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撤退と歓声と恐怖心


 撤退戦は後退と戦闘という相反する要素を巧く組み合わせなければならず、死傷率や難易度が高い。

まして追いかけてくるのが脚の早い騎兵隊で、しかも倍近い戦力差がある。


 本来ならば無謀とも言える作戦なのだが、創意工夫によって王国軍はその不利を跳ね除ける。

橋を焼き落として時間を稼ぐと、撤退の最中に点々とバリケードや拒馬を置き、騎兵の機動力を削いでゆく。

足の遅い歩兵は馬車に詰めて後方の陣地に送り、罠の設置は騎兵が担当する事で敵に遭遇する事なく、撤退していった。



 そして、三段に分けられた防御陣地の中間地点、皇国の騎兵を迎え撃つもう一つの要衝となったこの陣地は、慌ただしさに包まれている。

歩兵を載せた最後の馬車が通過し、チラホラと後続の騎兵も到着し始める。



 殿に白山とリオンを載せた高機動車が後方を警戒しながら、低速で街道を進んで来た。

初めて高機動車を見た兵達は、驚きの声を上げその運転席に白山の姿を見つけると姿勢を正したり手を挙げて出迎えてくれる。


その姿は徐々に伝播し、兵達は歓声と手に持った武器を掲げて白山達を出迎えはじめる。

奥に設えられた幕舎からゴーシュ連隊長が姿を現して、白山に何かジェスチャーを送った。


それは、兵に声をかけてやれとその手振りが主張しており、それを見た白山は柄じゃないと思うが、大きな歓声を無視する事も出来なかった。


やや気恥ずかしくもその歓迎を受けながら、陣地の最前線に車両を停めた白山は後部座席に移り、周囲の兵に檄を飛ばす。



「橋では見事な戦いだった! 倍以上の敵を相手に果敢に戦い……

そして無事にここまで皆は辿り着いた! 敵に多大な損害を与えながらだ! 」


そこで話を切った白山は、周囲の兵が上げる歓声が静まるのを待ってから再び口を開く。


「だが、敵も先の戦いで我々のやり方を学んだはずだ! 気を引き締めろ!

