闇夜の主役と煙と混乱
遠くに聞こえる雷鳴と僅かの閃光……
そして、ざわめき立つ木々を揺らす風……
そうした自然の鳴動が高機動車の進行を覆い隠す。
夕方に潜伏場所を撤収した白山達は、いつもの通り闇夜を味方につけその懐に滑り出す。
ゴムバンドで周囲の植生に合わせた偽装を施された高機動車は、まるで動く藪のようにその姿を変えていた。
白山が下した決断は、今夜のうちに持てる最大火力を発揮し、砦に駐留する侵攻部隊に打撃を与えるという物だった……
戦果確認をバードアイで行った白山は、予想以上の戦果に眉をひそめた。
広範に広がる火災と破片は、危害半径に存在した人員・物資を遍く殺傷し破壊炎上させていた。
無事に爆破が成功して成果を挙げられ安堵する気持ちと、ディスプレイ越しの現実感のなさが奇妙な違和感をもたらした。
そして一呼吸遅れて聞こえてきた爆発音が、反響して白山達の耳へ届く……
その音が、僅かに震える空気が…… 白山に現実感を感じさせる。
再びディスプレイに目を落とした白山は、爆破を受けた兵士達の心理状態や心境を慮る……
戦闘前に打撃を受けた兵達は、自分の影に怯え今夜は眠れぬ夜を過ごす事になる。
ここで再び攻撃を受ければ、その心理的な影響は計り知れないだろう。
砦の周囲は味方が溢れた状態で、心休まると思われる場所で奇襲を受ければ、士気は崩壊寸前まで追い詰められる。
白山の思考は、現有資産でどういった攻撃プランが考えられるか、冷徹に計算を始めていた……
高機動車の低いエンジン音は、風の音がかき消してくれる。
幸いにして東南から吹く風は、北から接近する白山達の音を小さくしてくれていた。
時速10km程度のゆっくりとした速度で攻撃位置に進む車内は、ピリピリとした緊張感で満ちている……
「機動力の発揮による敵宿営地への遊撃行動を実施する」
昼過ぎに白山から告げられた命令はリオンの表情を固くさせ、クリストフには訝しげな表情を浮かべさせた。
白山の説明が進むうちに、クリストフの顔はフェイスペイント越しでも青ざめている様な気配を浮かべていた。
逆にリオンは、ふぅ…… と小さく息を吐き、白山から任ぜられた装具の準備を淡々と始めていた……
その作業を手伝いながら、クリストフが小さくリオンに問いかける。
「怖くは……ないのか? たった3人で1万の軍勢に、奇襲をかけるのだぞ……」
その問いかけに、リオンは作業の手を止めずやんわりと首を横に振る。
「ホワイト様が提示される作戦には、今までもとても驚かされてきました……
ですが…… これまで私に嘘を言ったりする事は一度もありませんでした。
まるで、未来が見えるように厳しい箇所や、作戦の弱点まで包み隠さず教えて頂けます……」
そこで言葉を切ったリオンは、作業の手を止めてクリストフに向き直る。
「ホワイト様は、危険な作戦には範を示して自らが先陣を切られます。
兵に死ねと命じるなら、自らもそうなさる方…… いえ、自らが死んでも兵を生かそうとする…… そんな方です……」
迷いなく自分の瞳を見て語りかけるリオンの言葉に、クリストフはこれまでの白山の行動を思い起こしていた。
そしてようやく覚悟が決まったように、深く頷き 「ありがとう……」と小さくリオンに礼を言う。
「だから……」
再び作業を再開しながらリオンが口を開く……
「私が絶対に、死なせません……」
小さく呟いた一言は、少し強くなってきた風に消え、誰かの耳に届くことはなかった……
**************
王国の国境関所では、第一連隊の兵士達が皇国への越境任務に向けて緊張した面持ちで整列している。
歩兵を中心として構成された200人の部隊は、音の出難い革鎧を草の汁や炭で汚し、目立たないように偽装を施している。
その顔にも炭が塗りたくられ、異様な雰囲気を醸し出していた。
その後列に続くのは、先日まで作成された障害資材が荷車に載せられ出番を待ち構えている。
「よし、出発するぞ……」
連隊長のゴーシュが静かに声を上げ出発を告げる。
部隊を鼓舞し士気を高める事もせず、静かに出発した部隊は時折停止して荷車の車軸に油を塗り、徹底して音を消していた。
同様の部隊があと3つ、時間を置いて出発すると、再び砦周辺は静寂に包まれていった……
※※同時刻 ビネダ砦 東15km地点 ※※
「よ~し、最後の点検をしたら配置に就こうか~」
相も変わらず少々気の抜けたアッツォの声に、兵達は苦笑しながらも静かに頷いた。
こちらの兵達も国境関所の兵達と同様に革鎧と顔を汚し、その存在を偽装している。
そして、その足元は一様に土にまみれ、手は泥だらけだった……
