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保険とワインと砦

 城壁守護隊の詰所は油脂のランプで燻ったような灯りに照らされ、中でうごめく守護隊員達も何か別の生き物のように感じられた。


戦時下独特の緊張感に、詰所の空気が重く感じられる。

そんな空気を肌で感じながら、白山は石造りの門扉をくぐり、詰所の中へ顔をのぞかせた。


 西門での一騒動で詰所の守護隊員は、殆どが白山の顔を認識している。

渦中の人物がいきなり単身で、詰所へ姿を現したことで守護隊員の顔には、驚きと緊張が浮かんでいる。


「守護隊長殿は、どちらに……?」


白山の問いかけに、部屋の中に居るリーダー格らしき守護隊員が、緊張した口調で聞き返してくる。


「どのようなご用件で……?」


慌てて椅子から立ち上がった兵が、訝しむように白山に尋ねる。


 その言葉は、信頼の厚い守護隊長をかばうような少々刺のある口調で、それを聞いた白山はニッコリと笑う。

仲間を思う気持ちは、時代や世界が変わっても同じだと感じ、思わず詰所の中の隊員達を見渡した。


「いや、少々個人的な頼み事をしたくてな……

それに、昼間は皆に連絡の不備で済まない事をしたから、その詫びも兼ねて訪ねたんだ」



途中で仕入れたワインの大瓶を掲げながら、白山がにこやかに告げると、少しだけ詰所に漂う緊張が和らいだ。



 白山の身分は王家軍相談役で臨時とはいえ、第3軍団の団長代理だ。

そんな高位の人間が供回りも連れずにフラリと現れ、あまつさえ一介の城壁守護の詰所に詫びに来たという……


てっきり白山が、叱責か意趣返しに来たと思っていた守護隊員達は、面食らった様子だったが、誰かが奥で休憩している隊長を呼びに走る。


 白山は、その間に控え室で談笑していた数人の兵に、現在の治安状況や街の様子などを訪ねた。

いきなり話しかけられた兵は緊張した様子だったが、何とか言葉を絞り出し白山の問に答えてゆく……


 やはり耳の早い商人や伝令の早馬によってもたらされた情報で、街中は食料品の値上がりや緊張した雰囲気が漂ってはいるが、概ねは平穏だとの事だ。

だが街に入ろうとする者の中には、間諜の疑いが持たれる者や、夜に城壁を越えようとして捕まった者や殺された者もここ数週間の間に、散見されるようになったという。


 兵達の言葉に、皇国はいつ頃から侵攻を意図していたのかと思いながら、話を聞き入っていた所に大柄な足音が近づいてくる。

どうやら守護隊長がやって来たようだ……



「お待たせ致しました……」


 少し暗い石造りの廊下から、ランプの明かりの下へ現れた守護隊長は、馬上の印象とは少し異なったように白山には感じられる。

やや、神妙な面持ちで現れた守護隊長は白山の所にやって来ると、深々と頭を下げた。

邂逅当初の威勢や頑迷さとはうって変わって、静かにそう告げた守護隊長へ白山は、右手を差し出しながら挨拶を交わした。



「いや、昼間は連絡の不備で迷惑をかけてしまって、すまなかった……

詫びと少々お願いがあって、お邪魔させてもらった。


改めて、自己紹介をしよう。王家軍相談役 兼 参謀 ホワイトと言う者だ……」


頭を上げて白山の手をガッチリと握った守護隊長もその言葉に、やや安堵した表情で恥ずかしげに苦笑を浮かべる。


「こちらこそ、昼間は大変失礼を致しました。

何しろ、昨日も大道芸人に扮した間諜と思われる一団を捕縛したばかりで、気が立っておりまして……


西城壁守護隊長を務めております、ロマン・クラーコラと申します」



 大柄なロマンは、赤茶けた髪に無精髭といった如何にも粗野な外観とは裏腹に、丁寧な言葉遣いで白山に挨拶を返してくれる。

控室でその様子を見ていた兵達は、その様子に肩の力が抜けたようで幾分、表情が和らいできた。



「これは、詫びの気持ちと言うか慰労を兼ねて持って来たんだが、皆で分けてくれ!」



 焼いた串肉の大きな包と、ワインの大瓶をロマンに押し付けた白山は、軽く視線を兵達へ向けてニヤリと笑った。

押し付けられたロマンにしても、暫く緊張の連続だった部下達を想い苦笑を浮かべながらも、同意してくれる。


「お前ら、飲み過ぎるなよ! それから、今立哨に立っている者達には、肉だけを配ってやれ!

