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地形と食事と歓談と

珍しく連続更新です……

 白山の言葉で静まり返った指揮所の静寂を破ったのは、ゴーシュ連隊長だった。


「ホワイト殿は正面対処と仰るが、籠城戦を行うのでは無いのか?」



 ゴーシュから発せられた言葉に、我に返った指揮所の面々は一様に籠城戦を意識していた事を思い返し頷いている。

砦が堅牢で、先の戦争でもこの砦を奪う為に戦闘を繰り広げた経験が、指揮所の面々は無意識に籠城戦を選択していた。


「敵の部隊構成に着目して欲しい。

何故、砦を攻めるのに2000近い騎兵を連れているのかが問題だ……」


白山は、指先で資料をトントンと叩くとテーブルに居並ぶ面々へ顔を向ける。


ハッとしたように、資料に記された兵員構成を見たアッツォが白山へ声をかける。


「確かに騎兵は攻城戦には向かないよね…… それなら、敵には別の狙いがあるって事かな?」



小首を傾げながら資料に目を通していたアッツォは、白山へそう尋ねるとゴーシュ連隊長が口を開く。



「騎兵が役立つのは、平地や広い場所だな……」



その言葉に、白山が返答する。


「ああ、まだ地形的要素を現場で確認した訳ではないが、恐らく敵の意図は砦以外にもある筈だ。

ゴーシュ殿、もし貴方が皇国軍の指揮官だとして、騎兵2000を与えられたら、どこを攻める?」



その言葉にゴーシュ連隊長は、地図に目を落として真剣な眼差しで思考を纏めてゆく。


「恐らく、西へ…… 国境の関所を落とし、そのままモルガーナを攻めるな……」


 その選択肢が提示されると、にわかに指揮所の内部はざわめき出した……

無理もないだろう…… これまで敵情が判明しておらず、砦を巡る攻防が行われると思っていた砦の内部では、既に籠城戦へ向けた準備が行われてた。


「これは、不味いねぇ…… モルガーナは交易都市で特に城壁がある訳でもないし、ここ落とされたら王都までは目と鼻の先だなぁ……」


 深刻な情況にも関わらず、相変わらず軽い口調のアッツォは、椅子の背もたれに荷重をかけて戦後にゆすりながら、資料に目を向けていた。


その言葉で指揮所の中は、一気に騒然となる。


 これまで王国での戦争は、物見や偵察によって発見された敵に自軍の部隊をぶつける正面戦闘や、砦での籠城戦しか経験していない。

しかし、ここで部隊を砦の外に出しては砦がガラ空きになってしまう。

それに第2連隊が軍団長と共に帰還したとしても、合計で4000名でしか無い……


7000に近い皇国軍を相手に正面戦闘を行うには、数的優位が不足している……


『諸侯軍から応援を募る件はどうなっている!』


『第1軍団への援軍要請が必要だ!』


『モルガーナの住民の避難と警備はどのような情況だ!』



副官や戦闘隊長達が指揮所の中を慌ただしく動きまわり、一気に喧騒に包まれた。



「落ち着け! 慌てても事態は解決しない!」



白山の一喝で、指揮所の内部の動きが一斉に止まる……


それを見た白山は、ゆっくりと居並ぶ面々へ声をかける。


「ラッザロ殿、国境関所周辺の地形について詳しく教えて欲しい。」



その言葉に、国境守備隊長であるラッザロは淡々と答える。


「街道沿いは東に向けて緩やかに下っており、両端はまばらに森が存在している。

部隊が展開するのに支障はないだろう……


ただし、馬で1時間程の距離にある場所に、深い所で腰ほどのアウネ川があり、橋以外で渡るのは困難だ。」



 周囲の地形を思い描いているのか、時折目を閉じながらそう答えたラッザロは、姿勢を直すたびに軋む椅子を気にする。

その姿を見ながら、白山はゆっくりと頷き、次に斥候隊長のクリストフに視線を向けた。



「砦から出て東の状況と、ラッザロ殿が言っていた川から先はどんな状況になっている?」


 机の端に置かれていた長い指揮棒に手を伸ばしたクリストフは、順番に質問の内容に答え始める。

その口調と物静かな雰囲気は、先程までの喧騒でも崩れることはなく、淡々としたものだった……



「川の向こうは平地が広がっており、障害物や森は存在せず騎馬隊が展開するには絶好の場所だ。

次いで、砦の東側は、砦を頂点として緩い傾斜になっている。膝下程度の下草と腰から胸ぐらいの低木で見通しが良い。


