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幕間~夕暮れの砦 リオンの場合


 ビネダの砦に到着した白山達は、ザトレフに引導を渡すと、あれほど騒がしかった取り巻き達はポツリ、ポツリと消えてゆき、最後には誰もいなくなった。

唯一、あからさまな殺気を白山にぶつけるロルダンは、白山達に切りかかるかと思ったが、何も言わずに指揮所を去っていった。


 いつでもMP7を撃てるようにその行動を見据えていたリオンは、砦にいる間は彼らの言動に注意する必要があると感じ、密かにその動向を探ろうと考えていた。



「な~んだ、切りかかってくるかと思って期待してたのに、拍子抜けだよ……」


 アッツォの気の抜けた様な声が指揮所に響き、ピリピリとした雰囲気がようやく少し軽くなった。

この男も気が抜けない。


 飄々とした口調や軽薄な行動とは裏腹に、高い戦闘力と冷徹な殺意を秘めている事は、初めてこの砦に来た時に思い知らされている。

リオンは、さり気なくアッツォに視線を向けてその動きを観察する。


 それは、先日のように突然白山に刃を向けないかと言う懸念と、先日挑んで負けたという事実が、彼女に視線を向けさせていた……


 リオンは視線をアッツォに向けながら、ここ数日の記憶を思い返す。

自身の油断から不覚を取り窮地に陥った事、そして混濁した記憶から浮上する最中に、とうに忘れていた感情が蘇ってきた事……


 そして、白山に抱きしめられた時の事と、これまでの訓練の内容がしっかりと体に刻み込まれている事を思い出す。

その記憶と思い出は、ほんの少しだけリオンの心拍数を上げ、その頬に薄っすらと色をつけさせる……


 パタンと、音がしてアッツォが部屋を去るとリオンは、少しだけ考えて白山に声をかける。


「ホワイト様、少しの間離れても大丈夫ですか?」


 無線機を収納バックに収めながら振り返った白山は、その意図を測りかねてリオンに問い返した。


「何か問題でもあったか? 彼らの事は、今のところ放っておいていいぞ?」


 白山は取り巻き連中の動向を、探りに行こうとしているのかと考え、そう告げるがリオンは少し微笑むと首を横に振った。

昨夜、久しぶりに浴びた湯のお陰で、作戦中は頭巾の下に押し込められて汚れていた短い金髪が、今は柔らかに軽く揺れる。


「いえ、アッツォ様に少し用件があるので、お時間を頂けますか……?」


 公私の公に当たる場所では、固い口調を崩さないリオンだったが、先日の感情の回復によって、以前ほどの冷たい印象は薄れていた。

リオンのその言葉で、その意図を察した白山は、優しげに微笑みゆっくりと頷く。


「判った……行って来い。 ただし、頭の怪我があるんだ。 無理はするなよ」


 自分の額をトントンと指で叩いた白山は、リオンにそう告げる。

それに微笑み返したリオンが「はい……」と、小さく返答して視線が交わった。


 それは、互いの背中を預け合うバディとして、その力量に確かな信頼を置いている証でもあった。

クルリと踵を返してアッツォを追いかけようとしたリオンは、ふと視線を感じその方向を見やる。


 そこにはアトレアが困惑したような表情を浮かべ、白山と自分に視線を向けていたことに気づく。

困惑した表情の中に、一瞬だけアトレアが女性としての目線を、白山に投げかけていた事を、リオンは気付かないふりをした。


今は、それよりもアッツォ様に話をしなければ……


 そう思って、リオンは足早に指揮所を後にする。

廊下に出たリオンは、周囲を見回しアッツォの姿を探すが、既にその姿はどこかへ消えていた。

糸の切れた凧のように、どこへ飛んでいったのかリオンには検討もつかない。


 とりあえずは、警備の兵に副長執務室の場所を聞きリオンはそこへ向かって歩いて行った。

三階にある副長執務室は、砦の幹部が使用する一角にあった。


 最奥の軍団長執務室からは、怒鳴り声や騒々しい喧騒が聞こえるが今は調べる必要もなければ、相手をする暇もない。

手早くノックをして部屋付きの兵にアッツォが在室かを訪ねた。


「いえ、副長はこちらには戻られておりません」


 兵士らしくキビキビとした返答を返してくれた部屋付きの兵に、居場所について心当りがないかと尋ねると、食堂か城壁ではないかと答えてくれる。

食堂は判るが、何故城壁に……?


