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対立と妥協と夕暮れの儀式

 沈黙が支配した指揮所は一転、ザトレフの取り巻きが大声で騒ぎ始めた。


「こんな絵で、騙されるか!」


「モルガーナを狙うと、決まった訳ではない!」



そんな声が聞こえるが、そうした反論は冷静な白山の反論で消え行ってしまう。

取り巻き達の声が小さくなるにつれ、周囲の視線は自然とザトレフへ集中してゆく……



そんな無言の視線を背中に受けたザトレフは、先程までの怒声を引っ込め憮然とした表情で口を開く……



「ふむ…… ご高説は結構だがね。

軍団の指揮官は、私だ…… 君ではないのだよ。


その私が、籠城をすると決めたのだ。 判るかね?」



 言葉の最後に嫌らしい笑みを浮かべながら、そう言い切った。

白山の立場は、序列上は第3位であり立案と助言は行えるが、この場でザトレフの命令を覆す命令権は持ち合わせていなかった。

軍人として、階級や指揮命令系統の遵守を徹底的に刷り込まれている白山としては、抗命は意識の埒外にあった。


しかし上官の間違いを糺す事も、部下の役目だ……


白山は、小さく息を吐き苛立ちを吐き出すと、噛み含めるようにゆっくりと質問をする。



「では、お伺いしたいのですが籠城戦とは、援軍の目算があって始めて成立しますが、その計画は如何に?」



その言葉に応えたのは、第2連隊長のロルダンだった。


「諸侯軍と第1軍団が駆けつけるだろう! そうなれば、我々も打って出る」


 見積もりの甘さと損耗への無理解に、怒りを隠しながら白山は反論を繰り返す……

その応酬は10分……20分と続き、次第に籠城に対するリスクが浮き彫りになってゆくが、それでもザトレフ達は意見を曲げない。


議論を続けるうちに何故、ザトレフ達は籠城へこれほどまで拘るのかという理由に白山の意識が向き始める。

意図的に質問の論点をずらしながら、議論を誘導するにつれ、白山は確信した……



『コイツら、自分達が死ななけりゃ、それで良いと考えていやがる……』


 確かに前方に出て敵と戦うよりも、堅牢な砦に篭って籠城戦を行えば自らが死傷する確率は格段に低くなる。

腹の奥底から沸々と殺意が湧いて出るのが感じられ、アドレナリンの影響でうなじが逆立つ……


率先垂範し兵を鼓舞する事など微塵も考えていない、ザトレフの姿勢を見て白山の意識は急速に覚めてゆく。

僅かばかり白山が沈黙したのを見て、ザトレフ達は議論を切り上げにかかる。


「意見は出尽くしたようだな…… 大変有意義だったが決定は覆らん」



不敵な笑みとともに、ザトレフが立ち上がりかけた時、不意に指揮所の扉が開く。

相変わらず脳天気なアッツォが、頭の後ろで手を組みながらブラブラと入って来る……


緊張した指揮所の空気をまるで感じないかように、トコトコとザトレフに近寄ると書類の束を乱雑にテーブルに置いた。


「あっ、これ留守中の未決書類です! 決済よろしくお願いしますねー」



**************


 アッツォの登場ですっかり毒気を抜かれた白山は、大きく息を吐き感情をコントロールする。

そんな白山の様子を見ていたアッツォは、トボけた様子で白山に尋ねる。



「ホワイト殿、どうかしましたか~?」


心なしか指揮所の空気も軽くなったような気がする……

にこやかに…… いや、相変わらずの気の抜けた表情で語りかけてくるアッツォに、苦笑しながら白山も答える。


「いや、今回の作戦計画について軍団長殿へ……『懇切丁寧に』…… ご説明申し上げていた所だ……」



 アッツォのおかげで感情の余裕が出てきた白山は、若干皮肉交じりにアッツォに返答し、チラリとザトレフへ視線を投げかける。

すると、「ふ~ん」と、関心のなさそうな生返事を返すアッツォは、ザトレフ達にクルリと向き直り鋭い視線を一瞬だけのぞかせた……



「それで、何か作戦に変更は……?」


アッツォのその言葉に、忌々しい物を見るように顔を歪めたザトレフが答える。


「作戦は変更だ! 当初の予定通り籠城戦を行う!」



その言葉を聞いたアッツォは、顔の前で大げさに手を横に振ると、その言葉を打ち消した。


「いや、無理っす……」



その言葉を聞いたザトレフ達は呆気にとられたように、目を見開く。


「もう、第1連隊の主力は出発してますし、斥候隊は前方偵察、補給隊は隊長含めて殆どがモルガーナに行ってますよ~

それに、籠城戦に対する命令書って何時出るんですか……?


まあ、籠城戦に切り替える命令書が出ても、前線に出てる偵察隊には届けようが無いですし、連隊と補給隊が戻ってくるのも間に合いませんよ?」


アッツォの正鵠を射た指摘に、ザトレフは顔を真っ赤にして怒りを露わにする。



「貴様っ……!」


しかし、アッツォの容赦無い反撃は続く。


「もう、物資は発注してますし、これから籠城戦に必要な物資の調達をかけても間に合いませんねぇ~

更に言えば、今から発注した資材をキャンセルしたら違約金が発生しますし、来年の予算にも影響しますよ?

