写真と朝食と
白山は、王の言葉に頷くと持ってきた自前の地図とタブレットを、真っ白でシワ1つないテーブルクロスの上に広げる。
「まず、先程商人からの聞き取りにあった通り、皇国の北側に位置する東西に伸びる街道は、我が国へ一直線に伸びております。
更に聞けば、街道周辺の治安状況や統治に問題があるとの話は、商人は聞いた事がないと申しており、先程の商人の話をそのまま信じるならば…… 」
そこで語を切った白山は、地図の一点をペンの先端で指し示した。
「恐らくは、シリアットとヴァラウスの中間近くに位置すると思われます。
道の崩落はそれほど大きくはないとの話でしたが、仮に1万人規模の軍が移動する事を考えれば、崩落箇所をおざなりに補修するわけには行きません。
概ね10日程で、国境近くまで到達するかと思われます……」
あくまで予測ではあるがと、言った点を強調しつつ白山は行軍速度を逆算しておおよその国境への到達日時を示す。
「ブレイズ、過去の戦はどの辺りが主戦場になって、何処で戦ったかを教えてくれるか?」
白山の問にブレイズは地図へ顔を寄せて、国境の北東方面を指し示す。
「ラモナの東で、国境が東に張り出しているのが分かると思うが、元々の国境線は張り出した国境をそのまま延長したような形だった。
しかし、先の戦争で湖に面している穀倉地帯の一部が削り取られた……」
国境沿いに指を滑らせたブレイズは苦々しい過去を思い起こすように、顔をしかめつつ白山の問いに答える。
「皇国の南アルレギの周辺は穀物地帯だが、皇都周辺は少し山がちな地形で、平地は少ない。西側で食料の大部分を賄っている。
そんな訳で、マザーレイクに浴する北部の肥沃な土地に手を伸ばしたのが発端だ」
そして、国境に近い砦の位置で指を止めたブレイズは、トントンとその地点を叩いた。
「ここが、前回の主戦場となったビネダ砦で、此処と国境を挟んで皇国側にあるのがムヒカ砦……」
そこまでブレイズが発言した所で、王が静かに口を開く。
「王都の東北、湖に面した場所に小さな村があるだろう。その村は奪われた領地にあった街の生き残りが興した村だ……」
少し憂いを湛えた目で地図の一点を見つめる王は後悔とも悔しさとも付かない複雑な表情を浮かべていた。
その言葉に表情を引き締めた白山は、ただ黙って頷くと少し間を置いてからブレイズに質問を続ける。
「前回の戦での彼我の規模はどの程度だったんだ?」
それを答えてくれたのは、ブレイズではなく丁度命令を終えて駆けつけてくれた副官だった。
彼の話では、前回の戦闘では皇国側は2万の兵力を持って攻め込んできたとの事だ。
さらに王国側は突然の奇襲であった事と皇国が攻めてくることを予想しておらず、国境守備についていた3000名
そして駆けつけた周辺領主 諸侯軍2000名を併せて、5000名で初期防衛に当たった事を教えてくれた。
そこに王都や周辺の軍団からの増援を受けて、王国側も最終的には22000名で応戦したが、如何せん初期の被害が大きく死傷者が8000名近く出たそうだ。
王都からの増援が現在の国境線近くで善戦しビネダ砦も陥落せず現状の国境線に落ち着いたらしい。
そこまで話を聞いた白山は、ひとまず現状で出来うる対策は、国境周辺への兵力の増強と後方支援体制の確立が精々だと考えた。
現状で判断するには敵に関する情報が少なすぎる。
その旨を王とブレイズ達に伝えると、全員が同意見のようでここでこれ以上議論をしても仕方がないと判断し、詳細についてはサラトナが段取りをしている、明日の会議で検討するとの判断を王が下した。
それによりその日は解散となったが、白山にはやらなければならない事が残っていた。
城の奥に据えられた王宮から足早に抜けだし、騎士団の詰め所となっている城壁に向けて歩を進める。
そこは、白山の装備を収めた臨時の武器庫と言える場所だった。
鍵を開け、少し埃っぽい中からフラッシュライトの明かりを頼りに一際大きな細長い筒を取り出し、それを肩に担いで中庭を目指す。
白山が欲しいのは、戦力や火力もそうだが今は何より『情報』だった……
円筒形の筒を展開しながら、白山はふと、この世界に召喚されて間もない頃の事を思い出していた……
恐らく、ボンベの残量的に今回が最後の使用になるかもしれない。
しかし、組み上げた布状の物体に白山は迷うことなくガスを注入し始める……
ガスが注入されるにつれて、4m程の見慣れた形がその姿を現し始める。
固定用のピンと杭を引き抜くと、『戦術UAVシステム バードアイ』は、ゆっくりとそして静かに夜空へ舞い上がる。