全員で、生きて故郷に戻るんだ! 」



 その言葉に一際高い歓声が上がり、白山は荷台を下りた。



 そのまま座席にドサリと腰を下ろした白山は、久しぶりに味わう戦場の疲労感に大きく息を吐きだす。

気づけば太陽は登り切っており、アドレナリンの急速な分解からくる震えや疲労感が、白山に重くのしかかってくる。


 すると、リオンがチョコレートバーと、兵達の炊事場から分けてもらったお湯で淹れた、熱く甘い紅茶を白山に手渡す。

礼を言って紅茶を両手で包むように受け取った白山は、ゆっくりと紅茶を味わう。



 腹の内側から温まる実感に心地よさを感じながら、少しだけ体を休めた白山は、次の襲撃に備えて、武器の整備と弾薬の補充を行う。

封鎖のタイミングがあり、少ない携行弾薬でここまで進んできた白山は、ダンプポーチから取り出した弾倉を点検しつつ、弾薬箱から弾薬を弾倉に込めてゆく。


残り少なくなった弾薬箱から手榴弾を引っ張り出し、弾を込めた弾倉をチェストリグに収めるとようやく人心地つく。

普段は少しでも軽くしたいと願う弾薬も、この状況では一発でも多く携行したいと思わせる程、彼我の数の差は大きい……



 重くなった装備に少しだけ安心感を抱きながらも、絡まりつつある疲労感と眠気の糸を解きほぐしながら、次の一手を考える。

この陣地の周辺はしっかりと構築された、キルゾーンになっている。

しかし、それだけでは敵の侵攻を止められるかといえば、勝負は五分五分だった。


 白山は地図を睨み、漏れや抜け敵の意図を再度考え直す。

今の地点は国境線から少し皇国に入った所で、北の方角がゆるやかな丘。 そして南側が傾斜という地形だ。

つまりは左肩上がりの斜面に街道は通っている。

そして街道の左右は斜面に木々が立ち並び、森になっている。

この森を抜け国境を超えると、王国の国境砦が控えており、この場所は旅人達からは、通称 国境の森と呼ばれていた。



 無論、森の中は板や丸太を立ち木に結びつけたり、縄を張るなど要所要所でその通行を阻害してある。

前哨線として、単弓隊と斥候隊からなる部隊を配置しており、皇国軍の接近を警戒させていた。



 橋を焼き落としているので、皇国軍がこちらに到達するまでもう少し時間的余裕が有るだろう。

それに、川の増水が渡河を困難にしている事も、こちらへ有利に働いてくれる。


だが、それだけに楽観視せず、常に最悪を想定しなければならない。


じっと地図を見つめる白山は、幾つかの修正点と自身が成すべき対策をじっくりと考えていった……



**************



 皇国軍の騎馬隊と砦の守備隊は、被った自軍の損害と寡兵と高をくくっていた王国兵に、さしたる損害を与えられなかった事実に憤然としていた。

白山が放った発煙手榴弾の煙が晴れ、障害を乗り越えて橋に到達した時には既に王国軍の姿は跡形もなく消えていたのだ。


生樹の枝や川の水を用いて、ようやく橋の消火を終えた頃には、昼を既に回っており対応は後手に回っている。

幸いだったのは王国軍が放火した橋は、床板が部分的に燃えただけで消し止められ、敷板を並べるだけで通行可能になった事だろう。



 しかし、ここに来て将官達の意見は割れていた。


「時間を置かずにこのまま追撃に移るべきだ! 策を弄して正面戦闘を避けるのは寡兵だからであり、いずれすり潰せる」


「いや、奇襲の意味が失われたのだ。 一度、砦に戻り策を練り直すべきだ!」


「昨夜までの襲撃で使われた未知の脅威が、王国軍の仕業であるのがハッキリしたのだ。 あれを相手にするのは不味い」



 簡素な幕舎の中で地図を広げて議論する将官達は、意見がまとまらず次第にヒートアップしてゆく。

口を閉じ黙ってその議論を聞きながら、地図に視線を落としていた騎兵隊長は黙考を巡らす。



 未知の攻撃…… 固い防御。 恐らく、いや確実にこの先の街道にもそうした策が施してあるだろう。

真っ直ぐに街道を進むのが吉かどうか…… 


様々な選択肢を検討し、比較してゆく。

そして、議論が白熱し声が大きくなり始めた時、ゆっくりと騎兵隊長が口を開いた。



「歩兵を前に出す。 砦の包囲に向ける人員を早急にこちらへ割り振って、増強し障害を排除して進む……」


そう言うと、士官が即座に伝令を走らせ明日の砦攻略に向けて準備中の歩兵隊にその旨を連絡させる。


「奴等はどんな手段かは知らないが、騎兵の存在を知っていた。

ならばこちらは、その存在を逆手に取る。


国境の関所さえ超えてしまえば、あとは平原だ。どうとでもなるだろう……」



 じっと地図を睨んでいた騎馬隊長は、敢えて正攻法を選んでいた。

川沿いの平地を迂回する手法もあったが、王国軍が南下してきた場合挟撃される恐れがある。


北側からの迂回は砦の兵に発見される恐れがある。

いずれにしろ、邪魔な国境周辺の部隊は潰さねばならない。


「出発は今夜だ。 砦の兵達には警戒と街道の障害物の撤去を頼みたい……」


 夜襲の混乱状況は防御側にとって、防衛線全体の情況を見渡す事が難しく突破が容易になる。

これまでの意趣返しという意味も含め、騎兵隊長は夜襲を選択する。

主導権を取り戻し、一気呵成にモルガーナを落とす事に注力するのだ。



 その方針が伝えられると、にわかに幕陣越しに部隊が活気づくのが聞こえてくる。

ここまでいいようにやられ続けた皇国軍は、反攻の機会に色めき立った。


しかし、末端の兵達の心の奥底には未だ昨夜の恐怖が居着いている。

口では威勢のいい言葉を仲間に吐きながらも、どこか不安が拭い切れないでいた。



 そんな兵の様子に気づかず、手強い相手を前に敵愾心を募らせる騎兵隊長は、作戦に向けて慌ただしい幕舎の中から出る。

