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朝日と騎兵と切り札と

 高機動車を王国側の門から外に出し、邪魔にならない位置に駐車した白山は、大きく息を吐き緊張と疲労を追いだすと、目を瞑り運転席にもたれかって全身の力を抜いた。

流石に昨夜の戦闘と今朝の逃亡劇は、抜け切らない緊張と疲労を残し、残り少ない体力を削っているのが実感できる。


それでも間もなく皇国軍はこの関所に殺到し、最後の一戦が始まるのだ。

本音を言えばこのままベッドに倒れ込み眠ってしまいたかったが、弛緩させた体に大きく息を吸い込み、再び目を開いた。


弾薬箱から取り出した弾薬を掴むと、弾倉に込めてゆく。

手際よく弾倉を満たした白山は、備え付けの水タンクのキャップを開け、頭に勢い良く水をかけた。

汗や埃にまみれた髪と顔が洗い流され、幾分気分がマシになる。


その水で全員の水筒を満水にした白山は、多糖体のゼリーを行動食の中から取り出し、口にくわえながら作業を続ける。

リオンもこの先の行動を睨んで、作業の合間に忙しなく口にチョコレートを運んでいた。


 白山は、最後の切り札になるだろうブツを下ろすと、目線をリオンに送ってアイコンタクトを図る。

白山の視線とその意味を理解したリオンは、疲れた様子で座席にもたれかかっているクリストフにチョコレートを手渡し、口に入れるように促した。



 胃が受け付けないかもしれない。それでも食べて置かなければ、肝心な所で体が動かなくなってしまう。

体を創る食事と、その創った体を動かす燃料となる食事、体が資本の特殊部隊員は常日頃からそうした食事に気を配っている。


 昔は腹に食事が入っていると、銃弾を受けた時に腹腔内が汚染されると言われていたが、どのみち銃弾は衣服や体表面の細菌を体内に運び、創傷を汚染してしまう。

それならば行動食を口に運び、血糖値を安定させた方が効率的になる。

汚染や細菌は、洗浄や抗生物質でどうとでもなるからだ。



 弾薬の再補給と体の燃料補給が終わった面々は、各々が荷物を抱え要塞化された関所の屋上に駆け上る。

ここには第一連隊の五百人が配備されている…… 


そこに国境守備隊の二百人が加わりその数は七百人、そこに橋から防御線を作り、昨夜から善戦しながら撤退してきた五百人が加わり、千二百人近い人員が詰めている。



 昨夜までの戦闘で幾らかその数を減じたとはいえ、それでも 千二百人 対 四千人 の戦いになる。

厳しい戦いになると予想されていたが、それでも王国軍の士気は依然として高かった。


 それは、橋の前線に向かった半数の部隊がほぼ無傷で関所まで辿り着き、仲間との再会を喜びながらも白山の戦いぶりやその口上……

鬼神のごとく敵に与えた損害を、興奮した様子で語り聞かせていたからだった。


その為、高機動車が危険な部隊の殿から無事に戻り、関所に入る場面を目撃し多くの兵がその話が真実であったと認識させていた。


 高機動車を駆り、関所へ現れたその姿は鉄の勇者と呼ばれる伝承と、紛れも無く目の前に存在する白山の姿が重なり、兵達の胸に刻まれる。

そんな勇者と同じ戦場に立っているという事実が、兵達の感情を大いに揺さぶり、高揚させずにはいられなかった。



 当の本人は、そんな兵達の興奮を気にする様子もなく三階程度の高さがある屋上に登りきり、遠くに見える皇国軍の陣容を眺めていた。

関所はなだらかな丘の頂上付近にあり、皇国軍の騎兵は東側に丘を下り同程度のゆるい勾配の先に布陣して隊伍を整えている。

白山達に被った損害で再編成をしているのか、それとも歩兵の到着を待っているのだろうか……


一キロほど離れた場所に布陣する皇国軍は、まだ動き出していなかった……


朝日が地平線から完全に姿を現し眩しいほどの陽光が関所に突き刺さった。

兵達は逆光の位置となる態様の向きに思わず目を細めている。



次の瞬間だった……


 龍の群れの如くうねった皇国の騎兵隊は、侵攻を再開し、まるで嵐のように関所へ迫ってくる。

先程白山達を追ってきた騎兵がぶつかったバリケードへ、あっという間に到達すると、戦斧を振り回し破壊してしまう。

衝突の衝撃で弱くなった箇所を巧みに攻撃し突破口を切り開いていた。


 そこから雪崩のように突進してきた騎兵隊は、最初の防衛線に取り付くと、数と勢いを持って前線の兵に襲いかかる。

