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仕掛けと軍議と士気と口上


 「急げ! モタモタするな!」


 指揮官の声が森に囲まれた街道の中で響く。

白山が制圧した橋の東側に、陣地を構築する為だ。


馬から外された荷車が人力で橋の方向に押されてゆく。

その上には、木製の三角形をした奇妙な物体が、重ねられて積み込まれている。



 その正体は、丸太と針金でこしらえた簡易バリケードだった。

白山は当初、鉄条網や有刺鉄線を作成できないかと考えていたが、機械製造技術がない状態では大量生産は望めない。

その為代替案として、針金でバリケードを作らせていた。


三角形の枠に針金を縦横に張ったバリケードは、軽く容易に運搬が出来る。

まずは騎馬隊の突進力を如何に減じるかを第一に考えなければならない……



素早く設置でき、連結が容易これで騎兵の突破力を減らし打撃を与えるのだ。


同じように針金と杭で柵を作り、敵兵の迂回を予防する。

周囲の森にも針金や縄を用いて、侵入を防ぐ手立てを幾重にも張ってゆく。



その他にも、布袋で作られた土のうが半円形に積み上げられ、その後ろは浅い穴が掘られる。


あらかじめ図面を頭に叩き込み訓練で反復した通り、スムーズに陣地構築が進んでゆく。

雨が降りしきり視界が悪い中でも、周囲がすっかり明るくなった頃、橋の皇国側に陣地は完成する。


川の流れは雨の影響で増水し、土色の濁流が轟々と音を立てて流れており、その音が緊張を誘う。


橋の向こうにも同様の陣地が設けられており、そこにも兵達が詰めておりこれから始まる戦に表情を固くさせていた。



「陣地の作成が完了致しました……」


副官の言葉にゴーシュはゆっくりと頷き、厳しい視線で皇国の方向を眺めた。


いつしか雨は上がり、厚い雲の切れ間から陽光が大地に差し始める……



 いよいよ戦いが始まる。

ゴーシュは兵達に、交代で食事と休息を取るように指示を出す。


疲れていては存分に力を発揮できなくなる。

喉を通らなくても、食べられる時に食べ、眠れる時に眠っておかなければ、兵士の仕事は務まらない……



 ちょうどその頃、白山は高機動車を回収し橋の後方へ下がっていた。

外傷パックを使いリオンの傷の手当をしてから、早朝に食べそこねた朝食を摂っていた。

幸いリオンの傷は浅く、心配していた脳への障害は今の所見られない。


この世界の医療水準では、脳内の出血などは手の施しようがないだろう……

経過観察の必要はあるが白山は、ほっと胸を撫で下ろす。



あとは、戦局がどう動くか……

そろそろ皇国の砦でも、こちらの陣地の様子が見えている頃だろう。


やるべき事はやった……

ここからはより知恵を出し、より生き残りたいと考えている者が勝つ。


じっと、皇国の方向を見ながらプラスチックの先割れスプーンで、糧食を口に運びながらそんな事を白山は考えていた。


「少し休んで下さい…… 川を渡った分、ホワイト様の方が消耗しているんですから」


不意に近い距離から聞こえてきた柔らかい言葉に、白山は視線を転じる。

後頭部に包帯を巻いたリオンは、白い包帯をオリーブドラブ色の三角巾で包んで目立たなく纏めていた。


白山と同じように皇国の砦を眺めていたリオンは、白山に視線を向けると少しだけ微笑んだ。



 その表情に少しだけ肩の力を抜いた白山は、橋の袂での一件以来表情が豊かになったリオンに声をかける。


「本当に、大丈夫か?」


傷の具合と性格の変化に、もう一度具合を聞いた白山は、食べ終わったレトルトパウチをしまいながら尋ねる。


「だから、傷の具合は問題ありませんって……」


溜息を付くようにオーバーリアクションで肩を落とす仕草を見せ、ちょっと困ったようにリオンは苦笑した。

しかし、納得がいかない白山はリオンに負傷者は休めと言って譲らない。


そこまで言われて、リオンは少し考える仕草を見せてからゆっくりと呟いた。


「多分…… この性格が私の本当の内面なんだと思います。

