伏撃と殿と朝日の眩しさと
切りどころが難しかったので少し長めです。
程なくして陣地に辿り着いた白山とリオンは、素早く高機動車に戻ると決戦に向けた備えを始める。
弾薬の再補給と使用する火器の準備だ……
カロリーバーをくわえながら黙って手を動かす白山は、リオンとコーヒーを回し飲みながら黙々と作業を続ける。
白山達が戻ったと聞いた、斥候隊長のクリストフが白山に近づいてくる。
「前哨線に潜んでいた兵達から伝令だ。 配置のかなり前方で爆発音を聞いたそうだ……」
その言葉に頷いた白山は、皇国軍の進行は予想よりも早かった事に驚く。
数に物を言わせて損耗を無視したのか、それとも何か工夫をしていたのか、それでも予想より早い。
このままの速度だと、夜明け前に会敵する事になるだろう。
すでに灯りの使用を厳しく制限した陣地内では、暗闇の中を壕の中で兵士達が蠢く気配だけが、周囲に感じられる。
これ以上の遅滞行動や遊撃は時間的に猶予がない。
今はここで待ち受ける以外に手立てはないだろう……
白山は、機関銃の簡単な点検と注油を終え、そう判断する。
十秒がまるで十分にも感じられる長い待機の中で、兵達は緊張を強いられている。
伝令によって各壕へ皇国軍の到来が近い事が告げられ、物音を立てないように注意が促されていた。
白山も暗視装置を作動させながら、時折前方の街道を見据え微動だにせずその時を待っていた……
『来た……』
最初に皇国軍の到来を捉えたのは、暗視装置ではなく白山の聴覚だった。
陣地の最前線から前方に百メートルの地点に設置された柵の付近で微かな異音がする。
暗視装置を覗いて確認した白山は、その柵を引き抜こうと動く複数の人影を視認する。
周囲にピリピリとした緊張感が漂うのを肌で感じる……
恐らく白山よりも近い位置にいる壕の中では、肉眼で視認出来ているか、それとも大きく音が響いたのだろう。
『まだだ…… まだ、我慢だ……』
白山は攻撃開始の合図を王国軍に報せる役目を負っていたが、まだその時ではないと自制心を働かせる。
今、障害を取り除いているのは、前方に突出した皇国軍の先鋒でしかない。
これを叩いても何の意味もない。狙うのは本隊だ……
合図の為の無線のスイッチに手を置きながら、白山はじっと前方を観察する。
ジワジワと近づいてくる障害排除の皇国兵は、陣地のすぐ手前にある障害に取り付いた。
その後ろには、四列の縦隊で一定の距離を保ちながら進む大規模な歩兵の姿が見える。
木々で隠れその後端が見えないぐらいに、その列は続いていた……
やっと本命が来たと、白山はタイミングを見計らう。
あの間隔ならば、先鋒の兵士が前線の障害に取り付いた時がベストだろう。
ジリジリとヒリつくような緊張の中、あと数歩で前線の障害に皇国兵が達するといったその時だった。
「ひっ! てっ、敵だ! 敵がいるぞっ!」
皇国軍の兵士が壕に潜む前線の兵を発見したらしく、叫び声に似た声が前線から響く。
もう少し粘りたかったが、露見して体制を立て直されるのは不味い。
白山はそう判断して無線に小さく声をかける。
「射撃用意…… 激発」
すると、ガキンという金属を打ち鳴らすような鋭い音が響き、一瞬だけ炎が後方で光った。
白山は頭の中で秒数を数え、燃焼のタイミングを測る。
その一秒前に白山は、サバイバルキットに入っていたホイッスルを鋭く吹き鳴らした。
甲高い笛の音が周囲に響き渡るのとほぼ同時に、六十mm迫撃砲から撃ち出された照明弾が、森の周囲を真昼のように照らし出す。
思わず皇国兵達は頭上を見上げるが、何が起こっているのかは判らずに居る。
「長弓、矢を番えろ…… 用意! 斉射! 」
指揮を受け持つ兵長は、街道に浮かび上がる皇国兵に対して、曲射による矢の雨を降らせんと号令をかけた。
統制の取れた号令によって矢は空に撃ち出され、最高到達点を過ぎると鋭い鏃を皇国軍に向けて落下してゆく。
照明弾に驚き頭上へ視線が集中していた皇国軍は、慌てて号令を下そうとするが、その時には百舌鳥の急降下よろしく落下してくる弓矢の餌食となる。
為す術なくバタバタと倒れ伏す皇国軍の隊列は、やっと攻撃の事実に気づき頭上に盾をかざそうとするが、密集していたことが仇となり上手く盾を操れずに居た。
「単弓隊、放て!」
