撤収と信義と手紙と荒野
通信を終えた白山は観測所に戻ると、間もなく撤収する事を2人に告げた。
リオンからの報告では、皇国軍は商館からの補給を終えたようで最低限の警備を残して街に繰り出していると言う。
そう報告してくるリオンの視線は、襲撃は仕掛けないのか? と訴えていた。
確かに絶好のチャンスではあるが、準備時間が短すぎる。
それに街に近すぎて付随被害を出す恐れもあり、尚且つ逃走経路が限られてしまう。
「宿営地に対する攻撃は行わない…… まあ、精々今夜は楽しませてやろう。
明日は、悪夢を見る事になるだろうからな……」
宿営地に停まる馬車の大きさを、双眼鏡のミルスケールで大きさを測りながら白山は凄みのある笑みを浮かべていた……
リオンはその言葉に頷き、位置を入れ替えると撤収に備えて装備をまとめ始める。
日没から2時間ほど経ってから白山達は、撤収作業を終え車両に引き返す。
リオンが少し離れた小高い場所から車両を見下ろしカバーを行う。
その間に白山が車両に接近して発進準備を整えてゆく。
クリストフは白山の近くで、怠りなく周辺を警戒している。
その目は、徐々に特殊作戦の色に染まっており、すっかりこの任務にのめり込んでいた。
白山は、動体センサー・クレイモア・偽装網を取り外すと、リオンに合図を送り近くへ呼び寄せた。
次は車両のチェックだ……
タイヤの頂点に置いた小石、荷台に張った細い糸といったトラップを確認する。
誰かがセンサー類を掻い潜って、車両に接近した痕跡はなさそうだ。
その間に、戻ってきたリオンがM2重機関銃や、取り外しておいたM240を再設置して、機関部の動作を確認する。
白山はその間にエンジンや燃料給油口、タイヤの空気圧や周辺の地面をチェックして異常やトラップの有無を調べていた……
すべての点検が終わるとリオンはクリストフへ移動を促し、外周を警戒しつつ車両から一定の距離を取る。
合図を確認した白山は運転席に座り、キーを差し込むとエンジンを始動させる。
万が一、チェックをすり抜けた爆発物があった場合、黒焦げになるのは白山だけだ……
無事に重低音を響かせ始動したエンジンは、召喚した燃料でも問題なく回っている。
警戒していた2人が乗り込むと、周囲を警戒しながらゆっくりと発進する。
この瞬間が一番危険であると教えこまれているリオンは、何も言わずにM2へ取り付き車両の最大火力を発揮できる体制を保持している。
無事に離脱が完了し移動を開始した白山達は、次の目的地であるポイントMIKE<マイク>周辺に向けて順調に進んでいた。
徐々に左手11時の方向にムヒカの砦…… ポイントMIKEが近づいてくる……
3時間程度走行して、砦の全景が見える位置に差し掛かった頃、白山は高機動車を停めた。
目算で15km程離れた砦は、所々篝火が焚かれ薄っすらと輪郭が浮かんでいる。
高台を進んできた高機動車から周囲を見渡すと、荒涼とした平原にまばらに見える森林が点在している。
暗視装置越しの視界には、人家らしき箇所は見当たらない。
周囲を見渡した白山は、車両の隠匿場所を探しながら今後の計画を反芻する。
手頃な藪を見つけた白山は、リオンとクリストフに指示を出し、藪の中ごろに車両が入れるスペースを切り取らせる。
その間、白山は弾薬箱と爆発物を収めたプラスティックケースから、荷物を取り出しこれからの手順を確認する。
ありったけの爆薬と信管、そして導爆線にクレイモアを並べた白山は、おおよその計画に沿ってそれらを並べる。
並べた背嚢にそれらをまとめると、車両を隠匿にかかった……
切り取った藪のスペースに車両を後ろから突っ込み、切り取った藪を紐で纏めて車両の前面に立てかけてゆく。
その作業が一段落つくと、白山は2人を前にして今夜の行動について説明を始めた。
「現在地点は 273-525 ここになる……」
細い枝の先を使いプリントされた地図を指しながら白山は淡々と話す。
「これから俺とリオンは、地点 271-509 に対して障害設置を実施する。
この作戦では、長時間かつ車両から距離を取らなければならない。クリストフ、今夜いっぱい車両の警戒を頼みたい」
クリストフは、喉まで出かかった『同行したい』という言葉を飲み込むと頷いて了解を示した。