長槍を手にバリケードの隙間から前線の兵も応戦するが、数が多く押され気味になってしまう。



 すると突然、関所の北側にある丘の上で何かが蠢いた。

これまで姿を隠していた単弓隊が、偽装を剥ぎ取り攻撃に転じたのだ。


高低差を利用して、斉射を繰り返し確実に皇国軍を屠ってゆく。

その間に前線の部隊も勢いを取り戻し、騎兵に対抗してやりを振るっている。


 しかし、序盤に突き崩された陣地には所々綻びが生じ始めており、突破されるのは時間の問題のように見えた。

そして、逆光となった状況も王国軍に不利な要素となって、次第に死傷者が増えてゆく。



 前線の指揮官達は、その状況に迷わず後方への撤退を命令する。

要塞化されている関所の前面は、塹壕が無数に張り巡らされており、連絡壕を通じて、前線の兵達は後方に撤退してゆく。


 それを支援するように、後方の歩兵達は、短い布製のスリングを使い塹壕から石つぶてを皇国の騎兵にお見舞いしていった。

長弓を持つ弓隊も関所の屋上から曲射で矢を降らせてゆく。


 塹壕とバリケードは、確実に騎兵の機動力を奪いその数を減じさせる。

その段階になって皇国の騎兵達は罠に飛び込んだ事を悟った。


当初は面で接していた前線は、関所に近づくにつれて徐々に狭まっておりボトルネックになってしまっている。

そこに射掛けられる弓や石つぶてが騎兵達に襲いかかり、歩調を乱した騎馬が塹壕とは別に掘られた空堀へ足を落とし落馬してしまう。



 一進一退の攻防が続いているが、綻びは正面以外の所から訪れ始めた。

二千もの騎兵は関所の正面へすべて当たることが出来ず、後方で列をなしていた騎兵達が砦の正面を迂回し、側面に攻撃を仕掛け始める。


南側の緩い下り斜面は、迂回を警戒して空堀とバリケードで厳重に封鎖していたが、北側の丘には短弓隊を展開する都合上最低限の防衛線が敷かれているだけだった。

展開している短弓隊が必死に応戦を繰り返すが、数に任せた騎兵の突進力はどうすることも出来ない。



 白山は冷静にM4を単発で射撃しながら、関所全体の状況に視線を向けていた。

そして向かって左の短弓隊の陣地が押し込まれている事に気づき、石畳の床に転がしてあった細長い筒を手に取った。


 M72E10 携帯型 対戦車ロケット弾の発射筒を手慣れた様子で引き伸ばした白山は、前後の照準器が立ち上がった事を確認し後方を振り返る。


「俺の後ろから離れろ!」



 後方を慌ただしく行き交う兵士達に厳しい口調でそう告げた白山は、後方の安全を確認すると照準を覗きこんだ。

縦に十字線が並ぶ照準器を覗き込み、距離を合わせ短弓隊の陣地に向け殺到する皇国の騎兵達をそこに捉える。


一呼吸おき、ゴムで覆われた発射ボタンを押し込むと、派手な後方爆風が砂埃と共に吹き出され、圧倒的な速度で弾頭が発射される。


 そして吸い込まれるように丘の斜面に突き刺さった弾頭は、榴弾の破片効果をその周囲にまき散らした。

乾いた土煙が大量に巻き起こされて、その周囲に居た騎兵がまとめてなぎ倒される。


 その圧倒的な威力に屋上にいた王国兵は一斉に歓声を上げるが、皇国軍の侵攻は止まらない。

三重に組まれた関所前の防衛線も、半ばまで押し込まれており関所に到達するのは時間の問題だ。



 このままでは関所を抜かれる恐れもある……

白山は、M4を単発で射撃しながらそう思った時だった。



 後方から猛然と走り寄る複数の騎馬の音が近づいてくる。

弾倉交換のタイミングで視線を動かした白山の視界に、頼もしい姿が映った。


第一軍団の隊旗をなびかせ関所へ到着したアトレア達は、即座に関所の階段を駆け上り、弓隊と取って代わるように横一列に並ぶ。


 その兵士達の手にはM70B AKMが握られており、その黒く光る銃身が頼もしく見える。

アトレアは自ら五十名の銃器隊を率いて、駆けつけてくれたのだ。


久しぶりに再会した白山とアトレアは、互いに声をかける時間も惜しむように、目線だけを合わせ頷き合うと、配置に戻った……



 五百丁のユーゴスラビア製AKMであるM70Bは、半分が第一軍団へ渡され、もう半分が親衛騎士団に一時的に配備されていた。

ラモナの街でAKMを受け取ったアトレアは、すぐに白山の訓練を受けた側近の兵達に、訓練を開始するように命令していた。


