焚火と糧食と【挿絵あり】 ※
すでに、夕日は地平線に降り始め、茜色の世界は不思議な沈黙に支配されていた。
その沈黙を破ったのは、フェリルだった。
モゾモゾとクローシュのマントから抜けだして、驚愕に固まった表情の父親を不思議そうに眺めている。
「お父さん、どうしたの?」
その言葉で、我に帰ったクローシュはぎこちない微笑みを娘に返しながら、真剣な表情で白山を見つめた。
「てっ、鉄の勇者……」
小さく呟かれた、その言葉は白山の耳には届かなかった。
フェリルをヒザから下ろしたクローシュは、白山に向き直ると改めて白山に切り出した。
「この世界には、古くから言い伝えられる <鉄の勇者> の伝承があります」
そう切り出したクローシュの表情は真剣そのもので、白山もM4を横に立てかけその話に聞き入った。
****
250年以上前……
この国 レイスラット王国は魔王と呼ばれる存在により、存亡の危機に陥った。
その危機を救ったのは、王国によって召喚された勇者で鉄の勇者と呼ばれた。
この国を救った勇者は、火を吹く杖を持って魔王を打ち倒し王国は救われた。
概ね、こうしたストーリーであった。
白山はクローシュの話を真剣に聞いていたが、幾つか疑問点を見出しクローシュに質問する。
「伝承では、王国の人間が召喚を行ったんだよな?」
無精髭が少し伸びた顎に手を当てながら、考える仕草をして白山はクローシュに問いかける。
「はい、今ほど文明は発達しておりませんでしたが、失われた魔法の力は今よりも強かったと言われており、
その力で召喚を行ったと伝えられています。
王都にある勇者像には、王と魔術師が勇者を迎えた伝承が描かれています」
「俺の場合は、荒野にポツンと呼び出されて出迎えもなかったがな」
自身の扱いに若干の不公平感を感じながら、白山は苦笑する。
「ホワイト様が何故召喚されたのかは、私には判りませんが伝承と酷似している事は事実です。
その、銃と言う武器に服装が、一度王都の研究者から見せて頂いた、古い絵の姿にとても良く似ています」
暮れゆく夕日と、焚き火の明かりに照らされた白山の姿を、改めて眺めたクローシュは大きく頷いた。
「その伝承の勇者は、魔王を倒した後はどうなったんだ?」
白山の心には、未だ元の世界に帰還するという選択肢がチラついている。
それは任務を途中で投げ出しこの地に召喚された事に対する責任感、更に武器弾薬を携えたまま、消えてしまった心苦しさ。
そうした感情が、どうしても帰還の手段を求めてしまう。
「その点は、伝承や物語によって違ってきます。姫と結婚して国を盛り立てたと言う話もあれば、何処となく消えたとの話もあります」
まだ可能性がある。そう聞くと白山の心はやはり揺れた。
召喚された目的は未だ見えず、朧気な帰還の手がかりらしき光が見えるなら、やはり人間の心理は揺れ動くだろう。
「この話を詳しく知るには、やはり王都に行くべきだろうか?」
正直、自分の力がこの世界の権力や戦争に使われる事は避けたい白山にとって、王都への移動は正直気は進まない。
じっと、火を見つめながら長考する白山を見つめるクローシュも、つられて険しい表情になってしまう。
クローシュも、大手商会の店主として王宮に出入りし、貴族の顧客も多い。
そんな人間達が、白山を利用しないとは天地がひっくり返ってもありえない話だ。
「ねえ、お話し終わった?」
少し、沈黙が続いた後言葉を発したのは、フェリルだった。
白山は、息を吐き出すとフェリルに笑いかける。
「ごめんね、退屈だったろう?」
フェリルは黙って首を横に振ったが、それに合わせてクゥと可愛らしい音がなって顔を赤らめた。
「続きは、食事の後にしましょうか」
笑いながら、立ち上がったクローシュは馬車に向かって歩き始める。
ふと思い立った白山は、クローシュを呼び止め自分が食事の支度をすると告げた。
背嚢を探りながらそう告げた白山に、クローシュは期待を込めた眼を向けた。
OD色のパッケージを幾つか取り出しながら白山は、携行糧食が異世界の人間の口に合うかなと思いつつ加熱剤を取り出し、食事の支度を始めた。
馬車の陰から出てきたオーケンが興味深そうにフェリルとその様子を眺め、クローシュは白山に渡されたコーンビーフベジタブルを鍋に移し、スープを煮込んでいた。
加熱剤に水を注いだ時の反応に、オーケンが腰を抜かしそうになり、周囲には笑い声があふれた。
後は、糧食が温まるまで特にする事はない。
白山は、缶詰の空き缶と手持ちのパラコードで、缶馬をつくってやりフェリルに遊び方を教える。
初めて見る遊具にフェリルは、目を輝かせて遊びまわっていた。
「飯の匂いが一切しねえんだが、ホントに食えるのか?」
水蒸気だけを上げるODの袋を訝しげに見つめるオーケンは、外袋のビニールをしげしげと眺めながら
そんな言葉を漏らしている。
ひとしきり湯気が落ち着いた頃合いで中身を取り出した白山は、ナイフで包装を切り開ける。
初めて立ちのぼる食品の匂いと、外観からは分からない鮮やかさにクローシュが驚き、フェリルは足に缶馬をはめたまま、珍しい食事に待ちきれない様子だ。
オーケンは、プラスチック製の先割れスプーンを珍しそうに眺めている。
木の椀に盛られたコンビーフベジタブルのスープも、各人に配られ一風変わった夕餉が始まる。
皆、慎重に口に運ぶと複雑な風味と野外で食べることを前提として、濃い目の味付けられた糧食に、どんどん食が進む。
白山が、これは軍の糧食だと伝えると一番驚いていたのはオーケンだった。
この時代、騎士団や軍が行動する時は、黒パンと具の少ないスープ。
まれにリンゴやチーズの欠片、戦闘前にコップ1杯のワインがあれば上等な部類だとオーケンが語る。
そうすると白山が炊事車が部隊に追従して長期の作戦では温かい食事を供すると聞かせるとそんな軍隊があるのか!
