着任と挨拶と指揮所の面々【挿絵あり】
ビネダ砦に到着した白山とリオンは、ゆっくりと跳ね橋を兼ねる城門から高機動車を乗り入れた。
アーチをくぐると、エンジン音が石造りの壁に反響し、木霊のように低い唸りが響き渡る。
城壁を抜けると、ガランと広い内側のエリアに、同じような石造りの倉庫と思しき2階建ての建物が右手にあり、左手にはそれより少し小さい、兵舎と言った雰囲気の建物が建っている。
ゆっくりとその広大な敷地を進む高機動車は、左手の角を曲がると、正面に少し立派な本部らしき建物が見える。
右手には練兵場、左手にはL字型に建てられた宿舎が見える。
程なくして馬車留になっている本部らしき建物に車両を停めると、そこには小柄な優男が一人、白山を待っていた……
ゆっくりと歩み寄って来たその優男は、ニッコリと微笑むと白山に右手を差し出し、握手を求める。
「はじめまして! アッツォ ビュールマンと申します」
その手をしっかりと握り返した白山は、その手の感触から目の前に立つ優男が、見かけ通りの優男ではない事を感じ取った。
剣ダコで少しゴツゴツとしたその手を握りながら、白山も挨拶を返す。
「王家軍相談役兼参謀、ホワイトと申します。臨時の第3軍団長代理を拝命し、着任致しました。
早速、団長や幕僚の方々に、ご挨拶をさせて頂きたいのですが……」
そこまで語った白山は、相手がやたら熱っぽい眼差しで自分を見ていることに気づき、怪訝そうな表情を浮かべる……
「どうか……されましたか?」
疑問に思い白山が尋ねると、握手した手をブンブンと振り回しながら、アッツォは興奮したようにまくし立てた。
「いえ、鉄の勇者と呼ばれるホワイト様の活躍は、聞き及んでおります!
一緒に戦場に立てるかと思うと、すごく、すごく光栄です!」
やたらとテンションが高く、やや引き気味の白山は、周囲の兵に助けを求めるように、視線を走らせるが……
同情のこもった視線を向けられ、救出の手はどこからも差し出されなかった……
「アッツォ殿…… 出来れば早々に挨拶を済ませて、任務に就きたいのだが……」
半ばあきらめたように白山が声をかけると、アッツォはふとスイッチが切り替わったように、冷静な声で語り始めた。
「申し遅れました…… 私が第3軍団の副長を務めさせて頂いております。
現在、団長のザトレフ様はカイサ砦の修復作業に出ており、到着は2日後、幕僚については、夕食時に紹介しましょう」
金髪の前髪から覗く、細い目が白山の視線を捕らえると、僅かばかりの殺気がアッツォから漏れる。
何か仕掛けてくるな……
白山は、殺気を感じ取ると僅かに脱力しつつ、相手の出方を伺う。
白山は敢えてアッツォの殺気を受け流したが、高機動車から降りたリオンは、その殺気に敏感に反応する。
音も無く抜かれたナイフが、一見すると緩慢に見える動作でアッツォの首筋に動く。
無駄のない動きで首に迫る刃筋は、白山との修練の賜物で、見えているのに反応出来ない類の動きだった。
あと、数センチと言った所でナイフが止まる……
白山が視線を動かすと、アッツォの左手に握られたナイフがリオンの心臓の直前に突き付けられていた。
「リオン…… 刃を納めろ。 アッツォ殿も引いて頂けるかな?」
自身の周囲でめまぐるしく発生した、刃傷沙汰の一歩手前といった事態にも動じる事なく白山は極めて冷静な声で呼びかけた。
その声に、リオンは表情を変えずにゆっくりと一歩下がり、ナイフを収める。
対するアッツォは先程までの無邪気な笑顔から、残忍な冷笑がその顔に張り付いている……
「おや、刺さると思ったのですがね…… 流石はホワイト様の配下ですね……」
白山は黙って、自身の右手を握り左手にナイフを持つアッツォを眺めるが、その視線に気づいたアッツォが悪びれた様子もなく、カラカラと明るい笑顔を向けてくる。
