ドリップと馬車と
遅くなりましたが更新します
翌日以降、白山はラップトップの件を意識から追いやるように精力的に仕事をこなしていった。
宰相から文官を借り受け書類や細則を決定し、ペンを奔らせた。
その合間にサラトナや財務卿であるトラシェと打ち合わせを行い、自身が率いる事になる部隊の準備を進めていく。
白山は自身の部隊へラップトップから銃器を召喚し、支給してしまおうかとも考えたが、頭を振ってその考えを打ち消した。
集団戦法や武器の改良で、まだこの国の軍隊には伸びしろがある。
白山自身にも魂を依代として武器を呼び出す事に、抵抗がある事は事実だ……
それに安易に銃に頼った防衛を行えば、意識や戦術が未成熟な軍では、過剰な暴力を引き起こす恐れがある。
自国民や外部への虐殺や侵攻を、この国が行わない保証は何処にもない。
軍が一枚岩でない現状で、銃器を持った部隊によるクーデターなど、悪夢以外の何物でもないだろう。
その日の午前に、クローシュが何やら荷物を抱えて白山の元を訪ねてきた。
執務室に招き入れた白山は、クローシュが持ってきてくれた物を見て笑みを浮かべる。
白山が頼んでいた品物は幾つかあった。
ひとつはコーヒーセット……
この国では、カカの実… つまりコーヒーはすりつぶした実を煮出して上澄みを飲むのが一般的となっていた。
香りが飛んでしまって酸味も出るその手法を好きになれない白山は、クローシュに依頼してコーヒーセットを作ってもらったのだ。
形はこだわらないが、口の細いヤカン・ドリップに使うネルを固定出来る取っ手、さらに豆を挽くミルを依頼していた。
この話をクローシュに聞かせた時、技術的に難しい部分もあると言われたが、まずは試作品を作ってもらう事にして今日はそれが届いたのだった。
相変わらず、クローシュは仕事が早い……
早速品物を確かめると、少々造りは荒いが外見は白山が知るコーヒーセットのそれだった。
リオンに部屋からカカの実を持ってきてもらい、お湯を沸かすように頼み、早速一杯目を入れる支度にかかった。
先ほどまで精力的に仕事をこなしていたのに、書類を届けて戻ってきた文官が白山のそのギャップに戸惑っていたくらいだ。
少量の豆をミルに入れてガリガリと挽き始めると、香りが辺りに漂い始めた。
挽き終わった豆を見ると少し引っ掛かりやムラがあり、その点をクローシュに聞かせて、次回の制作に活かしてもらう。
木綿の布で作ったミルを取っ手にセットすると、準備は整った。
ちょうどいいタイミングで、ミトンをはめてヤカンを運んできたリオンが戻ってくる。
ヤカンを受け取って、ネルに挽きたての粉を淹れドリップを始めた。
花が咲いたように香りが広がってゆき、その独特の香りにクローシュもリオンも、興味津々といった様子で膨らむ豆の様子を見ている。
ひと通りドリップが終わり紛うこと無い、コーヒーが銅製のポットに滴って薄っすらと湯気が立っていた。
人数分をカップに取り分けると応接セットに座り、その味を確かめる。
焙煎がやや浅い気もするが、その点はそのうち炒り方を工夫してみようと白山は考える。
それより今は、久しぶりのコーヒーの味を楽しもう……
初めて飲む2人は、その苦味に驚いていたがミルクや砂糖を入れ好みの味を探していた。
「なかなか癖になる苦味ですね……」
そんな感想をこぼしたクローシュは、もう一つの包みを白山に渡した。
細長くそして少し重そうなそれを受け取った白山は、その重さと質感に期待しながらその包みを解く。
そこから現れたのは大小の木刀で、この国の木剣ではなく、まさに木刀の形だった。
今後アトレアとの鍛錬や部隊での訓練で使用するつもりで、サンプルを作ってもらったのだ。
重さと握り心地を確かめると、頷いてそれを受け取った。
こればかりは、使ってみなければ強度や的確な重心の具合は測れないだろう。
今度アトレアとの稽古で試してみようと、木刀を眺めながら白山は考えていた。
礼を言って白山が支払額を聞くと、ゆっくりとクローシュが首を横に振った。
「いや、これは私の私的な買い物なので、しっかり料金は支払いさせて頂きます」
そういった白山に、クローシュは大きく声を出して笑い始めた。
「いや、突然笑ってしまい大変失礼致しました。