と驚き、クローシュは炊事車が作れないかと、真剣に考え始める。
そんな、和やかな食事が続きフェリルが船を漕ぎ始めると、自然に今後の話が始まった。
馬車にフェリルを寝かせた後、クローシュは蔓で編まれた籠と陶器で出来た瓶を持って焚き火の側に戻ってきた。
聞けば、昔から世話になった村に品物を卸した後、特産のワインを仕入れてきたとの事だった。
商品用の樽とは別に、個人的にと一瓶受け取っていた物だという。
白山は、この状況下でアルコールを口にして良いかどうか一瞬ためらったが、ここで断っても利はないと思い少しだけ貰う事にした。
添加物が一切入っていない無農薬のワインは、現代のワインの味が基礎になっている白山からすると鮮烈な味だった。
野外で安全が確保されていない状況でなければ、ゆっくりと味わいたい程の上物だった。
最初に話し始めたのは、オーケンだった。
「俺は、明日出発しようと思う。何しろ長い旅になりそうだからな」
王都の方向を眺めながら、オーケンはつぶやく。
「私も、そろそろ出発しようと思います。ホワイト様も宜しければご一緒なさいますか?」
不意に話を振られた白山は、ワインから意識をクローシュに向ける。
「出来ればそうしたいが、とんでもなく目立つシロモノを抱えているんで、出来れば目立ちたくはない」
そう答えた白山に不思議そうな顔を向けるクローシュは、白山の背嚢に目を向けたが、結局わからず白山に尋ねる。
「確かに格好は目立つかもしれませんが、どこかで服を替えればそれほど目立つとは……」
そう話したクローシュに、少し笑った白山は答える。
「鉄で出来ていて、引く馬もなく動く馬車があるとしたら信じられるか?」
ああ、と得心した表情を浮かべるクローシュと想像がつかないのか怪訝そうな顔をするオーケンを見ながら白山は続ける。
「大切な荷物があるからな。それをこの森に置いていく訳にはいかない。
それに、見慣れない乗り物で街道を走ったら、辿り着く前に大変な目に遭うだろう」
「確かに街道沿いは今、国王陛下の会談で警備が強化されていますから、目立つのは好ましくありませんね」
そう、話しながらクローシュはオーケンをチラリと見て考え込んだ。
「馬車の存在は、信じられるのか?」
そう尋ねる白山に、呆れた様子でクローシュは肩をすくめる。
「見た事もない武器に、大変珍しい食事。もう、何があっても驚きませんよ」
その様子を見た白山は、苦笑しながら明朝には見せると2人に説明する。
ひとしきり笑いあった男達は、王都までの道のりについて話し始める。
王都であるレイクシティまでは、馬車5日の道のりだそうだ。
馬車の平均時速を15kmとして、ざっと4~500kmだろうか。
備蓄の燃料をある程度消費するが、今の積載燃料でも十分到達可能だ。
羊皮紙に描かれた地図を焚き火の近くに広げ、詳しい道のりを説明するクローシュに白山は胸元から一枚の
紙を取り出し、細い枝の先で港町の位置を示して、2枚を比較し始める。
クローシュは紙の質に驚き、そこに写し出された画像の鮮明さにまた驚いていた。
「もう、驚かないんじゃなかったのか?」
意地悪く聞いた白山に、クローシュは両手を上げて降参を示した後、羊皮紙の地図で港町を示し、次の集落までのおおよその日数や場所、街道の難所を挙げて白山に示す。
ノートにそうした地点を詳しく記載した白山は、人目を避けて夜間に王都近くまで到達するのは問題ないと考える。
「王都の近郊に、馬車程度の大きさの物を、安全に置いておける場所はどこかに無いか?」
少し、考えた後クローシュは地面に枝で図形を書き始める。
「レイクシティは、その名の通り北に大きな湖があり、その南に王城と城下町が広がっています。
そこから、馬車で半日ほど南に下った所に小さな街があります。その街の東の外れに屋敷があります。
私の別邸ですので、そこでしたら人目を避ける事が出来るかと思います」
「分かった。支度をしてこちらも出発しよう、7日か8日ほどの後、世話になると思う」
少し考えて、クローシュの力を借りる以外、現状では王都近くで車両を隠匿は難しいかもしれない。
そう思った白山は、今の限りあるコネクションとしてクローシュを信じることにした。