それを受けて、百名の兵達が選抜されラモナの郊外で訓練が行われる。

ある程度の練度に達した段階で、アトレアは砦の守備隊と関所にそれぞれ五十名を割り振ったのだ……


 アトレア自らが率いた関所への部隊は、昨夜から夜を徹して走り続け、今まさに関所に到達した。

白山が行った数々の遅滞行動や遊撃は、アトレア達が駆けつけるまでの時間を何としても稼ぐ意味もあった。


そして、無線で前線の様子を詳細に聞いていたアトレアは、迷わず関所へ向かっていた。



『保険』…… いや、白山の『切り札』は既の所で間に合ったのだ。



 アトレアの号令で、AKMの安全装置が解除され、初弾が薬室に送り込まれる……


次の瞬間、雷鳴にも似た射撃音が周囲の空間を圧倒する。

周囲に硝煙が立ち込め皇国軍の騎兵が、バタバタと倒れ一気にその数を減らす。


いきなり降り注いだ鉄の雨に、皇国軍はパニックに陥り前線は崩壊寸前になる。

ゴーシュ連隊長は、その隙を見逃さなかった。


 援軍の到着に、アトレアのもとへ駆け寄ったゴーシュは斉射を依頼し、その命令はアトレアを通して即座に実行される。

再び雷鳴のような銃声が鳴り響き、頭を抑えられた皇国軍は既に退却を開始していた。


「全軍、討って出ろ! 開門!」



 その声に、王国軍の反応は早かった。

重々しく開かれた関所の扉から飛び出した兵達は、頭上から遠方の兵を牽制してもらいながら、関所に到達しつつあった皇国軍に斬りかかってゆく。


一気に逆転した形勢は、朝日のオレンジ色が青空に溶け消える頃には、趨勢が決する。

退却した皇国軍は丘の向こうに消え、関所には王国兵達の大きな歓声がいつまでも響きわたっていた……



*************



 皇国軍を退けた後、関所では負傷者の救護や皇国軍の捕虜の収容、更に遺体の埋葬など、戦後の処理が続いていた。

白山は負傷した皇国軍の将兵にも手当てを施すようにと、ゴーシュに伝え、白山自身が率先して負傷兵の手当に回る。


戦が終われば、敵味方関係なく助ける。

こうした発想は、この世界には存在しなかったが感情的な意味、そして戦略的な意義を説明する事でゴーシュはその意図を理解してくれた。


当初は戸惑っていた両国の兵達は、寡黙な雰囲気ながらもその意義を肌で感じている。

兵隊として国の命令に従って仕事をした末端の兵達には、わだかまりはあったが互いの立場を慮り、黙って治療を続けていた。


 銃創の治療は、白山が指導して手当を施しなるべく早く捕虜は返還する事でゴーシュ達も納得してくれる。

糧秣や手当てに使う包帯もタダではない……


捕虜を長い時間抱えているだけで、それなりの負担が発生するのだ。



 負傷者の手当てが一段落した白山は、捕虜達が一箇所に集められるのを横目に、今後の対策について現場の兵長達に助言を与えていた。

停戦がしっかりと確定するまで、陣地はそのまま維持しなければならない。


今回の戦闘で露呈した関所の脆弱性について、その改善点を現場で打ち合わせる。



未だ周囲には騎馬や騎兵の遺体が散らばり、そこかしこに血溜まりが点在している。


モゾリと死体の一角が動く……


 死体の下で息を潜めていた騎兵隊長は、撃ち抜かれた左肩に焼けるような痛みを感じながらも、その目には未だ闘志が宿っている。

土を握りしめるように躯の陰から這い出た隊長は、右手に握ったナイフに力を込め、白山が近づくのを待ち構えた。



兵長達が白山を囲んでおり、一目で白山の位が高いと判断した隊長は一矢報いて戦場に散ろうと決意する。

白山の視界が兵長の体に隠れ、一瞬だけ隊長の動きが隠れた。


この瞬間を逃せばチャンスはない……


 そう考えた隊長は、自身の物なのか仲間の血なのか判らないほど血塗られた全身を、ゆらりと起こし数歩の距離を駆け出した。


最初に気づいたのは、横にいた兵長だった。


「危ない!」と声を上げるが、白山にはその脅威が死角となり認識できない。

次の瞬間、踊りだした血まみれの死兵は、前にいた兵長を突き飛ばすと、ナイフを振りかぶって白山に迫る……



赤い凶刃は、狙い違わず白山の胸に吸い込まれていった…………





ご意見、ご感想お待ちしておりますm(__)m

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