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開幕と怒声と沈黙と

 朝2番の鐘が鳴り終わった後で、会議室の扉は閉められた……


「陛下のご臨席である! 一同起立せよ!」



 サラトナのいつもより大きな声が会議室に響き渡り、統制の取れてない三々五々の動作で出席者が起立する。


 全員の起立を確認すると、サラトナが頷き再び会議室の扉が開かれる。

鎧姿のブレイズと騎士に囲まれたレイスラット王が、ゆったりとした足取りで会議室へ入り重厚な椅子へ着座する。


 王の横にブレイズが控え、更に部屋の角には騎士が控えている。

普段より厳しい警護体制にあるのは、間者や暗殺を警戒しての事だろう……


王の着座から一拍置いてサラトナが総会の参加者へ着席を促した。


「さて、昨夜の招集で今朝集まってもらった慌ただしい軍務総会ではあるが、喫緊の状況にありお許し頂きたい。


また本日は、軍務卿殿の体調が優れぬ故、陛下より儂が取り仕切るようにと仰せつかった……」



 そこまで説明をしたサラトナは、王に視線を向けると、労りかけるようにバルザムに向けて口を開く。


「バルザムよ…… 体を労り今後も国のために頼むぞ。 これから忙しくなる、養生せよ……」


そう言われたバルザムは、立ち上がると振り返り深々と頭を下げた。


「勿体なきお言葉……」



「軍務卿殿には、要所にてご意見を頂ければ助かりますな……」


 言葉少なく口上を述べたバルザムは、やがて静かに着席するとサラトナの言葉を聞き、静かに頷いた。



その仕草を見たサラトナは、大きな声で宣誓する。


「では、これより軍務総会を開始する!


