番外編~白山の過去 前編
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それを記念して番外編を投稿致します。
後編は、近いうちに投下致します。
20xx年 5月12日 現地時間0451……
作戦基地の簡易ベッドで睡眠を摂っていた白山は、僅かな振動で意識を覚醒させた。
目を開けると両手に湯気の立つマグカップを手にしている犬神が見下ろしている。
「動きがあったのか?」
その言葉に頷いた犬神は、黙ってマグカップを白山に押し付けると「10分後にBRへ……」と言いその他のメンバーを起こしにかかる。
犬神は白山のチーム、コールサイン・ホワイトの小隊陸曹だった。
小隊長である白山の女房役でありチームの最年長だ。
同じように簡易ベッドを蹴られたメンバーは即座に起きだす者もいれば、寝返りをうちノソノソと起きだす者もいる。
コーヒーをすすりながら、そんなメンバーの様子を眺めつつ国内で行われたブリーフィングの様子を思い出す。
46時間前には日本に居たのだが、緊急対応チームに指定されていた白山のチームは、訓練中に呼び出しを受け作戦室に集合していた。
急ごしらえのプレゼンテーションソフトで作られた出発前ブリーフィングを受けた面々は、資機材を満載したパレットと共に慌ただしくC2輸送機に押し込められた。
任務の概要はこうだった。
ある医療支援を行っているNGO(非政府組織)所属の日本人医師が2週間前、中東某国で誘拐された。
国際機関だけに人質交渉は手際よく進んだが、随分とハードネゴシエーションになり、交渉の長期化も予想されている。
週刊誌に掲載された人質になった医師の娘……
その泣き顔が反響を呼び報道が加熱しており、政府は早期解決の手段を模索し白山達の派遣を決定する。
すぐに中央即応集団は、リエゾンオフィサー(連絡将校)を通じて米軍と連絡を取り協力体制を構築、待機中の白山達を前進基地に派遣した。
ディエゴガルシア島で給油のために降り立ったC2は闇夜に紛れて白山達を降ろし、そこからは米軍のC130輸送機で現地の作戦基地に降り立った。
本来任務のためにC2はこれから、ジプチにむけて輸送任務に飛び立ってゆく。
これは作戦の機密保持のために、行き先の偽装を行う意味もあった。
現地に到着した白山達は、粗末な格納庫に簡易ベッドを展開し、支援パッケージ(後方 情報支援機材及び人員)を提供してくれた米軍特殊部隊に挨拶をする。
何度も演習で顔馴染みになっている男達と冷やかし合いながら再会を喜び、これまでに判明している情報を共有した。
それからはずっと待機が続く。時折TOC(タクティカル オペレーション センター/戦術作戦室)に出入りし、動きがないかを確認する。
ランニングやエクササイズ、隊員が持ち込んだ雑誌や漫画ゲーム機DVDが、暇つぶしに回され焦る気持ちを幾ばくか鎮めてくれる。
待機や無駄な前方展開には慣れっこだ。待つのも仕事のうちだ………
手筈では次の接触の電話があった場合、米軍の戦術ネットワークが電波を解析しグローバルホーク(無人偵察機)が発信源の電波を追跡
白山達が偵察を実施し、その情報を基に本隊が強襲を実施する事になっている。
コーヒーを持ったまま白山は、BR……ブリーフィングルームにむけて歩き出した………
「よう、起き出してきたかホワイト」
すでに顔馴染みになっている米軍特殊部隊付きの情報担当士官が、モニターから顔を上げ白山に視線を向ける。
「ああ、それで動きがあったみたいだな?」
その言葉に頷いた情報担当士官は、一枚のペーパーを白山に滑らせて寄越す。