しかし、国境線の南側は少し傾斜がキツくなっていて、小川が存在するが兵の足を止める程の深さは無いな……」



そこまで聞いた白山は、自身が持ち込んだ航空写真と地図を見て、その地形描写を確認すると、徐ろに口を開いた……



「まず、私の考える戦術はこの世界では卑怯と言われ、騎士としての矜持からは、些か外れる物である事を予め断っておく……」


そこで、言葉を切った白山は周囲の面々を見渡すが、誰も異論や反論を述べる事は無かった。


「しかし、ここで我々が敗れると無辜の市民が蹂躙され、王国は窮地に陥るだろう……

勝つ為には卑怯、非道の誹りは甘んじて受け入れなければならない。

勝たなければ、罵るべき国民も王も存在しなくなるのだからな……


まあ、負けた場合には死んでこの世には居ないから、あまり意味が無いがな……」



 白山のジョークに反応したのは、アッツォだけだったが、その他の面々は白山の言葉を真面目に考えていた。


これはいい傾向だ……

第1軍団の幹部や貴族連中にはびこっている正面戦闘や無駄な突撃への執着は、やはり前線に配備されている将兵には少ないようだ。


僅かばかりの安堵を覚えながら、白山は言葉を続けた。


「それから、第3軍団が抜かれたら、事実上 王国軍の組織は崩壊するだろう……

国土面積と周辺諸国の動向から、間違いなく残存兵力では王都周辺を防衛するだけで手一杯になる。


そうした点を考えれば、この戦は如何に軍団の損耗を少なくするかを考慮しなければならない」


白山の言葉に、テーブルに向かう男達の顔つきが曇る……


ただでさえ兵力差がある相手に対して、損耗を許されない戦いを強いられるとすれば無理難題でしかない……



「本当に、そのような戦いが可能なのか……?」



 声を発したのはこの席で、一番年かさのゴーシュ連隊長だった。

多くの兵の命を預かる立場で、間違いなく今回の戦で矢面に立つとすれば、その懸念も当然だろう。



白山は、疑問を浮かべる連隊長の目をまっすぐに見据えながら答える。



「これまでの戦の手法をすべて忘れて頂けるならば……」



指揮所は、白山の言葉に再びざわりと蠢いた……




**************




 ひと通りの状況把握を終えた後、白山はあてがわれた宿舎の一室に荷物を置くと、すぐに城壁に設けられた物見に足を運んだ。

やはり地形や現場を、直に確認しなければ作戦の詳細を組み立てることは難しい。


その為、白山は4階程の高さがある城壁を登り、眼下に広がる光景をじっと観察していた。

今日は天気もよく、高台にある砦の地形と城壁にある物見の高さが加わり、遠くまでよく見渡せる。


 東南の物見からは、遠くに皇国の都市であるヴァラウスが見え、その手前にムヒカの砦がよく見えた……

砦の規模はどちらも大差ないほどで、地形的に平地にある分、皇国のムヒカ砦の方が城壁の高さや造りが優っているだろう。


白山の側付きになった兵士が怪訝そうな表情を浮かべる中、白山はその光景をタブレットを使い撮影してゆく。

城壁の上に設けられている通路を歩き、南へ向かいながら防壁の情況をチェックすると、一定の間隔で石つぶてや矢を入れる樽が備えてある。

これも籠城戦の準備の一環だろう……


そうした物品を眺めながら、白山は南の物見へたどり着いた……


 なるほど、南西方向は急斜面になっており、小川が流れている。

そこから遠くに目を向けると、王国側の国境関所が見えた。

こちらも砦と同じような石造りで、堅牢な様子が見て取れる。


双眼鏡を使い、周辺の地形をつぶさに観察した白山は出発前に考えていた作戦について、頭の中で微調整し概ね問題がないことを確認する。


高い位置にあるせいか、時折吹く風に目を細めながら白山は側付きの兵に戻る事を伝える。


外付けの階段を下りながら白山は独り言ちる……


「特科火力か欲は言わんから重迫がいりゃあ……なぁ……」



側付きの兵士は全く意味の分からない白山の呟きに、後ろを歩きながらしきりに首を傾げていた……



 自室に戻った白山は、出迎えてくれたリオンの様子を見てコーヒを淹れてくれるように頼んだ。

元より作戦中に召喚されたため、私物や嗜好品のたぐいは殆ど持ち合わせていない白山だったが、コーヒーのセットだけは持ち込んでいた。

すっかりリオンもコーヒーを淹れる事に慣れ、その手つきにも不安さはない。


