金貨と潔白と腹の探り合い
昨夜は更新が間に合いませんでした(汗
バルザムは王宮で見るいつもの服ではなく、黒の礼装に身を包んで白山を出迎えた。
軍で鍛えたその姿は、歳を重ねてなお大柄な筋肉質の体を、一層引き締めているように見えた。
家人が整列して一斉に頭を下げる光景に気圧されないように、にこやかな笑みを浮かべ白山もそれに答える。
「本日はお招き頂き、感謝致します。
本来であれば、私からご挨拶に伺わなければならないのに、恐縮です……」
にこやかに両者は握手を交わすが、その思考は表情からは読み取れない。
バルザム自らの案内で応接室に迎え入れられた白山は、その内装の豪華さに視線を向けた。
白磁の壺や絵画など一瞥しただけで、高価な代物だとわかる。
勧められて腰を下ろしたソファも、王宮にあるものと遜色ない柔らかさで、白山はわずかに顔を曇らせた。
あまりに柔らかいソファに深く腰を下ろすと緊急時の対応が遅れるからだ……
ソファに浅く腰掛けて上体をやや前傾させた白山は、いつでも動き出せる体勢をとる。
腰の脇差しをソファの横に立てかけた白山のもとへ、老執事が静かにお茶を運んできた。
その物腰にさりげなく視線を向けた白山へ、視線に気づいたのか執事が僅かに頭を下げる。
その所作に何かを感じた白山は微かに重心を移す……
傍から見れば、その動きはお茶に手を伸ばすかのように見えたが、この優しげな老執事への白山の警戒だった。
茶を手元に引き寄せる仕草に、その動作を隠した白山に表情を崩さない老執事は一礼して後ろへ下がる。
毛足の柔らかな絨毯は自身が攻める際は、足音が消えて都合が良いがその逆は厄介だ。
老執事の位置を一礼に答えるように頷いて、その位置を確認した白山にバルザムが声をかける。
「さてホワイト殿、本日は招きに応じて頂き御礼申し上げる。
そして先日は、我が愚息が大変な失礼を致した。改めてお詫び致す……」
そう言って、座ったままではあったが頭を下げてみせたバルザムに、白山は頷いてから返答した。
「いえ、過ぎた事は水に流しましょう…… 私としてはこれ以上問題にするつもりはありません。
それよりも軍の改革に、バルザム卿のお力を貸して頂ければと思っております」
その言葉で頭を上げて、真面目な視線を白山に向けたバルザムは白山の言葉に同意した。
「確かに、軍の強化は喫緊の課題と言えるだろう。
こちらに入っている情報でも、皇国の動きは少しきな臭くなっておる……
私からも是非にでもお願いしたい」
そう言いながら顎鬚を触る仕草をするバルザムは、報告の内容を思い出しているのか目を細めた。
バルザムの言葉に頷いた白山へ、件の老執事がお盆を持って主のもとへ静かに近づいた。
その盆には大きめの革袋が載せられており、それを確認したバルザムは、少し口元を歪める。
「まあ、詳しい話は食事の際にでもお話しよう… まずは本日の本題についてだが……
本来であれば、珍しい交易品や何かしらの物品を贈るのだが、ホワイト殿の嗜好が判らぬのでな……」
そう言ったバルザムは、白山に向けて重量感を感じさせる革袋を盆ごと白山の方へ押し出した。
「些少ではあるが、謝罪の品としてお納め頂きたい」
先日港町での任務で支度金として預かった金貨の、10倍はあろうかという大きさの革袋が白山の前に置かれた。
白山は革袋を一瞥すると、副官が言っていた言葉を思い出していた。
『和解の品を受け取らなければ、拒否と見做され決闘や戦争など……』
それを思い出した白山は、些か額の大きさに辟易としながらもそれを言葉にすることなく呑み込んだ。
「判りました。謝罪の品として頂戴致します。
これでこの件は一切の謝罪が済んだ事として、これ以上の歓待は無用です」
今後何かの依頼や対立が発生した時に、金銭で転ぶと思われては面倒だ。
そう思って釘を差した白山は、黙って手を差し出した。
和解の握手をする両者は一見にこやかな表情だが、瞳の奥底に冷たい別種の視線がチラチラと感じられる。
そうこうしていると、控えめなノックの音とともにメイドが静かに部屋に入ってくる。
どうやら食事の用意が整ったらしい。
メイドの案内で食堂に向かう白山とバルザムは、先ほどの続きとばかりに軍についてあれこれと会話を始める。
元々軍団長から軍務卿になったバルザムはこの国の軍事に精通しており、歴史的な観点や、各軍団の特性などを簡潔に聞かせてくれた。
先程までの応接室も豪華だったが、食堂もそれに負けず劣らず絢爛な輝きを放っていた。
席に案内されながら、白山は食事の味に集中出来そうにない現在の状況へ、内心でため息をついていた……
*****
※食事会前日深夜……