それを見た白山はその内容を精査し、頷いてから任務に必要な装備の見積もりや作戦を考える。
そんな中、白山のチームの面々がBRに集まる。日本人以外にもこの作戦に関与する、ヘリのパイロットも正副2名がそれに続いた。
機密性を保つためにTOCとBRはコンテナを改造した狭い部屋になっており、7人も入れば窮屈に感じる。
白山がペーパーを返却し頷くと、揃った面々を眺めて情報担当士官が切り出した。
「諸君、そろそろ退屈な待機にも飽きてきた頃だろう。給料分の仕事をする時間だ」
その言葉に、狭い室内に陣取る面子が不敵な笑みを浮かべ、それに満足したのか情報担当士官は語を継いだ……
「昨夜、NGOのネゴシエーター(交渉担当)にテロリストからの連絡があった。
携帯電話のナンバーからNSA(国家安全保障局)が、発信源の特定を実施した所、案の定 某国からの発信であることが判明した。
その電波を解析し、RQ-4Bが捜索範囲を限定して地域を絞り込んだ。
その結果、交渉に使用された携帯電話に通信の痕跡はなかったが、砂漠のど真ん中で通信量が増加している地域が確認された。
その地域の衛星写真がこれだ。」
壁に設置された大型の液晶モニターに、高解像度の衛星画像が写し出される。
「ここは、タリームから西北に50km程にある現在は閉鎖された鉱山の一部だ。」
ある国の地図を衛星画像に重ねでウィンド表示した情報担当士官は、全員の反応を見ながら話を続ける。
「これまでの情報を総合すると、人質は各所を転々とした後ここに運ばれたものとみられる。
CIAからの情報分析からも、この地域で活動している武装勢力の拠点である可能性が高いと判断された」
その言葉を聞いた白山達は一瞬、険しい顔を浮かべ次の言葉を待っていた……
この武装勢力は、昨年ヨーロッパの医療支援スタッフの首を切り落とし、その映像をインターネットで公開した過去がある。
同様の事態が今回も起こらないとは、誰にも予想できないだろう。
「ああ、諸君たちの懸念は判る。だが、ネゴシエーターは十分に仕事をしてくれた。
身代金の増額と引き換えに生存証明を引き出してくれた。
その交渉の電話が長引いてくれたおかげで、こちらとしても発信源の特定ができたからな……」
そう言った情報担当士官は、ニヤリと笑いもう一枚の画像を呼び出した。
今度の画像は、グローバルホークが撮影したものらしく、やや高度が低く側面からの鮮明な画像だった。
「幸いなことに鉱山自体は、落盤ですでに坑道はなくなっているが周囲の関連施設は生きている。
ここを拠点としているようで、2階建ての事務所と地上施設が残っているだけだ…………」
各種の注意事項や地域特性を説明した情報担当士官は、ペットボトルのミネラルウォーターを飲みながら締めくくった。
「今回の作戦は機密作戦になる。ステイツも君達の国も表立った支援は実施しない。
ヘマをやらかしたら、徒歩で北の国境を目指してもらう事になる」
そう言った情報担当士官は、ニヤリと笑い説明を締めくくった。
作戦に関する幾つかの質問が出た後、現地の最新の情報や気象データが各人に配られた。
白山は、ヘリパイと航続距離やドロップポイントについていくつか打ち合わせた後、各人の様子を見た。
すでに慣れっこになっているメンバーに緊張や気負いは感じられず、淡々と状況と任務を分析している。
本国でのブリーフィングでは、CTR(近接偵察)を実施して可能であれば人質の奪還、不可能な場合は応援要請の後に本隊の誘導となっていた。
パンと手を叩いた白山は、全員の視線をそれで集中させると発破をかけるように声をかける。
「よし、全員仕事だ!
