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召喚と淡い想いと乾杯と


 白山の被害報告に指揮所の内部は、ざわめきたった……

四千人超の皇国軍を相手にこれを撃退したにしては、死傷者数が格段に少なかったからだ。


「皇国軍の騎兵を相手にして、寡兵で挑みたったそれだけの損害とは、代理殿は大法螺吹きだと見える」


 取り巻きの誰かがそう言うと、失笑のような笑いが広がった。

少数とはいえ味方が死傷している数を誤魔化すなど白山にとっては考えられない。

ましてや国を守って散っていった死者を嘲笑するような真似は、絶対に許される事ではなかった。


「今、声を上げた者…… 嗤った者は、当然、誰一人として死なせず同じ芸当が出来るのであろうな……」


 静かに声を上げたのはアトレアだった。

彼女は、国境の関所で自ら墓穴を掘り、兵士の亡骸を埋葬し、頭を垂れる姿を見ていた。

そして、その死者と共に戦い生き残った兵に声をかけて謝罪している姿を知っている。


『俺の力が足りず、この勇敢な戦士達を死なせてしまった……』


 その言葉を聞いた時、アトレアは軍団長としての自身の立場を顧みて、胸を締め付けられるような想いを抱いていた。

自分はそこまで兵の立場を慮り兵を率いていただろうか……


そう考えると、戦勝を喜んでいた自分の姿が急に矮小に感じていた。


 そんな白山の思いを代弁したアトレアは、静かな怒りを湛えながら取り巻き達に冷たい視線を走らせる。

白山は、静かにアトレアに視線を送り無言で謝意を伝えると、構わず報告を続けた。


「皇国軍への損害については関所までの概算で、死者 五六一名 捕虜 一三二七名 騎兵隊は潰走……


歩兵及び輜重隊に対して、私独自で伏撃及び遊撃を仕掛けました。

が、確認できる戦果は、輜重隊の馬車が15~20台 宿営地の攻撃で目視確認した約10名程度と見積もられます」


その報告にざわざわと指揮所の中が騒がしくなる。


「信じられん……」 「……たった三人で?」


 などが喧騒の中から、途切れ途切れに白山の耳に入る。

白山は与り知らない事だが、この時代……輜重隊の馬車や荷物には、最低でも馬車を守り、脱輪した時の対処として御者の他に、十名程の護衛兵が随伴している。

そうなれば、単純計算で二十台の馬車といえば、二百名を相手にするのと同義となる。


その声を聞き、それを補足したのは白山に同行したクリストフだった……


「その報告に間違いはありません……

私はそれ以上の戦果を目撃しておりますが、ホワイト殿が報告した戦果は、あくまで確認が取れた物のみです」


 クリストフが証言した事により事態は沈静化するかと思われたが、今度はクリストフの証言について、嘘だとかグルになっていると言い出す始末だ。

ここまで頭が固ければ、呆れを通り越して逆に感心する程のこじつけぶりだと、白山は考えた。


 隠しもせず、ため息を吐いた白山は持ち込んだ荷物からタブレットを取り出すとファイルを選択し、取り巻き達に歩み寄り映像を再生させた。

王都での報告用にある程度の動画や画像を撮っていた白山は、何も言わずそれを再生する事で取り巻き達を黙らせる。


 そこには、バードアイからの攻撃前・攻撃後の比較画像や、襲撃時のヘルメットカム(小型ビデオ)で撮影された動画が鮮明に映し出されていた。

バードアイの画像は、作戦説明の時にザトレフ以下取り巻きの面々もそれを目にしている。


 その画像で淡々と映し出される一方的な攻撃に、取り巻き達の白山を見る目が変わる……

白山が背中に背負っているM4が射撃を行い、敵を撃ち倒す様を見て、只の王家の腰巾着ではなく、実力を持つ人間だと今更ながらに気づいたのだ。

そして、この場には白山の他にリオン、そしてクリストフも同じように銃を持ち、その銃口はいつでも取り巻き達に向けることが出来る。

敏感にその力関係を察知した取り巻き達は、先程までの威勢を引っ込め押し黙る。



「お分かり頂けましたかな……?」


 白山は、再生が終了したタブレットを図嚢に仕舞いながら鋭い視線を周囲に投げかける。

沈黙をもってその問いかけに答えた取り巻き達の態度に、それを引き連れているザトレフが激昂する。


「それがどうした! 自分の手柄を誇示して褒賞でもせびるつもりか!」


 机を拳で打ちつけながら、怒気を露わにするザトレフは頭に血が上っており、こめかみに青筋が浮き出ている。


「いえ、ザトレフ殿は現在私の上官です。被害と戦果の報告は必須と思い、報告させて頂いております」


冷たい表情を崩さずに、ザトレフの怒りを受け流した白山は平然とそう告げると、周囲に重苦しい沈黙が流れる……



「まあ、ザトレフ殿に関しては……」



