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失敗と記憶と抱擁と合流

 白山は、2名の歩哨を手早く片付けると銃口を少し下げたコンバットレディの状態で素早く移動する。

天幕の中に居たもう一人の兵が、何事かと入口から首を出した瞬間……


その男の側頭部に5.56mmの穴が開いた。

ドサリと音を立て、体から力が抜けた兵は、何が起きたかも解らぬままその意識を刈り取られる。


 殆ど足音を立てず、走るでも歩くでもなく、決して身体のコントロールを失わない速度で接近する白山は橋の袂に近づくと、倒した兵達と天幕の中を確認する。

荷物の数と死体の数が同一で、これ以上の人間は橋に配置されていないと白山は判断し、白山は4つ並ぶ天幕へ視線を向けた。


 迷わず、腰のポーチから手榴弾を抜き出した白山は銃のグリップを握る小指に手榴弾のリングを引っ掛け左手で強引にピンを抜く。


映画と違い、手榴弾のリングは歯では抜けないほど硬い。


 銃を天幕へ向けたまま、左手で手榴弾を投擲した白山はその場に伏せるとM4カービンのセレクターをフルオートに切り替える。


放物線を描いて二列×二列で整然と立つテントの中央に転がった手榴弾は、僅かな雷光と共に、その破片を満遍なく天幕に浴びせかけた。


 パラパラと落下してくる土くれと何かの欠片が、白山に振りかかる。

それを頭上を手榴弾の破片が通りすぎた合図だと判断した白山は、すぐに立ち上がり、橋の石造りの基部から冷徹に銃弾を叩き込む。



 パパパッ……と、連続したエアコンプレッサーが作動するような発射ガスの抑制音と、M4の機関部が作動する音が滑らかに響き、天幕に新たな穴をこしらえる。


一弾倉分を天幕で休む兵達に送った白山は、素早く弾倉を交換し天幕の残骸に足を向けた。


そこは、阿鼻叫喚の光景が広がっている……



足を撃ちぬかれ悶える兵士、破片を全身に浴びて息絶えた兵……


 眉ひとつ動かさず、そうした兵達を確認すると頭部に銃弾を撃ち込み、確実に無力化する。

白山は殺害を楽しむ趣味も、嗜好も持ちあわせてはいない。


 だが、情けをかけて背後から切られるハメになるのは自分なのだと言い聞かせ、冷徹に『処理』を繰り返す……


 すべての天幕を確認した白山は、改めて周囲を確認し、クリアと声に出して宣言をする。


ここに聞かせるべき仲間はいなかったが、長年染み付いた慣習が、白山に声をあげさせる……



周囲の安全を確認してから、無線でクリアをリオンに伝達する。


「リオン、コチラはクリアだ…… そちらの情況送れ!」


戦闘の余韻で、少し大声で無線に声を上げた白山だったが、その問いかけにリオンが反応しない……


「リオン、そちらの情況送れっ!」



 応答がない事に、短く舌打ちを鳴らした白山は橋に向けて全力で走る。


橋の袂まで来たが、相変わらずリオンの姿は見えないままだった……



**************



 全ては、自らの招いた油断だった……



 後頭部に鋭い痛みが走り、目の前が真っ白になる。

こちらの処理は終わったと思い込み、白山の様子を見ようとリオンが天幕から橋の方向に視線を向けた瞬間……


 用を足しに天幕を離れていたもう一人の兵が走り寄って来て、鞘つきのままの剣で、リオンの頭部を強かに殴りつけたのだ。


「クソッ、二人も殺りやがって…… タダで済むと思うなよ……」


 毒づきながら、リオンを見下ろす兵の目は、仲間を殺された憤怒と言うより欲望の入り混じった目をしていた。


兵士は手荒に、意識が混濁しているリオンを仰向けにひっくり返すと、下卑た笑みを浮かべる……


「ヘッ、やっぱり女だったか…… ツイてるぜ……」



そう言うとリオンの腕を引っ張り、持ち主が二名減った天幕に引きずり込もうとする。



リオンの混濁した意識は、過去の記憶を思い起こさせる……



『……尋問ですよ。鉄の勇者様の乗り物に手を出した理由を問い質していました……』



すぐ横を流れる川の水音が、薄暗い地下牢で桶に入れられた水を散々に浴びせられた記憶を呼び覚ます……


手首を掴まれて引きずられる感触……

牢獄で天井から吊るされた記憶……


散々殴られ殴打された痛みと、後頭部の痛みがリンクする……



混濁した意識の中で、リオンがうっすらと口を開く……



「何故・・・助ける・・・・・」



その言葉に、兵が一瞬だけ不思議そうな顔を浮かべるが、思い出したように笑い出す。


「くっくっく、頭打ってイカれちまったか?」


 そう言いながら、リオンの胸元のボタンを外そうと力を込める。

しかし、頑丈に縫製されている迷彩服のボタンはそう簡単には引きちぎることは出来なかった……



「リ……オン、そちらの……    」



