると言う。
指揮命令系統は王直轄、序列としては親衛騎士団と同列になる。
無論、名目上は王国軍に対する教導及び戦術研究が主となるが、独自兵力を保持する事により戦力としても期待される事となった。
言わば、王の命令で手軽に派遣される海兵隊的な役割と、富士教導団を混ぜたような任務となる。
その点については、後日詳細について詰めるそうだ。
そして、白山の子爵位の叙任と軍設立で、貴族派に対する大きな動揺が奔っている。
それを見越しての今回の凱旋騒動であり、形式にこだわらない白山の民衆に向けての宣言は、これまでの貴族とは一線を画するものだった。
保守的いや、利己的ともいうべき既存の貴族達は、先程の白山の宣誓と比較され、その行いを民衆から観察されることになるだろう。
そうなれば貴族達は時代に合わせた改革を余儀なくされるか、それとも批判を強めて自滅の道を辿るかの二者択一となってしまう。
白山の宣誓がもたらした思わぬ効果に、先程からサラトナは終始笑顔だった。
「叙勲と正式な部隊の発足は、一週間ほど先だろう……」
サラトナの言葉に、真剣な表情で頷いた白山は、自身の思惑とは違う権力構造に辟易としながらも、動き始めた部隊の立ち上げに向け意識を向けていった…………
ご意見ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m
【訂正】
2014.03.16 白山の爵位を公爵から子爵へ変更致しました。