 アトレアが口を開きかけた時、指揮所のドアがノックも無しに無遠慮に開け放たれた。

現れたのは、黒く染めたハーフプレートに身を包んだアッツォが、ひょっこりと顔をのぞかせる。

そして、白山を見つけるなり周囲の空気を無視して、開口一番文句を言い始めた。



「ホワイト殿、酷いじゃないですか~ やっと敵が来たと思ったら、さっさと撤退しちゃうし全然物足りないんだけど!」



 ポスポスと指先で白山の腕を突っつきながらそうなじるアッツォに、白山はすっかり毒気を抜かれ苦笑する。

アッツォは言葉ではそう言いながら、さり気ない視線を白山に向けており、無遠慮な風を装ってこの場に飛び込んで来たのだろう。

昼行灯と戦闘狂の仮面をかぶりつつ、頭のキレる素顔を隠している事を、これまでの行いから白山は分かっていた。


 視線を合わせ、笑みを交わしている二人にアトレアがわざとらしい咳払いをぶつける。

そう言えばアトレアが何か言いかけていたと思い、白山は彼女に視線を向けて僅かに頷く。


 それを見たアトレアは、話の腰を折られた事で僅かにため息を吐くと、改めて話を切り出した。


「ザトレフ殿…… そしてロルダン殿には、軍務卿より王都への召喚命令が出た。

これは、昨日付けで言い渡されていることで、明日には早馬で書状が届くだろう……


ホワイト殿に命令出来るのは、今日までという事だな……」


 言葉の最後に少し嘲りを含めつつそう言い放ったアトレアに、これまで静かになっていた指揮所が再び騒がしくなる。


「何故、軍団長が召喚されなければならんのだ!」


「どうして届いてもいない命令の内容を貴殿が知っているのだ!」


 先程までの意気消沈ぶりが嘘のように冷熱を繰り返す取り巻き達は、アトレアが五十名の銃隊を砦内に控えさせている事実を知らない。

その為、軍団長として一番の若輩であり名門貴族であるのに、国王派に与するアトレアを一斉に非難し始める。


 その様子を黙ってみていた白山は、ゆっくりと荷物に向かい広多無(広帯域多目的無線機)を組み立て始めた。


 取り巻きの非難を歯牙にもかけないアトレアとアッツォは、白山の行動の意図が判り、黙ってその作業を見つめていた。


「こちらホワイト…… RC<ロメオ・チャーリ/無線チェック>  RG<ロメオ・ゴルフ/親衛騎士団>送れ……」



「…… こちら、ロメオ・ゴルフ…… 感明よし…… 送れ……」


 やや、雑音が入ったが副官の冷静な声が無線を通じて届く。

少しボリュームを上げ、部屋に音声が届くように調整した白山は、ザトレフに視線を向ける。


 突然、部屋の中に響いた第三者の声で、アトレアに非難を向けていた取り巻き達が一斉に静まる。

不安そうに周囲を見渡す者や、白山が組み立てた無線に視線を注ぐ者もいた。


「ホワイトの、現在位置はビネダ砦指揮所、ザトレフ殿も一緒だ。

昨日の召喚命令の内容について、再度聞かせて貰いたい……」


白山が、ハンドマイクにそう問いかけると、やや間があって返答が聞こえてくる。


「待て…… 現在、軍務卿殿と宰相殿が同席されている。

直接、交信願う……」



 そう言うとまた少しタイムラグがあって、低いバルザム軍務卿の声が無線から聞こえてきた。


「バルザムだ…… 昨日の報告は聞いている。 まずは戦勝について祝いを伝えたい。

召喚の件については、昨日の報告を聞いてすぐに命令書をそちらに送った……


明日には届くだろう……」


その声を聞き、ザトレフは椅子を鳴らして立ち上がると叫ぶ。


「何故だ! こんなペテンがあってたまるか!」


 机の上に置かれた水差しを床に払いのけ、書類が散乱する。



 突然下された命令に、まるで癇癪を起こした子供のように当たり散らすザトレフの様子に、アッツォが哀れみの視線を向けている。


 貴族派の筆頭である軍務卿からの非情な宣告は、即ち軍人としてのキャリアも、貴族派としての求心力も失った事を意味している。

それが判る取り巻き達は今度こそ声を失い、誰一人これまで祀り上げてきたザトレフに近づこうとしない……


「……ザトレフよ…… そこにいるなら聞け…… 申し開きがあれば王都で聞く…… 王都に出頭せよ……」



 白山はザトレフの当たり散らす様を、押し込んだハンドマイクのスイッチで王都に伝送していた。

そしてそれを聞いたバルザムが、至極残念そうな口調で語りかける……


蒼白となった顔を声の方向に向けたザトレフは、息を切らせ肩を上下させている。

白山は無線機を片手に持ち、ゆっくりとザトレフに近づくとマイクを差し出した。


「軍務卿殿に伝えたい事があれば、直接会話出来ますが……」



 その言葉に、ギロリと白山に視線を向けたザトレフはその言葉に反応せず、そのまま無言で指揮所を去ってゆく。