過去を彷徨うリオンの耳元で何かが聞こえてくる。



「リオン、そちらの情況送れっ!」



 今度は、ハッキリとその声が聞こえる……

しかしその懐かしい響きが誰の声だったかが、思い出せない。


混濁する意識の中、必死に記憶の意図をたどるリオンは、その言葉を思い出す。


『…… まずは自己紹介だ。俺は……ホワイト 君の名前を教えてくれるか……?』



『ホワイト……? 誰だ? 知っているのに思い出せない…… 』


『まずは、ゆっくり休め。夜が明けたらまた来る……』



『そうだ、私に優しくしてくれた人だ…… 何で忘れてたんだろう…… 』


『見事な潜入だったな。あの城壁を登るのは苦労しなかったか……?……』



『見事だったな…………』



『そうだ、初めて…… 褒められて、嬉しかったんだ……』


『その後も、何度も褒められた気がする……』



徐々に糸を辿りながら、緩やかにリオンの意識は浮上してゆく……


「返事をしろ!リオンッ!」



再度、耳元で鳴り響く白山の声で不意にリオンの瞳に意識が宿る……


霞む視界の中央に、嫌らしくだらしない表情でリオンを覗き込む兵の姿が映る。


その瞬間、リオンは明確な怒気が芽生えた事に自分自身で驚く。

そして情況を理解すると、激しく抵抗を試みる。


「汚い手で触れるなっ!」


 こみ上げる感情に任せるまま、大声を上げるリオンだったが、その口は男の手によって塞がれてしまう。


 大の男…… それも大柄な兵士が、体重をかけてのしかかっている現状を崩すことは出来ず、悶えるリオンの動きは逆に兵の劣情を加速させる。



混濁した意識がハッキリと覚醒し、徐々に四肢にも力が戻り始める。



『リオンは、間違いなく彼より強いのにな……

俺を想ってくれるのは嬉しいが、訓練で言っているように冷静な思考を捨てるな。


静かな心で対峙すれば、間違いなくリオンのほうが強いんだから……』



リオンの記憶の中で、記憶の最後のピースがカチリと音を立ててはまった。



 その言葉がリオンの冷徹な技能を呼び覚ます。

リオンは意識して力を抜くと、兵に自ら抱きつくように動き、自分の腕を抑える毛深い太い腕をひと撫でした。

その動きに、リオンが諦めたと勘違いした兵は鼻息を荒くし、リオンに覆いかぶさろうと上体を前に崩す。


 その瞬間、リオンは膝で立っていた兵の右太ももを足で後ろに蹴りあげると同時に右手を前に押し上げる。

両手と両ひざで体重を支えていた兵は、その支えの片側を失い横に倒れこむ。


 素早く身を縮めて兵士の下から脱出したリオンは足首のナイフを抜き、素早くヒザの裏、下腹部、喉と……鎧の隙間を丁寧に切り込んだ。

豚のように悲鳴を上げた兵は、何とかリオンの手から逃れようとするが、関節の要所をリオンに抑えこまれ、身動きが取れないでいる……


 形成は逆転した……


 リオンは何の躊躇いもなく相手の顎の下にナイフを突き立てるとそのまま気道と頚部動脈を押し切る。

ナイフが差し込まれた箇所から、カヒュッ と呼吸音が漏れる音が鳴り、次第に兵の瞳から生気が抜けてゆく。


 その様子を見たリオンは、天幕の側に落ちていたMP7を拾い上げ機能を点検する。


幸い、故障や破損はないようだ……


落ち着いたリオンは、こちらに向けて走り寄って来る白山を見つけ、その姿を再び見れた事に安堵する。



 そして、意識はだいぶ明瞭になった筈なのに、視界だけが曇る事に疑問を感じ、瞼に手を当てる。

幼少の頃に暗殺者や諜報員として育てられたリオンは、感情を抑制し泣く事を厳しく禁じられていた……


 とうに枯れ、そして忘れていた涙の感触に驚きそして久しぶりに頬を伝う涙は、こんなに熱いのかとその場に立ち尽くす。



次の瞬間、リオンはそれよりも暖かな感触に包まれ、そしてその胸にしがみつく。



 なくしたと思っていたもの…… そして暖かな温もり。

リオンは最後に一筋だけ零れた涙が、違う感情から流れたものだとハッキリと自覚していた……



**************



「リオン、怪我の具合を見せてくれ……」


 ほんの数瞬だけ感情を昂ぶらせた白山は、自分でも驚くほど無意識にリオンを抱きしめていた。

何か自分の失った物がそこにあるように感じ、リオンを抱きしめたが視界に入った敵兵の死体に、白山は現実へ引き戻される。


 安堵の溜息とも呼吸を整えるためとも取れる、長く息を吐いた白山はリオンを抱えると、橋から離れ森の際まで小走りで移動した。


「自分で歩けます……」


 リオンはそう抵抗したが、白山はそれを意に介さず白山は移動し森の横でリオンの後頭部を診る。

多少の裂傷は見られるがそれほど傷の程度は大きくない。


白山はリオンの正面に回ると目線を合わせ両手でリオンの頬をそっと包んだ……