バルザムは私邸の執務室で、報告書に目を通していた。
その報告書はバルザムが私的に飼っている影からの報告で、白山の戦闘や王宮での仕事と生活について記載されていた。
優秀な影を持っているらしく、報告書の内容や戦闘の描写はかなり詳細だった。
それを読んだバルザムは深くため息をこぼし、眉間にシワを寄せると黙って腕を組んだ。
報告書に不備はない。むしろ短時間でここまでよく調べ上げたと、バルザムは思っている。
しかしその内容が問題だった……
白山の弱みになりそうな箇所や、嗜好が見当たらないのだ。
異世界から召喚された白山にはこの世界に家族が存在しない。さらに妻や恋人も見当たらない。
リオンと呼ばれる少女がそれかと考えた影は、その周辺を調査するが、白山と出会ったフォレント城以前の経歴や、噂も拾えなかった。
本人を調べようかと接近を試みると、逆に追跡される始末で、撒くのに苦労したとの話もある。
妾兼護衛かと考えた影は、客室付きのメイドの会話や噂を当たるが、どうやら白山は手を出していないという。
そこで白山の嗜好などに焦点を当てると、これまた悩ましい。
王宮の食事は各国の使節や賓客が宿泊する事が多く、それなりの食事が供されるのだが、白山はそれを断り、簡素な食事に切り替えさせていた。
享楽的な事柄についても、大酒を飲む訳でもなく金銭の授受や、女を買うわけでもない……
英雄色を好むと言うがここまで清廉潔白な勇者など、貴族の世界に生きてきたバルザムにとってみれば、とても信じられなかった。
大きくため息をこぼしたバルザムへ老執事は、黙って蒸留酒の入ったグラスを差し出す。
そのグラスを受け取ると、バルザムは目頭を抑えながらこの報告書を持ってきた張本人に尋ねた。
「お前は鉄の勇者をどう見る?」
言葉短く主から尋ねられた老紳士は、短く息を吐きだすと少し思案してからこう答えた。
「僭越ながらお答え致します。
彼の者はまだこの国に来て日も浅く、人間関係や趣味嗜好に関しては付け入る隙は少ないでしょう。
しかしここでその少ない人間関係に手出しすれば、手出しをした者まで気取られる恐れがあります。
そうなるとあのおよそ人間とは思えぬ力で、反撃を受けるやもしれません……」
そう言った老執事はそこで言葉を切ると、主から発言の許可を待つ。
グラスを口元に運び、熱い息を吐き出したバルザムは目線で続きを促した。
「そうなれば、とりうる手段は搦め手が妥当でしょう。現状では懐柔・妨害などが考えられます。
ですが、現状を考えるにこれらの手段は効果を発揮するのに、それ相応の時間と手間そして餌が必要となります……」
そこまで老執事の言葉を聞いたバルザムは、こめかみに指を当てると少しそれらの効果について考えを巡らせる。
懐柔については自身の権力を使えば問題はないが、白山がなびくかが疑問だ。それに自身の派閥である、貴族派からの反発も予想される。
妨害については容易いが、手口を巧妙に考えなければ王に訴えられればこちらが窮地に立たされるだろう……
バルザムの焦りも当然だった……
長男であるフロークを派閥を巧みに操り、王女の婚約者候補として選定させたまでは良かったのだ。
派閥を抑えている限り、そのまま次代で王の椅子がバルザム家に転がり込む。後は宰相の地位でも自分に充てればこの国は自分の物になる。
しかし、フロークの失態によって公衆の面前で恥をかかされたばかりか、あろうことか婚約者候補を外すとの報せが届いたのだ。
あの失態を鑑みれば当然といえば当然だが、これまでの苦労を考えると息子の短慮と頭の悪さには、腸が煮えくり返る。
怒りに任せ懇願するフロークを配置換えし、辺境の砦に送ったバルザムは、今後の対応に頭を悩ませていた……
影に命じた調査ではそれほど多くは判らず、追いやる事も飼い慣らす事も儘ならない。
悩んだ末に、バルザムは口を開く……
「影とその手勢で、奴を葬る事は可能か?」
厳しい視線を老執事に向けるバルザムは、禁断の言葉を口にした。
その言葉を聞いた老執事は、逡巡する事無くこう答える。
「犠牲は多くなると思われますが、一言頂ければ必ずや……」
暗殺は悪手である。それは問うたバルザム自身が良く判っていた。
勇者の殺害など国の威信をかけて犯人を探させるであろうし、同時に徹底的に背後関係が調べられるだろう。
余程しっかりと偽装を施さなければ、早晩その凶刃は自身に跳ね返ってくる。
「検討と準備だけは進めておけ…… 実行するかは後で判断する」
そう答えたバルザムに老執事は恭しく一礼するとスルスルと後ろへ下がり、暗闇の中に消えていった……
*****
白山は万一を考え、酒を断ると果実水を頼んだ。