外の空気を吸い、邪魔な包帯をむしりとった騎兵隊長は、歪んだ口元を釣り上げると王国の方向を向き鋭い視線を投げかけていった……



**************



 連隊長付きの兵士が白山達へ、少し早い夕食を運んできてくれた。

お世辞にも豪華とはいえない野戦食だったが、久しぶりに口にした温かいスープとパンはこの上なく美味だった。


荷台で食事を済ませ、交代で休息をとった白山とリオンは、幾分回復した体力に安堵しながらも、適度な緊張感を保つ。


 バードアイの画像では、皇国軍は橋の袂からまだ動こうとしていない。

それでも隊伍を整え、着々と出発の準備は完了しつつあるように見えた。



部隊や装備が整っているのならば、苦労はないのだが……



 白山は高機動車の後部座席にもたれかかり、早急に自分の部隊を育てなければならないと、考えていた。

この世界の人々のポテンシャルは、現代と比肩しても遜色が無い。

むしろ厳しい環境に置かれているだけあって、その能力や体力は優っている部分もある。


それに現代の戦術をミックスし、武器を供給できれば……


そう考えながら暮れつつある夕日に目を細め、白山は橋の方向に続く街道をぼんやりと眺めていた。



 動きがあったのは、夜の帳がおりて、森に囲まれた街道がすっかり暗くなった頃だった……

砦から出発した歩兵主体の皇国軍部隊が、街道をゆっくりと西進し始める。


IR(赤外線)画像の荒い画像だったが、おおよそ1000に近い数が騎兵に合流すべく橋に向け進軍を開始していた。

どうやら皇国軍もこちらの戦術を学び、対応策を考えてきたようだ……



だが、白山の存在を正確に把握していない皇国軍は、出発の段階で夜間攻撃が露見しているとは夢にも思わないだろう。


奥に引っ込んだ場所に立てられている幕舎に顔を出した白山は、ゴーシュ連隊長達に夜襲を伝えた……




 梟の鳴き声と虫の音が辺りに響き、街道が作る空の切れ間空は星が覗いている。

その中を篝火も焚かずに蠢く歩兵達は、出来るかぎり慎重に街道に設置された障害を取り除く。


金具や嘶きが響く騎兵は後方に下がり、歩兵がジワジワと前進してゆく。

日暮れから動き始めた皇国軍は、昼に歩けば三時間程といった距離に、ゆうに五時間近くの時間をかけ密かに迫っていった。



 既に時間は深夜を回り、漆黒の闇が周囲を満たし部隊の蠢きに虫達もその息を潜める。

森の中は木々のざわめきだけが、風に乗ってかすかに耳に届くだけだった……


バリケードにとりついた皇国兵は、既に何個目か分からない忌々しい障害をどかすべく、金てこで杭を外しにかかる。

その瞬間に、何かドサリという音が響き金てこを持った兵が周囲を訝しむ。



 誰かが暗がりで躓いたのだろうか?

そう思い顔を上げた瞬間、その兵士の額に小さな穴が空く……


少し離れて、鉄線を除去しようと奮戦していた兵が、何か周囲が静かな事に気づき小声で周囲に呼びかける。

しかし、その呼びかけに応える者は居なかった。



 白山とリオンは、夜襲が判明した段階で森に分け入り、皇国軍の眼前に進出していた。

そして皇国軍の露払いで先行する、小規模の部隊に襲撃をかけていたのだ……



単眼のナイトビジョンを目に当てて、森の中を音もなく進む白山とリオンは、幽霊のように静かに動いてゆく。


ゆっくりと街道に降り立った二人は、それぞれの区分に従って仕掛けを施す。



皇国の侵攻軍は、四千人に達する……



 これだけの大人数では如何に現代の最新装備を持つ白山でも、単独では太刀打ちも出来ない。

白山に出来る事は、如何に自軍に有利な情況を作り出すかという事だった。


 浅く掘った穴に、石とともに発煙手榴弾を埋める。

これで、白山の手持ちの発煙手榴弾は全て使い切ることになった……


そして、破片手榴弾をバリケードの下に仕掛けると、闇夜の幽霊は森に消えてゆく。


死体以外の一切の痕跡を残さずに……



 程なくして、露払いの部隊から一向に連絡が来ない事を不審に思った皇国軍は、部隊を進め様子を確認する。

その男はトラップワイヤーを引っ掛ける。


石の下から突然吹き出した煙に驚いた皇国兵は、悲鳴を上げる。


無理もない……

昨夜まで散々この煙がもたらす、悪魔のような惨劇に悩まされてきたのだ。



 悲鳴を上げて本隊に逃げ帰った兵達は、煙が吹き出したと指揮官に伝え、今度は人数を増やしておずおずとバリケードに近づく。

風が草を揺らす音にも怯え、作業の手を止めて辺りをうかがう。


少し離れてその様子を観察していた白山は、これで相手の士気や進行速度は大幅に落ちるだろうとほくそ笑む。



 そして、バリケードに近づいた皇国兵は、仲間の死体に驚き小さく悲鳴を上げるが、それでも踏みとどまり仲間の死体をどけてバリケードを撤去にかかる。

杭を外してバリケードを持ち上げた瞬間、安全レバーがはじけ飛び、ドン! と大きな爆発音が鳴り響く。


その爆発は、周囲に破片をまき散らし皇国兵を殺傷している。

そこかしこで響く悲鳴と呻き声、そして飛んできた何かの破片に、様子をうかがっていた後続の兵に大きな動揺が走る。



 その様子を見た白山は、自軍の陣地に向けてゆっくりと引き返してゆく。

このペースならば、決戦は夜明けになるだろう……


他のバリケードに手榴弾を仕掛けたリオンと合流した白山は、そう考えながら速度を上げ陣地へと戻っていった……



ご意見、ご感想お待ちしておりますm(__)m

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