ポツリ……ポツリと取り巻き達も姿を消し、やがて残されたのは白山達と第二連隊長のロルダン、そして警備の兵だけとなる。


ロルダンは無言で、白山に殺気と射るような視線をぶつけると、最後に部屋から出て行った……


「な~んだ、切りかかってくるかと思って期待してたのに拍子抜けだよ……」


 そう言って、アッツォはヘラヘラとした表情を白山に見せ、同じように指揮所から退出すべく出口に足を向ける。


「あっ、そうだ…… 夕食の時、戦闘の話聞かせて下さいね~」


振り返りざまに、そう言ったアッツォはヒラヒラと手を振り、どこかへと歩いて行った。


 そして誰もいなくなった指揮所で、アトレアが盛大にため息を吐く。

頑なに自己保身を繰り返し、その結果がこれであり、しかもその結果を受け容れる事なく事実を否定する。

歴史と慣習にこだわるあまり、自身の本分や本質を見失った哀れな末路に、軽い目眩を覚えた。


『もし自分が…… いや、生家であるリンブルグ家が、このような事態になっていたら……』


 幸いにして父である現当主は先見性があり、閉塞的な貴族社会の行く末について見通していた。

しかし、それでも立場が逆であったらと思えば、なんとも言えない気持ちになる。



 気を取り直して、アトレアが白山に視線を向けるとそこには、リオンが無線を片付けている白山に何やら語りかけていた。

その問いかけに白山は少し考えると、頷いている。


 その様子を黙って見ていたアトレアは、白山という男が自分に…… そして、王国軍にどれだけの影響を及ぼしているのか……

更に言えば王国にとって、その存在が台風の目になりつつあると思った。


 突然現れた半年前からここまでの間に、貴族派の求心力を急速に低下させ、皇国の侵攻から国を守り抜いた。


 これからこの男はどんな嵐を引き起こすのか……

そんな期待と興奮が入り混じった感覚に、アトレアは胸の高鳴りを覚えていた。


 白山がふとリオンの背中を叩き、優しげな表情でリオンを送り出した。

リオンが指揮所の入口でクルリと振り返ると、一瞬だけ白山に微笑むと、どこかに姿を消す。


 そんな笑顔を向け合う二人を見て、アトレアは僅かにこみ上げる胸を締め付けられるような感覚に…… 戸惑った。


 これまで軍人として男からの視線やあからさまな誘いは無視し、跳ね除け、腕と実力でここまでの地位を築いてきた。

そう自負していたアトレアは、これまで感じた事のない感情に困惑する。


その感情が何なのか…… アトレアには、まだ判らなかった……




*********


 白山達は、アッツォと夕食を共にしお互いの戦果について語り合って、和やかに食事を終えた。

アトレアは食事の席で、今夜は銃隊に白山の部屋と車両を警備させると提案してくれ、これまでの疲れも蓄積していた白山はありがたくその申し出を受ける。


 食事も終わり、自室で寛いでいた白山の部屋にコンコンと控えめなノックの音が響く。


リオンが扉を開くと、そこにはグラスとワインを携えたクリストフの姿があった。


「まだ、鎮めのワインを飲んでいないんじゃないか?」


 部屋に招き入れられたクリストフは、そう言いながら応接セットのテーブルにグラスを並べ始めた。

血を見るような戦闘の後には、ワインを飲み自分の血を鎮めるのが習わしだと、そう言えばブレイズが言っていたな……


そう思いだした白山は、久しぶりに落ち着いた表情でその提案を快諾した。



 ふと、白山がテーブルを見るとグラスの数が多い……

程なくして再びノックの音が白山の部屋に響いた。


 立ち上がった白山がドアを開けると、そこにはクリストフから誘われたアトレアとアッツォが、立っていた。


『たまにはいいか……』


そう考えた白山は、二人を招き入れると手渡されたグラスを掲げ口を開いた……


「勝利と平和に…… そして、散っていった戦士達へ……」



控えめに合わせられたグラスの音が響き、そして夜は静かに更けていった…………





皇国前哨戦編 了~





拙作を毎度お読み頂き、誠にありがとうございます。


さて、本日の更新で 対皇国前哨戦は終了となります。

次章~軍団設立編はおおよそ一週間後をめどに投稿したいと想います。


また、更新休止中はこれまでの文章の改稿と若干の修正を行う予定です。

誤字脱字の修正と、もう少し情景に厚みを加える予定ですが、書き溜めと同時進行の予定ですので、 どこまで出来るかは分かりません。

ですが、出来る限りクオリティを高めたいと思っております。


その為、暫くの間文章の差し替えや、割り込み投稿でご迷惑をお掛けするかもしれませんが、ご了承のほどお願い申し上げます。


それでは、一週間後お会い致しましょう♪

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