白山の前にコーヒーのカップを置くリオンの表情はアッツォの挑発で役に立てなかった事を気にしているのか、心なしか暗かった。


白山は、リオンが淹れてくれたコーヒーの香りを確かめながら、ほんのひと時張り詰めていた緊張をほぐす。



「朝の事を気にしてるのか……?」



白山は、撮影してきたタブレットの画像を眺めながら、リオンに問いかける。



「申し訳ございません……」


 消え入りそうな小さな声で、白山へ謝罪するリオンは薄っすらと目に涙を浮かべている。

小さく息を吐いて、優しげな表情を浮かべた白山はゆっくりとした口調でリオンに問いかけた……



「リオンは、間違いなく彼より強いのにな……

俺を想ってくれるのは嬉しいが、訓練で言っているように冷静な思考を捨てるな。


静かな心で対峙すれば、間違いなくリオンのほうが強いんだから……」



白山の言葉を無言で受け止めたリオンは、コクンと小さく頷き白山に見えないように、そっと涙を拭う……



「今の所、俺の背中を預けられるバディはリオンしかいないんだから、下手に負傷して悲しませないでくれよ……」


 応接セットの小さな机を挟んででいたが白山は、上体を伸ばしてリオンの頭に手を伸ばす。

不意に伸びてきた白山の手に、リオンは一瞬だけ体を硬くするが、すぐに力を抜いて撫でられるままになっていった……



「ズルいです……」



リオンが呟いた小さな声は、白山の耳に届く事はなく、部屋の空気に溶けて消えていった……




**************



 今回の作戦において用いられる戦術や陣地の作成方法を纏めていた白山の元へ、側付きの兵が夕食の用意が整ったと報告に来てくれる。

書き上がった書類をまとめ、席を立った白山はチラリとリオンに目を向けた。


どうやら機嫌が良くなったようで、安堵しながら揃って幹部宿舎を後にする。


 アッツォの話では、今日の夕食は白山の紹介も兼ねて本部の食堂で行われるとの事だ。

通常は朝夕の食事は幹部宿舎で摂り、昼食については自由に摂るという。


1日2食で済ませる者もいれば、午後の茶を兼ねて昼の遅い時間に軽食をつまむ者もいる。その辺は自由裁量になっている。

勿論、食堂で食べる者も多く、それなりの食事を出してくれるということだった……



 本部の食堂には10名ほどの席が用意されていた。

アッツォは、上座の方に座っており白山に気づくと手を振って呼び寄せた。


「お疲れ様です! さっき報告受けましたけど城壁まで視察に行ったんですか? 階段しんどくありませんでしたか~?」


相変わらず軍団を預かる副長とは思えないぐらい軽い口調で、白山へ矢継ぎ早に質問を繰り出すアッツォは、テーブルに肘を乗せ手を組んで顎を載せている。


 そんな普段の無邪気な仕草と戦闘力のギャップに、白山は苦笑しながら促された隣の席に着席した。


程なくして集まってきた面々は、指揮所で目にした面々とその副官が主だった。

一人だけ見たことのない人物が入ってきたが、その男はアッツォと白山の姿を見つけると、軽く手を挙げてから席につく。


すべての席が埋まった頃合いでアッツォが声を上げる。


「それじゃ、ホワイト殿の着任に際して顔合わせの夕食会、開始しよ~う♪」


 何とも気の抜けた挨拶だったが無駄に長い挨拶を聞かされるよりはよっぽどマシだろう。

そんな事を考えていると、アッツォが白山に話を振ってくる。


「では、ホワイト殿の挨拶~♪」


配られたワインのグラスを受け取りながら、白山は立ち上がり軽い口調で挨拶を始める……


「只今、ご紹介に預かった王家軍相談役 兼 参謀を拝命しているホワイトだ。

すでに、顔を合わせている方も多いが後任が決まるまでの間、軍団長代理として勤務する。


短い間だが、よろしく頼む!」



 控えめな拍手と掲げられたグラスが、白山を祝福してくれた。

本人は知らぬ事ではあるが、アッツォの手荒い歓迎をくぐり抜けた白山は、強者であると認められている。

そして指揮所での着任早々の手腕や行動によって、顔を合わせた将官からは一定の信任を得ていた。



 そして、夕食会で改めて各人が自己紹介を行う。

最後の一人は、補給隊長のジョエルと言った……


少々肥えた風体の背の低い男だったが、その腕は太く鈍重さは微塵も感じられなかった。


