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ナイフと魂と追憶と

やっと説明が終わりました( ´Д`)=3

 「少し出てくる……」


 グレースとリオンにそう告げた白山は、王宮の中を宛もなく歩いて行った。

この問題は自分自身の心と向き合う事柄だった。


 白山の信条を理解したのか、グレースとリオンも何も言わず白山を見送ってくれた。

特に何処という事もなく歩いていたが、自身の執務室からほど近い物見櫓になっている塔に登っていた。

螺旋階段を登って、高い塔の上に立った白山は周囲の景色に目を向ける。


 北に見える大きな湖と南側に広がる城下の街並み……

そして美しい自然が白山の視界に飛び込んできた。


 そんな景色を見ながら白山は、じっと考えていた。

時折警備の兵が回ってくるが、白山の顔を知っている兵は黙礼して声をかけることなく去ってゆく。


『結局は、この世界に骨を埋める事になりそうだな……』


 小さく息を吐くと、改めて周囲の景色を見回して胸に焼き付ける。

これまでは日本の里山が自身の原風景だったが、これからはこの景色を守るために動く事になるのだ……

目に焼き付けるように周囲の景色を心に留めると、白山の脳裏に突然郷里の風景が鮮やかに蘇り白山の心が揺れる。

気づけば枯れたはずの涙が一筋、白山の頬を伝っていた……


 仲間が死んだ時も、惜別の念は感じたが特殊作戦の世界で行きている人間にとって、死は日常の一部だ。

その為、涙は出なかった……


そんな自分が涙を流していることに、白山は不思議な感覚を覚えていた。



*****



 一体どのくらいそうしていただろう……

白山の頬を伝った涙は既に乾き、遠くを見つめる白山の視線には何かの意志が感じられていた。

ゆっくりと振り返ると、白山は自分の部屋へ向けてしっかりとした足取りで戻っていく。


 自室の扉を開けた白山の目に、不安そうな表情を浮かべたグレース、そして平静を装っているが少し表情の暗いリオンがパッと顔を向けてくる。

その視線にやや苦笑した白山は、ゆっくりとソファに向かって腰を下ろした……


 ソファの対面に座るグレース、そしてすぐ側に立つリオン2人を見て、白山は徐ろに口を開いた。


「少し冷静に考えてみたが、このラップトップ…いや異界の鏡は危険過ぎる……

調べはするが、当面の使用は見合わせる。


それから俺が帰るのも… どうやら無理なようだ……」



その言葉を黙って聞いていた2人は、揃って頷いてくれた。


「それもホワイト様が考えて出した結論なのでしょう。

異論を挟むつもりはございません」


グレースは優しい微笑みとともにそんな言葉を白山にかけてくれる。


「私はまだ日は浅いですが、ホワイト様のバディです。

バディなら常に互いにサポートするんですよね……?」



 そんなリオンの問いかけに頷いた白山は、バディの意味がわからず不思議な表情をしているグレースを見て苦笑する。

そして改めて2人に視線を向けてからゆっくりと切り出した。



「2人にお願いがある。

この異界の鏡の力が外部に漏れると非常にマズイ。


詳しくはもっと調べてみなければ分からないが、当面は内密にしてもらいたい」



 その言葉に2人は真剣な表情で頷いてくれる。

その眼差しの強さに、信頼出来ると納得できた白山はようやく少しだけ肩の力を抜いた……


 差し当たって、もう少しラップトップの能力を把握する必要がある。

そう考えた白山は、改めて机に広げられたラップトップの前に座り、画面を睨んだ。


 その能力を知った後では、ただのPCではなく別種の禍々しい代物に思えてくる。

その様子を見て、グレースも椅子を引っ張って白山の隣から画面を覗きこむ。


 しかし言語設定を日本語にしてあるラップトップの内容を、グレースは理解できなかった。



*****



 改めて各種画面やFAQを読み込んでいく。

順番に内容を読み込んでゆくと、幾つかわかったことがあった。


 このシステムで召喚されるのは、白山達の世界から直接呼び寄せるのではないという事だった。

消耗品や装備品は、対象となる世界の指定された物品の構成や組成を寸分違わずコピーし、この世界に呼び出される。

つまり、弾薬なら同じロットナンバーの同一の弾薬がコピーされて出現する事になる。

同様に車両ならば使用中だとすると、車体についた傷や癖・経年劣化まで精緻にコピーされると言うことだ。


 コピーにはどういう原理かは不明だが、魂を依代として物質化されるとなっている。

更に1柱の魂で呼び出される物品には限界があり、おおよそ金属製品では1柱で1トンまで。

そして構造が複雑になればなる程、消費される魂の数も増えると言う事になっているらしい。


