作戦と同行者と遅れてきた指揮官
臨時の作戦室と化したサロンに入った白山は、夕食会に出席していた将官の全員が出席している事を見て苦笑する。
「さて、それでは今回の作戦について説明させていただく……」
白山がそう宣言すると、皆の視線が一斉に集中した。
誰一人、無駄口をたたく者はなく白山の説明を待っている。
アッツォでさえ、いつものおどけた表情を収めて切れ長の鋭い視線を白山に寄せていた。
「この作戦の骨子は、障害構築と機動防御による遅滞戦闘が骨子となる……
多層階の戦線を形成し、敵騎馬隊の機動力と衝撃力を削ぎ、最終的には半包囲を形成、敵を殲滅する」
白山が発した言葉は、骨子を説明しただけであり、具体的な内容については語っていなかったが、最後の『殲滅』と言う言葉に、同様とざわめきが起こる。
「どうやって、騎兵を殲滅させるのだ! 具体的に説明してくれ!」
あちこちから、質問や疑問が飛び交いサロンの中は混沌とした状況に包まれた……
手を挙げて室内のざわめきを制した白山は、説明を続ける。
「障害構築とは敵の機動を阻害する為に用いられる障害物で、これを持って敵の機動力を阻害し、打撃を与えてから後退する。
これにより味方の被害を低減させる」
白山の説明にアッツォが質問する。
「っと、言う事は、王国内に皇国の連中が入ってきちゃうんじゃないか?
それだと、迂回された場合モルガーナまで、抜かれる可能性があるよね……?」
いつもより真面目な表情で、白山の話を聞いていたアッツォがそう疑問を呈すると、その意見に賛同する声が周囲から聞こえてくる。
「誰も国境周辺で敵を待ち構えるとは、言っていない。
最初の陣地構築箇所は、街道沿いアウネ川を渡った先だ……」
地図の一点を指揮棒で示した白山に、再び会場がどよめいた。
「無理だ! ムヒカ砦の目と鼻の先じゃないか! 障害を構築する前に前方に出た部隊は全滅するぞ!」
「その点については、これから説明する……」
その声で一旦静けさを取り戻したサロンでは、白山の説明が続く……
ひと通りの説明が終わると、皆が押し黙り白山の作戦について、じっと考えているのが判った。
誰もが口を開く事なく、地図をにらみその可能性を検討している。
そして、数瞬の間があって最初に口を開いたのは連隊長であるゴーシュだった。
「儂はホワイト殿の作戦は妥当で、実施は可能だと考える。
ただでさえ少ない兵員を半分に割るのはいかがな物かと思ったが、地の利と障害を巧く使えば問題はないと考える……」
その歴戦の連隊長であるゴーシュの言葉に、副長であるアッツォも続く。
「面白そうだねぇ~♪ 一方的に叩けるならそれに越した事はないよね~」
相変わらずの軽い口調ではあるが、その目は獲物を狙う動物のように冷たく光る。
「すると、決戦の地は国境の関所か……」
椅子をギシリと軋ませながら、国境守備隊長のラッザロが静かに声を出す。
先の戦争では警備ばかりで、小競り合いしか出来なかったと嘆くスキンヘッドの大男が不敵に微笑む。
「すると、斥候隊は前方偵察と警戒が主か……退屈しないで済みそうだ」
斥候隊のクリストフが薄く笑い、明日から早速任務が割り振られる事を喜ぶ。
しかし、一人だけ悪態をつく男が一人……
「おいおい、俺の仕事は責任重大じゃねぇか……
まったく、少しは楽させてくれよな……」
補給隊長のジョエルが、頭を掻きながらそうぼやくが、早速部下へ必要な資材について指示を飛ばしている。
そんな面々の顔を見て、白山はこれならば何とかなりそうだと僅かばかり安堵していた……
「あとは、あの堅物の説得か~ぁ…… 面倒だな~」
白山がその言葉の意味を知るのは、明後日の事となった……
**************
翌朝から、砦の内部はにわかに活気づいた。
夜明け前から起きだして、指揮所に詰めていた白山と打ち合わせてクリストフは出発していった。