まず、事の発端は昨夜とある商人から急報が寄せられた……」



 これまでの状況が出席者に伝達されると、後方の席から怒号やざわめきが広がる。


「静まれ!」


 サラトナが一喝すると、木霊のように場のざわめきが次第に小さくなり、やがて静寂が訪れた。


「そして今朝、情報の通り1万の皇国軍が国境に向かう街道沿いで野営を行っている事が確認された」



 再び、ざわめきが広がろうとするがその前にサラトナは先手を打って言葉を重ねた。


「既に見知っている者も多いとは思うが、軍務卿殿の隣に居るのが、王家軍相談役であり鉄の勇者と王が認められたホワイト殿だ」


 サラトナの紹介に、白山は席を立ち10度の敬礼を行う。

その節度ある教練に会議場には、戸惑いに似たささやき声が小さく聞こえてくる。


「こちらのホワイト殿の活躍によって、探索の冒険者を仕向ける前に敵軍の動向が判明したのは僥倖と言えるだろう。


さてホワイト殿、敵軍の動向についてご説明頂けるかな……?」


 水を向けられた白山は 「ハッ」と小さく返答してから会議場全体を見回した。

自身に向けられる顔には、猜疑心や妬み怪訝そうな視線をはらんでいる。


そうした視線を敢えて無視した白山は、よく通る声で状況説明を開始する。


「本日明朝、私の手の者により敵の位置及び規模が判明したので報告致します。


馬車及び輜重隊が約30台 騎馬2000 兵員約3500が、ヴァラウスの東2日程度の位置に存在するのが確認されました」



 そこまで話をすると、後方の席からの怒号やざわめきが大きくなり白山は、一旦説明を止めた……


「こんな早さで敵軍の動向が判るはずがない!」

「皇国と通じているのではないのか……」


「勇者というだけあって、空でも飛んで物見でもしたのか?」


嘲笑や冷やかしなど様々な声が飛び交い、室内が騒然とし始めた。


 そんな喧騒を無視して、白山は事前に持ち込んだ写真を手にすると王のもとに歩み寄りブレイズへそれを渡す。

その中身を一瞥してニヤリと笑ったブレイズは、表情を切り替え神妙な面持ちでそれを王に手渡した。



 ブレイズから渡された写真を見た王は、驚きの表情を浮かべ仕切りに感心した様子で頷くと、サラトナに向けて視線を送り僅かに頷く。


「静まれ、静粛にせよ!」


 再びサラトナの怒声が飛び、ようやく室内に落ち着きが戻る。

王はブレイズに写真を返すと、ブレイズからサラトナに写真が渡された。


「確かに皇国の軍がこの絵には鮮明に写っておる。皇国の旗も見える故間違い様はなかろう」


 王の一言で、室内の嘲りは鳴りを潜める。

サラトナから手渡された写真が代理の方向に回され、木で鼻をくくったような態度で両者はそれを受け取ったが一瞥するなり驚愕し声を失っていた……



その様子を黙って見ていた白山は、おもむろに説明を再開する。


「御覧頂いたように、皇国軍が進軍している事は事実であり、街道が王国の国境へと伸びている現状を鑑みれば我が国へ向かっている蓋然性は高いと思われます。


 また、現状の進行速度及び地形を勘案すれば、国境及びビネダ砦への到達は早くて7日 概ね10日前後と推測される。


各軍団の皆様にあっては、適切な初動をお願い致したい!」


説明を終えた白山は、射るような視線を周囲に向けながら静かに着席した。



 一瞬の静寂が室内を支配し、やがて再び喧騒が室内に響き渡る。


今度の喧騒は、血気盛んな主戦論者による勇ましい声が途切れ途切れに白山の耳に届き始める。



「では、皇国軍が進軍している事は事実として各軍団はこれに向けた兵の準備をする事で宜しいか?」



サラトナが、声を張り上げ出席者に同意を求め一様に全員が頷いた。


「では、各軍団の動きと大まかな戦略について意見を求めたい。


意見のある者は、申し出よ!」



 その言葉を聞き弾かれたように、第3軍団(皇国 国境担当)長代理であるラウルが立ち上がる。



「これだけ早く敵軍の動きが判明しているのならば、準備や移動にも時間的な余裕もある。


第三軍と周辺諸侯軍を合わせれば戦力としては十分であろう。


我々のみで、敵を蹴散らしてご覧に入れます!」



 ふんぞり返って威勢よく発した言葉に、ラウルの取り巻き達から賛同と拍手が起こる。

その様子を黙って聞いていた白山は、おもむろに手を上げるとサラトナに視線を送った……



 そろそろ場も温まってきただろうと判断した白山は、この室内の雰囲気に冷水どころか、液体窒素をぶちまけるつもりだった……


白山の挙手を見たサラトナは一瞬だけニヤリと笑い発言を促した。



「さてラサル殿、第三軍と諸侯軍で十分とおっしゃったが、彼我の戦力についてお聞かせ願えますか?」


 予想していなかった意外な質問に、ラサルは意図を測りかねたがその質問に素直に答えた。



「第三軍全兵力が8000 そして周辺の諸侯に渡しが招集をかければ5000は集まるだろう。


鉄の勇者ともあろう御仁が、それだけの兵力では足りないと申されるのかね……?」



 最後の嘲りに後方の席から笑い声が溢れるが、白山はその声を無視して質問を続けた。


「ほう、諸侯軍をそれだけ動員できるとは初耳です……

先の戦から約3年…… 周辺領主の方々は諸侯軍にどれだけの兵力を提供できるのですかな?


更にお伺いしましょうか……

現状では南の国境で目立った動きは報告されていないが、第3軍を全力で北の国境に振り向けて、北の動きが陽動であった場合、如何なさるおつもりか?」



 白山は、大口を叩くラサルの言い分を真っ向から否定した白山は、怒りで咄嗟に言葉の出てこないラサルに更へ畳み掛ける。


「ここは、貴殿の虚勢を聞く為の場では無い。

王家に弓引く皇国の軍が眼前まで迫っている中で、大風呂敷を広げ根拠の無い意見で場を混乱させるのは謹んで頂こう!」



この言葉に、室内は一瞬シンと静まり返り、そして沸いた。


「貴様、名誉騎士風情で軍団長代理であるラサル殿になんという口を!」


「ラサル家は、名高き武門の名家だぞ!」


「だいたい、そのような大口を叩く貴様は軍の何を知っているというのだ!」


 方々から怒声とヤジが飛び、興奮して立ち上がった後方の将官達が白山の席へ殺到しようと席を立ちかけた時だった。



「静まれっ!」


白山は、肚の底から発した大声で、室内を圧倒した……


「話の途中だ! 外野は口を挟むな!