交代してきた奴等の分は、残しておいてやれよ!」



 ロマンのその言葉に、弾かれたように兵達が準備を初めて、木のコップが並べられてワインが注がれた。


白山もコップを受け取ると、ロマンが言葉を発する。


「今後も暫くは厳しい日々が続くと思うが、気を引き締めて任務にあたってくれ!」



 乾いた音が響いて木のコップが打ち鳴らされ、途端に明るい笑い声が響き、先程までの重々しい空気は払拭される。


 これからの作戦のおおよその概要はラモナの街にも伝わっており、まもなく到着する第1軍団が来るまで頑張るとの声が、そこかしこから聞こえてくる。

適度な緊張感と重苦しい雰囲気が入れ替わり、ようやく守護隊の兵達から肩の力が抜けたと思った白山は安堵する。


仲間との団結や連帯感は危機にこそ高まる……

命を懸けて一緒に戦うからこそ、そこには嘘も偽りも存在しない……


少しの憧憬と回顧を覚えながら、木のコップを片手に白山は目を細めてそんな光景を眺めていた……


「して…… ホワイト様 何か依頼があるとの事でしたが……」



同じように、兵達の様子を眺めていたロマンが小さな声で白山に尋ねてきた……


その言葉に白山は、僅かに頷くとその仕草から何か秘密めいた物を感じ取ったロマンが、白山を奥の部屋へと誘った。

隊長室は、ベッドの他に書類の決裁に使う小さな机がある他は、一般の兵と大差はない。

しかし内密な話をするには、十分な広さがあった。


白山に椅子を勧め、自身はベッドに腰掛けたロマンに白山は徐ろに切り出した……


「クラーコラ殿の職務に忠実な姿勢を見込んで、ひとつ頼みを引き受けて頂けないだろうか……」



「詳しくお伺いしましょう……」


 ロマンは姿勢を正すと、真摯に白山と向き合い真っ直ぐな視線を白山に向けてくれる。

実直で任務に忠実であるとの評価と、自身が感じた印象は間違っていないと判断して白山は密談を進める。

白山は、背中のデイパックからラップトップを取り出すと簡単に説明を始める。


「これは、異界の鏡と呼ばれる魔道具だ。

先日、陛下より賜った俺にしか使うことの出来ない代物なんだが……」


そこまで話すと、白山はロマンの表情を確認する。

未だ、真剣な表情で聞き入っているその姿勢に安堵した白山は、ゆっくりと続きを語り始めた。



「この異界の鏡は、だれでも扱う事のできる強力な兵器を召喚できる。

そして…… その事を知っているのは、王家や軍の中でも限られた人間しか、その事実を知らない……」



それを聞いたロマンは、驚いた様子で白山の顔とラップトップを交互に眺めると、少し表情を険しくする。


「成程…… そこまでは判りました。

しかし、それと私への頼み事とは、どのような関わりが……?」



白山は一呼吸置くと、真剣な表情でロマンの目を覗き込み、おもむろに切り出した。



「クラーコラ殿に、その魔道具について預かって貰いたい……」



白山の切り出しに、一瞬息を詰めたようになったロマンは深く息を吐きだすと、白山に訪ねた。


「それを何故、私に? ヴァルター伯に託されるのが筋ではないですかな?」



そう言ったロマンは、白山の返答を待って口を閉じた。

油脂のランプが燃えるチリチリと言う音だけが、狭い部屋に聞こえ沈黙が重く部屋を支配する。


「ヴァルター伯は、領主としては立派な方です。 お話をしてよく存じ上げております。

しかし、地方の領主とは言え、施政者である伯にこれを託す訳にはゆかないのです……」



 白山は少しだけ身を乗り出すと、ロマンの問にそう応えた白山は少しだけ眉間にしわを寄せた。