財務卿に怒られるのは、軍団長お願いしますねー」


しれっと、そう答えたアッツォはいたずら小僧の様な悪い笑みを浮かべる。

だが、その視線は決して笑ってはいなかった……



「ならば、どうすれば良いと言うのだ!」


蚊帳の外に置かれたと感じたのか、第2連隊長のロルダンが激昂して言葉を荒らげる。


「うっさいなぁ……弱い奴は黙って砦にでも篭ってろよ……」


ロルダンもアッツォの『ご挨拶』を受けた事があるのか、その言葉と殺気にたじろぎ口を噤む……



白山は思わぬ助け舟に、内心ニヤリとしながらも妥協点を見出し、すかさず提案する。


「では、折衝案と行きましょう……

アッツォ殿の言われる通り、すでに行動を行っている部隊を戻す事は、得策ではありません。

それでしたら、第2連隊を中心に籠城策を実施し、第1連隊を基幹とした前方部隊はそのまま任務を続行……


第1連隊及び前方へ出た部隊に対する、これ以降の砦からの支援は…… 一切必要ありません!


すべて、私の責任において実施しますが…… これで、如何かな……?」



口調を変え、やや恫喝めいた言い回しでザトレフに決断を迫った。

2人の迫力に押されたのか、ザトレフとロルダンは何事かを耳打ちし、再び口を開く……


「籠城戦に向けた物資をこちらに回すのならば、それでも良かろう……

そして……」


ロルダンがそこまで話した後、次に口を開いたのはザトレフだった……



「外に出た部隊が劣勢に陥っても、砦への退却は許さん……!