頭上に注意が向いた瞬間、街道の北側の森に埋伏していた単弓隊が陣地から身を起こし、皇国軍の横腹に直射を浴びせてゆく。
左右の森は相変わらず針金や縄、立ち木で封鎖されており逃げ場は存在しなかった。
後方の部隊が障害になり退くこともままならない皇国軍は、弓による初撃で多くの兵員を失ってしまう。
やっと体制が整い、本来の作戦通り寡兵である王国兵をすりつぶそうと、前進を始めた時それは起こった。
赤く尾を引く曳光弾が時折混じる連続した射撃音が、森の木々を揺らす。
白山がM240 7.62mm 機関銃で射撃を開始したのだ……
盾で身を守っていた皇国軍の先頭に居た兵は、盾を貫通した銃弾に貫かれ口から血を吹き倒れる。
皇国兵に致命傷もたらした銃弾は、いまだその凶暴な威力を失わずその後方に控える兵をも餌食にした。
射撃用に作った白山の壕は、陣地の最前線、射線を遮るものは何もない。
五発程度のバースト(制限点射)射撃を繰り返し、前線の兵を屠る。
それでも、白山の表情は厳しかった。
「くそっ、数が多い……」
毒づくように呟いた白山は、津波のように押し寄せる皇国兵の人波が一向に衰えない事に不安を感じる。
今の所は白山の機関銃が敵兵を押し下げているが、弾薬は有限であり銃身も加熱してくる。
限界を迎える前に、敵が退ける保証はない……
皇国軍から放たれた弓矢が白山が伏せる壕の土のうに突き刺さるが、構わず白山は射撃を続ける。
予想通り、損害を無視した皇国兵は前線の防衛ラインに取り付き、激しい戦闘を繰り広げる。
そこには戦斧や大柄なナタを手にした皇国兵が、バリケードを打ち崩そうと必死に作業を行っていた。
王国軍の兵は、槍でそれを止めようと抵抗を繰り返すが、無限に湧き出てくるかに思える皇国軍の数に、苦戦を強いられる。
出来る限り圧力を減らそうと白山は射撃を繰り返すが、皇国軍の圧力は依然として健在だった。
そこに、リオンが壕へ滑りこんでくる。
手にしているのはマリナの街でも活躍したM320 グレネードランチャーだ。
リオンは、手際よく銃身を横にスライドさせ、高性能炸薬弾(HE)の太い擲弾を滑り込ませると角度を調整して発射する。
ポン! と軽い音が響き、ややあって街道の真ん中で大きな爆発が起こった。
人垣の真ん中に空いた穴は、叫び声や悲鳴で満たされるが、すぐに兵達がその穴を埋めこちらに向かって来た。
皇国軍は損害を顧みず、力押しを選択している。 この状況では最善の選択だろう。
白山達にとっては最悪の情況であったが……
起死回生の一手が欲しい……
白山は射撃を継続しながら選択肢を検討する。
リオンが、擲弾の撃ち殻を捨て、次弾を装填する。
ボンと、音がして先程より遠い場所に着弾した。
しかし、それは先程とは違い爆発せず一呼吸置いてもうもうと白煙を吹き出す。
どうやらリオンは弾種を間違えたらしい……
昼間ならば形やカラーリングで識別は容易だが、暗視装置ごしの夜間では稀にこうした選択ミスも発生する。
そんな間違いを横目に射撃に戻ろうと白山が照準に目を落とすと、そこには不思議な光景が広がっていた。
皇国軍が煙幕を恐れている……
着弾点から距離を取るように、前後に分かれた隊列は煙の周囲に明らかな混乱を呼び起こしていた。
それは昨夜まで自らが演出した事だったが、白山にとっても意外な光景だった。
「リオン、発煙弾をありったけ打ち込め!」
白山は、周囲の喧騒に負けない大声でリオンにそう叫ぶと即座に「了解!」と声が掛かる。
およそ10秒に1度程度の発射速度で撃ち込まれた発煙弾は、細く伸びた皇国軍の隊列に着弾し、たちまち煙に飲み込まれてゆく。
煙が充満するにつれて、これまで統率の取れていた皇国軍の足並みが乱れ始めた。
徐々に前線にかかる皇国軍の圧力が弱まり始める。
新しいベルトリンクを装填した白山は、煙の向こうに向けて射撃を再開した。
それと同時に、撤退の角笛が王国軍の陣地に鳴り響く。
その音は、それを聞いた伝令兵が木霊のように吹き鳴らし、戦闘中の喧騒でも白山の耳に届く。
バリケードが崩壊寸前になっている情況で、ゴーシュが撤退の決断を下したのだろう。
「リオン!退路を確保しろ!」
リオンにそう叫んだ白山は、前線付近の皇国兵に弾丸を撃ち込む。
その言葉を聞いたリオンは、M230を背中に回すと、使い慣れたMP7に持ち替え、壕を飛び出した。
