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移動と噂と都市

まだ、夜も明けていない早朝……

白山は、腕時計のアラームで目を覚ました。

自分の体とは違う暖かな感触に、白山は胸に抱かれているリオンの存在を意識する。


ゆるやかに覚醒に向かう意識の中で、リオンの頭を撫でた白山は、久しく感じていなかった安らかな気分を感じる。

これから戦場に向かうと言うのに、こんなに穏やかな気分で朝を迎えたのは、白山にとっても初めての経験だった。



アラームの音で、リオンも目覚めたようで白山の胸に名残惜しそうに頬を寄せると、頭に添えられた白山の手にそっと自分の手を重ねる。



不意に2人の目が合う……


暗闇の中、かろうじてお互いの輪郭が分かる程度の光量の中で、視線だけが絡み合った……



白山はもう一度リオンの頭を撫でると、ゆっくりとリオンの首から腕を抜き上体を起こした。


名残惜しい気もするが、気を引き締めなければいけない……


これから向かう先は戦場なのだ……



白山はベッドサイドのランプに手持ちのライターで火を灯すと、ベッドから抜け出し戦闘服を手早く着込む。


リオンは白山がベットから抜けだした後、一度だけポスン……と、枕に頭を投げ出すとすぐに起き出す。

そして、同じように迷彩服を着こむと暖炉の火に向かい、コーヒーを淹れる湯を沸かし始める。


手早く洗面を済ませて、早めに運ばれてきた朝食を腹に収めると、白山達は出発の準備にとりかかった。



騎士団の倉庫の一角に借り受けた白山の区画から弾薬を運び出し、車両へ積載する。

これで、車両の準備については整った……



明け方の涼しげな空気と、少しの眠気……

そしてピリピリと緊張した気配が、作戦や演習に出発する前の空気に似ている。

世界が変わっても、出発前の空気感だけは変わらないらしい。


一つだけ違いがあるとすれば、周囲の空気が清々しく、ディーゼルの排気やエンジン音が響かない位か……


弾薬の最終確認と固定を確認した白山は、そんな比較を考えながら白みつつある空に目を向けた。



あとは出発すれば良いだけとなったが、白山は騎士団の詰所に足を運んだ。

白山達と同じく出発を前にした騎士団の詰め所は、昼夜を通して慌ただしく兵員が動きまわり、移動の準備を行っていた。


出発前の準備で泊まり込んでいるアトレアと、親衛騎士団の副官に面会を申し込む。



2人はそれほど時間もおかず、応接室へ姿を現した……



「これから出発するらしいな……」



先に応接室へ姿を現したアトレアは白山と握手を交わしながら、開口一番そう言った。


「ああ、出発前に幾つか渡しておきたい物があってな……」



挨拶を済ませた白山とアトレアは、第一軍団の準備作業の進捗について意見を交わし、副官の到着を待っていた。

程なくして、件の副官も姿を現した。


既に大方の準備を終えていた親衛騎士団は、交代で指揮官クラスが城に詰めており、今日は先程登城してきたそうだ。

済まなそうに遅参を詫びる副官に、白山は早速本題を切り出した……



「2人には、幾つか渡しておきたい物があってな……」


そう言って白山は、ソファの脇に置いていた袋から深緑に塗られた四角い長方形の金属を取り出す。

小ぶりな背負子程度の大きさがあるソレを、2人の前に置くと次に同じ色をした、羊羹の様な物体を複数個並べる。



「そして…… これは、もしもの時の切り札だ……」


そう言うと、封蝋を施した羊皮紙の筒をそれぞれに1本ずつ手渡した。



怪訝そうな表情で、羊皮紙を受け取った2人に白山は念を押す。


「この手紙は、万が一 俺が戻れなかった場合や、第3軍を抜かれて王都へ皇国軍が迫った場合に開封してくれ」


真剣な表情でそう言った白山の言葉に、2人は頷いてから懐に手紙をしまい込んだ……



そして、おもむろに金属の物体について白山が説明を始めると、2人の反応は多少違ったが、それぞれ真剣に聞き入っている。

白山が2人に渡したのは、【広帯域多目的無線機】 (通称 広多無)とそのバッテリーだった。


アトレアは、初めて見るその代物に驚き興奮を示していたが、副官の方はと言えば港町の一件で個人用通信機を触った経験があり、比較的冷静に説明に聞き入っていた。


本来であれば広多無は、約200kmも離れているビネダ砦との直接通信は、上位のシステムに連接しなければ不可能だ。

しかし、白山はバードアイの通信中継機能を活用しノードを形成する事で、何とか音声通信を可能にシステムを組み上げていた。


リアルタイムでの常時双方向通信は難しいが、時間を決めた短時間の通信なら問題なく使用できるだろう。



ひと通り無線機の使用方法を説明した白山は、明るくなってきた外の景色を見て、そろそろ出立の時間だと席を立つ。


