すれ違いと馬と小道
活動報告でも書きましたが、電子レンジと炊飯器の攻撃で
2000字書いた文章が消えて書きなおしていました。
遅くなってすみません。
白山の言葉に絶句したバルザムは、暫く考えこむとようやく口を開いた。
「して、その改革の内容とは……?」
その言葉に一瞬だけ逡巡した白山は、ここで改革の内容をバルザムに明かして良いものかを考える。
しかし軍の改革にバルザムの存在は大きい……
障害になるにしろ味方になるにせよ、早晩意見を戦わせる必要がある。
更に言えば、軍務卿を無視して改革を断行するのは、些か無理があるだろう。
下準備と根回し…… そんな言葉が白山の脳裏に浮かんでは消えた。
「一番の問題は、貴族が軍の実権をすべて掌握している事が問題です。
それが、現状の軍の硬直化を生み出しています」
その言葉に貴族であるバルザムは怒りを覚えるが、決してそれを表情には出さず冷静な素振りで白山に問い返す。
「はて、国を守るのは貴族の仕事であり、貴族が民を守る故に民は安心して仕事を行えるのではないかな?」
その言葉を聞いた白山は、鋭く切り返した。
「国は勿論王のものですが、同時に民なくして国は成り立たず故に国は民のものとも言えるでしょう……
そして、国を守るには身分の貴賎は関係がありません」
そう言った白山は、バルザムに改革の内容を語ったが、それは貴族とすれば到底容認できるものではなかった……
白山が語った軍の改革とは、身分の有無に関係ない登用(能力主義)集団戦法の積極的な運用
後方支援の拡充、軍事教育の実施が主な柱だった。
身分に関係のない登用を実現させれば、平民出身の将軍や部隊長に貴族が従うことになる。
更に言えば幼い頃から貴族が国を守ると言い聞かされ、歴史や武術の教育を受けている。
武芸とは個人の武を高め、戦場ではその技によって武勲を立てる事が良しとされていた。
平時の叙勲は法衣貴族の昇進によって地位を引き上げられることが殆どで、領地持ちの貴族や軍所属の貴族にはめったに縁がない。
やはり家柄を盛り立てるには、有事の武勲が手っ取り早いとこの国では思われている。
そういった風潮も貴族からの皇国への強硬論を高めていた。
そんな考えを持つ貴族が一族の繁栄につながる武勲を打ち捨てて、多勢に無勢を平然と行うなど許容される筈もない……
ひと通り白山の話を聞いたバルザムは、貴族がほぼ全てを占める軍の高官達に、この改革は到底受け入れられないと考える。
一蹴してしまえばいいバルザムの率直な感想は、それだった。
しかし、それでも背中に走る言い様のない危機感を、何故か打ち消すことが出来ない。
バルザムは慎重に口を開く。 言葉を選ばなければ貴族として育った、自分の感情が顕になりそうだったからだ……
「ふむ… 興味深い話ではあるが、その改革案は本当に実行できるとお考えかね?」
バルザムは、訝しむように疑問点を口にする。
それに対する白山の答えは、意外なものだった。
「この改革のすべてを一気に行えば、反発や混乱は必至でしょう。
下手をすれば貴族の方々の反発で頓挫するかもしれません……」
そう言った白山の言葉にバルザムは意表を突かれた。
改革を進めなければならないと言いつつ、その進行が難しいことも理解している。
バルザムにはこの会話の意図が見えず、少し考えこむ。
「物事には優先順位があります。
早急になさなねばならぬ改革と、時間をかけて行う改革、どちらも大切になります。
その中で、貴族の方々が反対する点について、その折衝案などを今後ご教授頂ければと考えています……」
そう語った白山の言葉に、バルザムはハッとする。その意図が見え思わず顔をしかめる。
それは白山がこの会談自体を言質とするつもりだと、思ったからだ……
貴族派の筆頭であり、そして軍務卿である自分への相談が事前に成されたとすれば……