橋で気絶から意識を回復するまでに、何か忘れていた大切なものを、思い出したような気がするんです」


表情は柔らかいが、真剣な視線を白山に投げかけリオンはそう言った……


「だから、大丈夫です…… ホワイト様から休んで下さい」



ぺしっと腕を叩かれた白山は、不承不承といった体で後部座席に移り、先に休む事にした。


『リオン変わったのか…… 俺は、どうなんだろうな…… 』


白山は後部座席に寝転び、覗き始めた青空を見ながら、宛のない問いかけを空にこぼしていた……



**************



 皇国のムヒカ砦は沈痛な雰囲気に包まれていた。

二日間に及ぶ襲撃で士気は大幅に低下し、先程ようやく負傷者の収容が終わった所だった。


「それで、どの程度の被害が出た?」


軍議室で顔をつき合わせる将官達の表情は一様に暗く、その中の一人が口を開く。


「昨夜は五一名が死亡 糧秣が馬車一四台分 負傷者は戦に耐えぬ者が一五〇を超えており、軽症者は数えきれません…… 」


「死者は今後も増えるでしょうな…… 瀕死の者や四肢を失った者が多く居る」



 死傷者の数もそうだが士気の低下が著しいと、誰かが述べる。

事実、明け方に鳴り響いた雷鳴に負傷者を放り投げ、我先にと砦へ殺到し、将棋倒しで無用な負傷者を出す始末だった……


騎馬隊の隊長が、憤怒をこらえながら口を開く……

その頭には包帯が巻かれ、薄っすらと血が滲んでいる。


「それで、敵の攻撃の正体は解ったのか?」


その言葉に、検分と負傷者の収容を行った兵長が答える。


「煙の正体は、何かの筒…… いや、花瓶のような金属から出たものだと分かりましたが、それ以外は皆目見当がつきません。

魔法なのか、それとも新型の兵器なのか…… 」


その言葉を聞いて隊長は、机に拳を叩きつける。


「これだけの打撃を受けながら、反撃はおろか敵の姿すら見えないとは、一体どうなっているんだ!」


水を打ったように静まった室内に、砦の守備隊長が声をかける。


「これだけの損害を受けて、侵攻はどうなさるおつもりかな……? 」


 少なからず損害を受けている砦の守備隊としても、進むか引くかハッキリと決断が欲しい所だ。

巡回の兵の戦死や少なくない物資の負担、それに通常の巡回業務にも支障が出ている。

砦の兵士は、純粋に防衛用で皇国では通常の軍とは切り離されているため、侵攻は軍の役目と高を括っていた。



その言葉を受け、隊長が声を荒げる。


「我々に、撤退の選択肢は無いのだよ!」


 徒に兵を消耗させ、戦端も開かないまま撤退となれば、軍の地位どころか自分の首も危うい……

その事はここに居る全員が分かっていた。


「部隊を出発させるのに、どのくらい時間が必要だ?」


副官にそう訪ねた隊長は、一瞬側頭部の傷が疼き、顔をしかめる。


「騎兵だけでしたら昼にでも出せます。 本来の作戦の通り歩兵を出すとすれば、早くて明日以降かと……


しかし…… 」


そこで話を切った副官は、少しだけ超えのトーンを落として口を開く。


「兵の数が足りません…… 死傷者は主に歩兵と輜重隊から発生しております。

千名が削られた状況で砦を攻めるのは、厳しいのではないかと」



その言葉を聞いた隊長は、少し思案すると砦の守備隊長に声をかける。


「砦の守備隊から幾らか兵を回せないか?」



そう提案された守備隊長は、首を横に振る。


「守備隊と皇国軍が別組織なのは、よく判っているだろう。

それに、皇都に無断で兵をそちらに回す事などできん! 」


そう言って断った守備隊長に、騎馬隊長が食い下がる。


「このままでは、貴様の首も危ういぞ……

何しろ城壁外の事とは言え安々と敵に入り込まれ、砦に到着した兵士に大きな被害が出ているのだからな」


その言葉に、唇を噛み締めた守備隊長は押し黙る。


そこに畳み掛けるように、騎馬隊長が声をかける。


「我々は、すでに一蓮托生なのだよ……

ここで黙っていれば良くて北の辺境か…… それに我々が死ねば、その責任は誰の首で賄う?