一度、砦から斥候が様子を窺いに国境近くまでやって来たが、遠目からは部隊の影すら確認する事ができなかった。
その様子を陣地から眺めていたアッツオは、自軍の斥候が去った後、腹を抱えて大笑いしていた。
「斥候の報告を聞いたら、ザトレフはますます意固地に砦に篭もるか、王都に逃げ出すんじゃない?」
そんな大胆な発言で、側近は失笑するやら呆れるやら、複雑な表情を浮かべるしかなかった……
そんな指揮官でも、戦となれば人が変わる。
つい先日、モローワ川の支流に沿って遡上し偵察を試みた、皇国軍から雇われた冒険者に陣地が露見しそうになった危機があった。
しかし、およそその体格とは吊り合わない強弓でアッツォが遠距離から頭部を射抜き、兵達を戦慄させていた……
白山、そしてアッツォにゴーシュ……
闇夜の主役達は、天候と暗闇を味方にして、静かに戦の準備を整えていった……
**************
高機動車は、見上げるような砦の城壁に近い、攻撃位置に着く。
途中、運悪く遭遇した巡回の兵士2人は、サプレッサーを取り付けたM4カービンから発射された5.56mm弾によってその生命を刈られる。
白山がこの地点を選んだのは、点在する低木の茂みが巧く砦からの視界を遮り、少移動によって射界を確保できる場所だったからだ……
静かに車両を停止させた白山は、周囲を警戒するリオンとクリストフの元、重量感のある筒を後部座席から引っ張り出す。
M224 60mm 迫撃砲はハンドルと簡素な底盤、そして砲身があるだけの軽量な迫撃砲だ。
底盤を足で固定した白山は、クリストフが運んできた2個の鉄製の弾薬箱を側に置き、無線でリオンに短く指示を伝える。
「準備完了……」
カチカチと、スイッチ操作で了解を伝えるリオンの反応を聞き、白山はクリストフに頷いた。
弾薬箱の中には、紙筒に入れられた8発ずつの迫撃砲弾が収められており、装薬のカバーや防水のテープは予め取り外されている。
信管はPRX <上空破裂モード>に設定されており、榴弾の破片は悪魔のように皇国軍の上空から降り注ぐ事になるだろう……
リオンがIRケミカルライトが巻きつけられたパラコードを白山達の方向に投げ渡す。
底盤の近くにそれを固定した白山は、リオンの側の端に付けられたケミカルライトをおおよその目印に砲身の方向を調整する。
個人携行モードにセットされたM224は、軽量で少人数で運用できるが、照準器が付属せずハンドルに付けられた角度計と射手の目測が頼りだ……
弾薬に余裕のない白山は無駄弾を極力減らすべく、標的を目視しているリオンに誘導を任せた。
方向の微調整が終わると、白山とクリストフは頷き合い最初の砲弾を砲口に滑りこませる。
距離と角度を合わせた白山は、大きな自転車のブレーキに似た引き金を引き、初弾を激発させた。
ガキン…… とやや余韻を残す金属的な発射音と共に、最初の砲弾が宿営地の方向へ飛翔する。
10秒程置いて、パーンと言う軽い音が宿営地の方向から響いてくる。
それと同時にリオンの澄んだ声が、無線から聞こえた……
「方向問題なし……着弾点 中心から4時方向……約200m 」
風に押されたのか、やや手前に落ちた砲弾は、人の頭上程度の高さで破裂し、周囲に煙を撒き散らす。
宿営地のざわめきが、風に乗って微かに聞こえてくる。
次の砲弾を滑りこませたクリストフが、白山にタッチして『装填良し』を伝達する。
少し角度を変え、砲弾を撃ち込んだ白山は目線でクリストフに次弾を要求した。
すかさずクリストフが砲弾を滑り込ませ白山が、引き金を引く……
5秒に1発程度の速度で発射された砲弾は、僅かに射角を変えられながら的確に宿営地に落下していった。
程なくして、天幕が立ち並ぶ砦の外に設けられた宿営地は、発煙60mm迫撃砲弾の白い煙に包まれ始める。
強風に乗りたちまち拡散した白煙は、宿営地全体を包み昼間の悪夢が蘇ったのか、砦の外に天幕を立てている兵達は恐慌状態に陥る。
遅れて届く弾着の音に比例して、宿営地の騒ぎが大きくなってゆく。
砦の城壁からも騒ぎが聞こえてきた……
不味い… 高さのある城壁から発見されれば、こちらの位置が露見する……
白山は、無線のプレストークスイッチを押し込むとリオンに指示を出す。
「リオン……スモークだ……」
その返答を聞くまでもなく、リオンがスモークグレネードを風上に投擲し、白山達は煙の中に沈んでゆく。
明日の素早い進軍を目論み、足の遅い輜重隊と数の多い歩兵を外に出していたのが仇となった……
そこかしこから悲鳴と、そして怒号が聞こえてくる……