それをサポートするため白山は正面に弾幕を集中させる。
飛び出したリオンが、後方で射撃を開始する。
その音を合図に、白山も首から予備のベルトリンクをかけると、重量感のあるM240を抱きかかえながら後方に駆け出した。
リオンを追い抜き後方に伏せた白山は、正面に向けて射撃を再開する。
煙が薄れはじめて徐々に皇国軍が勢いを取り戻し始めた。
その兵の蠢きに弾丸を浴びせてゆく。
再び白山を追い抜いたリオンが後方から射撃を再開する。
心肺機能が悲鳴を上げるが、白山はそれを無視して、全力で後方に走った。
後方を閉鎖するバリケードに辿り着いた白山達は、閉鎖を担当する騎兵に合図を出し、高機動車に駆け寄った。
素早くエンジンを始動させた白山は、先程まで照明弾の打ち上げを担当していたクリストフ、そして後部を警戒していたリオンが乗り込んだ事を確認し、車両を発進させる。
暗視装置を頭上に跳ね上げ、ライトを点灯させた白山は最初のカーブまで車を走らせると、そこで停車し後ろから来る騎兵に声を上げる。
「俺達が殿を受け持つ! このまま関所まで走れ! 」
白山の言葉に、馬上の男達は驚くが大きく頷くと大声で「ご無事で!」と叫び、国境に向けて走り去っていった……
低いエンジン音が響く中、ヘッドライトを消した白山のその言葉にリオンは無言でM240を座席に据え付け、後方を注視する。
クリストフもリオンのその動きを見て、コッキングハンドルを操作し、AKMに初弾を送り込む。
「クリストフ! 撃てと言われたらリオンの曳光弾の方向に向けて焦らずに撃つんだ。 合図を待て……」
白山の言葉に手を挙げて応えたクリストフは、リオンとは反対側の座席に陣取るが高鳴る鼓動を抑えられずにいた。
大きく響く心拍と乾く喉そして浅い呼吸を我慢しつつ、緊張した体を固い床板に押し付けて射撃姿勢を取る。
白山は、運転席から降りると後輪の横に伏せM4を構える。
暗視装置ごしの視界に、皇国軍の先頭が阻止線として設置した先程のバリケードの位置まで到達しているのが見えた。
彼我の距離は約二百メートル…… 国境の関所までは約五キロの距離がある。
ここから先は、平地になっており関所まではバリケードや障害は設置していない。
弾薬は心もとなく、疲労は既に限界を超えている。 しかし、それでもやらなければならない……
皇国軍の歩兵がバリケードを打ち破る。 戦斧の一撃が丸太をへし折って乱雑にバリケードが地面に叩きつけられた。
「撃て!」
白山の叫びに最初に反応したのはリオンだった。
M240の重々しい射撃音が周囲に響き渡り、リンクと薬莢が分離され床に散らばる金属音が鳴り響く。
次いでクリストフのAKMも単発で慎重に射撃を開始する。
射撃の基礎を俄仕込みで教えられたその姿勢は、ぎこちなさが見えるがそれでもキチンと敵方に、銃弾を撃ち込んでいた。
白山も射撃を開始する。
暗視装置ごしの緑の視界でダットサイトを捉え、単発で射撃を繰り返す。
一分程の射撃時間を置いて、射撃を中断させた白山は、跳ね起きると急いで運転席に戻る。
これ以上の射撃は自身の場所を露呈し、退却が出来なくなる。
すぐに車両はスピードを上げ歩兵の追撃を振り切ると、国境方向に向けて軽快に進む。
やがて木々がまばらになり、森を抜けたことを白山に教えてくれた。
後方の空の藍色が薄くなりつつある。漆黒から濃紺へ…… そして僅かなオレンジが地平線の彼方から朝日の到来を告げている。
肉眼でも地形が確認できると判断した白山は、迷わず暗視装置を外すと無灯火のまま街道を突き進んだ。
森を抜け平原に出た…… 白み始めた空に照らされ行く先の地形と、関所の輪郭が浮かび上がる。
そこには先を行く馬車や王国軍の騎馬が関所まであと僅かの距離を全力で西に向かっていた。
このまま車両で突き進めば、追いついてしまう可能性がある。
もう一度どこかで遅滞行動を実施しなければ、彼らの撤退が間に合わないかもしれない……
車両のスピードを緩め、それに見合う地形を探す白山は視界に映る草原に目を凝らしていた。
リオンの声が響く……
「ベルト残量 残り二本!」
十本持って来た百発のベルトリンクが、ついに底をつきそうだった。
車載のM2重機関銃も、先日の夜襲で二百発を消費しており、残りは百発だ……
これが切れれば、個人火器に頼るしかない……
