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更迭と着任と召喚と【挿絵あり】

「ラサル殿、どうかなされましたかな?」


 白山もラサルがなぜ押し黙ったのか、理由は分からないが何事かの異変は感じられた。

訪ねた白山に視線は向けるが、ラサルの口はこわばったまま言葉を発しない……


少しだけ口調を和らげて白山は再度尋ねる。


「ラサル殿、状況を知らなければ対処のしようがない。話して頂けますか?」



 白山の問いかけに、先程までの勢いがすっかり消え失せたラサルは、消え入りそうな声で語り始める。



「現在、第三軍は…… カイサ砦の補修に動いており、ビネダ砦にはおおよそ2000名程しか……」



 そこまで言ったラサルは、言葉を詰まらせて押し黙る。

カイサ砦からは通常で4日、急げば3日で到達する距離だ。時間的には到着までにビネダに兵力を移動できる。

どちらにせよカイサ砦にも兵力を残す必要はあるので、それほど大きな問題ではない。


 ラサルが沈黙している間に白山はそう考え、別の問題がその口を重くしているのだと当たりをつけた。



「兵力の移動については、昨日早馬を出しているので問題ないでしょう。


その他に、問題があるのですかな?」



白山の問いかけに、俯いたままのラサルは呟くように答える。



「補給物資の調達が…… その……」


 周囲の喧騒に紛れ、途切れ途切れに聞こえる声へ反応を示したのは、財務卿であるトラシェだった。



「補給物資ですか? おかしいですね。


先日、補給物資の調達資金と城壁の補修費用として、金貨25000枚を受け取っている筈ですよね?」



 その言葉を聞いたラサルは、先程までの尊大な態度がすっかり消え失せ、水差しの水を震える手で飲むと必死に弁解する。


「いえ、資金的な問題ではなく…… その、城壁の補修に思ったよりも費用が……」



 しどろもどろになりながら、弁解するラサルにとどめを刺したのはサラトナだった……


「ラサル殿は、ラウル家の次男……


 誉れ高き武家の血を引く貴族であるが故に、そのような事は無いと儂の一存で留めておったのだがな……」




 そう言ってサラトナは、1枚の羊皮紙を取り出すとトラシェにそれを渡す。

受け取ったトラシェがそれを読み始めると、すぐに顔色が変わり憤然とした表情で口を開いた。


「公金の横領とは、貴族にあるまじき振る舞いですね。


ここに書かれている事は本当ですかな?」


 普段の学者然としたトラシェがここまで怒りを露わにする事は珍しいが、逼迫した財政をやり繰りして、やっと回復基調に乗りつつある王国の財政を握る財務卿としてみれば、当然だった。