斥候隊は、敵情の偵察と測量の任務を帯びていた。
次にラッザロが砦の籠城資材を一部借用し、早速関所へ戻っていった。
到着次第、すぐに作業へ取り掛かると言う気合の入れっぷりだ。
朝日が登る頃に指揮所へやって来たゴーシュは、白山と言葉短く打ち合わせると、早速、練兵場で兵達を訓練させている。
それと平行して、近場で調達出来る資材の切り出しを行う。
ジョエルも資材の発注と調達に向けて街へ降りるそうだ。
順次、必要な物資を砦へ送り、自身はモルガーナで必要になる障害資材を作成して、関所の周辺への輸送を監督すると意気込んでいる。
すっかり日が登った頃、大あくびと共にアッツォが起き出してきて小さな机で、副長として眠そうな目で決済書類を捌いてゆく。
それぞれが自身の役割を十全にこなし、白山は数回ほど伝令へ命令書を持たせて、作戦の細部を肉付けしてゆく……
そうして、午前いっぱいを過ごした後、午後からは高機動車の準備を始める。
正規軍の動きは特に支障がないだろう。
指揮官達の表情や行動を見て安心できると白山は判断していた。
ならば、自分は自分にしかできない事をするべきだ……
例え数パーセントでも自分が活動する事で、作戦全体の成功率が上がるのならば、それに越したことはない……
白山は目立つ牽引トレーラーを外し、ボンネットと側面そして天井部分に折りたたんだ偽装網を括りつけてゆく。
個人装備である背嚢や武器・弾薬については、速やかに作戦行動に移れるよう積み込みや点検は済んでいる。
リオンには携行糧食や煮沸した飲料水の準備を任せていた。
そうした所へブラブラと、所在なさげにアッツォが歩いてくる……
聞けば書類仕事が終わり、命令についても白山が実施したのでする事が無いとの事だ……
近づいて来て高機動車の中を覗きこんでは、あれこれと質問を浴びせ、その度に大げさに驚いたり車体をぺちぺちと叩いている。
「不用意に触るなよ……」 と、釘を刺しながら白山はトレーラーから荷物を移して縛着してゆく。
荷物を移し終えると、小隊用の医療パックから初期外傷処置に使用する圧縮包帯や止血帯、生食やリンゲル液の輸液パック……
点滴セット等をひとまとめにして、座席後部にテープで括りつける。
そんな様子を不思議そうに眺めていたアッツォが、ふと白山に質問する。
「ホワイト殿は、こんな準備をしてどうするの?」
助手席の窓からひょっこりと顔を覗かせたアッツォは、医療パックを所定の位置に戻している白山へ、首を伸ばしながら尋ねる。
その理由をアッツォに聞かせるのは少し躊躇われたが、流石に言わずに出かけるのも問題だろうと判断して、白山は手を動かしながら答えた。
「明日以降、敵の後方に潜入して情報収集と後方攪乱に出る……」
言葉短く語られた内容に、案の定アッツォは目をキラキラさせながら白山の言葉に食いついてきた。
「なにそれ! すごい面白そう! 俺も行きたい!!」
助手席の扉をバンバンと叩きながら白山に訴えるアッツォに白山は、苦笑しつつもやんわりと首を横に振る。
「次席と序列3位が同時に居なくなる訳にはイカンだろ…… それに、訓練を受けていない者を連れて行く訳にはいかない……」
その言葉に、アッツォは唇を尖らせブーブーと文句を垂れるが、白山は意に介さず黙々と準備を続ける。
「でも、それじゃホワイト殿の戦功は、誰が確認するの?」
アッツォは、はたと思い出したような表情で白山に尋ねる。
それはそうだ……
この世界の常識で言えば、第三者に戦功を確認されなければ褒賞などは手に出来ず働き損になる。
白山がリオンだけを伴って出発し、例え多大な戦功を挙げたとしても誰も確認ができない……
「いや、俺は褒賞目当てで仕事をする訳じゃない……」
その答えに心底驚いたアッツォは、ポカンと言葉を失って動きを止めている。
白山にしてみれば、特殊部隊は功績を求めず、人知れず粛々と任務を遂行するのみで部隊によってはその存在すらも否定される。