それを見て、安心した白山はゆっくり頷くとクリストフに口を開く。
「なに、作業自体は地味な物だ…… それにな……」
そう言うと、背嚢に立てかけてあったM70B AKMと、鈍色の薬莢と赤銅色の弾頭が覗く弾倉を手渡す。
驚いたクリストフが渡されたそれの重さを確かめるように胸に抱いた。
「基本的な扱い方は、出発までにリオンから教えてもらえ。
ただし、自分の身に危険が迫っている時以外は絶対に撃つな……」
撃てば自分達の居処が即座に敵に判明してしまう。そう言われたクリストフは、神妙な顔で頷くと早速リオンから使い方を習っている。
その様子を見た白山は、自分の仕事である爆発物の作成に取り掛かっていった……
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DAY-4 皇国軍の予想国境到達まであと3日……
ラモナに予定通り到着したアトレア率いる第1軍団は、早速ビネダ砦への物資輸送にとりかかる。
アトレアは、その物資と共に、意固地に籠城を決め込む第3軍団長のザトレフへ書簡を送る。
~宛 ザトレフ軍団長~
昨日の報告では、皇国の軍勢はヴァラウスに到達しており早ければあと3日前後で国境に到達する。
聞けば、第3軍団の連隊は寡兵で敵兵と相対そうとしていると聞く。
願わくば、彼らに適切な援軍と支援を実施されることを望む……
なお、軍団長代理であるホワイト殿より要請された物資については遅滞なく届け渡す。
貴殿と砦の兵士には懸命なる判断を願うものである。
アトレア・リンブルグ 第1軍団長~~
幕舎の中で書簡を認め終えたアトレアは、伝令にそれを託すと副官と共に、打ち合わせていた国境守備隊の詰所を目指した。
ここには白山から託された M70B AKMがその持ち主を静かに待っている……
「ロマン・クラーコラ殿に用件があってお邪魔する」
先の白山といい、今回のアトレアといい立て続けに目上の指揮官が訪れ、守備隊員たちは目を白黒させる。
「私が、ロマン・クラーコラ城壁守護隊長です…… 第1軍団長のリンブルグ様ですね?」
その言葉に頷いたアトレアはロマンと握手を交わしながら、用件を切り出す。
「私の友人が、此方に私宛の荷物を託していると聞いて伺った…… 間違いないかな?」
その言葉に、今度はロマンが力強く頷き言葉を紡ぐ。
「お預かりしています。 私も個人的な信義に基づいてお預かりしておりましたので、ようやく肩の荷が下りました」
笑いながらそう答えたロマンは、薄暗い石造りの廊下をアトレアと共に進む。
コツコツと鳴り響く足音と、明かり採りから挿す陽光の中を奥へ進んだ2人は、最奥の扉の前に立つ。
首から外した鍵で、錠前を外すとアトレアに部屋の中を見せる。
アトレアは、部屋に積み上げられた木箱とその中身を確認すると満足気に頷いた……
「クラーコラ殿には、私と友人の『個人的な』依頼を聞いて頂き感謝する。
ついては、王都から兵装を幾らか持参した…… 受け取って頂けるだろうか?」
アトレアのその言葉に、ロマンは静かに首を横に振る。
「いえ、先程申したように私も個人的な信義に基づいてお預かりしたまで……
支援は有難いが、それは領主であるヴァルター伯とラモナ守備隊 隊長へお願い致します」
そう答えたロマンはニッコリと笑うと、アトレアもそれ以上は無理強いをしなかった。
成程、この人物に託したホワイト殿の判断は正しかったのだろうな……と、アトレアは考えて、荷物を運び出すように副官へ命じる。
踵を返したアトレアに、副官が手配した第1軍団の兵士が木箱を運び出すため足早に奥へ向かう。
その慌ただしさを聞きながら、敵地の只中にある白山を案じていた……
※※同時刻~ 国境関所付近 ※※
第3軍団第1連隊の部隊は、モルガーナでの準備作業を終えて国境関所周辺に集結していた。
現在は国境関所の要塞化に協力しつつ、前進のタイミングを伺っていた……
「予定してる陣地の構築は、今日中にものになりそうだなぁ……」
補給隊長のジョエルがそうつぶやくと、国境守備隊長のラッザロが額の汗を拭いながらその言葉に相槌を打つ。
そこへ、第1連隊の長であるゴーシュがゆったりとした足取りで近づいてくる。
「予定通り、明日の夜には動けそうだのう……」