軍団長としての命令に対して、あくまで異を唱えるならば、そのくらいの覚悟はあるだろうな!」



 恫喝にも似た条件を提示してきたザトレフに、白山は不敵な笑みを浮かべると、あっさりその条件を呑む。


「良いでしょう…… ただし、公式の報告書には今回の経緯についてハッキリと記載させて頂く……」


こうして、指揮所での応酬を終えた白山は、互いに目線で無言の会話をしながら、アッツォと共に堂々と退出していった……



**************



 指揮所では、2人が退出後に怒号と罵声が鳴り響いていた。


「クソ、成り上がりの貴族ですらない男が、いきがりおって!」


「全くだ! 何故、王はあんな男をのさばらせておくのか!」


「あの若輩の副官も、多少腕が立つからと言って、生意気な!」



ザトレフとその取り巻きは、貴族派で構成されており特権意識に溢れた意見がそこかしこから発せられる……



「まあ、これで奴等も終わりですがね……」


ロルダンの発した言葉に、一同から笑いが溢れる。


「左様、今回の一件を軍令違反として報告すれば如何な王とて、庇えまい……

それに此度の戦で兵の消耗があれば、それも奴等の責任だからな!」


「それよりも、今回の侵攻で死んでもらえればそれに越した事は無いがな……!」



誰かが愉快そうに語り、それにつられて笑い声が挙がっていた……





※※同時刻~ 白山の居室※※




『宛 トラシェ財務卿~』


…………以上の理由にて追加の予算を請求したい……

その他、作戦及び行動については、予定通り……




……了解、この場に居る財務卿殿より裁可が下りた。

追加の物資については、第1軍団から融通し同軍団には、王都より追加の物資を追送する。

軍団長の処遇については、軍務卿と宰相へ報告する……


作戦については…… ご無事で……



ザッ……と、一瞬だけ空電雑音が入り、ハリのある女性の声が聴こえる。


……第1軍団からの物資融通については了解した。

ラモナへの到着は予定通り、明後日となる。


到着後は、敵動向について連絡を受け次第、所定の方向に進撃する。

ホワイト殿、ご武運を……



「以上、通信終わり……」




 横で通信の内容を聞いていたアッツォは、驚きのあまり口をポカンと開いて、普段の軽さが吹き飛んでいる。


定時通信を終え電源を落とした白山は、アッツォに話しかける。


「さっきは助かった…… まあ、これで連中が裏で何かしでかそうと画策しても事前に手が打てるだろう」


我に返ったアッツォが、ため息をつきながら広多無を眺めつつ、その言葉に返答する。


「いや~、びっくりした…… まあ、最低でも1000は砦に残すつもりだったから何とかなるかな~?」



 アンテナを折りたたみながら、頷いた白山は自身の役割がより重要になったなと、内心で考えていた……

同時に頭のネジが飛んでいる宰相にこの情報が伝わった事で、ほんの少しだけザトレフに同情する。


 アッツォは素早く無線の有用性を認め、自分達にも配備したいと言ったが、生憎と台数が不足しており余裕がなかった。

代わりに第1軍団への通信に付記することで、敵情や動向について伝令を飛ばし共有してもらうことで納得してもらう……


これでも、十分にこれまでから比べれば、情報の入手は用意になる……



いよいよ今夜国境を超え、敵支配地域での後方撹乱に出発する……

白山の意識はすでに戦場での任務について意識を集中し始めていた……



**************



 夕暮れが迫る中、白山とリオンは黙々と機材の最終チェックを行っていた……

装備・車両・火器と広範囲に渡る内容をライトの灯りを頼りに確認してゆく。

これから先は、忘れ物をしようが機材の不具合があっても取りに戻ることは出来ない。



マントに軽装な皮鎧で、高機動車の方へ歩み寄ってきた斥候隊長のクリストフは、いつもと変わらない冷静な表情の中に若干の紅潮が感じられる。

しかし、それはテールランプの赤色光に照らされた為か興奮によるものかは、すっかり落ちた夜の帳に隠れ判らなかった……



白山は改めてクリストフの体格を比べる。

身長や肩幅は、特に問題がなさそうだ……


「これに着替えてきてくれ…… 剣は持ったままで構わない……」


言葉短く伝えた白山は、迷彩服を投げ渡す。


 ゆっくりと頷いて踵を返すクリストフの背中…… いや、その小脇に抱えられた迷彩服を白山はじっと見つめる。

丁度、背格好が似ていた仲間の迷彩服……


白山にとって、任務を前にこれほど感傷的な感情を抱くのは、始めてだった……


 夕方近くにクリストフの同行について準備をしていた白山は、彼の服装や持ち物について再チェックしていた。

すでに持ち主が居ない、バックパックから予備の迷彩服を取り出した時、ふと白山の目にネームと階級章が目に留まる。

少しだけそのネームを見つめていた白山は、頑丈に縫い付けられた階級章を外してゆく……



クリストフの後姿をぼんやりと見つめながら、外した階級章とネームを胸ポケットに収めた白山は、無意識にそれを握りしめていた。


 宿舎の片付けと施錠を済ませて戻ってきたリオンが、無言で装備のチェックに加わる。

程なくして迷彩服に着替え、片手に短剣そして、何故か片手で腰のあたりを押さえながらクリストフが歩いてくる……


「すまんが、腰紐の縛り方が判らん……」


プラスチック製のバックルが付いたベルトをぶら下げたまま戻ってきたクリストフに、白山は苦笑しながら説明をする。

腰回りが落ち着くと、ようやくしげしげと服の生地を引っ張ったり、腕を伸ばしたりして感触を確かめていた。


白山は、そこだけ日焼けしていない真新しい生地が覗く迷彩服を見て記憶を振り切る。



そろそろ、出発の頃合いだ……


高機動車のエンジンをスタートし、暖気を行いながらその音に負けない大きさで白山が叫ぶ。



「よし、最終準備だ……! リオン、来てくれ」



その言葉に、後部座席を確認していたリオンがヒラリと舞い降りると、コクンと頷く。


 白山はフェイスペイントを取り出すと、儀式のように緑色の顔料を顔に塗りたくる。

横で同じようにリオンもフェイスペイントをチェストリグから取り出し、ペイントを躊躇なく白い肌に塗り始めた。

手早く化粧を済ませた白山は、自分のペイントをクリストフへ放る。


中空で器用にそれをキャッチしたクリストフは、白山の緑色の顔とそこから覗く鋭い双眸に一瞬だけたじろぐが、恐る恐る肌になすりつけた。


リオンは自分の肌を塗り終わると、白山のそばに寄り塗り残しをチェックする。

耳の付近にあった空白地帯をリオンの細い指に乗った顔料が塞ぐ。


同様に、白山もリオンの塗り残しを塗ってやる……

クリストフは、その光景を見て白山とリオンが男女の仲かと勘ぐったが、同様に白山が自分の塗り残しを盛大に手直しした事で、相互点検であると気づく。


「装具点検……」


白山の言葉で、リオンと白山は自分の装具に手を置き、ポーチの蓋が閉まっているか、装備が適切な位置に収まっているかを点検する。

それが終わるとまた同様にバディで相互点検をする……


「銃点検、薬室確認!」



白山は愛用のP226の弾倉を抜き、スライドを引くと指を突っ込んで薬室と弾倉挿入口の開放と異物の有無を視覚・触覚で確認する。

弾倉の異常の有無を確認すると、リオンが新たに召喚したSIG P228を、スライドを開放した状態で白山へ突き出す。

薬室と弾倉挿入口を指差しで確認した白山は、頷いて親指を立てる。


そしてバディで同じ手順を繰り返す。


白山のM4、リオンのMP7 も同様に点検を行うと、白山が一際大きな声を出す。



「装填!」


 ここからは個人作業だ……

個人火器の責任はそれを持つ隊員が責任を持つ。


拳銃の弾倉を挿入すると、スライドを引き初弾を装填する。

腰のホルスターに拳銃を収めると、次に小銃に弾を込める……


それぞれの準備が終わると、どちらともなく視線が合い互いに頷いた。

儀式が終わると、2人の意識は完全に戦闘へ向けてのそれに切り替わる。



装備らしい装備を持たないクリストフは、その一連の儀式を食い入るように眺めていた……



その瞳には、まるで2人が別人…… いや、別の生物であるかのように映っていた…………



ご意見ご感想、お待ちしておりますm(__)m

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