「いやはや、この程度の誘いでは乗って頂けないか……」
にこやかなアッツォの表情は笑顔とは裏腹に、目は氷のように冷たく白山に絡みつくような粘っこい視線を向けてくる。
『 試されているな…… 』
白山はこれまで派遣されてきた各国軍部隊への、軍事訓練の様子を思い出していた……
縄張り争いや対抗意識、強がりであったり虚栄心といった感情のごった煮が、派遣先の部隊との顔合わせでは、見られた。
軍隊とは保守的な所で、中々改革や新しい手法を取り入れる事に対して腰が重い。
特に平時ではその傾向が強く、格闘の訓練では良く腕自慢が突っかかって来ることが多い……
無用な波風を立てるつもりはなかったが、力関係を明確にしておく必要もある。
異世界での力関係や権力構造は、至ってシンプルだ。
「随分と、安い挑発だな……」
握手の手にかかる力を抜きながら、白山は口元に薄く笑みを浮かべる。
次の瞬間、肩の力を抜いた白山は握手している右手を、軽く引いた。
アッツォがその動きに反応して僅かに腕を引くと、白山はそのまま1歩進み出る。
体幹を伸ばした合気道の動きで、進み出た白山はアッツォの腕を一直線に固定した状態で相手の肩を持ち上げる。
驚いたアッツォは意味もわからず、つま先立ちになりバランスを取ろうとするが、既に遅い。
素早く反転した白山は、持ち上げていた腕を逆に落とすと側面からアッツォの体を進みながら軽く押しやる。
次の瞬間、アッツォの体は自身の意志とは無関係に、前のめりとなって宙を舞う……
ドスン と派手な音と共に土埃が舞い、アッツォは何が起こったか解らぬまま空を見上げていた……
「まだやるか……?」
自分を見下ろしている白山に、そう聞かれアッツォは左手に握っているナイフの存在を思い出す。
まだ、負けた訳ではない!
左手を動かそうとした瞬間、アッツォは右手から肩にかけて走る激痛と、再び訪れた自分の意志とは無関係に動く体に反撃を阻まれる。
気づけばアッツォは、仰向けだった体がうつ伏せに転がされ右腕が固定されて、まったく身動きがとれない……
もがきながら脱出を試みるが肩に走る激痛と、のしかかる白山の体重で、それは無駄な抵抗に終わる。
気づけば、左手に握っていたはずのナイフもいつの間にか白山に奪われていた。
「参りました……」
完全に抵抗を封じられたアッツォは、自分が完全に自由を奪われた事を理解すると、体から力を抜き小さく呟いた……
白山はゆっくり拘束を解き、アッツォが立つのに手を貸すと軽く首を傾げてから目線で、『理解したか?』 と問いかける。
白山の視線を受けて、一瞬下を向いたアッツォはギリッと奥歯を噛みしめるように白山を見上げると、腰に下げているレイピアを抜こうとする。
しかし、その動作は半ばに差し掛かった所でその動きを止めた。
鞘から半ば抜きかけたレイピアを留めたのは、白山の脇差しだった……
腰を切り、アッツォとの狭い間合いで抜かれた脇差しが、澄まされたその刃を狙い違わず首に押し当てられる……
アッツォはその感触に、冷たい汗が背中を伝った……
「くっ、くくぅ~っ! いや~っ! 流石です!参りました!」
突然、腹の底から湧き出すように笑い始めたアッツォは、ゆっくりとレイピアを鞘に収めてから一歩後ろに下がる。
「いやはや、これでも少しは腕に自信があったのですが……正直、驚きました!」
胸の前で小さく手を挙げて、降参を示したアッツォは可笑しさを堪え切れない様子で肩を揺らした。
「いや、大変失礼致しました……
第3軍団副長 アッツォ ビュールマン 王家軍相談役兼 参謀 名誉騎士ホワイト殿の着任を歓迎致します」