 礼を言いがてら、尋ねたリオンに、件の兵は笑ってその意味をはぐらかした。

その仕草に、何かあるのだろうと思ったが、これ以上の詮索を諦めたリオンは、食堂へ向かった。


 夕食は、白山達と一緒に摂ると言っていたアッツォがここに居る可能性は低いが、念の為にざっと見回し、夕食時で混雑する食堂をすり抜ける。

女に飢えた野郎共が押し込められている食堂で、痛いほど浴びせられる視線を無視してアッツォを探す。


やはり食堂には、アッツォの姿はなかった……


 外に出たリオンは、まとわりついた気持ち悪い視線を振り払うように、大きく呼吸をすると夕暮れの砦内部を城壁に向けて駆け出した。

ツバメのように滑らかに走りだしたリオンは、グングンと加速して、あっという間に城壁に到達する。

そのまま、勢いを殺さずに城壁の側に繁っている木を蹴ると、城壁に登る階段へ音もなく着地した。


 城壁の登り口には、警備の兵が佇んでいるが視線を他所に向けており、リオンが頭上を飛び越えたことなど気づいていなかった。

そのまま、リオンは城壁の上に到達する。


 特に意識した訳ではないが、こちらのほうが手っ取り早く城壁を登れるし、長年染み付いた業が体を奔らせていた。

周囲に視線を走らせると、見覚えのある影が、遠くを眺めているのがリオンの目に映る。


 壁を蹴ったそのままの所作で、気配を消していたリオンは何故か声をかけるのが躊躇われ、少しだけその姿を観察する。

アッツォは、普段の軽そうな表情を脱ぎ捨て、真剣な……それでいて何処か悲しそうな表情で遠くにある陣地を眺めていた。


 成程、先程の兵が城壁に登る意味をはぐらかしたのは、こういう事か……

リオンは納得すると、消していた気配を戻し、ゆっくりとアッツォに近づいていった。



 ふと、その気配に気づいたのかアッツォがリオンの方向に顔を向ける。

その表情は、一瞬だけ真面目そうな顔だったがいつの間にか、いつもの軽薄そうな仮面をかぶり気の抜けた表情を向けてきた。


「どしたの~、なにか用事かな?」



 そう言ったアッツォは、階段からリオンの立っている位置までを見ると、少しだけ真面目な表情を浮かべると口を開く。


「もしかして、結構前からみてた……?」


 リオンは、少し迷ったがやがて僅かに頷くとアッツォは、諦めた様子で肩を落とす。


「見られちゃったか~、ん~、こんな顔してた事はみんなには、ナイショにしといて……ね?」


 そう言ったアッツォはそれまでの表情を打ち消し、既に昼行灯の仮面を被り直していた。


「他言はしません…… ですが、条件があります……」


 リオンは、くれる夕日に少しだけ目を細めながら、アッツォにそう答える。

小首を傾げたアッツォは、これまであまり接点の無かったリオンからそう告げられた事を不思議に感じていた。


「ん? 条件って……何?」


 素直に聞き返したアッツォに、リオンは意を決したように、ゆっくりと口を開いた。


「もう一度だけ、手合わせをお願いできますか……?」


 その言葉を聞いた瞬間、アッツォはニヤリと笑うと即座に頷いて、腕を回し体をほぐし始める。


「もう一つだけ…… 私が勝ったら、その表情の理由を教えて頂けますか?」


 自分の感情を押し殺して昼行灯を決め込むアッツォと、影として先日まで感情を殺してきた自分……

何処か引っかかるものを感じたリオンは、思わずそう口走っていた。



「それは…… 勝てたらね……」


 そう言って、アッツォはレイピアを抜きリオンを手招きする。

それに対してリオンも、ゆっくりとMP7を石畳の上に置くと、後ろ腰からナイフを引き抜いた……



 西の空に夕日が沈む……

地平線に太陽が吸い込まれる直前、両者は動き出す。


 レイピアで瞬間的に三度の斬撃を放ったアッツォに、リオンは体の軸をぶらさず最小限の動きで、それを躱しながら懐に入り込む。

バックステップを踏み、その動きから離れようとしたアッツォを、リオンは逃さなかった。