その様子を見ていた衛兵は、ポカンと口を開けただ黙ってその姿を夜空に追い続けていた……
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翌朝、まだ暗いうちに起床した白山は手早く洗面を済ませると、予め用意しておいた3型迷彩に袖を通す。
昨晩着た礼服やクローシュの商会で購入した平服もそれなりに着慣れた気がするが、やはり自分にはこの迷彩服が一番体に馴染む……
別段着心地が良い訳でもなく、重くゴワゴワとした生地だがそれでも、身が引き締まる思いがする。
磨きあげた半長靴を履き、戦闘帽を被る。腰のホルスターにSIGを収め身支度は整った。
いつもより早い時間であったため朝食は執務室に運んでもらうよう依頼すると、真剣な眼差しで白山は執務室に入った。
まだ暗い室内で、ランプと燭台に火を灯し、室内を揺らめく光源が照らし出した。
ざっと、腕時計のバンドに取り付けてあるリストコンパスで方位を確認すると、小さなディッシュアンテナを窓辺に設置する。
無線機と連結させた車載の野外用PCを接続すると、各所の接続に問題がないかを確認し、通信状態をチェックする。
電源の入ったPCから、炎の揺らめきとは異なる光が発せられて、白山の顔を淡く照らし出す。
高高度を飛行しているバードアイは気流を捕らえて、順調に東に向けて飛行を続けていた。
コンソールを操作して、これまでの撮影データをダウンロードしながら、ログを確認する。
広角で撮影された各種地形データや赤外線航空写真を時折眺めながら、羊皮紙に描かれたこの時代の地図と見比べる。
そんな作業を繰り返していると、ポップアップアイコンが画面上に現れてバードアイが目標地点上空に到達した事を報せてくれた。
直接送信で操作しているため若干のタイムラグを感じる操作感に少しストレスを感じながらも、白山は周辺の画像を撮影し片っ端からフォルダに保存してゆく。
ひと通り周辺の画像を収集した後、白山はリオンが淹れてくれた朝のコーヒーを一口啜りながら、バードアイのカメラをマニュアルモードに切り替える。
あの店子の話が本当であれば、今バードアイが飛行している領域の周辺にそれと思しき大部隊が発見できる筈である。
徐々に執務室の空が白み始め間もなく朝日が登るだろう……
東に向けて飛行したバードアイは、こちらより数分早く夜明けを迎えているはずだ。
白山はタブレットに、先程撮影した周辺の高精度広角画像を取り込むと、おおよその街道沿いの場所に当たりをつけてバードアイのカメラをズームさせる。
1万人の部隊移動となれば、車両化もされていないこの時代では、確実に数kmの隊列になる。
同時に野営地となりそうな場所も限られてくるだろう……
案の定、ある程度街道をズームすると草原となった箇所に野営地らしき箇所と馬車の集団…… そして天幕や焚き火の煙が確認できる。
全体像を見える大きさで画像を保存すると、輜重隊の馬車の数や野営している焚き火の数などを簡単に確認する。
ざっと見ただけでも、やはり全体的な数では1万に近い数を確認できる。
ただし、後方支援の人間や輸送に携わる人間を引けば、おおよそ6000~7000人が戦闘部隊と言った所だろう。
プリンターにめぼしい画像を印刷させながら、白山はじっと考えていた。
この数を相手にして現状のレイスラット国軍は、どこまで善戦できるだろうか……
砦に籠城して増援を待てば、ある程度持ちこたえられるだろうし撃退の見込みは高い。
しかし、攻撃はこの1回だけではない……
2度、3度と攻撃を仕掛けられれば王国の国力は大きく減衰し、いずれ国土を蹂躙されるだろう。
軍の再編が最中である現状から考えれば、これ以上のダメージは再編そのものも頓挫しかねない。
そこまで考えた白山は、今の現状で自分に出来る事は損害をできるかぎり抑え、防御戦闘を行わせる事だと結論付ける。
バードアイの画像を見つめながら、じっと考えにふけっていた白山にリオンがそっと声をかけた。
「そろそろ、お食事になさいませんか……?」
白山が迷彩服に袖を通したように、リオンも今日は濃い草色の動きやすい服装を着込み、剣を携えていた。
思考の海から浮上した白山は、応接セットに並べられた朝食と、周囲に漂う良い匂いで、ようやく空腹を思い出した。
「ありがとう……」
表情を和らげた白山はリオンに礼を言って、ソファに座り朝食に目を向ける。
サラダやハムと言った簡素ではあるが、ボリュームのある朝食に手を伸ばし始める。
