ラップトップと仲間とワイン
お正月で書き溜めが進んだので、更新致します♪
暫く考える時間がほしいと、考えを巡らせていたバルザムはそう答えた。
白山はその言葉に同意したが同時に釘を刺した。
「今後、定期的に会談の機会を設けて対話を促進させて行きたいと思います。
次の会談についても、日時を決めておきましょうか」
のらりくらりと躱しながら、対策を考える手を封じられたバルザムは思わず低く唸った。
「判った…… 5日後にもう一度会談で良いかな」
少し考えた後、バルザムはそう答えた。
その言葉に白山は頷き、バルザムに手を差し出した。
「5日後にもう一度話し合いましょう……
その際に返答を頂ければ助かります。また軍の全体会議についても、その時に詳しい話を進めたいと思います」
そう言って握手を交わす両者は、ぎこちないながらも確かに幾分かの歩み寄りを果たせたのだろうか。
現時点ではそれは判らないが、出発点としては上々だと白山は内心で考えていた。
礼を言ってバルザムの執務室を後にした白山は、自分の執務室に戻ろうと王宮の長い廊下を進んでいった。
ふと庭園を見ると騎馬が先触れとして王宮に入って来る所だった。
その様子を近くを通りかかった騎士に尋ねると、親衛騎士団が予定を繰り上げて帰還するとの事だった。
ブレイズ達が帰ってくるのか……
夕刻には城に着くと騎士は話してくれた。
礼を言ってその場を離れると、白山は自身の執務室に戻ると明日以降の予定を確認してから、残りの仕事に手をつけ始める。
決済書類にサインして、文官から上がってきた書類を添削していった。
単調だが必要な仕事だと自分に言い聞かせて、黙々と仕事を進めた白山は午後を少し回ったあたりで書類仕事を一旦切り上げた。
文官達を早めに部屋から退出させると、室内が静寂に包まれる。
少し冷めたお茶を啜ると、白山は短く息を吐き出してから、ラップトップのスイッチを入れた。
帰還は諦めざるを得ないが、ラップトップの性能や目録については緊急時に備えて把握して置かなければならないだろう。
だが、ラップトップから召喚される物品はこの世界の文明レベルを超越したものが多く、過分なオーバーテクノロジーとも言える。
勇者として認識されている白山は例外的に銃器を使用しているが、レイスラットの軍が使用する事は周辺の軍事バランスを大きく崩すことになってしまう。
現状では自分一人が銃器を使用しているが、他国の侵攻が始まれば嫌でも自分に寄せられる期待と銃器への渇望が寄せられることは間違いがない。
「微妙なバランスか…… 正直、俺の手には余る問題だな……」
システムの起動を待ちながら白山は、本音を呟く。
程なくして画面が切り替わり、システム選択画面が液晶画面に現れた。
先日ナイフを召喚した時は 58(1253)だったが、その数が増えていることに気づいた。
その数字が、76(2147)に増加している。
思い当たる節があるとすれば、バルザム邸からの帰路に襲撃者を撃退した事か……
この数字についてもしっかりと把握しなければいけないと思い、FAQをクリックした白山はその項目の多さに溜息をこぼしそうになるが、気を取り直して丁寧に項目を読み込んでゆく。
10数分をたっぷりと費やし、ようやく目的の項目に辿り着いた白山は、その項目を読み込んで納得する。
そこに書かれていたのは、このような文章だった。
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召喚に必要な魂のカウント
召喚に利用可能となる魂は、所有者及びその同行者が殺傷した人員の魂が直接の召喚源となる。
同行者の設定については初期設定時の人員が基礎設定となる。
新たな同行者および部隊を新編した場合、適宜その範囲を調整しなければならない。
緊急時及び召喚源の不足が発生した場合、対象領域として設定した範囲での輪廻に干渉し召喚源として利用できる。
ただし、その場合対象範囲の出生率等に影響をおよぼす為、十分に留意する必要がある……
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・・・・・・・
・・・・・
・・・
・・