2人と握手を交わし応接室を後にした白山は、高機動車が停めてある中庭へ歩く……


リオンが、高機動車の前からスッと姿を現しコクリと頷いて問題がない事を知らせてくれる。

白山はリオンに視線を向け僅かに頷き返すと、黙って運転席へ乗り込む。


スターターをひねりエンジンが重々しく鳴り響くと、風向きからか僅かに排気ガスの匂いが白山の鼻腔に届いた……


何処か懐かしさを感じるその香りを感じながら、白山はギアをドライブに入れ車両を発進させた。



中庭から正面玄関へはアーチ状の渡り廊下を2本くぐり、そこから先は緩いスロープ上のカーブを経て正門に達する。

石畳の道を正門に向けて進むと、意外な人物が正門前で待ち構えていた。



平服に外套を纏ったレイスラット王は、供回りも連れずにブレイズだけを伴い、玄関に姿を現す。

高機動車の速度を緩め、停止しようとした白山を手振りで静止した王は、そのまま僅かに頷くと視線を正門へと向ける。


その意図を察した白山は、王……そしてブレイズへ視線を向け、敬礼を返した。

教練上は運転手の敬礼は無作法ではあるが、一兵士の出発に見送りに来てくれた王への白山なりの答礼だった……


この世界にも胸に右拳を当てる敬礼に準ずる儀礼はあるが、白山は敢えて敬礼を選択した。

これから向かう先は、紛れも無い戦場だ……


ならば、自分の流儀で押し通す。

それが生き残る術だと、白山は無言の宣言を敬礼に込めていた。



敬礼を解き、カーブを曲がり正門が眼前に迫る頃白山の視線は、バックミラーに何か動くものを感じ視線を走らせる。

そこには石畳の道の真ん中で、去りゆく高機動車の後ろ姿を、縋るような眼で見つめるグレースの姿があった。


その姿を見た白山は、僅かに左手を掲げるとグレースへ向けて振る。



高機動車の姿を見た正門の兵士が、重厚な正門の扉を、鎖を巻き上げて左右に開く。

通れるだけの隙間が開くと、白山は躊躇いもせず高機動車を発進させた。


リオンが僅かに白山へ向けて視線を走らせるが、白山は敢えて前方に集中する。


朝日が顔を覗かせる間際、高機動車は東へ向けその速度を増していった……




*********



王都からラモナまでのレグ(行程)は、順調に進んでいった。

途中の街や村では既に皇国軍の侵攻が伝わっており、ピリピリとした雰囲気ではあるが、ある程度日常生活が保たれている。


村長や領主の判断で、設けられている町の入口に設けられた関所を通過する際に奇異な眼で見られたり、驚いた村人がひっくり返る事があった。

しかし、車両に掲げられた王家の旗と王名で発行された証書によって、無事に通過が出来た。



時折、住人の囁きの中に鉄の勇者の単語が交じる。

王都からあまり出ていなかった白山は、思ったよりも勇者の伝承と自分の噂が広まっている事に内心驚いていた。


王都から順調に進んだ高機動車は、夕方近くになってラモナに到着する。

高い城壁に囲まれたラモナの街は、王都と比べると窮屈な印象を白山に与える。



事前に聞いていた活気ある都市だという話とは裏腹に、城門に並ぶ馬車や旅人の姿はまばらで、やはり侵攻の噂からか街全体にピリピリとした雰囲気が漂っている。


城門で衛兵が街に立ち入る人間を入念に調べている。

その最後端に車両を着けた白山は、周辺のどよめきや視線を意に介さず、真っ直ぐに正面へ視線を向けていた。


M2重機関銃が備え付けられた銃座に位置したリオンから報告を受ける。


「前方から騎乗の衛兵5名が接近してきます……」


白山はその言葉に頷くと、僅かに頭を傾けて前に停まっている馬車越しに前方を確認する。

成程、槍を手に持ち鎧姿の衛兵がこちらに駆け寄って来ていた。


ラモナの城門に設けられた待機列は、馬車と徒歩の列が明確に石畳の道で区切られており、徒歩の列の横を騎馬が逆走してくるのが見て取れる。


城門までは約300m程で、既に衛兵は150mほどまで近づいて来ていた。



何か様子がおかしい……


リオンもその違和感に気づいたのか、胸元に携行してたMP-7のチャージングハンドルを引き初弾を装填する。


程なくして高機動車を取り囲むように、騎兵が槍を向けてくる。

その内の1騎、金属鎧に身を包んだ指揮官と思しき騎士が進み出る。


「ラモナ守備隊 西城壁守護隊である! 貴様ら……何者だ!」


唾を飛ばしながら、剣を抜き放ち白山へ向けてくる中年の守護隊長は、あからさまな敵意を白山へ向けてきた。



「私は王家軍相談役である、ホワイトと言う者だ! 昨日、臨時の第3軍団長代理と王家参謀を拝命している!


ビネダ砦へ着任する途中で立ち寄った!


代官殿へは早馬で報せが届いているはずだ、確認願おう」



低いエンジン音と馬の嘶き、そして馬蹄の奏でる喧騒に逆らう様な大きさで白山が声を発する。



「そのような話は聞いておらん!