焼きたてのパンから立ち上る香ばしさを感じながら、朝食を摂っていると 『トントン』と力強いノックが来客を告げた。
一緒に食事を摂っていたリオンが対応しようと腰を浮かすが、白山はそれを手で制して自らドアに向かった。
立場上、従者のような仕事もリオンに任せてしまっているが、バディなら対等な立場でなければいけない……
リオンは首を振って、自分が立つと言う意志を瞳に映すが、それに構わず白山は来客に対応した。
ドアを開けると、そこに立っていたのは第一軍団長であるアトレアが鎧姿で立っていた……
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「散らかっているが、入ってくれ」
夜が明けて燭台は消したが、まだ少し暗い室内にはランプを灯していた。
執務机から伸びるケーブルや無線機のアンテナが乱立する光景にアトレアは少し驚いた様子だった。
「済まない、食事中だったか……」
アトレアは、応接セットを見て食事中に訪ねた非礼を詫びたが、白山は気にせず招き入れた。
丁度、現場をよく知る人間の意見が聞きたかった白山にとっては渡りに船だ。
朝食に誘うと、まだ摂っていないと言うことで、リオンにアトレアにも皿を用意してもらう。
幸いにして朝食の量は2人前より多く用意されているので、とりたてて不足や追加の必要はなさそうだ。
応接セットに腰掛けて、お茶を口にしたアトレアはおもむろに来訪した用件を切り出した。
「昨夜、宰相からの早馬で急報を受けた。
事の次第は、判っているがホワイト殿もその商人から話を聞いたと報告を受けてな……
会議の前に詳しい話を聞きたくて、訪ねさせてもらった」
サラダを口に運びながらその言葉に頷いた白山は、強い視線をアトレアに返した。
白山は、行儀が悪いと思いつつ立ち上がると野菜を咀嚼しながら執務机に歩み寄り、印刷の終わった用紙とタブレットを持ってソファに戻る。
ようやくサラダを呑み込んだ白山は、印刷画像を選びアトレアに渡すと、自身はタブレットの画像に目を落とした。
「先程、確認が取れた。国境から約4日の距離に約1万の部隊が居る……」
ナプキンで手を拭いつつ受け取った航空写真を見たアトレアは、驚きのあまり言葉を失っていた。
物見や偵察兵、間諜からの情報であっても敵を確認するにはかなりの時間が掛かるし、何よりこのような敵を真上から見た精彩な絵は見た事がない。
「ホワイト殿! この絵はどうやって……!」
この世界に来てから文明の利器に対するリアクションに慣れてきた白山は、苦笑しながらアトレアの驚きを受け流す。
「俺と一緒に召喚された偵察道具だよ……」
そう言葉短く答えた白山は、それ以上語らず事実に焦点を当てる。
「この街道は途中の街を経由する以外は、国境まで一本道だ。
ヴァラウスで行商をしてきた店子の話を信じるならば、街の治安は安定していて兵を出す必要性は無い。
そうすると、考えられるのは……」
「砦か、国境か…… いずれにしろ、1万の兵が国境に向かい進軍している事は間違いないな……」
すっかり食事の手を止めて写真に見入っているアトレアは、厳しい表情を浮かべながら白山の話を聞いていた。
「ただ、山間の急峻な地形と、長雨の影響で起きた街道の崩落で進軍が停滞している。
ここが、その崩落箇所だろう……」
そう言って、タブレットの画像を拡大しながらアトレアに差し出すと、自分の持つ写真とタブレットの画像を見比べて、僅かに頷いた。
「馬車の大きさとがけ崩れの大きさを比べてみてくれ……」
ナイフで刻みを入れた楊枝を2枚目の写真と一緒にアトレアに差し出すと、楊枝を画像に当てながら少し思案する様に考え込んだ。
「俺はこの世界に来て間もない…… この規模の崩落を復旧させるのにどの程度の時間がかかるかがハッキリ判らないんだ……」
自身の不明な点を、正直に話す白山の姿勢にアトレアは驚きと好感を覚えたが、すぐに我に返ると真剣に画像を見つめ始めた……
「砦を攻めるつもりならば工兵は随伴している可能性はあるが、通常の歩兵が補修に当たるとすれば3日はかかるだろうな……」
真剣な表情で写真を凝視して答えたアトレアは、写真を白山に返しながらそう答えた。
「すると、国境か砦への到達は早くて7日後、と言う事か……」
口元に拳を当てながらタブレットを眺め、白山は誰に聞かせるでもなくつぶやいていた…………
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