「屋敷にはどうやってつなぎを取ればいい?」
白山が聞くと、クローシュは少し考えてこう答える。
「朝にお渡しした証書を屋敷の者に見せて下さい。帰り道、王都へ戻る前に別邸に立ち寄り、事情を伝えておきます」
大きく頷いた白山は、『街の周辺偵察』とメモに書き込む。
この世界の夜は、街頭もなければ娯楽も少なく陽の光を有効に使うため、夜は早めに眠ることが多い。
早々に床につく事になった3人は、焚き火の側でめいめいが横になる。
オーケンの話では、この森の周辺には危険な獣は少なく、火さえ絶やさなければ問題ないと言う事だ。
内心、モンスターや魔獣が存在していないか気になっていた白山は、安堵すると同時に見てみたかったと少し残念に思っていた。
ただし、不意の接近者や襲撃に備えて白山は念のため、動体センサーを設置する。
コンソールにイヤホンをつなぎ耳に差し込む。
ロールマットを地面に敷き、背嚢を背にしてM4を抱くと、簡素な寝支度は整った。
夕暮れ頃に、フェリルが手伝って集めた薪の中から、太めの枝を焚き火にくべるとストールのフードを被る。
10cm以上ある太さの枯れ木は、長く燃えてくれるだろう。
久々のアルコールもあり、少し先が見えた安堵感からか、すぐに眠気がやってくる。
白山の異世界での生活2日目は、こうしてゆっくりと暮れていった。
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その日の夜は、何事も無く無事に空が白み始める。
夜のうちに何度か目覚めた白山は、その都度火を確認して薪をくべ、周囲を見渡して横になっていた。
熟睡と快眠とは行かないが、そこそこ睡眠はとれただろう。
途中、クローシュが用を足しに行き、センサーが反応するアクシデントはあったが……
まだ、クローシュやオーケンは寝息が聞こえるが、白山は2人を起こさないように用を足しに行き、帰りがけ木のコップに水を汲み冷たいコーヒーを作ると、昇りゆく朝日を眺めていた。
朝もやに上る太陽は、手つかずの自然の美しさを白山に魅せ、一瞬どこかリゾートに来ているのではと錯覚させる。
そうこうしているうちに、各々起き出してきた。
フェリルは、馬車から干し肉や黒パンを持って手際よく朝食の支度を始めていた。
白山はその様子を見ながら、このくらいの年の子なら、日本では火の起こし方もロクに知らないだろう事を考えると、環境は人を変えるとふと思ってしまった。
その間に、馬車の支度を整えクローシュは出発の支度をしている。
フェリルが朝食の支度をしてくれている間、白山はオーケンの傷の具合を確かめる。
吸収糸を使用しているので抜糸は考えなくても良いが、若干炎症気味の患部に抗生物質の軟膏を塗り包帯を巻いてやる。
もう2~3日したら、徐々に肩を動かせとオーケンに伝えると、昨日の傷なのにだいぶ楽になったと驚いていた。
簡素な朝食を終えると、白山は立ち上がり少し待っていてくれと、クローシュに伝える。
少しして、クローシュは昨日の『馬車』の話だと思いだしたのか、「わかりました」とやや興奮した表情で伝えた。
背嚢を馬車の傍らに置いて来た白山は、M4を片手に朝の運動とばかりに小走りで森の中に入って行く。
程なくして、高機動車に辿り着いた白山はクレイモアとセンサー類を回収し、手早くバラキューを撤収する。
動体センサーのログには、車両に接近した形跡はなく始動前の点検でも車両に異常は見られず、エンジンを始動させた白山は牽引車の角度を巧みに変えながら、バックで森の中から脱出する。
草原に出た高機動車は、その大きな馬力で軽快にスピードを上げると、あっという間に馬車が見える位置まで進んでいった。
その遠雷にも似た低い唸りは徐々に大きくなり、角ばった緑色の威容は、見る者を圧倒した。
クローシュなどは、昨夜驚かないと言っていたが、片付ける途中の鍋を地面に落としあんぐりと口を開けていた…………
ご意見ご感想お待ちしております。
ちなみに、皮膚縫合は強度が必要なので、吸収糸は使われません。
リアリティを考えて書いていますが、進行の都合で所々、色々と脚色してあります。