 ナイフを絡めるようにレイピアに合わせたリオンは、そのまま体の左側面をアッツォに押し付けるようにして踏み込んだ。

右手に持ったナイフでレイピアを封じられたアッツォは、左手でナイフを抜こうとするが、リオンが一歩早い。


 左腕をアッツォの首筋に伸ばしたリオンは、相手の首を刈るように腕を振ると、体を回転させてアッツォを引き倒した。

すぐに、アッツォのレイピアを持つ右腕を、梃子の原理で固定したリオンは、そこで残心を取った……


夕日が沈み、周囲は次第に茜色と藍色が混ざり始めた。


 呆気にとられたような表情でリオンとアッツォは視線が合う。

その途端、アッツォは笑い出した。


「いや~、別人みたいに強くなったね~ うん、強くなった!」


リオンは、アッツォを引き起こすとお互いに向き直って笑い合う。


得物を収めた両者は、ゆっくりと城壁を下りながら会話を続けていた。


「僕があんな表情をしてる理由……だったかな……?」


 薄暗くなってきた足元に注意しながら階段をおりるアッツォは、そんな口調で語り始めた。

城壁の陰は周囲より暗く、その表情は伺えない。


「僕の生まれは、この近く北部の湖畔だったんだ……

そこは美しい風景と、豊かな実りがある良い土地だったんだよ」


ブリーフィングの時に聞いた覚えがある。



先の大戦で皇国に占領された領土があったと、リオンは思い起こす。


「ウチの家はそこの代官だったんだけど、一家皆殺しにされて婚約者も殺されたんだ……

まあ、僕自身は王都で文官になるために、修行中だったんだけど」


その言葉に、リオンはどんな言葉をかけていいのか判らず、黙っていた。


「そして、僕は軍に入ったんだ……

敵を殺すには強くならなきゃいけなかった…… 死に物狂いで頑張ったよ。

それに、偉くなって早く軍を動かす力が欲しかった。


だから、強くなって誰にでも勝負を挑んでいたんだ」


 それを聞いたリオンは、この人も自分と似たような境遇で強くなるために足掻いていたのだと思った。

リオンの場合は、生き残る為に…… アッツォは、復讐の為に……


「そうでしたか……」


 言葉短くそう答えたリオンとアッツォは、階段を降りきって宿舎がある建物に足を向ける。

そこからは、お互いに無言で建物に向けて歩き続ける。


 周囲に兵士達が居て、これ以上は会話を聞かせるのは適当ではない情況だったからだ……


ふと、リオンが数歩歩いて、クルリとアッツォに向き直る。



「色々と立ち入った事をお聞きして失礼しました。 それに…… ありがとうございました」



リオンは丁寧に腰を折ると、アッツォに礼を述べた。


「いや、いいよ。それよりもこの話は……」


 リオンが頭をあげると、僅かに微笑んでアッツォに告げる。

夕日の残照が僅かにリオンの顔を照らし、その僅かな笑顔を際立たせていた。


「勿論、他言はしません……」


 ちょっと驚いたようにリオンの笑顔を見つめていたアッツォは、すぐに表情を取り繕うと足を速める。


「ふぁ~、運動したらお腹すいた! それじゃまた食堂で!」



 そう言うと、アッツォはヒラヒラと手を振りながら建物の中へ消えていった。

少しだけ、アッツォの評価を改めたリオンは、聞いた話を胸に仕舞うと、戦勝を報告すべく、白山のもとに足を早めていった……



 夕食は、幹部用宿舎の食堂でささやかな会食となり、白山とリオン、アトレア、アッツォ、クリストフが集まって、和やかに始まった。

アッツォとの立合いで勝った事を伝えると、白山はいつもの様に優しく微笑むと、リオンを褒めてくれた。


 そのおかげで、夕食時は内心上機嫌でリオンは、簡素ではあるが久しぶりの美味しい食事を楽しんでいた。


 しかし、アッツォから出された突然の一言で、リオンの心は激しく動揺する。

作戦の話と戦いぶりについて、食事をしながら和やかに語っていた時、唐突にアッツォが白山に問いかける。


「ホワイト殿、リオンちゃんって、副官だよね?」