短く舌打ちをした白山は、それでも視線を周囲に走らせ、アンブッシュに最適な地形を探す。
程なくして周囲を見ていた白山の目に、街道の左手の小さな丘が映った。
なだらかな形の丘は、二十メートル程の小さな地形の隆起で、頂点は細長く南北に伸びている。
迷わず街道を逸れてその丘を車両で駆け上った白山は、頂上を荒々しく乗り越えて下り斜面で車両を停止させる。
「ここでもう一度銃撃を行う!」
白山の短い言葉で、後部座席の二人は、弾かれるように動き出し丘を少し駆け上ると頂上の地形を遮蔽物に街道を見下ろした。
すると、森と視界が開け障害物がないと分かったのか皇国軍は、騎兵を前に出し速度を上げ、密集隊形で街道を突き進んでくる。
徐々に大きくなる音と大軍が引き起こす土煙が、その質量と突破力を雄弁に物語り、まるで生き物のようにうねりながら接近して来た。
座席から、M230グレネードランチャーを持って来た白山は、命令を下す。
「グレネードで先頭の足を止める。 それを合図に射撃を開始しろ!」
折りたたみ式の照準とストックを展開した白山は、高性能炸薬弾を込めると角度をつけて射撃姿勢を整える。
ポン、と言う軽快な音が響き擲弾は先頭を走る騎馬の集団に正確に着弾した。
かなりの速度で進んでいた馬は、その衝撃で馬上の人間を振り落としながら、前方に転がりそこへ後続が突っ込んだ。
重い射撃音が馬の悲痛な嘶きをかき消し、夜明けの街道に鉛の雨が降り注ぐ。
バタバタと倒れ伏す馬と人間は忽ち街道を埋め尽くし、辺りに大量の血を撒き散らす。
M230を腰のダンプポーチに突っ込み、M4を一弾倉分騎兵にお見舞いした白山は、先程よりも短い時間で射撃を切り上げさせる。
弾倉を交換しつつ白山は、大声で叫ぶ。
「撤収!撤収!撤収!」
その言葉でクリストフは、後ろを振り返り高機動車にかけ出した。
ついでリオンも短くなったベルトリンクを撃ち尽くすと、後方に駆け出す。
撤退を確認した白山は、開けっ放しになっていた運転席のドアに乗り込むとサイドブレーキを解除して土を跳ね上げながら車両を急発進させる。
後方に居るのは騎兵の集団だ。 いくら最高時速が早くても追いつかれる恐れは捨てきれない。
路肩の段差を乗り越えて街道に戻った白山達は、速度を上げ関所へと急ぐ……
「後方からの襲撃に備えておけ!」
白山はサイドミラーをチラリと流し見ると、車内の騒音に負けない声で叫ぶ。
すでに喉の渇きは限界を超え埃や硝煙で喉がひどく痛むが、そうした些事に構わず声を張り上げた。
「後方から騎兵! 六騎! 距離は二百!」
白山の声に反応するようにリオンが返答する。
先日の雨の影響か、少し荒れた路面は高機動車のスピードを否応なく低下させていた。
それに対して四脚の馬は、多少路面が荒れていても関係なくスピードが出せる。
ジリジリと近づいてくる騎兵を白山はサイドミラーで確認し、短く舌打ちを鳴らす。
「これ以上接近するようなら各個の判断で射撃! 近寄らせるな!」
反撃に参加できない白山はもどかしさを感じながらも運転に集中し、徐々に近づいて来た関所に向けて速度を維持する。
路面の状況で派手に揺れる車体は、射撃を困難にさせたがリオンとクリストフは懸命に後方に弾丸を放つ。
サイドミラーに一騎の騎兵が土煙を上げながら転がる様が見える。
どちらかが上手く仕留めたのだろう……
やがて、前方に見慣れたバリケードが見えた!
その横で王国軍の兵達が懸命にこちらを手招きしている。
白山はスピードを落とさずそこに飛び込むと、兵達は大人数でバリケードを移動させると、大慌てで街道から飛び退く。
間髪をいれずそこへ、白山達を追いかけてきた皇国軍の騎兵が衝突し、鈍い衝突音がエンジン音をかき分けるように白山の耳にも届いた。
関所に到達した……
車両のスピードを緩めた白山は、兵達の誘導に従って、どかされたバリケードを縫うように関所の門に近寄る。
普段ならば、旅人が行き交う関所の門は厳重に閉ざされており、白山を迎え入れるためにその重々しい扉が数人がかりで開かれた。
そこへ飛び込んだ白山は車両を停止させ振り返ると、再び閉められる門の隙間から差し込む朝日の眩しさに思わず目を細めていた…………
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