 真剣な表情で瞳をじっと見つめる白山の態度に、頬が熱くなるのをリオンは感じる。

思わず目を閉じ、唇が荒れていなかったかな……?と、今まで気にしていなかった事が急に気になり出す。


「目を開けてくれ……」


 ぎゅっと閉じた瞳を明けるように促され、リオンは一瞬だけ不思議そうな顔を浮かべるが素直にそれに従う。

すると白山の親指が、リオンの下瞼を引っ張り、丹念に瞳孔の観察を始める……


 キスではなく頭部の障害を調べているのだと判り、リオンは戦闘中にも関わらず、深くため息をつく。


「そうですよね…… 期待した私が馬鹿でした……」


 真剣な表情でリオンの頭部受傷が、脳に障害を与えていないかを確かめていた白山は、リオンの言葉に一瞬考える仕草を浮かべた。

それは、これまでリオンが自身の感情や考えを表に出す事は無かった。


それが今はハッキリと自分の意見を口に出している……


「おい……リオン、本当に大丈夫か……?」


白山は怪訝そうな顔を浮かべ、それに対してリオンは自嘲的な笑みを浮かべている。


「ええ、傷は少し痛みますが、それほどの怪我ではありません……」


『違う意味で、頭痛はしますが……』


 最後の言葉だけ、心の中で呟いたリオンは、柔らかな微笑みを白山に向ける。

少し切れた後頭部の傷口にガーゼを当てた白山は、リオンのその微笑みに気づく。


白山も作戦中の厳しい表情から、少しだけ優しい笑顔を覗かせて、それに応えたていた……



**************



 リオンの手当を終えた白山達は、徒歩でゴーシュ達に合流する。

白山が指導したとおり目立たない格好で、森に潜んでいた第1連隊の兵士たちは、一様に白山達の姿に畏怖を覚えている。



 自分達が襲撃しようとしていた橋を、たった二人で制圧し生還したのだ。

アッツォの洗礼をくぐり抜け、更に少数で敵の守る橋を落としたとなれば、武勇を尊ぶレイスラット王国軍では、敬意の対象に値する。


ゴーシュとクリストフは、森の中に隠れて白山からの連絡を待っていたが、お互いの無事を確かめて安堵の笑みを浮かべた。


「間に合って良かった……」


言葉短く伝えた白山の言葉に、ゴーシュは深く頷いて握手を求める。


「助かった…… 兵を無駄に死なせる事もなく作戦を進められる……」


ガッチリと再会の握手を交わした白山とゴーシュは、今後について話し合う。


「とりあえずは、皇国軍に対して与えられるだけの損害は実行したつもりです。

今後は、こちらに同行して支援を実施したいと思います」



 そう伝える白山に対して、ゴーシュは頷いて謝意を伝えると被害について切り出した……


「敵軍に与えた損害は、如何ほどだったのか教えて頂けるだろうかのう……」


 その問は、クリストフから聞いている戦果と白山の答えを突き合わせたいとの老獪な連隊長としての矜持だった。

如何に鉄の勇者と言えど、自分の部隊と共に戦うならば、嘘や誇張が含まれれる答えを返される事は望ましくない……


同じ戦場に立つならば、信の置ける人間でなければならないのだ。

白山のこれまでの言動を見ていれば、十分に信頼に値する人物である事は間違いはない。


 それでも念を入れて確認を取る姿勢は、ゴーシュの長年の経験から来る物だった。


「こちらで確認が出来ている戦果は、輜重隊の馬車が15~20台 宿営地の攻撃で目視確認した約10名程度かと……

未確認戦果については、もう少しあるかと思いますが、直接確認が取れたのは、先程の橋での14名を含めて24名ですね」



 思ったよりも少ない報告にゴーシュは驚いたが、誇張を含めず見たまま・聞いたままを報告する白山に好感を持つ。


「ふむ、皇国の軍がどれだけ歩みを遅くしてくれるかは、まだ分かぬ。

しかし兎も角こうして迎え討つ準備が出来たのは、ホワイト殿にその功績の一端があるだろうな」



 そう言って、炭にまみれた黒い顔からニヤリと白い歯を覗かせ笑いかけるゴーシュは、作戦の準備を急ぐよう部下に指示を飛ばした。



 実際には、白山はたった三名で皇国軍に対して甚大な被害をもたらしている……

死者 二二七名 負傷者 一四七八名…… 物資 糧秣二五日分 破損馬車 四一両……



そして皇国軍の意識に甚大な恐怖心を植え付け、士気を大幅に低下させていた…………



仕事中につき、本日予約更新です。


ご意見ご感想、お待ちしておりますm(__)m

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リオンちゃんファンクラブ愛知第13支部長として白山二尉に実刑を求めます。あれは酷すぎる。
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