一歩下がって神妙な面持ちで、拳を胸に当てる仕草を取りながら頭を下げたアッツォに、白山も脇差しを収めると姿勢を正し答礼を行う。
本部の建物の前では、衛兵が呆然とした表情で白山とアッツォを眺めていたが、3人が並んで建物へ入ろうとすると慌てて表情を取り繕った。
本部の中は貴族や軍幹部が使用する場合もあり、ある程度の調度品も整えられていたが、やはり前線の砦といった風情だ。
簡素な内部の雰囲気は白山の好みで、駐屯地の中を彷彿とさせる。
無機質な内装や兵士の行き交う雰囲気が、時代や世界、造りが違っても一種独特の空気感を漂わせている。
アッツォは先ほどまでの剣呑な雰囲気を何処かへ仕舞いこみ、明るい口調で白山に話しかけてくる。
「いや~、もし王家からの権威を笠に着る様な輩が、あれこれと指揮に口を出すと言われたら、部隊の士気や命令系統に問題が出るので……
そんな訳で、最初にガツンとやろうと皆で言っていたんですが、逆にやられるとは思っても見ませんでしたよ!
これでも僕、軍団の中ではかなり強い方なんですけど……」
頬を指でかきながら、白山を先導するアッツォは白山の返答を待たずに、あれこれとまくし立てた。
白山に対して王名で発行された命令書には、厳格な取り決めが成されていた。
あくまで指揮については第3軍団長に指揮命令権があり、現状序列ではアッツォに次ぐ第3位となっている。
戦闘が迫っている最中に上からお目付け役が突然派遣されたとすれば、現場の心情としては面白く無い事は、想像に難くない。
そこで、序列や士気を鑑みて白山に吹っかけたのだろう。
「ビュールマン殿、私は軍団内での序列や指揮命令系統を逸脱するつもりはありませんよ。
ある程度、助言をするだけです……」
白山の答えに、アッツォは苦笑しながらも答えてくれる。
「ホワイト様、私の事はアッツォで結構ですよ。
それに、貴方の助言についても興味が出てきました……」
その言葉に頷いた白山は、廊下の先にある大きな扉の前にたどり着く。
アッツォの説明では、指揮所だとの事だった。
アッツォがその扉を大きく開け、内部に大声で叫んだ。
「皆、聞け! 王家軍相談役兼参謀、ホワイト殿が臨時の第3軍団長代理として着任された!」
中心に置かれた大きなテーブルを囲むように立っていた数名の人間が、扉の方に顔を向け、その視線が白山に集中する……
いきなりの紹介に、些か驚いた白山は目線をアッツォに向けるが、イタズラっぽい顔を向けてから目線で白山に挨拶を促す。
内心では、やれやれと思いつつ、白山はこの場を掌握すべく目線を室内に戻すと、声を張り上げた。
「第3軍団長代理として着任したホワイトだ!皆、よろしく頼む。
早速だが、現状を知りたい。 軍団の現在の動向や判明している敵情について説明を!」
その言葉に、これまでの軍団長代理は王都においてお飾りでしかなかった代理が、現場に現れた事と軍議に首を突っ込んできた事に、少なからず動揺が走った。
「ちなみにホワイト殿は、さっき僕の『ご挨拶』を受けて、この場に立ってるからね~♪」
白山を先導する形で、中央のテーブルに進み出たアッツォがおどけた口調で居並ぶ面々に告げると、ギョッとしたように指揮所の中が静まり返る……
白山は一瞬だけ疑問に思ったがその静寂を好機と思い、荷物をリオンへ預けると早速テーブルに並べられている地図へ目を走らせた。
手書きで書かれている簡素な地図には、おおよその部隊配置が描かれてはいたが、地図上に並べられている駒はまばらな状況だった。
「お互いの自己紹介は、食事の際にでもゆっくり交わすとしよう。まずは、状況を把握して打てる手は早めに講じたい」
地図を囲むように居並ぶ面々に鋭い視線を向けた白山は、そう述べると年嵩の軍人らしい日焼けした頑健そうな男が声を上げる。