しかしホワイト様は、真面目なお方ですね……」
白山は不思議そうな顔をするが、クローシュの表情はどこか嬉しげだった。
何でも軍の将軍や貴族と取引をしようとすれば、交易品や高価な宝石などを送ることが一般的になっており、一苦労なのだそうだ。
たとえ清廉潔白な人物でも、そのような見返りが当然と思っており半ば習慣化してしまっているらしい……
しかし、白山は見返りを求めるどころか、安い生活用品の類や木刀などを発注し、しかもその代金を生真面目に支払おうとする。
更に言えば鐙の予想売上や、部隊で実施される入札に関する話など、どちらかと言えばクローシュが得をする話の方が多い。
「ホワイト様から頼まれた品は、貴族の令嬢様にお送りする指輪の台座よりはるかに安いのですよ……」
肩をすくめて苦笑するクローシュに、白山は懐から銀貨を取り出すと黙ってクローシュの手に握らせた。
公務員が収賄は洒落にならない……
たとえここが異世界でも、どうにも尻がムズムズする。
そう考える白山は黙ってクローシュへ代金を握らせたのだった……
*****
クローシュが退席した後、昼過ぎにバルザム軍務卿からの使者が扉を叩いた。
そういえば先日の叙勲の際バルザムとの会話で、今日あたり食事でもどうかと言われ、後ほど使者を立てると言われていた。
白山はラップトップの件もあり、すっかり意識から外れていたがこれはこれで厄介な案件だった……
羊皮紙に記された手紙の内容は、謝罪の言葉と本日の夕食への招待が簡素に記されており、バルザムの家紋が描かれていた。
よもや毒殺という事は無いだろうが、あまり気が進まない誘いである事は確かだ。
しかし、これから設立する部隊は王家の直轄とはいえ、軍に多大な影響を与えるものであり、バルザムとは表面上だけでも良い関係を持たなければならない。
使者に対して、予定通り伺う旨を伝えると、使者は夕刻の鐘が鳴る頃に馬車を寄越しますと伝えて去っていった。
さて、これから会食となれば身支度を整えなければならない。
リオンと文官達に今日の仕事はここで切り上げると伝えると、早上がりが嬉しいのか、文官達は嬉々として書類を片付け始めた。
そう言えばサラトナから借りた文官のうち一人は、先日クローシュに手紙を届けてくれた男だった。
その様子を思い出した白山は、バルザム卿の私邸での食事にあれこれと想像を働かせている2人に、苦笑しつつ自分も机を片付け始めた。
白山の執務室については、異世界から持ち込まれた品物が多い為、基本的に白山の不在時は閉鎖される。
部屋を出てから自前の南京錠を扉に取り付けた白山は、部屋へ向けてリオンと共に歩き出そうとするが、ふと思い直して文官達に振り返る。
城門に向けて階段を降りかけていた文官達は、白山の呼び止めに怪訝そうに顔を向けた。
その手に本日2度目となる銀貨を少し握らせてやると、2人は大いに驚いていた。
「俺だけ食事に行くと不公平だろ? 酒でも飲んでこい」
そう言って白山はニヤリと笑うと、恐縮したように文官は頭を下げる。
一緒に働いているサラトナの文官は、それなりに人選されているが文官仲間や周囲の人間は判らない。
ある程度人心を掌握し、信頼関係を築いておいた方が得策だろう。その方が不審な兆候や異常が発見しやすい。
しきりに頭を下げる文官達に軽く手を振り部屋に急いだ白山は、リオンが用意してくれた着替えを持って風呂に急いだ。
10分ほどで手早くカラスの行水を済ませると、部屋に戻り礼服を着こむ。
そうして後は待つだけとなるが、バルザムの私邸に行くと言う事は少し用意をする必要がある。
何もなければ慌てて支度をする必要はなく、のんびりと馬車の到着を待てばいい……
白山は装備品を収めた棚から、幾つかの品を取り出して机に並べてゆく。
無線・ホルスター・ライトなどひとつづつ点検してから、装着していった。
装備をつけながら、これから起こりえる事態を検討する。
ダイレクトアクション……つまり直接の攻撃は、可能性はあまり高くないだろう。
貴族のメンツや体面を重んじるならば、謝罪のために招待した人間が殺されたとあっては沽券に関わる。
しかし、行き帰りの道はその限りではないかもしれない……