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その説明を読んだ白山は、少しだけ目を閉じると、自身やこれから創る部隊についてしっかり気を引き締めなければならないと考えた。
安易に殺傷を容認したり、召喚を優先するような事は絶対に避けなければならない。
そして、ラップトップでの召喚については厳重に秘匿する必要があるだろう……
そんな事を考えながら、白山はFAQを閉じると装備品召喚のページを選択し、火器の項目へ進んでゆく。
左側に選択項目が表示され、生産国や分類など絞り込む項目が幾つか表示された画面で、白山はとりあえず小銃の項目を選択した。
少しだけシステムの駆動音が静かな部屋に響くと、画面いっぱいにリストが表示される。
その数に驚きながらも、適当な詳細をクリックしその項目を眺めてみた。
以前の説明文にあった通り、『向こうの世界』で現に存在している火器を『こちらの世界』にコピーして顕在化させるという。
その為、数量が揃っている物からメーカーの試作品、個人が所有する珍しい小銃まで列挙されている。
先日説明を読み込んだ際には、概ねの目安として金属製品ならば『1トン=1柱』が目安となるが、構造が複雑なものや生物由来物に関しては数量が減るということだった。
同時に1回の召喚では最低1柱の魂を消費してしまう事から、あまり少量の召喚は効率が悪い。
具体的な例として、東欧の某軍事基地に保管されているAKが200丁と、個人が保管している珍しい小銃1丁が同じ1柱で召喚可能だがその差は大きい。
今は召喚することを考えてはいないが、むやみに少数の装備品を多量の魂を消費して召喚することは避ける必要があるだろう。
暫く画面を見つめていた白山は、机の引き出しから1枚の紙を取り出した。
その紙は、現状において枯渇や不足が予想される装備と、万一に備えて必要になる装備をリストアップした紙だった。
何より燃料と弾薬が乏しい。先の港町の一件で消費した燃料が心許ない。
出来るなら空気圧や交換用のオイルに部品、車両の整備にかかる品物は今後の活動を考えると必要不可欠になるだろう。
しかし、白山にはどうしてもこの世界の魂を消費して武器弾薬や補給品を召喚することにためらいを覚えていた……
難民キャンプの粗末な屋根の下でも、懸命に生まれてきて泣き声を上げる赤子、足を地雷で吹き飛ばされても銃を打ち続けた兵士……
限りなくリアルに命と向き合ってきた白山とすれば、兵器を生み出すためにそんな輪廻に干渉して良いのかと深く考えてしまう。
補給品は今後を考えれば必要不可欠な事は判っている……
この問題は、自分一人では答えが出ないのかもしれない。
そんな堂々巡りを続けていると、『カチャリ…』 と小さな開閉音を鳴らして隣の部屋の扉が開かれた。
小さなお盆に湯気の立つ器を載せたリオンが、ゆっくりと執務室に入ってくる。
難しい問題に表情を曇らせていた白山は、執務室に漂う香気を嗅ぐと、少しだけ肩の力を抜いていた。
何も言わず、机に黒い液体を湛えたカップと小さな焼き菓子が載った小皿を置いたリオンは、少しだけ笑いそして小首を傾げてみせる。
白山と行動し始めた頃は、表情に乏しく無愛想だったリオンも最近では体型も女性らしくなり、角が取れた印象を受ける。
何より白山の前だけだが少しづつ感情表現を見せ始め、バディとして一緒に訓練を重ねるごとに、白山の行動や意図を先読みするようになってきた。
コーヒー…… こちらの世界ではカカの実だが、白山が頼んだ訳ではなく、先程まで城の図書館から借りてきた本を読んでいたリオンが、スッと席を立ち支度をしてくれていた。
『あまり深刻に考えすぎるのも…… 良くないな……』
白山は目線と小さな頷きでリオンに謝意を伝えると、苦笑しながらカップを口元に運ぶ。
暖かな香ばしさと苦味を感じながら、肩の力を抜いた白山は先程よりは落ち着いた心境で再びモニターに目を落とした。
小銃の項目からトップ画面に戻った白山は、人員召喚をクリックしその項目を眺めた。
こちらは軍属の人間に限られるようだ。
その項目は大分類が国別 陸海空軍 兵科別になっていた。
日米や欧州そして中東やアフリカの国々までがリストに並び、これも膨大な数がある。