地位や名声、功績を求めたい様な人間は特殊部隊員としては不向きだ……
白山は、手を動かしながらそんな事をアッツォに聞かせると、「ふーん」と意外そうな顔を浮かべている。
納得しているのかしていないのか、白山には表情からは判らなかったが、一応同行は諦めてくれたようだ……
そこへ数頭の馬が、土埃と汗で濡れたまま本部前にやってくる。
その上にまたがるのは、日の出前に出発したクリストフ率いる斥候隊の面々だった……
クリストフは、白山に気づくと軽く手を挙げ高機動車の方へ馬首を向けてくる。
「ムヒカの砦周辺には、敵軍の姿や目立った動きは見られない。 指示された通り、おおよその位置に目印を立ててきた」
淡々とそう述べるクリストフは、白山とアッツォにそう報告すると、クルリと愛馬を反転させると馬止へ向けて進み始める。
ふと、思い出したようにアッツォがクリストフに声をかける。
「クリストフは、明日から特別任務でホワイト殿に同行してねー」
肩越しに振り返ったクリストフは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべるが、ゆっくりと頷いてそのまま去ってゆく……
「俺は、依頼したつもりもなければ連れて行くとも言っていないんだがな……」
唐突すぎる会話に、白山は眉間にシワを寄せつつアッツォを睨む。
ふふん と鼻を鳴らしておどけた表情をするアッツォは、別段悪びれた様子もなく平然と答える。
「ホワイト殿の説明は良く分かったけど、これってホワイト殿だけの問題じゃないんだよね~
軍団として単独で侵攻を食い止めたとするなら、その功績についてしっかり記録しなきゃいけないじゃない。
見えない所で戦果が上がると、数字合わせるのに苦労するからさ~」
白山の睨みをひらひらと手を振りながら、受け流すアッツォは同じようにブラブラとした歩調で本部の中に消えてゆく……
反論の余地もなく消えたアッツォに、白山は短くため息をつきその後姿を見送った。
丁度、糧食を梱包し終えたリオンが宿舎から入れ違いでやって来る。
「すまないリオン…… 糧食をもう一人分 予備も含めて追加してくれないか……」
リオンは、白山の言葉に一瞬だけ小首を傾げたが、すぐに頷くと来た道を引き返していった……
**************
翌日の昼前に指揮所へ詰めて、部隊の動きについてゴーシュ連隊長と最終の調整を行っていた白山に、側付きの兵が報告を上げる。
「まもなく第2連隊と軍団長が、砦に到着致します」
その報告を聞いた白山とゴーシュは、出迎えの為に本部前へ移動する。
暫くすると、開かれた門から立派な白馬に跨った中年の男が、豪華な飾りのついた鎧に身を纏い、悠然と門をくぐる。
銀色のプレートメイルの胴当てを着用し、口髭を蓄えた恰幅のいい禿頭……
隣に並ぶゴーシュが、白山の腕をヒジで突き、あれが軍団長だと合図を送る。
横目でゴーシュの表情を見た白山は、難しそうな表情を一瞬だけ覗かせた彼の顔を見て、一筋縄ではいかないだろうと考える。
事前に王都で聞いていた情報では、有力な貴族派であるとの話は聞いていた。
従者の手を借りて、不釣り合いな白馬から降り立った軍団長は、周囲を見渡し開口一番怒鳴り声を上げる。
「何故、砦の備えが進んでいないではないか! 貴様ら…… 何を遊んでおるのだっ!」
兵士達は、その様子に身を固くして口をつぐんでいる……
それはそうだ……
白山の提案を受け、アッツォが承認し皇国の侵攻は砦を巡る攻防ではないと見積もられている。
その為、防衛用の準備以外は砦の中は通常と変わりない。
作戦準備を終えてからでも間に合うと判断され、現在は障害用資材の作成と準備が優先されている。
周囲の兵に怒鳴り散らす軍団長を見て、白山は見かねて一歩進み出る。
「ザトレフ軍団長…… 長距離移動、お疲れ様でした」