我々の策が当たれば、皇都へ返り咲く事も夢ではないんだぞ……? 」



その言葉に沈黙が流れ、やがて守備隊長が口を開いた。


「千人だけだ…… それ以上は出せん。 名目は侵入した賊の捜索だ」



吐き捨てるように言い放った守備隊長は、憤懣やるかたないといった体で立ち上がり軍議室を出ようとした時……



「緊急! 王国軍が街道沿いのアウネ川沿いに現れました!

橋を占拠して陣地らしきものを築いています。 数は約百!」



 息を切らせ軍議室に飛び込んできた伝令は、簡潔にそう述べると居並ぶ将官達の指示を待っているのかその場で呼吸を整えている。


ざわつく室内で最初に指示を飛ばしたのは、砦の守備隊長だった……


「すぐに兵を集めろ! ええい、橋の見張りは何をしているのだ!」


 予想外の王国の動きに戸惑いつつも、差し当たって橋の兵を排除しなければ、騎兵はモルガーナに雪崩れ込む事はできない。

そして、橋の警備は砦の管轄だったのだ……


ここで、むざむざ橋を落とされたとすれば、騎馬隊長が言うように責任は免れない。



「騎馬隊は、確実にモルガーナを占領できるのだろうな?」


その言葉に騎馬隊長は鼻を鳴らすと、当然のように言い放つ。


「無論だ。 明日の朝には占領してやる!」


「ならば、兵は一千預ける。好きに使え…… 俺はこれから橋を奪取してくる」


騎馬隊長の言葉を聞いた砦の守備隊長は、そう言い残すと橋を取り戻すべく部屋を出て行った……



「兵を準備させろ…… こちらも出発準備だ。 時間が惜しい急がせろ。

歩兵の指揮は貴様に任せる…… 」



副官を睨みそう言い残した騎馬隊長は、士気の下がった兵達に発破をかけるため、部屋を後にした。


こうして、皇国の侵攻は動き出した……




**************



「来ました! 百…… いや、二百ほどです!」


 前方で哨戒任務についていた斥候隊の兵士が、陣地に走り込んでくる。

その報告を聞いた瞬間、陣地の中では慌ただしく動きが始まった。


弓の入った樽を確認する者や、寝ていた同僚を蹴り起こす者。食べかけの硬いパンを慌てて口に押しこむ者……


その顔には、皆緊張と不安が入り交じっている。


「落ち着け! 訓練を思い出し自分の仕事を全うしろ!」


 兵長が各陣地に声をかけて、眼前の敵に集中させる。

そして、準備が終わったのか陣地の中は一様にシンと静まり返った……


遠方に土煙が見える。

数騎の騎馬に後は歩兵が中心の構成で、此方に速い速度で向かってくるのが陣地からも確認できた。

誰かがツバを飲み込み喉が上下する。 その音がまるで数キロ先まで聞こえるのではないかと思えるほど、周囲は静まり返っている。



 白山は橋の王国側へある高台に停めた高機動車の中で、双眼鏡を覗き込んでいた。

先程の伝令の声と陣地の慌ただしさから、動きがあったと判断して情況をじっくりと伺っている。


露払いなのか欺瞞かは判らないが、直接騎兵を当てるのではなく少数の歩兵が進出してきている。

徐々に近づきつつあるその姿を確認しながら、状況を分析していた。


「リオン、砦の様子はどうなってる?」


後部座席でタブレットを操作していたリオンは、バードアイのリアルタイム画像を見てその問に答える。


「騎馬隊は出発準備を急いでいるようです。 活発な動きが見えます。

歩兵は、鎧の種類から見て砦の兵が侵攻軍に合流して、作業を行っていますが、まだ動き出す気配は見えません」


幾分明るくなったリオンの声を聞いた白山は、こちらの陣地を見て予定が間に合わなかったのかと推測する。

いずれにしろ、迫り来る歩兵には対処しなければならない。


金属の軽鎧と槍や盾を手に、小走り程度の早さで此方に向かってくる皇国軍は、あと十五分程で到着するだろう。