指揮所で顔を合わせられなかったのは、ラモナへ赴き不足していた物資の調達を行っていた為で、丁度白山とは入れ違いになっていた。


「よう、副長との一件聞いたぜ。 代理殿も中々やるじゃねぇか!」


 食事も終盤に差し掛かった頃白山の席にやって来たジョエルは、開口一番そう言い放ち、白山の隣りに座るアッツォがむくれた表情で両手を上げる仕草を見せる。

そんなアッツォを横目にガッチリと握手を交わしながら、砕けた口調で白山に話しかけてきたジョエルは、ニヤリと笑いチラリとリオンに視線を向ける。


「それに、こんな別嬪さんまで連れてくるたぁ、随分と剛気じゃねぇか……」



白山はその言葉に苦笑しつつ、ジョエルに言葉を返す。


「言っとくが、リオンに手を出すと城壁から吊るされるから、その点は覚悟しとけよ。

下手な騎士より強いからな……」


白山の言葉に、ジョエルは大げさに驚いた顔を浮かべながらおどけてみせる。


「そいつは、おっかねえ……!」


 引き合いに出された当のリオンは、少々ムッとした様子だったが、ジョエルにニッコリと笑いかけられ握手をすると、その言葉が冗談だと判ったようでいつものポーカーフェイスに戻っている。


そんな様子を微笑ましく見ていた白山は、ジョエルにつづいて声をかける。



「幾つか調達して欲しい物があるんだが、どのくらいで揃えられる?」


 白山からメモを受け取ったジョエルは、その内容に目を落とし暫く考えてから慎重に口を開いた。

その姿は先程までの軽妙なおしゃべりは鳴りを潜め、仕事に徹する軍人としての顔が浮かび上がる。


「針金は槍の補修なんかに使うから、幾らか在庫はあるが…… これだけの量は難しいな……

ラモナとモルガーナに人を走らせて、あるだけかき集めよう。


その他の土木資材は問題ない。明日の調達で十分に揃うな。

しかし、この麻袋は何に使うんだ……?」



 白山は、「今に判る」とだけ答えて着席した。

ジョエルは、その様子に肩をすくめ、副官に調達を指示しながらゆっくりと席に戻っていった。



 次に白山の席に訪れたのは、ゴーシュ連隊長だった。

少し赤い顔は、ワインのせいだろうか……


屈託もなく白山に語りかけてきたゴーシュは、昼の慎重な物言いからは一転して親しげな様子で語りかけてくる。


「昼間の情報には驚いたが、ホワイト殿の先を見る彗眼も更に驚いたわ!」


 語り合う白山とゴーシュは、深く語り合った……

聞けば、先の皇国との戦闘でも前線に立っていたゴーシュは、多くの部下を亡くしたそうだ……

その瞳には憂いとも後悔ともつかない悲しみが湛えられており、すでに引退してもおかしくない歳なのだが、未だ現役に拘り続けている。

それは部下の敵と言う短絡的な思考ではなく、若い部下達を死なせたくないと言う、一種の親心から来る信念だった。


 そうした言葉に心打たれた白山は、自身の経験や意見を語り、老練な指揮官はそのたびに深く頷いている。

実戦をくぐり抜けてきた心情や共感は、世界や時を超え共通なのだと白山に実感させていた。


「しかし、本当に自軍の損害を限局して、皇国の進行を食い止められるのか……?」


ふと、話題が途切れた頃にゴーシュがそう切り出した……



「明朝、発表するつもりでしたがゴーシュ殿のご意見を拝聴できれば、より良い物になるかもしれませんね」



謙遜と目上の軍人への敬意を込めて、白山がそう答えるとゴーシュは嬉しそうに目を細める。


「ならば場所を変え、聞かせて頂けるかな?」



「是非に……」 と白山が返答を口にしようとした時、それまでつまらなそうに皿の料理をフォークでつついていたアッツォが食いついてくる。



「なに なに なにっ! ホワイト殿の作戦って、もう出来てるの! それ俺も聞きたい!」



 上座から発せられたその大きな声は、当然のごとく周囲の耳目を集める結果となり、簡素なサロンで臨時の作戦会議が開かれる流れになってしまう。


しかし、軍人の行動力たるや、やはり侮れない……

その数分後には、サロンへ大きなテーブルが食堂から運び込まれ、大判の地図が用意される。


やれやれと、ため息をつきながらサロンへ向けて足を進めていった…………


ご意見ご感想、お待ちしておりますm(__)m

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