無線と銃撃とバディ
リオンは白山からの無線を受け、家の間を縫うように走った。
馬車が目視できる場所まで先行しその様子を探るのが、リオンへ与えられた任務だった。
門扉が開き馬車が出てくると、前方から見ていたリオンはその周囲に視線を向ける。
リオンは200mほど先の路地から自分に向かってくる馬車を、木の上から眺めていたが闇夜にふと違和感を覚えた。
バルザムの屋敷から少し走り始めた馬車の後方に何かが動いている。
夜目のきくリオンでも流石に300mほど離れた後方は確認できない……
白山から預けられたデイパックを探り出したリオンは、その中から双眼鏡を取り出す。
初めて使い方を教わり覗きこんだ時は、驚きのあまり声が出なかった。
そんなことを思い出しながら、双眼鏡を瞳に近づけると焦点を合わせる。
集光性の高いレンズを使用した白山の双眼鏡は、夜間でもその高価な値段に見合った視界を、ある程度確保してくれる。
すると、馬車の速度に合わせて馬を駆る2名の男達が見える。
帯刀して黒いフードを被った男達の外見から、独特の雰囲気を感じたリオンはしなる枝の上でも木を揺らす事無く器用に荷物を探す。
双眼鏡をデイパックにしまい込み、無線に手を伸ばしたリオンは白山に向けて連絡を入れていた。
短い交信を終えたリオンは、いつもと変わらない白山の口調に安心感を覚えながらフワリと木から飛び降りる。
流れるような速さで走ったリオンは家の隙間を縫い、壁から窓そして屋根の上へと跳躍する。
軽業師のような身のこなしで屋根伝いに移動し、馬車のルートを先行して数百メートル進んだリオンは、馬車そして白山の動きを待った。
ほんの少し明かり採りの出窓の陰から見守っていたリオンの目に、馬車が止まるのが目に入る。
そして、深緑の礼服に身を包んだ白山が馬車を降りるのが見えた。
御者と何事かを話しているが風向きと距離で、その言葉までは聞き取れない。
軽く手を上げ白山が路地へと入っていくのが見える。
恐らくは、後方の追跡者をどうにかするのだろう……
リオンは、バディとして自分が何をすべきかを考えた。
先日の射撃の訓練以来、白山は時間を見つけてはリオンに装備の使い方や自分の動き、戦術などを教えてくれた。
その内容はこれまでリオンが殴られ食事を減らされ、体で覚えてきた技術と似通っていたが、1つだけ決定的に違う点があった。
それは、白山がその装備や動きの理由と意味を、しっかりと教えてくれた点だった。
技術は盗むもの。体で覚えるものと思っていたリオンにとって、些細な事でも丁寧に教えてくれる白山の訓練は、驚きであり新鮮でもあった。
砂地に染みこむ水のように、その技術を覚えていったリオンは、これまで感覚や教えられてきたからと盲目的に動いてきた影の技術について本質を理解できていなかった事を知る。
影の技術も同じように理由と意味がある事を悟り、自分の持つ技と白山の教えを重ねあわせて、自身の動きに反映させていった。
リオンは白山の意図を、そしてこうして欲しいと考えている動きを読み解く……
数瞬、周囲の状況を見て考えながらリオンは判断する。
もしあの2人と戦闘になっても白山ならば問題はない。ならば、その戦いの邪魔になる行動は避けるべきだと……
同時に戦闘に専念できるように、背後の守りを固める。
それがリオンの導いた結論だった。
そう判断したリオンは、白山が入っていった路地と追跡者が来る方向を一瞥する。
T字路になっている辻はどこかの貴族の邸宅になっており、広い敷地に面している。そのせいで路地は細長く白山が背後から攻撃された場合、挟撃になるだろう。
そう思ったリオンは屋根の上を巧みに動き、広い敷地を迂回する。程なくして路地まであと一歩の所まで辿り着き、そこで足を止めた……
『何かいる…… 』
移動のために、路地に面した貴族の屋敷を迂回していたリオンは、屋敷の角にある大きな通りに面した焦点の屋根で身を伏せた。
白山が入っていった路地まではあと150mほどで、左に1本曲がれば合流できる位置にリオンは潜んだ。
5感を総動員して違和感の正体である気配を探ると、程なくしてそれは姿を現した。
10名ほどの黒装束の人影が、大通りから貴族の屋敷の方向に横断しようと建物の陰に身を潜めている……
リオンは無線を手に取り報告しようとした所で、押しかけたPTT(無線送信スイッチ)を止める。
路地から馬の嘶きと光のほとばしりが見えたからだった。
恐らく白山が追跡者を仕留めたのだろう……
少しすると路地から背に人を載せていない馬が飛び出してきて、大通りに出ると速度を上げ闇に消えていく。
その姿を見た影達に一瞬、動揺が走る……
挟撃の線は消えた。
しかし、刺客らしき複数の影は未だに存在している。
リオンはPTTで合図を送る。
『カチカチ…… 』