 あまり調べるのは気が進まなかったが、人物召喚に目を通すと意外な事が判明する。


 基本的に生きている人間は、召喚することは出来ないらしい。

これは両世界の均衡を保ち、次元の歪みを最小限に抑えるためプロテクトされているらしい。

同様に、次元の歪みを予防する措置として、召喚先の魂を復活させることは出来ない。

また、召喚された人間は呼び出された世界において、生殖は出来ないと書かれている。

異なる世界の魂が干渉しないようにする保護措置だそうだ……


 更に見ると、この世界に召喚可能になるのは死者、それもここ10年未満に亡くなった人が対象になるという。


 何故10年かという事にも言及があった。

このラップトップがこちらの世界の輪廻に干渉するのと同様に、まだ新たに転生してない死者の魂を精神体として呼び寄せると書かれていた。

そして物品と同様に、肉体を再構築すると書かれている。

その為、人物の召喚には複数の魂を消費するという。


 思念や生命の根源である魂は、知能や体の大きさによって変化するらしく、ひとつの世界における魂の総量は一定になっているらしい。

これには微生物から小動物そして人間まで、生命を持つ者はその大小にかかわらず魂を持っているとされる。


 魂は誕生から寿命までの間、少しづつ消耗してゆく。

その消耗の度合はその生物の生き方や環境によって異なるが、消耗した魂は分解されて他の魂の消耗を補う。

もしくは他の魂から補修され、新たな生命として生物に宿る……


 人間ほどの大きさになると、その補修には10年近い歳月が必要になるとの事だ……

その為、補修が完了して現世に降り立った魂を、召喚することは出来ない。



 そこまで読み込んだ白山は、その内容を隣に座っていたグレースに語りながら自身もその内容を反芻する。

俄には信じられない。


 しかし、現にラップトップはここに存在し100年以上眠っていた筈なのに、劣化や動力もなく今も動いている。

召喚を実施すれば答えは判るだろうが、その一歩を踏み出すのに、白山は躊躇いを覚えていた。


 その事を正直にグレースへ伝えると、少し思案した様子を見せてからグレースが切り出した。


「まずは、試してみるのが良いと思います……

もしこれから先、この力を使うべき事態が起きた時に備えて」


 その言葉に頷き同意を示した白山は、少し考えてからメニュー画面に目を落とした。


召喚システム起動・リストを見て、リストを選択する。


 そこにはサブカテゴリがあり、人員/武器/装備/弾薬/燃料/補給……など様々なカテゴリが並んでいる。

白山が驚いたのは、車両や航空機まで存在している事だ。最も航空機などは召喚しても搭乗員や整備が問題になる。

そこでふと人物召喚の意味に行き当たる……

成程、人員と航空機をセットで呼び出せると言う事か。


 思わず思考の寄り道をしてしまった白山は、改めてメニューを注視した。

差し当たって現状で不足しているのは弾薬と燃料だが……

いきなり呼び出した弾薬が不発や暴発を生じさせたり、虎の子である高機動車が燃料の不具合で故障したら目も当てられない。


 何か検証に適当な召喚物品はないかと、リストをスクロールしてゆくと、突然の手が止まった。

その文字列を見つけた時、白山の顔から血の気が引いてゆく……


 米国でCBRNE(化学・生物・放射性物質・核・爆発物)研修を受けた中で見た、大量破壊兵器がリストアップされていた……

このカテゴリへのアクセスをブロックする手法がないかを探す必要がある。

白山はそう考えたが、今はどうすることも出来ないと、カテゴリを閉じ、別のサブカテゴリを検索してゆく。


そして手頃な品を見つけた白山は、そのリストを選択した。


『Mark 3 ナイフ』


 その項目をクリックすると『召喚システム起動』を選択した……

そこにはプールされた魂の数 - 消費数、さらに召喚する物品の品目がリストとして表される。


 ふと、白山はプール数の数字に目を留める。

58(1253)と記載されている。


 カッコの中の数字が何を表すのかは分からないが、これまで読み込んだFAQにそれらしい記述はなかった。

そして消費数を見ると、1と出ている。


 実証、そして証明するためにまずはシステムを起動させよう。

そう考えた白山は、一瞬躊躇したが召喚のボタンをクリックする。


確認のためにポップアップが出現し、それにもOKを押す。


 一呼吸置いてファンが高速で回転を始め、ラップトップの置かれた机の上で粒子のような眩しい光が空間から迸る。

その光が何かの形に収束し始め、やがてナイフの形状を取り始めた……


 しばらくすると徐々に光が収まり、最後に一筋光の瞬きを残し無骨な軍用ナイフがその黒い素肌を晒していた……




挿絵(By みてみん)