顎に手を当てながら目を細めるゴーシュは、その様子に満足気に頷いた。
そこへ、早馬が駆けてきてゴーシュへ書簡を手渡すと、汗が光る馬をねぎらうように関所の厩舎へと鼻先を向ける。
その書簡は第1軍団のアトレアから直接送られたもので、ザトレフ軍団長を飛び越えて、届けられた書簡にゴーシュは驚く。
しかし、その内容を読むと次第に納得したように首を振ると、読み進めるにつれて次第に眼差しに鋭さが現れた……
~~宛 第3軍団 第1連隊長殿
本来であれば指揮命令系統を飛び越えてこのような書簡を送るのは、軍規に反するが戦時につきご容赦願いたい。
先の大戦での連隊長殿の武勇は聞き及んでおり、今回の戦でもその手腕に期待致す。
我々の共通の友人、ホワイト殿からの連絡によれば、敵軍は国境の街であるヴァラウスに入った模様……
明日には国境砦に入ると予想されている。
戻られたならば、友人を交え共に盃を交わしたいと存じ上げる。
それでは、御武運を……
アトレア・リンブルグ 第1軍団長~~
その手紙を懐に仕舞いこんだゴーシュは、ジョエルに向き直ると声をかけた……
「ジョエル殿……今夜は兵達に少し豪勢な食事を出せんかの……?」
その言葉を聞いたジョエルは、ニヤリと笑うと当然のように頷いて老練な連隊長に返答する。
「モルガーナで仕入れた酒が何樽か見当たらねぇなぁ…… まあ、戦時ですから物資の紛失はよくある事ですよね……」
あさっての方を見ながら、そんな返答を寄越したジョエルに、ゴーシュは忍び笑いをこぼしながら 「よろしく頼む」と言って、砦にむけて歩き始めていた……
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※※DAY-3 深夜 ポイントMIKE 周辺
すべての準備を終えた白山とリオンは、各々の装備と背嚢の中身を点検する。
擦れたり汗で薄れた顔のカモフラージュも入念に塗り直す。
銃器・弾薬・装備・被服そして健康状態をチェックし、作戦用装備の確認に入る。
爆薬と信管は安全上、別に携行しなければいけない。
暗闇でも場所が判るように、収納位置を記憶しておく必要があるからだ……
モタモタしていたら、設置が終わる前に夜が明けてしまうだろう。
爆薬とクレイモア、信管と導爆線 更に手作りの火工品や各種工具に少量の燃料……
ひとしきり収納箇所を確認した2人は、最後に任務の内容を確認する。
「進行方向は真っ直ぐ南へ進む。 距離は約25km……
レグ<行程>は潜入・設置・離脱になる。 撤収については北に向かい車両で合流する。はぐれた場合もここに戻る」
その言葉に、リオンとクリストフが頷き、車両まで戻った際の合流手順を確認する。
「受け入れの時刻は…… 時計がないので省略、近づく時の合図を決めておく。
異常がない時は、両手を横に広げて合図を送る。 万一、なにか問題がある場合は、頭に手をのせて歩いてくる」
苦笑しつつもそのポーズを実際に取りながら、クリストフに示した白山は、最後の確認事項を告げる。
「俺達は夜明けまでに戻ってくる予定だが、不測の事態に陥った場合遅れる可能性もある。
もし、夜明けまで待って戻らなければ、夜まで待て……
その夜までに戻らなければ、次の日の夜に車を置いて北に向かえ……
川に当たるまで北に進み、そこから上流に向かえばビネダ砦に辿り着く」
その説明に覚悟を決めるように頷いたクリストフの肩に手を置くと、頷いてみせる。
この分ならば問題はないだろう……
食料や水を入れたデイパックを背負い、車両から少し離れた位置に移動するクリストフを見て、白山はリオンに視線を向ける。
その視線に気づいたリオンが僅かに頷くと、無言で少しリオンには大きな背嚢を背負う。
白山も同じように背嚢を背負うと、南へ向けて歩き始めた……
荒涼とした大地を踏みしめながら闇の中を黙々と進む。
白山は慣れ親しんだ苦行に、世界が変わってもやる事は変わらないな…… と皮肉を覚えながら目的地に向けて歩き続ける。
僅かな風が草原の下草を揺らす……
食い込む背嚢のストラップと手にした銃の重さは、どこか懐かしい気持ちを白山に思い起こさせていた…………
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