武門の名家出身であるラサル殿ならば、この程度の質問に応えるのは造作も無いでしょう。


質問にお答えいただけますかな?」


 半ば恫喝に近い形で、白山はラサルに回答を迫った……


「なっ、ならば第一軍に応援をお願いして兵力を拡充させて頂きたい。 それならば文句はあるまい!」



 やっと絞り出した回答に答えたのは、白山ではなく第一軍団長であるアトレアだった……


「いや、敵の狙いが王都である可能性も否定はできん。安易に兵を前に出すと王都の守りに隙が生まれる……」


 早朝に白山と打ち合わせた通り、ラサルの要請をにべもなく断ったアトレアは、冷めた目で滝のような汗を必至で拭うラサルを見ていた。



 妥協案を取り付く島もなく躱されたラサルは、唯一の希望として軍務卿であるバルザムを見るが、視線があったバルザムは静かに首を横に振る。

助けはないと悟ったラサルは、逆に白山に吠えかかった。


「そこまで言われるのならば、ホワイト殿はこの件について妙案がおありかっ!」


その言葉に白山は、真っ直ぐラサルに視線を返しながら答える。


「当然でしょう…… ただし、私は王家の軍相談役であり軍に直接席をおいている訳ではない。

軍の事は軍の内部で決定して頂かなければ、何の為の軍であり将軍ですかな?」



 平然とそう答えた白山は、続けて後方に控える将官達に目を向ける。

そして言い放った。


「宰相殿、そして軍務卿殿、特別に後ろの将官達に発言を許可して頂きたい!」


「よかろう…… 特別に許可しよう」


 白山の言葉に、サラトナは言葉短く許可を出し、バルザムも白山を見て僅かに頷いた。


「許可が降りた!この場で軍の配置や先程の私の問いに答えられる者はいるか!」


 白山は、周囲を見渡すが誰も白山と目を合わせようとせず、会議室の中を沈黙が支配してゆく……


「では、第2軍団長代理殿は、何か妙案はございますかな?」



白山の問いかけに、第2軍団長代理であるカマルクが答える。


「現状において、北部の帝国に目立った動きはない。

第2軍からは、3000ほどの兵を南下させ、王都周辺に配置させる事は可能であるが如何かな?」



 その言葉に納得したように白山は頷くと、明らかにカマルクは安堵したように表情をゆるめた。


「アトレア殿、第2軍団が出てくれるそうだが、第一軍団としては如何か?」


 白山の問いかけは、予定調和だったがアトレアも芝居じみた動きで渋々といった表情で頷いた。


「ならば、第一軍はラモナまで前進して第3軍の後方に展開出来るだろう……」



 ここまではおおよそ白山の考え通りに進んでいる。

軍の幹部が現実を見ずに、虚言を勞するばかりでは苦労するのも命を落とすのも、末端の…… 現場の兵士だ……



「良いでしょう、これで全軍のおおよその配置が決定しました。

では、各軍団の動員可能数や物資の状況についてお伺いしたい……」


 白山はそう問いかけつつも、ここで正確な動員数が出てくるとは考えていなかった。

それでも現実的な部隊運用について、ここで議論しておかなければ今後同じ過ちを繰り返す事になってしまうだろう。

今、聞いておけば次からは備えられるはずだ……


「第一軍は輜重隊などを除けば…… およそ4000といった所だろう。


物資については、軍団の備蓄で節約すれば5日は行動できる。

ただし、鎧や武器に関しては少々不足気味だ、特に矢が少ない……」


 アトレアは白山の部屋を出た後で、軍団の備蓄や人員装備について、副官や担当者に聞き数字を把握してきた。

その数字を読み上げる事で、白山の意図通りに議論を誘導する。


 面食らったのは、第2、第3軍の代理である2人だった。

これまでの総会ではそのような細かい数字など、聞かれた事もなければ数字など知りもしない。


事実上のお飾りである団長代理は、帳簿を見るでもなければ現場に足を運び実情を知る訳でもないだろう……


「さて、第2軍は如何ですかな?」


 先程までの怒声ではなく、穏やかな白山の声に指名されたカマルクは背筋に汗が伝うのを感じながら、たどたどしく答え始める。


「恐らく、実働可能な兵は……2500程度かと…… 物資については……」


側近のらしき男がカマルクの後ろに走り寄ると、何やら小声で話しかけている。

恐らく最近まで国境付近にいたのか、数字に明るい側近だろう。


「半月ほど前に、食料については補給を受けたばかりなので問題ありません。

装備に関しては多分、槍が少なかったと……」


 正確な数字や現場の状況など知りもしないだろうカマルクの意見は、当てにならないと踏んだ白山は釘を刺す。


「判りました。では今日中に正確な数字と、 『恐らく』 や 『だろう』 ではない物資の状況について宰相殿か軍務卿殿まで報告をお願いします」


あえて、白山はカマルクへの追求を止め、視線をラサルに向ける。


 緊張からだろうか、水差しの水を一息に飲み干したラサルは、同じように側近からの意見を聞きそして顔色を失っていた……


「では、今回の主役である第三軍団について、お聞かせ願いたい」



 側近からの報告を聞いたラサルは、必死に何かを考えるように下を向きブツブツと口を動かしていた…………



ご意見ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m

次話は、水曜頃に更新予定です。

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