 白山は呆然とその光景を眺めていた。

リオンもそして白山の隣に座っていたグレースも同様に言葉を失っている。


 ラップトップの液晶の上から手を伸ばして、白山はそのナイフを手に取った。

水中潜入の際には白山もよく使用する、使い慣れたナイフがその手に収まる。

重さ・バランス、そしてエッジの具合も、間違いなく白山のよく知るそれだった……


 現物を手にしても、まだ信じられない。

白山はそんな想いを抱いていたが、手に感じられる重量が現実であることを実感させる。


 白山は珍しく緊張した様子で大きくため息を吐くと、机にナイフを置いた。

異世界に召喚されたという荒唐無稽な状況に置かれながら、その元凶であるラップトップが生じさせた召喚という現象に理解が追いついてない。


「あの、触っても大丈夫でしょうか……?」


グレースが遠慮がちに白山に訪ねてきた。


「ええ、大丈夫ですよ。 取り立てて危険はありませんでしたから……」


 少し疲れた様子でグレースの問に答えた白山は、ナイフの柄をグレースに向けて手渡した。

戸惑いがちにナイフを手に取ったグレースは、少し興奮気味にナイフをしげしげと観察している。


そして、矢継ぎ早に白山に尋ねた。


「この短剣は、どんな魔法が込められているのですか!

鉄を切り裂くとか、炎を出すとか何が込められているのでしょうか?」


 その質問を聞いていたリオンも、興味深げな様子で後ろからナイフを見つめている。


 一瞬呆気にとられたが、グレースが異世界から呼び出されたナイフに過剰な期待を抱いているのだと気づくと、白山は急に可笑しくなってきた。

そう考えると腹の底から笑いがこみ上げてくる。

自身の生死観や倫理に囚われて、視野が狭くなっていた事に気づいたのだ。


 最近、港町での作戦や部隊の設立など現実感溢れる事柄が続き、すっかり忘れていた。


ここは異世界なのだ……

目の前で起こった事象を素直に受け止めるしか無いだろう。



笑いをこらえながら、白山はグレースに答えた。


「このナイフに特別な魔法などはありませんよ。

私の居た世界で軍隊が使っている、何の変哲もないナイフですから……」


 目元を緩めながらそう言った白山を見て、グレースはカッと顔を赤くして白山を指で小突いた。

肩をすくめて苦笑しながら謝罪する。

すると何やら後ろから冷たい視線を感じてゆっくりと振り返ると、無表情の仮面を貼り付けたリオンが白山を見つめていた……



*****



 夕食の後グレースは王宮の自室に帰り、リオンも読書に興じている。

リオンは最近自分に何か出来る事はないかと、王宮の図書館から本を借りて読みふけっている。

その熱心さに感心した白山は、時折リオンの読んでいる本について聞き自分の知識が及ぶ範囲で意見を交わしていた。


だが、今日はそんな会話も途切れ白山はラップトップに集中している。


 膨大なリストの中には、膨大な量の装備品や武器弾薬についてじっくりと精査していた……

中には各国の代表的な武器について訓練を受けている白山が聞いたこともない武器や珍妙な弾薬まで含まれていた。

どういう基準なのか西側・東側などの区別なく、ありとあらゆる軍用品が列挙されている。


 そのリストをある程度読み進めた白山は、リストの中から人物召喚を選択しその中を見定める。

その内容は国別・部隊別になっており、国防軍を選択する(JDF JAPAN Defence Force)

部隊の中に、SOGpを見つけそれをクリックした……


 白山の目の前で亡くなった部下の名前や別の小隊で活躍していた先輩の名前を見つけ、その顔を思い浮かべた。

別れは済ませた筈だった… それでも、もう一度会える。

もしかすると、一緒に戦えるかもしれない。


そう考えると奴等を蘇らせてやりたい。そう思う感情と安らかに眠らせてやりたい心情が複雑に入り混じった……


 リストに表示された無機質な文字を眺めながら、じっと白山は目を閉じて、去来する想いと向き合っていった…………


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