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歩兵と騎兵と煙の恐怖

 陣地の正面に歩み出た白山とゴーシュは、馬に跨ってこちらを睨む砦の守備隊長へ声を張り上げる。


「第三軍団 団長代理である ホワイトという者だ!

そちらこそ、砦に詰める侵攻軍の目論みは既に露見している。

これを引き上げなければ、こちらとしても相応の対処を取る用意がある。

この陣は、その防衛のためにやむなく敷いたものだ! 」


その言葉に守備隊長は、王国にも頭の回る軍人がいたかと考える。

戦に関しては王国の軍人は、それほど気骨のある者を見ていなかった守備隊長はそう思い直す。


「未確定の領土を何の相談もなく自領に組み込んだ、王国の所業こそが非難されるべき行いである。

皇国の戦はそれを取り戻す正当な行為であり、何ら非難されるものではない!


更に言えば、この橋は代々皇国の管理下にある領土である。 早々に立ち去れ!」



「城壁もない交易都市へ攻め入るのが皇国の正道であるというのならば、尚更我々はこの陣を退く訳にはいかん!

皇国の行いは、無辜な市井の民への暴虐である。


我々には虐げられる弱者を、見捨てるという選択肢はない!」



そう言った白山の言葉に自軍の中で喝采が起こり、それは雄叫びのような鬨となって、空気を揺らす。


「良かろう!ならば、ここからは剣にて語るのみ!」


そう言って、悠々と引き上げる守備隊長は久々に訪れた戦い甲斐のある相手に、ニヤリと口元を歪める。


 大声をはりあげた白山は、チラリと横目でゴーシュと目を合わせ僅かに頷きあう。

そして、周囲に居る兵に声をかける。


「仲間を信じろ! 俺達は絶対に勝てる! 」



 その言葉に、また陣地の雄叫びが大きくなる。

すると、それに負けじと皇国側の兵からも大きな声が上がり、ゆっくりと大きな兵のうねりが陣地に向かって進み始める。



「各陣地は配置を確認しろ!」


 やや上ずった声で、現場を取り仕切る兵長が号令をかける。

雄叫びと共に殺到してくる砦の歩兵達は、剣や槍を手におおよその隊形を維持したままこちらに接近してくる。

人の波とでも言うべきその迫力は圧力となり、兵が持つ殺気が塊となって陣地にぶつかり、ビリビリとバリケードの鉄線を揺らした。


 徐ろにM4の弾倉を引き抜き、残弾を確認した白山はスルリと射撃姿勢を取る。

バリケード越しに迫り来る敵兵に照準を合わせ、躊躇いもなくトリガーを引き絞った。


 パシン!という破裂音とボルトが動作する音が、怒号の中にまじり黄金色の薬莢が、硝煙とともに吐き出される。

連続して射撃を繰り返す白山の弾丸は、確実に前線の兵士を屠る。



 走り始めた兵達は銃弾を受けると前のめりに倒れ、それに躓いて数人が巻き込まれる。

突撃の勢いが崩れ、隊形が歪になる。


銃を僅かに下げて、視線を確保した白山は標的を探る……


 周囲に見える指揮官らしき装備の人間を、二百から三百メートルの間で発見次第銃撃を加えた。

途端に兵達に動揺が走り、陣形が更に崩れてまとまりなくこちらに向かうだけになる。


「陣形は崩れた! 個別に迎え撃て!」


白山の射撃を目の当たりにした兵達から、歓声と応答の雄叫びが上がる。



そうして、陣地に皇国軍が取り付き、戦端が開かれる。


 バリケードの隙間から突き入れられた槍が、皇国軍の最前線の兵達を貫く。

後方の陣地に控える単弓を持った弓兵が陣地から身を踊りだして矢を直射で撃ち込んでゆく。


 皇国軍も陣地を抜けて乱戦に持ち込もうと、バーリケードを破壊にかかるが、剣を当ててもたわみ、切れる事のない針金に苦戦する。

そして、バリケードに取り付いた皇国兵は忽ちに突かれるか射られ、バタバタと地に倒れてゆく。



 一部の軍勢は陣地の側面を迂回しようと森に入るが、そこにも針金や縄がそこかしこに張られ、行く手を遮る。

そうしているうちに、後方に控える長弓を持った部隊に射掛けられてしまう。



 前線の陣地より少し下がった場所で陣地に入り込んだ白山は、そこから単発で脅威度の高い敵兵を選択しながら銃撃を加えていた。

ハンドガードから青白い煙が昇り、銃身が加熱される。


そこへ伝令兵が飛び込んでくる……


「敵兵、退いて行きます!」


 皇国軍の主力後方から矢が放たれ、陣地に降り注ぐ。

しかし、土のうで囲まれた陣地に頭を引っ込め頭上を盾で防護する王国軍にはさしたる被害を与えられない。


それでもその間隙を突き角笛の合図で、潮が引くように陣地に当たっていた歩兵が退いてゆく……