試しに米国をクリックすると、新たに勃発した中東での紛争に介入した所以か、母数が多いのかこれも多くの人員が出てきた。
この場で召喚するつもりのない白山は、適当に兵科を選択しそこから個人データを呼び出してゆく。
すると、どういう原理かは全く判らないが部隊情報や兵士の詳しい履歴が映しだされてた。
その項目をざっと眺めた白山は、データの末尾に記載されている死因の項目に小さくため息を吐いた。
そこには小さく、日時と『交通事故により死亡』とあっさりと書かれている。
その他にも幾つか個人データを見てみるが任務中の死亡だけではなく、不慮の事故や病気による死亡も多くあった。
ある程度そうした人員のリストを眺めた白山は少しだけ息を吐き、電源を落とし南京錠を取り付けてある戸棚にラップトップを仕舞った。
ぼんやりと椅子に背中をあずけ腕を組んだ白山は、今後召喚を利用する場合のルールについて考えていた……
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夕方過ぎに隊列を組んだ親衛騎士団が王都に帰還し、城壁沿いの兵士の詰め所や王宮内が幾分賑やかになってきた。
部隊の規範や運用についての概略を書いていた白山は、その音と傾き始めた夕日を見て仕事を切り上げようと書類を片付け始める。
ちょうどそんな折に、コンコンと扉がノックされる音が響く。
この音はサラトナの文官かと白山が当たりをつける。 すると、案の定リオンが対応していたのは当人であり何やらリオンに託けて去っていった。
チラリとリオンに目を向けると、僅かに頷き伝言の内容を伝えてくれた。
「今夜、陛下が改めて港町の一件について報告の聴取と慰労を兼ねて、お招きになるそうです」
何となくそんな予感がしていたが、白山の読み通りだったようだ……
「判った…… 夕方の訓練は休みにしよう。今夜はゆっくりしていてくれ」
そう伝えると、ちょっと不満そうな顔を浮かべたリオンに白山は苦笑する。
「土産はデザートでいいかな?」
白山は書類をまとめて整頓を終えると、降参したとばかりに両手を掲げてリオンに笑いかけた。
その表情を見ていたリオンは、少しだけ口を尖らせながらも頷いてくれ、白山は少しだけ安堵していた……
王宮の深部にある王家専用の食堂に通じる廊下は、今日も簡素ではあるが落ち着いた調度品と静かな静寂を守っていた。
礼服に着替えた白山は、晩餐の参加者が集うサロンに足を向ける。
ゆっくりとした足取りでサロンに向かう白山に後ろから少し豪快な足音が追いかけてきた。
振り向いた白山の視界には疲れも見せず相変わらずな調子のブレイズが、こちらを認めて軽く手を上げている姿が映った。
「よう、長旅お疲れさん」
軽く手を挙げて応えた白山は、言葉短くそう告げると肩を並べてサロンへ通じる廊下を進み始めた。
「まったく、今回は疲れたぜ…… 何しろ久しぶりの大捕り物かと思えば、港町に着いたら全部ケリがついていやがったからなぁ……」
ニヤリと笑いながらヒジで白山を突いてきたブレイズに白山も、皮肉を返した。
「なに、実戦には予定の変更や突発的な事態はつきものだろ? それに、たまには地道な仕事の有り難みが判ったんじゃないか?」
そう言ってブレイズの肩に手をおいた白山もニヤリと笑い、お互いクツクツと肩を震わせながら冗談を言い合う。
今日はラップトップを調べていたせいか気分が晴れなかったが、こう言った冗談を言い合える仲間とは有難いと白山は内心で思っていた。
2人がサロンの扉を開けると、そこには既にサラトナがソファに腰を下ろしワインを味わっていた。
軽く会釈をして、白山とブレイズもソファに腰掛けると給仕がワインのグラスを差し出してくれる。
それを受け取った白山はサラトナと目を合わせグラスを合わせようと手を持ち上げるが、その視線の横には一息にグラスを煽るブレイズが映り、思わずサラトナと目を見合わせる。
苦笑したサラトナは、空いた手で白山にもグラスを勧めるジェスチャーを取ると、僅かに苦笑して白山も目線の高さまでグラスを掲げ、ワインを口に運んだ。
ワインの芳醇な味は、少し疲れた白山の体に沁み入るように溶けていった…………
次回は週末に更新予定です。