『あの陣地構成なら十分防御可能だな……』


そう判断した白山は、本命の騎馬隊が来た時が勝負だと考えていた。



 双眼鏡から目を離した白山は、ふとこちらに近づいてくる見慣れた黒い顔に気づく。

わずかの手勢を連れたゴーシュ連隊長が、軽く手を挙げて歩み寄ってきた。



その顔には歴戦の余裕か経験なのか、気負いや緊張は見られない。

白山の側まで来たゴーシュは、徐ろに口を開く。


「ここからだと、敵の様子がよく見えるのう……」


そう言うと、意味ありげな笑顔を白山に向ける。

その笑顔が何を意味しているのか、判断に困った白山は黙って双眼鏡をゴーシュに手渡した。


不思議そうにそれを受け取ったゴーシュは、先程白山がしていたように覗きこむと大声を上げる。


「なんと! 敵軍がハッキリ見えるではないか!」



真剣な表情でそれを覗き込むゴーシュに、白山が声をかける。


「指揮はどなたが……?」


その言葉に、双眼鏡を覗きこんだままゴーシュは答える。


「なに、副官に任せてきた……」


大事な局面で現場の指揮を預かる連隊長が、何故ここに来たのかと考えた白山は、双眼鏡をあちこちに向けているゴーシュに問いかけた。


「それで、一体どの用件でしょうか?」


そう言うと、やっと双眼鏡から名残惜しそうに目を離したゴーシュは白山に向き直り、神妙な顔で口を開いた。



「なに、鉄の勇者殿と言われるホワイト殿から、兵達に気合を入れて頂きたくてな……」



 双眼鏡を返しながら、そう言って白い歯を見せるゴーシュは、からかうような視線を白山に向けてくる。


成程、硬くなっている兵達の士気を鼓舞しろと、老練な連隊長殿は仰せかと白山は苦笑する。


「判りました。私で士気が上がるなら声ぐらいお安いご用です」



 リオンに下に降りる事を視線で示すと、やれやれといった表情でタブレットを仕舞いヒラリと荷台から舞い降りる。

そして、白山と共にゆるい傾斜を下っていった。


白山達は、橋を渡ると最初に敵と当たる陣地に到着した。

道すがらゴーシュから聞いた話では、向こうの指揮官なりが述べる口上や何かを聞き、それに反論しなければ戦闘が始まらないらしい。

その際の口上が兵の士気を左右し、さらに言えば自軍の正当性を主張する場所でもあるとの事だった。


随分とのんびりした話ではあるが、まあ郷に入っては郷に従えという事か。

序列上、ゴーシュより上に立つ白山が、その任を任されたとい事らしい……


 高機動車から側面支援を考えていた白山は、やや計画が狂ったと考えながらも、目前まで迫ってきた敵軍に対して昂ぶりを覚えていた。

鎧に身を固め剣や槍で戦う古戦場が、映画や史跡ではなく紛れも無く目の前に存在する……


無意識に左手の拳を握りしめながら、釣り上がる口角を押さえられずにいる。


「リオン…… 後方から側面支援を頼む。 何かあれば自身で判断しろ。 後退後は車両に集合だ……」


視線を合わせず、そうつぶやいた白山にリオンは頷くと、小走りで何処かへ消える。

その顔は先程までの豊かな表情を、戦闘モードの冷徹な仮面が覆い隠していた。



 整然と並ぶ皇国の軍が、五百mほどの距離で布陣する。

その中から、一騎の騎馬がこちらに近づいてきた。


恐らくあれが指揮官だろう……


「我々は、シープリット皇国 ムヒカ砦守備隊である!

貴様らは、皇国の国境を無断で侵犯している。直ちに退去しなければ実力を持ってこれを排除する!」



大声を張り上げた砦の守備隊長はそう言うと、陣地に睨みを効かせる。


それを受けて、白山とゴーシュがゆっくりと陣地の前に足を進めていった…………



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