「陣地の補修と、負傷者の後送を急がせろ!」



 白山は短くそう伝令に伝えると、当初の位置まで下がりつつある敵軍を眺め、そして自軍の最前線に目を移す。

五十人ほどの皇国軍の兵がバリケードの前に転がり、うめき声が風に乗ってチラホラと聞こえてくる。


 自軍でも幾人かの負傷者が発生しており、仲間に担がれて後方に下がっていく。

それでも最初の一撃を掻い潜った自信からか、王国兵の士気は依然高いままだ。

これが部隊がぶつかるだけの正面戦闘であれば、甚大な被害が発生していただろう……


 その一方で、見かけよりも高い陣地の固さに動揺が広がっているのか、皇国軍の動きは鈍かった。


 にらみ合いは数十分にも及び、その間にやれるだけの補修作業や負傷者の搬出は終わっている。

白山も水筒から一口水を飲み、兵長にそれを回した。


礼を言って水筒を受け取った兵長は、乾ききった喉を潤すと白山と共に正面を見据える。


はるか後方に見える砦周辺に土煙が見え始めている。

おそらく騎馬隊がまもなく到着すると思われた。



ようやく本命が出てきたようだ……



 白山は自軍の兵を見る。

最初の敵を撃退できた事で士気が上がっている。

これならば騎馬隊の突進力にも、ある程度持ちこたえられる……


そう思った白山は、騎馬隊の第一波を凌いでからが本番だと気を引き締めた。



「リオン、先に後退して車両の準備をしてくれ……」



 無線にそう告げると、「了解……」と短い声が聞こえる。

リオンも戦闘モードに入っているのだろう。いつもの冷たく澄んだ声が無線から返ってきた。

後方で待機していたリオンは、素早く立ち上がるとチラリと白山の陣地を一瞥すると後方に駆け出す。



 白山が後ろを振り返ると、橋を渡るリオンの姿が見える……

その姿に少し安堵し、それから自身が後退するルートを確認した白山は、正面に視線を戻した。


 六百メートルほど離れた敵陣には、先頭を奔る騎兵が到達しつつあり、敵の規模はどんどんと膨らんでいる。

後方に向けて敵の陣形が厚くなり、騎馬の持つ威容が否応なしに圧力となり空気を伝わって来る。


そして二千の騎馬隊に飲み込まれるようにして、砦の守備隊が後方に消えた。


 陣容が整い、一瞬だけ静寂が訪れる……

それは心理的なものなのか、それとも物理的に訪れる静寂か…… はたまたその両者なのか。



先頭に立つ騎馬がゆっくりと皇国の旗を手に先頭に移動する。


掲げられた旗がゆっくりと前に倒される……



 次の瞬間、怒号、地響き、空気の振動 およそ形容の難しい衝撃力が爆発し、陣地に向け津波のように迫ってくる。


「弓隊! 二段で斉射…… 引きつけろ!」


 樽に入れられた矢を慌ただしく掴み、ギリギリと引き絞る様子が背後で感じられる。

やや上ずった兵長の声は、それでも兵達に統制をもたらし、緊張の中でも部隊は能動的に動き続ける。


「放て! 次、放て!」



 長弓、そして単弓から飛び立った矢が、まるでムクドリの群れのように空へ放たれた。

その矢雨は緩やかに放物線を描き、騎馬の群れの中に吸い込まれてゆく。


 バタバタと騎兵が倒れるが、それでも突進は止まらない。

馬蹄が織りなす地響きと空気の振動が徐々に大きくなり、見かけ以上に迫り来る騎馬の姿が大きく兵達の目に映った。

ある兵士は槍を握る手に力を込め、ある兵は壕の内側で膝を抱え年かさの兵がそれを叱責する。


誰もが騎兵の突進に蹂躙される恐怖心に呑まれそうな時だった……



 徐ろに白山は手元のスイッチに手を伸ばす。

タイミングを見計らいそれを叩くように操作した直後、派手な爆炎と共に雷鳴の様な大音響が周囲に響き渡った。


 最後の信管と少量の燃料、そして僅かに残ったC4 プラスチック爆薬を組み合わせたそれは、見かけの割にそれほどの殺傷力は持ち合わせていない。

しかし、それでも先日までの奇襲で恐怖心を植え付けられている皇国軍の突進力を鈍らせるには十分な効果を発揮する。


爆発を確認して壕から身を躍らせた白山は、M4を撃ちながら声を上げる。


「勢いが止まった! 弓隊、畳み掛けろっ!」



 突然の爆発に、一瞬呆然としていた陣地の兵達は、その声で我に返り再び黒いうねりが空に舞い上がる。

そして最初の障害である針金の柵に騎馬達がぶつかる派手な音が響き渡った。


 巧く柵を飛び越えた騎兵も、足を停めた瞬間に短弓の餌食となり、倒れた柵の隙間から雪崩れ込んできた騎兵達も、今度はバリケードに阻まれ槍が仕留めてゆく。

しかし、馬上で振るわれる戦斧や剣の衝撃で、次第にバリケードは綻び、少しづつ崩れてくる。