「現状王国の勢力図は、微妙な状況で成り立っています……

ここで施政者を惑わす可能性がある代物を、政情が不安定な状況で託すことが出来ない」


 自身を評価されつつも領主について、翻意を匂わせるような白山の物言いに、仕えるべき主を貶められたと感じたのかロマンの視線に険しさが浮かぶ。


「私はヴァルター伯より禄を与えられている身分です。

命令があり、領主の益になるのであれば…… 」



 ロマンは真剣な表情で白山に視線を向けると、僅かに殺気を孕んだ気配を漂わせる。

心なしか、僅かにランプの灯火が揺れて、影がうごめいた……



「私は、ヴァルター伯が今後も王家にとって必要であると思っているからこそ、クラーコラ殿にお願いしたい……」



白山の意外な言葉に、今度はロマンの片眉がピクリと動いた。



「それは、どういう意味で……?」


 その視線を動揺することもなく受け止めながら、白山は自身の胸中をゆっくりと語り始めた。



「勿論、ヴァルター伯にそういった翻意があるとは、私も思っていない……

しかし、外の連中はそう思わないだろう。



 もし、周囲の領主が奸臣や自身の野心にそそのかされて、伯へ言いがかりをつけたり、焚きつける輩が出てこないとも限らない」


そこまで話すと、白山はワインを一口飲むとゆっくりと、続きを語り始めた……


「それならば、最初から知らなければ無用な波風も、煙も立つことはないでしょう……

勿論、クラーコラ殿に累が及ぶ事の無い様に、取り計らいます」



 白山の物言いが領主を気遣ったものであると判ると、ロマンから発せられていた怒気はゆっくりと霧散する。


「成程、ホワイト殿の言い分はよく分かりました…… それでしたらご協力させて頂きます」



 得心した様子で頷いたロマンは、約束事を腹の奥へ飲み込むように低く、了承の意を示してくれた。


 白山は、領主への忠誠心を利用したような交渉に、やや後ろめたい気持ちを感じてはいたが、それでも自身が戻らなかった場合の保険について絶対に必要だと割りきった。

木のコップに残るワインを飲み干した白山とロマンは、ランプを手に城壁に沿って作られている詰所の奥に向かい部屋を出る。


 コツコツと薄暗い廊下をランプ片手に歩く2人は、やがて兵士の仮眠所として使われていた部屋にたどり着いた……


ロマンが懐から取り出した鍵を差し込み扉を開くと、少しかび臭く、埃っぽい空気が動き廊下へと流れ出す。

12畳程の広さがある石造りの部屋は、上部に小さな明り取りの窓がある以外は、周囲を石壁に囲まれている。


ランプをかざし部屋の広さを確認した白山は、ロマンに向けて頷いた。



 ここならば問題無いと判断した白山は、小脇に抱えていたラップトップを開き、召喚メニューを選択する。

既に王都を出発する前にチェックリストを検討して、ブックマークに保存していた召喚リストを呼び出した白山は、迷う事無く物品を選択した。


最後に、一呼吸置いて内容に間違いがない事を確認した白山は、エンターキーを押して召喚を実行する……



 冷却ファンの駆動音とともに、石造りの部屋の中に眩い光が収束してゆく。

突然発生した光にロマンは驚いて、腕で顔を庇うが横目で見た白山は、その顔にハッキリと驚愕が浮かんでいるのを認めた……


やがて光が収まり始め、小さな粒子が霧散するとそこには長方形の木箱、そしてブリキ製の缶が部屋を圧迫するように鎮座していた。



 光量の変化に慣れはじめた目を瞬かせながら、白山は木箱に歩み寄ると金具を曲げて木箱を開封する。