にわかに騒がしくなってきた会場で、件の羊皮紙がバルザムの黙読を経て、白山に手渡された。


 そこには、水増しして請求された城壁の補修費用と、カイサ砦から報告された見積の金額が記されており、そこには金貨8000枚が必要と明記されている。

差し引き7000枚もの金貨が水増しされていた事になる。


 10,000枚が補給品や食料などに充てられるとして、それも未だに調達が済されていないとすれば、かなりの金額がどこかで滞っている事になる。

ブレイズが視線を白山に投げかけ、それが書類をこちらに渡せとの合図だと理解した白山は、追求を後に回して席を立つと羊皮紙をブレイズに手渡した。


 ブレイズの手から、王にその書類が渡された瞬間、魂が抜け落ちたようにラサルが机に顔を伏せた……


 王はその書類を見ると、ひとつだけ小さなため息をこぼすと興味を失ったように、ラサルを一瞥し言葉を発する。


「今は皇国の脅威が迫っておる。 この件については改めて話を聞くとしよう…… ひとまず、謹慎を申し渡す」


王はブレイズへ羊皮紙を返すと、会議を進めるようにサラトナへ視線を送る。


「ラサル殿を別室へ……」


 サラトナはその視線に頷き、周囲の兵に言葉短く伝えた。

入口付近で警戒を行っていた兵士が、サラトナの言葉でラサルの両脇に立つと抱える様に会議場から退出させる。




 サラトナは内心でほくそ笑む。

これまで国王派と貴族派で対立する国内をまとめようと、有力貴族に的を絞り不正の探索を行わせていた。

懐柔や粛清で貴族派の勢力を削ごうと、長期的な視点で考えていたが、白山の登場によりその計画は加速度的に大きく修正されていった。


 サラトナが切るタイミングを伺って温存しておいたラサルへの不正の証拠を、ここで出したのは、今朝 白山の話を聞いたからだった。


 多かれ少なかれ、役職を持つ貴族はこうした中抜きや不正に手を染めており、今回の一件も氷山の一角に過ぎない。

当然、軍務卿であるバルザムも当然把握しており、時折釘を刺す以外は半ば黙認していた。


 それは自身の求心力を維持して、貴族派の結束を固める意味合いも含まれている……


 貴族派は今回の皇国の侵攻で、主導権を握り勢力を拡大しようと気勢を上げていたが、その目論みは完全に破綻してしまった。

オブザーバーとして後方に控える将官達も水を打ったように静まり返っている。



 そうした思惑から、サラトナは白山に会議を引っ掻き回すように依頼したのだが……


そんな思惑を他人ごとのように観察しながら、白山は隣に座るバルザムへ小さく声をかける。



「この場に居る将官の中で、ラサル殿の代わりを務められる人物はいらっしゃいますか?