命令系統としては白山は軍に属さない王家の軍相談役であり、戦術や兵器を開発し助言を行う、王家の直轄部隊指揮官となる。
軍に命令する立場にはないが、王家から軍への命令として改革を指示されるだろう。
だがそれでは、王家への反発や王家への反感を招くことになる。
しかし、そこにバルザムとの会談を行ったという事実があれば、事前に根回しを行っていると受け止められる。
批判の矛先は、王家だけではなく自分にも向いてくる……
そう考えたバルザムは、どうやってこの事態を乗り切るかに思考を傾ける。
反対するのは愚行だ。
それでは王からの心象が悪くなり、不満を募らせた貴族が武力による反乱まで起こす可能性もある。
さりとて賛成に回った場合、貴族からの突き上げと批判が向く。
表面上は賛成に回るしか無い……
短い思考の中で簡潔に方向性を出したバルザムは、そう結論づける。
そしてバルザムの頭の中では 『この男は危険だ』 と、本能が警鐘を鳴らしていた……
「ふむ… ならばできる限り私も協力しよう……」
心中とは裏腹に、バルザムは言葉短く白山に伝えるとすっかり冷めた料理を下げさせた。
「話に夢中になって料理が冷めてしまったな。
難しい話は、後日城の方で改めて伺おう……」
そうして初の会談は表面上は穏やかに終わった。
「失礼、少々酒が回ったようだ……
本来であれば、玄関まで見送りたいのだが、ここで失礼させてもらうよ」
食堂の入り口でそう言ったバルザムは、丁寧に礼をする白山の後ろ姿を見送った。
「準備は出来ているか……?」
先ほどまでとは別人のような冷たい声が食堂に響く……
その声に老執事は頭を下げ主の問に答えた。
「既に整っております……」
先ほどの会話ですっかり酔いが冷めたバルザムはワインを煽ると、冷たい目を老執事に向ける。
「帰り道で仕留めろ…… 決して討ち漏らすな」
そう告げると、無言で頷いた老執事は一礼すると食堂を出て、何処かへ姿を消していった……
ワインを飲み干したバルザムは、改めて自分へ言い聞かせるように呟く。
「あの男は危険過ぎる……」
*****
食堂を出た白山は、予想外に改革への同意が得られた事に、些か拍子抜けしていた。
息子のように短慮に怒鳴り散らす事はないと思っていたが、こうもあっさり改革への同意が得られるとは思っていなかった。
もっと強行な反対と妥協点の探り合いが続くかと思っていた白山は、簡単すぎる同意に疑問を抱く。
しかし、現時点では答えが出ない……
戻ってから改めて考えようと思う白山は、少し催してトイレへ案内してもらう。
またもや無駄に広く豪華なトイレへ案内された白山は、用をたすとポケットから無線を取り出す。
作戦用のチーム用無線機は、手のひらサイズで携行に便利な代物だった……
「リオン…… ロメオ・チャーリー(無線チェック)」
本体に巻きつけられたイヤホンコードを耳に差し込みながら、リオンからの返答を待った……
「通信、異常なし……」
リオンの声がイヤホンから届き少し安堵した白山は、「これから出る」そうリオンに伝えて無線機をしまい込んだ。
帰りの馬車に乗り込んだ白山は、大きなため息を吐く……
とりあえずは難関だったバルザムとの会談は、無事に終わった。
白山としてはこの会談は、あくまで足掛かりと捉えていた。
自分が考えている改革案に、軍を牛耳る貴族が賛成する事はない。
だが強行に改革を推し進めれば、否が応でも対立を招き国が割れるだろう。
外敵の脅威が迫る中で、それは避けなければならないと思っていた白山は、バルザムへ話を通しそこから対話の糸口を見出そうと思っていた。
それが貴族派の筆頭であるバルザムの口から飛び出した、賛成の言葉に何の意図があるのか白山は判りかねている。
動き出した馬車の中で、周囲に目を配りながら白山はそんな事を考えていた……
不意に白山の耳に、リオンの声が響いた……
「リオン ホワイト…… (リオンからホワイト) 」