 その問いかけに、白山は夕方の立合いの話かと思い、素直にバディである旨を告げる。


「ん~、リオンちゃん欲しいんだけど……僕の副官に」


 いきなりのスカウトに、白山は思わず口に含んでいた水を咽てしまう。

リオンはその言葉を理解できず一瞬、ポカンとした後に慌てて白山の介抱に体を動かした。


 クリストフは、アッツォの経緯を知っているのか意外そうな表情を浮かべ、アトレアは、当人たちを交互に見て何やら考え込んでいる。



 ようやく、咳込みが落ち着いた白山は呼吸を整えると、一瞬だけリオンに視線を向けると、徐ろにアッツォに返答する。


「いや、失礼…… 突然の事で驚いてしまった。

引き抜きか…… 本人が望めば別だが、俺個人としては、リオンを手放すつもりはない」


 そう言い切った白山の言葉に、リオンはグッと胸が締め付けられるような想いを抱き、思わず白山の袖口をギュッと掴んでいた。





 ちょっとした騒動はあったが、和やかな食事が終わり部屋に引き返してきた白山とリオンは、未だに少し疲労を感じる体を休めていた。

ランプの灯りで読書をするリオンと、何かをノートに書き込んでいる白山。


 そこに会話はなかったが、王宮にいるような落ち着いた空気は、徐々に戦闘の緊張がほぐれてきたようにも思える。

リオンはちらりと本から視線を上げると、目を合わせずに白山に尋ねる。


「もし…… 夕方の勝負に負けて、アッツォ様から同じように引き抜きの誘いがあったら、承諾されていましたか……?」


 リオンの問いかけに、白山は奔らせていたペンを止めると、ゆっくりと向き直った。

その目には優しさが見えて、リオンの胸が高鳴る……


「いや…… 俺はリオンを手放す気は……ないよ」


そう言った白山は、お茶を一口啜るともう一度語りかける。


「俺はリオンが、自分でやりたい事や目標を見つけたら、その時は応援するつもりだ。

それまでは、ずっと居ていいんだ……」


 そう言った白山の言葉に、リオンは顔を赤くして本で顔を隠す。

やがて、おずおずとした口調で、リオンが尋ねた。


「ホワイト様の側にずっと居たい…… そう言ったら迷惑ですか……?」


 白山の顔を見れないリオンは、小さくそう呟くとチラリと白山を見る。

少し恥ずかしそうに頭を掻く白山の姿に、じっと答えを待つリオン……


「リオン……」


 白山が何か口に仕掛けた時、不意にノックの音がその声を遮った。

ハッとしたリオンは、恥ずかしさと落胆、そして大切な時間を邪魔された苛立ちで、ツカツカとドアに向かう。



 リオンがドアを開けると、そこにはワインを片手に持ったクリストフの姿があった。

白山にその事を伝えると、入って貰えという声がリオンの耳に響いた。


 今はワインより、二人の会話を大切にしたかったリオンは、少し不機嫌そうにクリストフを部屋に入れる。


 そうこうしていると、クリストフが呼んだ食事会の面々が揃って白山の部屋に訪れる。

その中にアッツォの姿を見て、リオンは一瞬だけ表情を固くしながらも、アトレアからグラスを受け取った。


 何故か真っ直ぐな視線をリオンに向けてくるアトレアだったが、少しだけ微笑んでリオンはその視線を受け止めた。

その視線で何を語り合ったかは、当人達だけにその意味が通じているようだ……


程なくして、笑い声や歓談の声が一瞬だけ静まると、白山が声を発する。


「勝利と平和に…… そして、散っていった戦士達へ……」


 その言葉でグラスが掲げられた。

ゆっくりとワインが消費され、明るい笑い声が響く。


 そこには、仲間達と楽しそうに笑い合う白山の横顔があり、その姿を見たリオンは肩の力を抜いた……


「たまには、いっか……」


 そう言って笑ったリオンは、そっと白山の側に寄ってその横顔をじっと眺めていた…………





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