バルザムは良いワインがあったと残念がっていたが、白山はアルコールで思考が鈍るのは避けたかった。
バルザムは同席する家族、妻と末娘を紹介する。
豪華に着飾った女性陣に軽く挨拶を交わし席についた白山は、バルザムと軍の歴史や特徴などを会話する。
ブレイズやアトレアとは異なった切り口の視点に、会話へ熱がこもり会話は、表面だけをみれば和やかに進む。
この流れならば聞けると判断した白山は、以前から気になっていた事を、バルザムに聞いてみた。
「先の皇国との戦争の後、教訓や反省は活かされなかったのでしょうか?」
その言葉を聞いたバルザムは食事の手を休めると、少し考えてから口を開いた……
「恐らくは辛勝とはいえ勝ちが、鈍らせているのだろう。
相手を撃退できた事で保守的な意見が大勢を占め、それが強化と改革の足を遅らせていると私は考えている……」
そう言ったバルザムの意見に、同意を示しながら白山は重ねて質問する。
下手にこちらの話を聞き出されるより、相手から会話を引き出しそれによって情報と思考を分析しようと白山は考えていた。
敵対しているとはいえ現時点での軍のトップから、忌憚のない意見を聞ける事はチャンスでもある。
そして白山は僅かな時間ではあったが、こちらの手札として明かしても良い情報を出発までに考えていた。
「なるほど…… では軍の改革を進めるにあたり、留意する点についてお聞かせ願えませんでしょうか?」
白山の質問にこれまでのにこやかな表情を一瞬曇らせたバルザムは、慎重に考えた……
対立派閥である貴族派のトップであるバルザムへ、核心となる問題を訊く白山の胆力と、場の作り方に内心で歯軋りする。
だが腹芸に秀でた貴族として一瞬で表情を戻すと、サラリと言葉を紡いだ。
「急性な改革と貴族の格式を穢す改革は、恐らく反発が大きいと思われる。
まずは、貴族達からの意見や考え方を知る事が、改革への早道となるだろう……」
当たり障りなくそう答えたバルザムの返答に、想定の範囲内だった白山は手札を切るか更に話を聞き出すかを検討する。
少し逡巡したが、白山は手札を切った……
「私は、軍の大きな改革を考えています。今の現状では次の皇国からの侵攻があった場合、防ぎきれないでしょう」
果実水を口に含んだ白山は一呼吸置いてから、白山は真剣な眼差しでそうバルザムへ断言する……
この発言にバルザムは衝撃を受けた。
これまでの軍からの報告や分析では、兵力が回復すれば撃退は可能だとされていたからだ。
そして戦力は先の戦争から戦力の回復は、順調に進んでおり現状8割まできており、来年までに戦力の回復が可能だと言われている。
しかし、白山はそれを真っ向から否定したのだ。思わず、バルザムは即座に何故だと問い質す。
「単純な戦力分析です……」
そう答えた白山は、現状での戦力分析をバルザムに伝えた。
その中身はひどく冷静で現実感に満ちていた……
現状で侵攻があった場合と、戦力が回復した場合、被害の見積もりは変化するが、どちらにしろ王国の負けは決定的と言える。
国境に作られた砦を抜かれてしまえば、諸侯軍や他の軍団が到着する前に王都までの侵攻を許してしまうというのが、白山の分析だった。
「こうした現状から、戦力の増強と改革は急務と言えるでしょう……」
メインディッシュを半分残して、バルザムは食事の手を止めて白山の話に聞き入っていた。
それはこれまで部下や将軍から上がってきた、誇張を含む報告とは明らかに異なっており、真実味があったからだ……
軍を率いるということは、徹底した現実主義者でなければならない。
しかし、貴族の対面やプライドが、『負け』と言う言葉を報告から除外し、真実から目を背けさせていた。
バルザム自身も軍にいた頃は、ある程度飾り立てた報告を読む事も書く事もあった。その為、修飾を取り除いて読む術を心得てはいたのだが……
白山の言葉を聞いたバルザムは、心の奥底に言い知れぬ不安を覚えたが、口をついて出た言葉は裏腹なものだった。
「俄には信じられんな…… そして、ホワイト殿の改革を実施すれば勝てるようになるのかね?」
それは軍を率いて戦を指揮してきたという自負と、今現在も軍のトップであるという矜持から出た言葉だった……
その言葉に頷いた白山は、ゆっくりと言葉を選んでバルザムに告げた。
「反発を恐れていては改革は実行できません……
勝てるかどうかではなく、勝たなくては国が滅びるのです」
そう告げた白山の言葉に、バルザムは低く唸り声を発するのみだった…………
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