声をかけた白山をジロリと一瞥したザトレフ軍団長は、フンと鼻を鳴らすと、見下すような侮蔑的な視線を白山へ向ける。
「貴様が王に取り入った、ホワイトとか言う腰巾着か……」
初対面であからさまな敵意を向けてきた軍団長に、白山は内心で苦笑しながらも言葉を続ける。
「砦の状況については、現在までに判明している敵情及び戦力を勘案し、対処計画を実施中です。
ご説明申し上げますので、指揮所へご足労頂けますでしょうか……?」
白山の説明に、ザトレフは「後にしろ!」と言い放ち、話半分で本部へ引き上げてゆく。
その道すがらにも、周囲を取り巻く従者達へ「風呂の支度をしろ!」と叫ぶ声が響く……
結局、ザトレフが姿を現したのは、昼をたっぷりと過ぎた頃だった。
ゆっくりと風呂に浸かり、豪華な昼食をワインと共に腹に収めたザトレフが、少々赤い頬をぶら下げて取り巻きと共にドカドカと指揮所へ入って来る。
何時、軍団長が指揮所へ来るのか聞かされていなかった白山達は、昼食も取らずに待機していたのだが、それを気にする素振りもなく、中央の椅子にどっかりと腰を下ろす。
取り巻きが邪魔で左右からは姿が見えない軍団長に対して、テーブルの対面へ移動した白山が口を開く。
「まずは、着任の報告をさせて頂きます。
王家軍相談役 兼 参謀を拝命しておりますホワイトと申します。 この度、臨時の第3軍団長代理を任命され、着任致しました!」
姿勢を正し敬礼とともに着任報告を述べた白山に対して、ザトレフは椅子から立ち上がる事もなければ、答礼を返す訳でもない。
敬礼を解いた白山は、皮肉交じりに状況の説明を始める。
「軍団長殿は、堅苦しい儀礼はお嫌いな様ですので、状況の説明に移りましょうか……」
そう言って指揮棒を手に持とうとした白山に、取り巻きの一人が声を上げる。
「貴殿に礼儀や式典の何が判るのだ? それから、着任したのならそれ相応の土産という物があるだろう!」
上等な椅子にふんぞり返り、ヒジを突いてニヤニヤとした表情を白山へ向けるザトレフは、何も言葉を発しない。
そのやりとりに指揮所の内部はピリピリとした雰囲気が漂い、兵達が緊張しているのが感じられる。
白山は、眉ひとつ動かす事なくその言葉に切り返す。
「貴殿の所属と名前は……?」
鋭い視線を白山から向けられた神経質そうな男は、一向に怯まぬ白山の態度に、一瞬戸惑いながらも答える。
「第2連隊長のロルダンだ! それがどうした!」
白山の迫力に怯えたのか、声を張り上げるロルダンは、敵意の篭った視線を向けてくる。
しかし、白山はその目を真っ直ぐに見据え、低い声をぶつける。
「貴殿は、私の上官かな?
私は軍団長に対して着任の報告を行っているのだ。
そこへ口を挟むという事は、それ相応の理由があるのだろうな……」
白山の答えに言葉を詰まらせたロルダンは、顔を真っ赤にしながら反論しようとするが、その言葉はザトレフが挙げた手に遮られる。
「まあ、良かろう…… 着任の報告は受けた……
それよりも、砦の防護が何一つ進展していないのは、一体どういう事だっ!」
ガン!と言う鈍い音と共に、蹴り上げられたテーブルが動く。
突然の大声に、周囲の兵士が一瞬実を縮めるのが白山の視界の端に入り、内心で同情する。
権威を笠に着て大声で恫喝するのが、この男のイニシアチブの取り方なのだろう……
冷めた目で、そんな様子を見ながら白山は、冷静に対応する。
「では、その点について説明させて頂きます」
ザトレフは恫喝が通用しないのが面白く無いのか、むっつりとした表情で指揮棒を握る白山を睨む……
資料を回し地図を指し示す白山の説明を聞き、ザトレフとその取り巻きは驚愕や苛立ちなど様々な表情を浮かべる。
「以上が、これまでに判明している敵情と対処計画となっております……」
白山の説明が終わると、ザトレフとその取り巻きは、無言となっていた…………
ご意見ご感想、お待ちしておりますm(__)m