斯様な馬もなく動く面妖な馬車などに、恐れ多くも王家の文様を掲げるなど……


貴様ら! 皇国の魔術師であろう!」



興奮気味にまくし立てた守護隊長は、一向に白山の言葉に聞く耳を持たず、どうしたものかと白山は思案する。

王名による証書を掲げても、「偽物だろう!」と一顧だにしない……


計画では、ラモナに1泊して明日の早朝にビネダ砦へ向かう予定だったが、この分では城門を超える事もままならない。


白山達の騒ぎのせいか、城壁の西門は一旦閉鎖されたようで不安そうに、周囲の人間が遠巻きに眺めている。

太陽はだいぶ傾き始め地面に伸びる影も長くなってきた……


ふと気づくと、増援か更に数頭の騎馬が土埃を巻き上げながら走り寄って来る。


近づいてくると、守護隊長と同様の鎧にマントを羽織った身なりの整った騎士が割って入って来た……


「静まれ! 王家軍相談役 ホワイト殿とお見受け致す!


私はラモナ守備隊 隊長 ヴァスコと申します」



通常守備隊の詰所か領主館に居ることの多い守備隊長のヴァスコが、慌てて西門へ現れた事で、西門の守護隊長は驚いた様子で剣を引く。

打開された状況へ小さく息を吐き、緊張をほぐすようにリオンが握りしめたMP7のグリップを持ち直す。


白山は、未だに警戒を解かず左手に持った証書を応援に来た騎士へ手渡すが、右手はM4のグリップから手を離していない。



「如何にも! 第3軍団長代理と王家参謀を拝命し、ビネダ砦へ着任する途上だ!」



城門守護隊長と、ヴァスコを交互に見ながら白山はよく通る声で返答をする。

証書を受け取った騎士は、それをヴァスコへ受け渡すと馬上で器用に目を通した……



「守護隊長が、大変失礼を致した……


確かに証書を確認させて頂いた。手違いがあり誠に申し訳ない」



ヴァスコは、馬から華麗に飛び降りると頭を下げ、証書を丁寧に巻き直すと白山に手渡す。

その態度に白山は、頷いて問題がないことを告げる。


「いや、書類や旗に惑わされず、忠実に職務を遂行しようとした守護隊長殿は賞賛に値する。


この事で、褒められこそすれ、叱責等ないように取り計らって頂きたい」


白山がそう述べると、ヴァスコは関心したように目を見張ると、自身の名に懸けて約束すると言ってくれた。

当の守護隊長は白山の言葉を聞き、萎縮したように頭を垂れると、ヴァスコと同じように馬を降りて頭を下げる。



その様子を見ていた周囲の騎兵達に命令を下す。



「ホワイト殿を、領主館へご案内しろ!」





やっとの事で、ラモナに入った白山とリオンは領主館で領主であるヴァルター伯へ挨拶を済ませる。

年かさの丈上位であるヴァルター伯は、長身痩躯といった風貌で、街に圧迫されるように中心部へ立つ領主館の入口で出迎えてくれた。


ヴァルター伯は城門での経緯に関して謝罪してくれたが、白山は過ぎた事として気にもしていなかった。

伯の話では、守護隊は皇国の侵攻で慌ただしく、今日の昼に到着した早馬の報せが行き届いていなかったと聞かせてくれる。


白山はくれぐれも、守護隊長へ叱責などしないように改めてお願いすると、件の守護隊長は代々仕えてくれている忠臣のようで自分の事のように喜んでいた。


歓待の宴を用意すると、ヴァルター伯は言ったが白山はそれを固辞する。


「お気持ちは有難いのですが、今は戦時です……


歓待の宴で食料を浪費しては、いざという時に足りなくなります。

無事に戻った際に、改めてご挨拶にお伺いしますので、その際にお願いしたく存じます……」



白山の言葉に、ヴァルター伯は大層驚いたようにしていたが「気遣いに感謝申し上げる」 と素直に礼を言ってくれた。

何でも前任のラウルは、視察と称して砦に赴く際に、毎夜のように歓待の宴を要求してきたそうだ……


白山がラウルが罷免された事を伝えると、伯はさもありなんといった表情を浮かべていた……



簡素な夕食を終えた白山達は客室へ案内され、ようやく腰を下ろすことが出来た。

高機動車に関しては、守備隊長のヴァスコが警備の人間を振り分けてくれるとの事で、白山はありがたくその申し出を受けた。

それでも、SOP(通常作戦規定)で定める通り動体センサーと簡易トラップについては、仕掛けてあるが……



白山は、体を拭い身ぎれいになると、幾つかの荷物を持ち一人で街へと歩き出した……

リオンは白山の援護と装備の防護の為に領主館で待機している。


久しぶりの単独行動で、見知らぬ街を歩く白山は、不自然にならない程度に周囲を観察しながら目的地へ向かう。


途中の酒場で、ワインの大瓶とツマミを幾つか仕入れた白山は、10分ほど歩いて目的の場所へたどり着く……



夕暮れ近くにトラブルの舞台だった、西門の守護隊詰所へゆっくりと入っていった…………



ご意見 ご感想お待ちしておりますm(__)m



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