自らの家の御者や使用人を犠牲にしておけば、襲撃者の正体を隠し自身も被害者として偽装する手口も可能性としては否定出来ない。
今日の主戦場は、口舌の刃と冷静な思考が重要な武器であり、最も活躍するだろう。
会話の内容で、揚げ足や言質を取られる可能性は大いにある。
もっとも、息子がICレコーダーでやり込められた現場に本人も居たことから警戒していると予想される。
その点だけは慎重に言葉を選んで会話をしなければならない……
勿論、親子で同じ轍は踏まないと思うが会話の内容を分析する為、白山はポケットにICレコーダーを忍ばせた。
そして最後に携行火器だ……
これまで白山は、王宮内での会食が殆どだったので帯刀はしていなかったが、城外に出るならば正装での騎士の帯刀は一般的だ。
名誉騎士といえど、白山も騎士には変わりはない。
バックアップとしてカランビットを足首に装着し脇差しを挿す。そして、護身用にSIGをホルスターに収めた。
流石にM4を携行するのは難しいだろう。
ただし、バルザムの私邸に持ち込まなければ問題はない……
ふとリオンの方を見ると、白山は何も話していないのに黒装束を着込みレイピアを吊っていた。
その姿を見て自分の考えていたプランを先回りして準備しているリオンに、ニヤリと笑った白山は、MP7の携行を命じる。
リオンはその言葉を聞くと黙って頷き、まだすこしぎこちない手つきで、ゆっくりと確実にケースから銃を取り出す。
そして取り出した銃の各部を点検し、弾倉に弾を込めて行った。
その様子を見て、白山はバディとして成長しようと努力しているリオンを微笑ましく感じる。
自分も部隊に入りたての頃は、先輩隊員に食らいついていくのに必死だったなと、ふと思い出す……
白山は無線機を片方リオンに差し出して、ざっと無線チェックを行う。
問題ないことを確認した白山は、急遽考えた緊急時のプランをリオンに伝え、黒い小さなデイパックを手渡す。
風呂に入った時点では、外はまだ昼の空だったが、今では少し茜色の光が窓から差し込んでいる。
これで準備が整った……
白山がそう思った頃、王都の教会から夕刻の鐘が鳴り響いた。
*****
少し経った頃、部屋の扉がノックされる。
すでにリオンは姿を消しており、白山が「どうぞ……」と声をかけると、先程の使者とは違う男が慇懃に一礼して白山に挨拶をする。
「王家軍相談役 名誉騎士 ホワイト様…… ご案内させて頂きます……」
そう話した男は、立ち上がった白山が廊下に出るとわずかに前を進み白山を先導してくれる。
王宮の入り口にある馬車留めには、黒塗りの豪華な箱馬車が停められておりその前まで来ると、使者は音もなく扉を開け白山を馬車に誘った。
無言で馬車に乗り込んだ白山は、ここからが本番だと警戒レベルを1段引き上げる……
カチャリと小さな音を立てて閉められた馬車の扉に、白山は脱出可能かと訝しんだが、いざとなれば開ける手段は幾らでもあると思い視線を周囲に向ける。
使者が自分の馬に跨り、馬車を先導する形で馬を進めると、僅かな軋みを響かせて馬車も静かに動き出した。
2頭立ての馬車は滑らかにスピードを上げ徐々に城から遠ざかってゆく。
貴族街までは馬車で10分ほどだが、この調子なら少し早く着きそうだ……
思ったよりも少ない振動に感心しながらも、ビロードのような手触りのカーテンをずらし周囲を観察する。
幾つかの辻を曲がり、馬車がゆっくりとスピードを落とすのが感じられた。
正面を見ると立派な門をくぐり、ゆっくりと馬車が敷地内に入ってゆく。
門番は剣を持った2名の兵士が確認できる。
私兵なのか王都の騎士団かまでは判別できなかった……
屋敷の庭は薔薇や庭木が丁寧に刈り揃えられており、丁寧に手入れされている事が判る。
程なくして馬車がゆっくりと速度を落とし、そして止まった。
同じようにカチャリと小さな音を立てて開かれた扉から地面に降り立つと、そこには家人を整列させ、その中央に立つバルザムの姿があった。
「ホワイト殿、ようこそ我が屋敷へ……」
ニッコリと笑いかけるバルザムの笑顔に、笑顔を返しながら歩み寄る白山は今日の交渉は困難になりそうだと、腹をくくった…………
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