「情況を説明申し上げるのは構いませんが、ホワイト様は軍の指揮を経験された事がおありかな?」
図嚢を開き、書類の束とノートを取り出しながら言葉の主に視線を向けた白山は、平然と切り返す。
「この世界に召喚される前は私も軍人であり、指揮官としての教育を受け実戦も経験しているので心配無用……」
白山の言葉に、質問をした男は意外そうな顔を浮かべながらも、納得したように頷くと再び口を開いた。
「これは失礼を致した。私は第1連隊を率いているゴーシュと申します。
それでは、現状についてご説明致しましょう……
軍団は、現在ザトレフ団長以下、1個連隊2000名がカイサ砦の城壁修理の支援に向かっており、現在ビネダ砦には第1連隊の2000名
軍団長以下、第2連隊については2日後の到着予定となっております……」
後半は苦々しい表情を隠す事なく語ったゴーシュ連隊長は、現在の部隊の動向について語ってくれる。
その言葉を聞きながら、地図を凝視していた白山は頷いて続きを促す。
アッツォは椅子の背もたれを前にして座り、それにより掛かるように地図と白山を交互に眺めている。
その表情は、楽観的というかこの状況を楽しんでいるかのようだった。
真剣な眼差しで、地図に視線を向ける白山を見て、連隊長が続きを語り始める。
「国境の関所では昨日、国境の出入りを封鎖し周辺の警備を強化しております」
その言葉に白山が質問を挟む。
「関所周辺の部隊配置は?」
その言葉に、応えたのは違う男だった……
脚周りなどは女性の腰回り程もありそうな、スキンヘッドの大男だった。
「国境守備隊長のラッザロだ……
国境守備隊は200名で編成されている。
約100名が通常関所の警備と入国者の対応、それからもう半分で国境線の警戒をしている」
朴訥とした語り口だが、腕力一辺倒という訳ではなさそうだ……
白山は、ラッザロへそんな印象を抱きながらも、黙ってその言葉に頷いた。
「おおよその配置は理解した。
敵情について、現在までに判明している事項は何かあるかな?」
その言葉に反応したのは、神経質そうな目付きの鋭い男だった。
「斥候隊のクリストフだ……
国境線を超えて斥候を複数放っているが、これまでの所敵軍の姿は発見されていない。
それから、敵のムヒカ砦では荷馬車の出入りは活発になっているとの報告が来ているが、それ以外に目立った動きは無い……」
物静かな印象を受けるクリストフに、斥候としての優れた特性を感じながら、白山はその視線を受けてゆっくりと頷く。
現状において報告できる内容は、おおよそ語られたようだ。
周囲に視線を走らせるが、発言をするような人間は見当たらない……
その様子を見た白山は、後ろに控えていたリオンに目配せをする。
静かに白山に近づいて来たリオンは、渡された紙束を指揮所の人間に配り始める。
「この資料は私が独自に収集した物で、2日前の敵軍の動向と規模だ……」
バードアイからの航空偵察写真と、そこから割り出される敵軍の規模そして予想到達日時が詳細に記されていた。
指揮所の人間は皆、息を呑むように目を見開いて資料を貪っている。
白山は、ゆっくりと口を開いた……
「現状において敵軍の国境周辺への到達は、早くて4日後と見積もられる。
敵は、歩兵及び騎兵を中心とした総数約1万、そのうちの約6~7000が実員と思われる……
明日以降、ラモナには第1軍団が進出するが、敵正面の一次対処は第3軍団が実施する。
厳しい戦いになるだろうが、我々の背後には守るべき民が存在していることを忘れるな!」
後半の言葉に力を込めた白山の言葉に指揮所は静まり返り、その視線は白山へ痛いくらいに集中していた…………
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