「兵長! そろそろ頃合いだ! 合図を出せ!」


白山はそう叫ぶと崩れかけていたバリケード周辺の騎兵に、単発で正確な射撃を送り込む。



兵長は白山のその叫びに、的確に反応を示し声を上げる。


「長弓隊、射掛けろ! 単弓隊は準備を開始! 」


 その合図で長弓隊は援護のために斉射を始め、陣地に潜んでいた単弓隊は街道に飛び出し、前後二列へと隊列を組み直す。

その腰には、樽から引っ掴んできた矢がぎっしりと詰まっている。



 それを見た兵長は白山と視線を交わす。

無言で頷いた白山は、M4に新しい弾倉を叩きこむと、ボルトを前進させる。


 さっと、手を上げた兵長の合図で角笛が複数の場所で吹き鳴らされ、それを合図に前線で戦っていた兵達は自分の壕にさっと身を潜める。


「放て!」


 その瞬間、単弓から繰り出される矢が直射で騎兵に殺到する。

騎乗の兵士は高さがあり、尚且つ陣地に掘られた壕へ退避している王国兵達の頭上を飛び越え前線の騎兵に襲いかかった。


 そして、二度目の角笛が吹き鳴らされる。

その音で壕を飛び出した最前線の歩兵達は、左右に別れて後方へと駆け出す。

その間にこれまで射撃をしていた単弓兵達が後方へと下がり、その後ろに控えていた兵達が、また直射を前線に向けて放っていった。



 交互躍進を応用した白山の撤退戦術は見事に単弓でも、その威力を発揮していた。

後方の橋までは、移動の目安と矢の補充に使う樽が置かれており、その火力を途切れさせることが無いように工夫され撤退を支援する。


 短時間でここまでの練度を出せたのは、白山の意図をしっかりと把握し、訓練を行ったゴーシュの手腕だろう。

単弓隊と共に撤退を繰り返す白山は、大部分の歩兵が撤退できた事を確認すると腰のポーチから発煙手榴弾を取り出す。


二発を思い切り遠くに投げた白山は、ようやく橋に向かい全力で後方へ駆け出していった……



 橋の袂では、撤退した歩兵が最後に残っているバリケードを移動させ、橋の封鎖を準備している。

白山は本来ならば橋を爆破したかったが、予想以上に橋の構造が頑丈で手持ちの資機材では難しいと判断していた。

爆薬が十分にあれば、それも可能だったのだが今あるもので工夫するしかない。


 単弓隊の最後尾がようやく橋を渡り始めた。

敵の騎兵は発煙手榴弾の煙がまるで毒であるかのように、接近を躊躇っている。


 それもそのはずで、白山が投げた二発は紫と赤という毒々しい色を本体から吐出していた。

更に言えば、皇国軍には煙に対する恐怖感が昨夜までに十分刷り込まれている。突入を躊躇うのも無理はない……


その様子に少しだけ同情を覚えながらも、白山は味方の撤退を促す。



 最後の兵が撤退したのを確認すると、白山と数人の勇気ある歩兵達が最後尾についた。

バリケードを封鎖して皇国軍が橋を渡る時間を遅らせる措置を行う。


 隙間を塞ぎ、杭にバリケードを固定し針金で締め上げる。

その様子を横目で確認しながら白山は時折、散発的にM4で姿の見えた敵の騎兵を打ち倒してゆく。


「準備完了! 」


 半ば叫び声に近い報告に、「了解!」と言葉短く応えた白山は、最後まで残っていた兵達を先に行かせると、ポーチの中から獲物を取り出す。


 ピンを抜いて更に二発、投擲した白山は兵達の後を追い、橋の上を走る。

直後に ドン! と、腹に響く爆発音が鳴り響き、それに驚いた馬の嘶きが周囲に響き渡った。


 橋の入口を隠す発煙手榴弾と同時に、心理的な効果を狙い白山はスタングレネードを放り投げていたのだ。

昨夜の襲撃で、榴弾が破裂する音に似たスタングレネードの炸裂音は、皇国兵の足を止めるには十分な心理効果をもたらす。



 轟々と流れる川の流れを見ながら、仕掛けをくぐり対岸を目指す。

そろそろ最初の発煙手榴弾の煙が流れて、皇国軍の連中も視界が効き始めるだろう。


所々に積まれた木材と、よく乾いた飼葉に壺が置かれている。

白山が渡り終えると同時に、ゴーシュのよく通る号令がかけられた。


「射掛けろ!」


その声と同時に橋に向けて数十本の火矢が放たれる。


 飼葉に突き刺さった火矢は油の入った壺を巻き込み、盛大な炎が橋の随所で上がり始める。

橋は瞬く間に炎に包まれ燃え始めた。


 その行方を確かめる事なく、王国軍は撤退を開始する。

渡河して攻め入るならば迎え撃つという確固たる信念を胸に秘めながら…………






ご意見、ご感想お待ちしておりますm(__)m

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