そこには黒光りするAKMが整然と並んでおり、その中の1丁を取り出した白山は、その動作を確認するようにセレクターレバーとチャージングハンドルを操作する。


 カシャッ っと、プレスレシーバー特有の軽い操作音が響き、滑らかにボルトが動作した。

ユーゴスラビアで生産されたM70B AKMのライセンス生産品は、白山が調達をかけ中東の某国、訓練部隊の武器庫へ収められた状態のまま再び本人の前に姿を現す。


挿絵(By みてみん)


納品された当初のグリースまみれの状態だった500丁を灯油で洗い、同僚と共に油まみれになった数ヶ月前の出来事が、白山の脳裏に鮮やかに蘇った。


驚いた顔をしているロマンへ、白山はニヤリと凄みのある笑みを向けた……



**************




翌朝、白山とリオンは早朝にラモナの街を出発した。

ビネダの砦に向かう東の一本道を、高機動車が疾走する。

これまでの街道と違い、周囲に集落のない道は狭く人通りもまばらだった……



 白山は、周辺監視を行いながらも昨日の『保険』について考えていた。

出発までの間に、5丁のAKMを自身の物資とともに召喚していた。


密かに第1軍団と親衛騎士団から選抜した10名に対して、これまでに基礎的な取り扱いと射撃に関する訓練を施していた。


この訓練は、白山が港街から帰還し、ラップトップを恩賞として与えられてから極秘に企画された。

サラトナへ白山が相談し、ブレイズとアトレアと調整して水面下で進められて行った。


白山の部隊が育成するまでの間、不測の事態が発生した場合、応急的に銃を扱える人員が必要だと4人は考えていた。


銃を王国軍に配備するのは簡単だがそれは時期尚早である。

これも4人の一致した意見だった……


反乱や悪用、ひいては他国への侵攻等のコントロール不能な事態を引き起こしかねない。


その為、訓練は白山の自室や王宮から離れた駐屯地の予定地で、秘密裏に行われた。

職人に作らせた木銃で射撃予習を行い、写真で構造や外観についての訓練を行い、白山のM4で実射を経験させている。


仕上げとして資材と共に召喚したAKMで仕上げの実弾射撃を施したのだ。

いざ何かあれば、基幹となる10名が教育を施し、応急的に銃を扱える部隊を立ち上げる計画になっている。


銃器と弾薬を白山がコントロールする事で、暴発の可能性は抑えられる。

そう判断しての計画だった。


もっとも、この保険をこれほど早く用意しなければならない場面が来るとは、訓練を行っている頃は思っても見なかったが……




2時間ほど車を走らせると小高い丘の上に、高い城壁が見えてきた。

周囲に植物は少なく、草原の上に無骨な石造りのビネダ砦が徐々に大きくなってくる。



4階程の高さがある城壁は、上部に凹凸のついた典型的な要塞でありその威容は近づき難い雰囲気を醸し出していた。


少し急になった勾配を、アクセルを吹かしながら登り切った高機動車は、跳ね上げ式の城門前でゆっくりと停車した……


昨日の二の舞いは避けたい……

白山は、そんな事を考えながら運転席を降りると大声で叫ぶ。



「王家軍相談役 兼 参謀 ホワイトと申す!

臨時の第3軍団長代理を陛下より拝命し着任した。 開門願う! 」



数瞬の間があって、ギシギシと鎖の軋む音と共に、閉じられていた門がゆっくりと開き始める。


揉め事もなく城門が開いた事に、やや安堵しつつもここからが本番だと、白山は心身を引き締めた…………


ご意見ご感想、お待ちしておりますm(__)m

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