一呼吸おいて、リオンの耳へ同じように合図が返ってきた。
『ザッ…… カチカチ…… 』
隠密な作戦中には、音が聞けないないしは声が出せない状況が少なからず存在する。
そんな時にはPTTを使い合図を送ることが多い。 イエスなら2回 1回ならノー……
リオンは、その合図を使って応答可能かを白山に問い合わせて、白山もそれに応えた。
もう一度PTTを押し込んだリオンは、小さな声で白山に語りかける。
「そちらが入った路地の先に10名前後が潜伏中…… 私は路地の出口から北約150mの位置です」
「了…… 現在地点を維持して射撃用意 発砲は命令があるまで待て……」
いつも会話している白山の声より1段低い静かな声が、リオンに戦いの開始を予感させた。
無線を戻して、後ろ腰にスリングで回していたMP7をゆっくりと握ったリオンは、無言でストックを伸ばしチャージングハンドルを引く。
プラスチックに囲まれたボルトがややくぐもった音を響かせて初弾を薬室に送り込む。
屋根の上でやや窮屈な姿勢ながら、射撃姿勢をとったリオンは照準器の赤い光点を、影達が潜む箇所に静かに向けた……
*****
リオンとの交信を終えた白山は、無線をしまい銃を向けたままゆっくりと男達に近づいた。
荷紐に引っかかった男は鼻血を流しながら低いうめき声を上げている。
もう一人の男は落馬こそしたものの無傷だ。
目を押さえている男の腹部を蹴りあげ、動きを止めてから荷紐の残りで手早く足首と後ろ手を縛る。
もう一人の男は、荷紐が足りずカランビットで通りに貼っていたヒモを回収してそれで縛り上げた。
紐で転倒させられ、更に同じ紐で縛られるとは何ともついていない奴だ。
2名の持ち物を手早く検索した白山は腰に帯びた追跡者の剣を塀の向こうに放おる。
剣以外何も持っていない2名は、このまま放置するしか無い。
前方の10名を無力化してから回収するしか無いだろう。
周囲の地形を改めて見た白山は、この位置で10名を迎え撃つのは適当ではないと判断する。
前後に長い路地は左右に抜ける通路などはなく、白兵戦ならば利点として働くが、相手が弓を持っていた場合回避する手段がない……
後方の人間を潰したのだから、後退するのが適当だろうが縛り上げた捕虜を2名連れて後退は難しいし、この2名だけが後方から来たとは限らない。
ならば前に出るしか無い……
そう決断した白山は路地の先に銃口を向けると、闇の中を泳ぐように路地を進み始めた。
『先頭、移動開始…… 2名路地に入りました…… 』
リオンからの通信が白山の耳に響いた。
『カチカチ…… 』
正面に銃口を向けたまま左手でPTTを探り、了解と合図した白山はわずかに出来ている塀の暗がりへ身を沈める。
すると正面から足音も立てず、幽霊のように2名の人影がこちらに進んで来た。
その手には大ぶりなナイフが握られており、ただ単にこの路地を通行するだけではないようだ……
この世界ならこの時点で制圧しても何の罪にも問われないだろうが、白山は自身のSOP(通常作戦規定)に従って警告を発する。
「ナイフを捨てろ…… 」
暗がりの中から突然響いた白山の冷たい声に、影達は一瞬動きを止めたがすぐに全速力で白山に向かってくる。
白山は体を横に投げ出すと、横に寝そべった体勢のまま向かってくる男を照準に捉える。
白山の発砲と投げナイフが、白山が潜んでいた暗がりに突き刺さるのはほぼ同時だった!
パパン! パンパン!
乾いた射撃音が静寂を破り、火薬の燃焼が一瞬だけ周囲に光る。
胸部に2発をそれぞれ食らった影…… いや、暗殺者はビクンと体を震わせるとその場に崩れ落ちる。
素早く立ち上がった白山は、歩きながら倒れた男達の頭部に止めの銃弾を撃ち込む。
痙攣したように四肢を震わせ、物言わぬ躯になった暗殺者を一瞥した白山は、後方を一度確認してから前方を見据える。
再び進み始めた白山の耳に、リオンからの通信が入る。
『全員が路地方向に移動の気配……!』
その通信に、今度は言葉で白山が返答する。
『確実に撃てる場合、撃て…… 路地に入ったヤツはこっちで引き受ける……』
『了…… 』
そのやりとりのすぐ後、パラパラと雨音のような小さな音と何かが弾けるような音が白山の耳に届いた。
リオンが射撃を開始したようだ……
サプレッサーに減音された小さな射撃音と、着弾した際の破片の飛び散る音が入り交じっている。
白山もゆっくりと前方を確認しながら進み、路地の出口10mほどで立ち止まる。
大通りには4名の黒装束の暗殺者が倒れており、暗闇が支配するモノトーンの世界でも濡れた地面がハッキリと判った。
慎重に大通りとの交差点まで進んだ白山は、塀を遮蔽物にして通りの反対側に視線を送る。
見えた…… 白山は自分と同じように暗闇をまとった暗殺者が、建物の間で蠢く姿に照準を合わせた。
パン!