「クリストフ殿、次弾を……」
混乱する敵兵の騒ぎが自分に向くのではないかと、不安げに宿営地の方角を見ていたクリストフが、白山の言葉で我に返る。
8発の砲弾を撃ち込み終わると、弾種を榴弾に変更する……
少し震える手で、砲身に榴弾を流し込んだクリストフは、無言で白山に合図を送る。
合図と同時に引き金を引いた白山は、軽い手応えと共に撃ち出される砲弾を数える……
先程よりもいっそう鋭い破裂音が宿営地から響き、それに混じって悲鳴も聞こえてくる。
口径は小さいとはいえ十分な殺傷力を持つ榴弾が、安息の一時に頭上へ降り注いだのだ。
昼の悪夢が蘇ったのか、兵達から悲鳴や嗚咽が聞こえ始め、それがドンドンと伝播する……
相手の姿も見えず、降り注ぐ破片の雨に宿営地は混沌に放り込まれる。
篝火が倒れたのか、時折小さな火災らしき炎が煙に反射して空を照らす……
不意にパパパッ! と、サプレッサーに抑圧された発射音が響き、リオンの位置から僅かに発射炎が光る。
こちらに逃げてきた哀れな敵兵が、リオンの持つMP7に射抜かれた。
「ツー……ダウン……」
抑揚のないリオンの冷徹な声に、白山は砲弾のペースを早める。
瞬く間に8発の砲弾を撃ち尽くした白山は、最終弾着前に熱くなった砲身を高機動車の後部座席へ放り込むと、運転席へ飛び乗った。
白山の口笛でリオンは足早に駆け寄り、後部座席へ飛び乗ると、重いコッキングハンドルを操作しM2重機関銃に命を吹き込む。
クリストフが助手席に収まると、白山は緩やかにアクセルを踏み込んだ。
低いエンジン音が唸り、偽装を施された車体は、ゆっくりと低木の茂みから出ると、その姿を宿営地に向けた。
「撃てっ!!」
白山が声を張り上げリオンに叫ぶと、返答の代わりにリオンはM2のトリガーを押し込む。
ドドドン! ドドドン!
腹に響く重い発射音とともに、3~5発の制限点射を宿営地に向けて打ち込むリオンは、煙に目を細めながらも懸命に標的に視線を向ける。
煙の中に吸い込まれる弾丸は安々と人体や天幕を貫通し被害を拡大してゆく。
重機関銃の着弾点をコントロールし素早い機動を行えるように、車両を徐行させながら、白山は徐々に宿営地と平行に移動を始める。
時折交じる曳光弾が濃密な煙幕の中に吸い込まれ、どこかに跳ねる様子がくっきりと視界に入ってくる。
クリストフは、その光景をこの世のものとは思えず、それでも与えられた任務に集中し助手席からAKMを前方に向け警戒を続けていた。
リオンが射撃を続ける度に、ガチャガチャとベルトリンクの残骸と直径が親指程もある大きな熱い薬莢が床に転がる。
銃身と呼ぶにはあまりに太い鉄の筒は、射撃により熱を帯びて陽炎と硝煙の混じった気炎を立ち上らせていた。
「装填!」
リオンはそう叫びながら、反射的にフィードカバーを開き、邪魔なリンクを払い除けると、新しいベルトをトレイに載せカバーを閉じる。
勢い良くコッキングハンドルを引き、皇国軍にとっては災厄でしかない12.7mm×99mm弾を薬室に送り込んだ……
白山がその音を聞き逃さずに、大声を張り上げる。
「方向転換! 離脱!」
リオンが標的を外さないように、スピードを緩めて進路を北に取った白山は、発砲が再開されると徐々に速度を上げ始める。
薄れゆく白煙の中で天幕が燃えている……
後方に向けて放たれる弾丸は、容赦なくその炎を照明代わりに重低音を響かせて宿営地へ吸い込まれていく。
数発の発煙手榴弾がクリストフの手から後方に落とされて、宿営地からの視界を覆い隠す。
その間に高機動車は速度を上げ、再び闇の中へ消えていった……
雷雲が徐々にその音を大きくしている。
無事に離脱を果たした白山達の頬に、まばらだが確かな雨粒が伝い始めた。
高機動車の助手席に座るクリストフは、サイドミラーに映る自分の顔が笑っている事に気づく……
心底恐ろしい体験ではあったが、同時に痛快でもあり未だに自分が無傷であることが信じられない。
クリストフは張り付いた笑みを消そうと左手を顔に持っていくが、強ばった頬が解れるのはもう少し後になってからだった…………
ご意見ご感想、お待ちしておりますm(__)m
ブローニングM2重機関銃
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0M2%E9%87%8D%E6%A9%9F%E9%96%A2%E9%8A%83
M224 60mm 迫撃砲
http://ja.wikipedia.org/wiki/60mm%E8%BF%AB%E6%92%83%E7%A0%B2M224