早急に後任者を定めなければ、間に合いません……」



 白山にしてみれば、サラトナから会議をかき回せと言われて、それは議論を戦わせて真剣に討議する為の役割だと思っていた。

しかし現実には、当事者であるはずの軍団長代理が更迭される事態に陥ってしまっている。

これでは、現場の士気に関わる。何よりこれから後任を探していたのでは、皇国の侵攻に間に合わない恐れもある。


白山の問いかけに、バルザムは眉間にシワを寄せると少し眼を閉じる。



「いるには居るが、すぐには難しいだろう。


第3軍団の中から選抜する必要があるだろうし、現状ではその者を王都へ呼び出すのは……」



 バルザムの言葉に頷いた白山は、こうした戦略を検討する場で思わぬ権力闘争が行われた現状に、苛立ちを感じていた。

少なくともこの場で、真剣に討議して現実を見て知恵を絞らなければ、兵に命をとして戦えとは命令など出来はしない。


 それが政争の具として扱われた事で、貴重な時間が失われようとしている。

ここで議論が空転しては、後手に回らざるを得なくなるだろう。


速やかに後任を決め、会議を進めなければならない……



「宰相殿、速やかに後任の団長代理を決め、会議を進めるべきと思いますが如何ですかな?」



 立ち上がった白山は、沈黙を切り裂くようにハッキリとした大きな声で皆の意識を会議へ向けさせようと発言する。


その言葉に皆の視線が白山へと向き、そしてサラトナへと向けられた。


「確かに、会議を進めるのが急務だ。


バルザム殿、後任の将官について推挙される方はいらっしゃるかな?」



 サラトナの言葉に、バルザムは後方のオブザーバーである将官達を見渡すが、皆一様に視線をそらすばかりだった。

無理もないだろう。ラサルが更迭された使い込みや資金の流用は、何かしらの心あたりがある。


 更に言えば突然、戦の渦中に放り込まれる軍団の代理人事には、貴族派の軍隊経験の乏しい者は名乗り出る事も難しい。

言わば尻拭いであり、厄介事を押し付けられる形になるのだ……


バルザムはそんな将官達を見て、盛大なため息をつくとゆっくりと首を横に振る。

少なくともこの場には、この難局を託すに値する人材はいないという事だろう……


その様子を見たサラトナは、少し考え込むように顎を引くとおもむろに王に向かって上奏する。


「陛下、事態は急を要します……


ここはホワイト殿に臨時の団長代理 兼 王家参謀として、後任が見つかるまでの間勤めて頂くと言うのは如何でしょうか?」



その言葉に、何より驚いたのは他ならぬ白山自身だった……




*********



 その後、軍務総会は多少の動揺と議論は起こったが、おおよその対処の方針が決まり、昼前に散会となった。

すっかり毒気を抜かれた将官達は、さしたる反論も行わず、粛々と議論が交わされ前半の混乱が嘘のように次々と対処の方針が定まった。


 結果的には、第2軍団が王都周辺に部隊を展開して、第一軍団がラモナへ入り情況に応じて第3軍団を支援するとの事でおおよその方針が固まる。

兵站や物資に関しては、トラシェが財務卿の権限において一時金を支給して、補給物資を購入する事で落ち着いた。


 また、軍務総会の終わりに白山の団長代理 兼 王家参謀としての証書が発行され、王家の印と王のサインが記された書面がその場で交付される。

これによって白山は、本人の意志とは関係なく役職と責任を負わされた形となった……



 軍務総会が終わった白山は、サラトナの執務室に呼ばれ奥の別室に通されていた。

少し機嫌の悪い白山と対照的にサラトナは、機嫌よく茶を飲んでいた。


「今回の一件は過ぎた事とはいえ、あまり感心できませんね……」


 総会で声を張り上げていた白山は、ゆっくりと椅子に腰掛けると、出されたお茶で喉を労りながら鋭い視線をサラトナへ向けた。

しかしサラトナも1国の宰相、その視線を苦笑して受け流すとゆっくりとカップを置きながら口を開く。


「しかし、あのまま軍の思い通りに交戦していれば、ホワイト殿の予測通り甚大な被害が出ていただろうな。


こちらが主導権を握り、尚且つ軍に対して一定の影響力を及ぼせる人材は、ホワイト殿しか居らんからのう……」



 老練な返答を返すサラトナに、白山はこめかみに手を当てて閉口するが、今はこれからの事を考えなければならない。



「とりあえずは味方の被害を最小限に抑え、何とか皇国軍を撃退する戦術を練らなければなりません。


準備が出来次第、ビネダの砦へ入ろうと思います……」



白山の言葉に、サラトナは深く頷き眼を細めた。


「ふむ、ザトレフ軍団長は一筋縄ではいかないだろうが、こちらでも出来る限り支援はしよう……」


その言葉に今度は白山が深く頷き、そして席を立った。


これから考えなければならない事や準備すべき事項が山積している。

あまり悠長に話をしている時間は白山にはなかった……




 自身の執務室に戻った白山は、今後の方針と出発に向けた準備を考えるために机に向かいノートのページを捲った。

時折、航空写真と現地の情況を眺めながらノートに書き込んでゆく。


『あとは、現地での戦略と部隊の能力次第か……』


 いくら、現地の地形が執務室で判るとしても、実際の戦域を目で見て部隊を確認しなければ、作戦の立てようがない。

大まかな方針を定めた後、白山は心を落ち着かせるように深呼吸をしてノートを閉じると、書棚に収められているラップトップを取り出した……



*********



 白山は、高機動車が駐車してある庭へ出ると、荷台に腰掛けてラップトップの電源を立ち上げた。

もう一度、大きく深呼吸するとソフトを操作して物品を選択する。


 選択地点は、某駐屯地の補給処だった。

そこに保管されている物品の中から、目的のものを選び出すと召喚用のリストに放り込む。

続いて同じ駐屯地の弾薬庫を選択して、そこから必要になる弾薬を同様に選択する。


おおよそ、これで3柱分の魂が消費されてしまうが現状では致し方ない。


 白山は、どうしても険しくなる表情を頭を振って無理やり切り替えると、記入していったノートに目を向けながら物品を選択する。

ひと通りリストアップが終わると、ノートと見比べて漏れや抜けがないかを確認した。


 先日の確認で、同一箇所からの一括召喚であれば、ある程度必要な魂の量が抑えられる事が判ったのだ。


選択項目を確認すると、大きく深呼吸をして召喚のアイコンをクリックした……



 冷却ファンの働く音が荷台に静かに響くと、高機動車の前に光の粒子が集まり始める。

白山はその光景をただ黙って見つめていると、徐々に召喚した物体が形を成してゆく……


 大きなドラム缶や弾薬箱が次第にその姿を現す。

冷却ファンの音が止むと、そこには白山が召喚した物資が静かにその存在を主張していた……


    挿絵(By みてみん)



 ひと粒だけ、光の粒子がまだ物資の周辺を儚げに舞っている。

白山はその粒子に手を向けると、その周りをなぞるように動き、そして天に登って消えていった…………







ご意見ご感想、お待ちしておりますm(__)m


次話は、週末更新予定です。

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