慎重に照準された弾丸は狙い違わず男の頭部に命中し、パッと何かがはじけ飛んだように飛び散ると、ドサリと音を立て気配が消えた……
その一発で、白山の接近に気づいた暗殺者が慌てて弓矢を引き絞る。
しかしその頃には白山は後ろに下がり、放たれた矢は塀に当たって無残に折れ散った。
そして白山はその飛来した方向から、おおよその場所を探り、距離と角度を利用してパイを切るように射線を確保する。
身を隠してくれる塀の角と弓手を結んだ線状へ僅かに銃口と視線だけを露出させ素早く弾丸を送り込む。
パパパン!
連続して聞こえるような鋭い銃声が鳴り、「ぐっ…… 」とくぐもった悲鳴と弦の弾ける音が聞こえた。
無力化は確認できないが、命中はしている。
しかし残りの人数、そして周囲の安全確保には至っていない。
向かいの建物周辺からは、言い様のない殺気を孕んだ気配が伝わってくる。
そして現状では、それを打開する手立てがない。膠着状態になりつつある。
そう感じた白山は少し路地の奥に後退しながらSIGの弾倉を新しい物と交換する。
そして無線に手を伸ばした……
『リオン…… 合図をしたら敵の潜んでいる辺りにライトを照射してくれ……
見えた敵は撃って構わない…… 射撃後は移動しろ……』
『了……』
戦闘の最中とは思えない程落ち着いたやりとりのあと、白山は再び路地の出口まで進むとPTTを2度押しこむ。
『カチカチ……』
合図と同時に眩いばかりの光が降り注ぎ、対面の建物がライトに照らされて浮かび上がる。
暗闇の衣を無理やり剥がされた暗殺者が腕で光を遮りながら狼狽している2名の暗殺者が白山の網膜に映る。
暗順応を殺さないように、左目を閉じた白山はすかさずその標的に照準し発砲した。
パパン!
白山が一人目に2発撃ち込んだタイミングで、リオンが隣の角に立っていた暗殺者を仕留めた……
リオンがライトを消し不意に静寂が訪れる。
目視範囲の敵は、これですべて屠った。
白山は塀の角から大通りの左右を素早く覗き込み異常の有無を確認すると、素早く移動した。
北の方向にむけて大通りを走った白山は、暗殺者達の向かいを走り去る。
幸いにして弓矢も暗殺者の刃も到来せず、白山は通りを駆け抜ける。
リオンが射撃をしてた建物の近くまで来た白山は、後方を改めて確認すると通りを横断し、荷馬車の陰に身を潜めた。
『位置を確認しました…… 合流します…… 』
不意にリオンの声がイヤホンから響いた。
カチカチと応答を伝えると、程なくして通りの横からMP7を携えたリオンが走り寄ってくる。
今回はリオンに助けられたな……
そう感じた白山は一瞬だけリオンと視線を合わせて頷くと、リオンも頷き返す。
通りの正面を警戒していた白山と位置を変わったリオンは、片腕づつデイパックのストラップを肩から外す。
「何発撃った?」
白山は、リオンに言葉短く尋ねた。
後ろを警戒しながらデイパックを受け取った白山はSIGを腰に戻すと、中身を取り出した。
「15発です……」
上下のレシーバーに分解されたM4を取り出すと、ノッチを噛みあわせてピンで固定する。
ボルトを引いて作動を確認すると、上着を脱ぎチェストリグを装着した。
「よくやったな……」
少ない練習で初実戦の射撃であれだけ扱えれば大したものだろう。
白山はリオンを褒めながら空になったデイパックに上着を押し込むと、それを背負う。
チェストリグからM4の弾倉を取り出して差し込み、チャージングハンドルを引く。
「……ありがとうございます」
少し小さな声でリオンが返答した……
カチャンと澄んだ金属音が鳴り、銃が息を吹き返す。
白山は武装とバディが整ったことでゆっくり長く息を吐き、緊張を押し出した……
適度な集中と緊張感は良い作用をもたらすが、過度なプレッシャーや緊張は動作を固くする。
経験からそれを理解している白山は、行動を再開する前に呼吸を整えた。
準備は整った……
「路地に戻って捕虜を回収する…… 移動するぞ」
そう言った白山はリオンの肩を握り、準備が整ったことを知らせる。
合図を受け取ったリオンが右側を警戒しながら通りを小走りに駆け抜けた。
白山はリオンの背後の左側を警戒しながらサポートする。
リオンが大通りの角で進むと、そこでヒザをつき周囲を警戒した。
それを確認した白山は立ち上がると背中をリオンに預けて、駆け出していった…………
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