耳に挿したイヤホンから明瞭な音声が聞こえ、白山は即座に返答する。
「ホワイト 送れ…… (こちらホワイト 送れ) 」
「後方で動きあり、注意……」
「了……」
簡潔な無線でのやりとりの後、カーテンを指でチラリと開けると後方から馬に乗った男が2名、曲がり角から追尾している様子が見て取れた。
白山は思考を中断し素早く状況に対応した。
箱馬車の前方、御者台がある窓を叩くと、馬車がゆっくりとその速度を落とし白山へ御者が視線を向けてくれる。
「すまないが、夜風に当たりたい。軍務卿には私から伝えておくから、この辺で降ろしてもらえるかな?」
優しく問いかけた白山に、王宮まで行かなければ叱られてしまうと御者は難色を示した。
白山は心配いらないと優しく伝え、銀貨を握らせると御者はようやく馬車を止めてくれた……
降りがけに御者台に括りつけてあった荷紐を拝借した白山は、礼を言って馬車を降りるとブラブラと歩きながら王宮へ通じる道から小道へ入る。
貴族街のはずれにあるバルザムの私邸から、王宮までは馬車で10分程だ。
走っても15分程度で着くが、後ろから来る男達は護衛か監視なのか釈然としない。
馬車を降りたのは万一戦闘になった場合、バルザムの家人を巻き込みたくなかったからだ……
これから交渉を行う相手の心象が悪くなる事態は避けるべきだろう。
もっとも、後ろから来る男達もバルザムの関係者である可能性も捨てきれないのだが……
周囲に警戒しながら、拝借した荷紐の末端を見ることなく手探りだけでもやいに結びながら、白山は小道を奥へ入ってゆく。
白山の耳へわずかに馬の嘶きが聞こえ、男達が接近してきているのが分かる。
ちょうどいい曲がり角を見つけた白山は、道路へ飛び出した枝を切り取った先にもやい結びの輪を引っ掛ける。
荷紐を持ったまま、反対側へ道路を横断して、塀に頂点に付けられている鉄製の侵入防止杭に結びつけた。
歩きながら瞬く間に小道へ荷紐を張った白山は、暗い夜道でも尚更暗い影の中に身を潜める。
影と同化するように気配を消した白山は、近づいてくる馬の蹄に耳をそばだてる。
影の中から小道を監視していた白山は、少し遠くから前後に馬を並べて歩いてくる男達の輪郭をぼんやりと捉えてた。
徐々にその輪郭がハッキリしてくる…… 男達が白山の直ぐ側まで来た時に、先頭を歩く男の顔が荷紐に引っかかった!
「ゥガッ!?」と声にならない響きが夜の静寂を破り、手綱を引かれた馬が大きく嘶いた。
一呼吸置いて落下音が響き、主の居なくなった馬は小走りで小道の先へ消えていく。
倒れた男は顔を押さえてもがき苦しんでいるが、後方に居る馬上の男は何とか馬の興奮を諌めようと、手綱と格闘していた。
その状況を影の中から見守っていた白山は、半身を影からスルリと引き出すと、手に持った円筒形の筒を馬上の男に向ける。
…… その一瞬だけ、馬上の男は太陽に照らされたように、夜の帳の中から白昼に引き戻された ……
当然のごとく男の網膜は、この極端な光線の変化に対応できず平衡感覚を狂わされる。
馬も突然の光に驚き、興奮はより一層ひどくなり、背に乗る男を振り落とし、来た道を走り去っていった……
ライトを左手にSIG(拳銃)を右手に持った白山は、姿を隠してくれる居心地の良い影から這い出すと、眼下に転がる男達に目を向けた。
白山は出来ればこの男達を、生かしたまま捕らえたかった。
背後関係を吐かせる必要があり、同時に大切な証人でもある。
辺りは馬の足音も遠ざかり、既に周囲は静寂を取り戻している……
貴族街といえど近隣の邸宅から距離があるこの場所は、誰かが様子を見に来ることもない。
白山はゆっくりと男達に近づくと、SIGの照準を男達に合わせていった…………
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