オーダー<任務>は救出作戦だ 必成目標は人質の救出、望成目標はテロリストの捕縛。
当初SR(Special Reconnaissance=特殊偵察)を実施、敵情及び人質の状況が判明次第 救出の実行ないし主力の誘導を実施する」
次第にメンバーの風貌が戦士のそれに変貌してゆく。
それを満足気に確認した白山は、腕時計を確認すると出発時刻を逆算し、装備の準備をさせる。
白山と犬神は偵察画像と現地の地図から、接近計画と偵察に関して細部作戦要領を詳細に検討し始めた……
*****
20xx年 5月12日 現地時間 2141……
ナイトストーカーズが操縦する特殊作戦用のブラックホークは、地表スレスレを巧みな操縦で目的地へ向けて飛行していった。
時折クルーが僅かな赤色光で何かをチェックする以外、完全無灯火での飛行を続けている。
無線用ヘッドセットをヘリのコンソールに接続している白山は、クルーの会話に耳を傾けじっと動かず、窓の外に映る漆黒の闇を見つめていた。
不意にクルーが白山の肩を握る。 その方向を振り向いた白山は、床に赤色ライトの光を手に向けて人差し指を立てた。
赤い光に浮かび上がった白山は、クルーに親指を立てて了解を伝える。
ヘリの無線につながったケーブルを引き剥がし、チーム用の戦術ネットに切り替えた白山は、犬神の腕を握り同様に人差し指を1本立てる。
「10分前!」
ローターとエンジンの騒音に混じって、犬神の声がかすかに届いた。
闇の中でチームメンバーが蠢くのが感じられる。
SIG-P226を腰のホルスターから引き抜くとスライドを操作し、初弾を込める。
もう一度、今度は少しだけスライドを引くと、指を突っ込んで確実に薬室へ弾が送り込まれているかを確認した。
デコッキングしたSIGをホルスターに戻し、ロックを確認する。
M4のチャージングハンドルを引き、初弾を薬室に送り込むと僅かにボルトを引き同様に初弾を確認する。
フォアードアシストノブを押し込み、ダストカバーを閉めて個人火器の準備は完了だ。
すでに習慣となっている一連の動作を視覚に頼らず実施した白山は、チームの人間も同様に実施している様子を頭に描く。
暗闇の中、たとえ見えなくても連中が同じように火器のチェックを実施している様子がうかがい知れた。
チェストリグのフラップや固定、ポケットのボタンなど細かい箇所を順次チェックしていると、再び腕を握られる。
指で5を示したクルーがやや緊張した面持ちで、それを伝えてきた。
ドアガンに張り付いているガンナーも外に油断なく視線を向け、敵襲があればミニガンで毎分3.000発の銃弾をお見舞いすべく警戒していた。
再び同じ順番で、犬神に5分前を伝えた白山は50kg近い背嚢の点検を始める。
ヘリ降着時には乱雑に扱われる背嚢は適切に点検しなければ、ランディングゾーンに荷物をぶちまけることになってしまうだろう。
全ての点検を終えた白山は、次の合図を待つべく再びじっと闇に身を潜めた。
3分前…… ヘリの機動が変わり大きく傾いた内部で足を踏ん張り、体を固定した白山は降着に備える。
1分前…… 荷物そして火器を手にして降りる態勢を整えると、降下のマイナスGが感じられ、星明りに照らされた岩山のシルエットが見えた。
「GO! GO! GO!」
クルーの声で荷物を掴み外に飛び出した白山達は、足に伝わる地面の感触を確かめながら素早く移動する。
背嚢を引きずりヘリから離れたメンバーは、素早く伏せると全周防御の姿勢を取った。
ローターの巻き起こす突風が砂塵を巻き起こし、視界が悪く呼吸も辛い。
首元のシュマグ(アラブ式スカーフ)で口元を覆い、じっと突風に耐える。
ローターの回転数が上がり、上昇したブラックホークが空の闇に溶けこむと一転して辺りは静寂に包まれた。
耳が痛くなるような静寂の中、白山達はじっと全周防御の姿勢を取り続ける。
万一ここで交戦になればヘリを呼び戻して撤退する。それと同時に環境への順応が必要になる。
自身の存在が露見しないことが最大の武器である特殊部隊は、その地形や気象条件に溶け込まなければならない。
一定時間防御を続け、周囲の異常の有無を確認した白山達は、互いに支援し合いながら背嚢を背負う。
一人が手伝い、もう一人が背負う。残りの2人は油断なく周囲を警戒を続け警戒を途切れさせることはなかった。
GPSで降着地点をマーキングすると、白山達は目的地に向けてゆっくりと歩き始めていった…………
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